春歌との二人乗りの時間が惜しくて、ゆったり漕いでいたら、目的地に着く頃には二十時を過ぎていた。
 世界一長い吊り橋、明石海峡大橋が跨る、海沿いの広々とした公園。昼間は青々とした芝生は、夜になると、さまざまな色合いを見せる。橋に施された電飾がライトアップされ、時間によって変わる光を反映させるから。
 舞子公園と刻まれた石板のそばに、自転車を停めて、二人で歩き出す。なかなかの夜景やと思うけど、三ノ宮や六甲山には負けるんか、人はほとんどおらん。
 青と紫のグラデーションに染まった、短く生え揃った草道。柔らかな踏み心地を味わいながら、先を歩く春歌を眺める。ハンドバッグは自転車のカゴに置いたまま、自由な両手を後ろで組みながら、軽いステップを踏んでいる。
 こんなに俺と長く一緒におってくれたり、冗談を言ってみたり、鼻歌を歌ってみたり、極めつけにはスキップの真似事まで。時間が経つほどハイになっている様子の春歌に、いつもとは違うなにかが起きそうな予感がした。いや、特別な日に変えるんは自分自身や。そう意気込みながら、橋に吸い寄せられるように進む春歌を追う。
 芝生の先には、灰色と赤が混じったようなコンクリートの地面が続く。春歌はその向こうにある、階段の一番下まで足を進めた。「あんまり行きすぎたら危ないで」って言うても、聞く耳持たんから、俺も一緒に同じ場所まで下りる。こんなふうに春歌の精神にも、簡単に寄り添えたらええのに。
 鉄格子の柵が並んでいる場所もあるけど、この辺りは階段と海の境界がない。淡路島に続く瀬戸内海、浅瀬ではない水面は穏やかながら、底知れん青を秘めている。
 不意にズボンのポケットが振動し、チラッと画面だけ確認した。発信源が母さんやとわかると、ポケットから覗かせたスマホをしまう。気にしてたんは、そっちやない。以前、春歌と勝負したピアノの動画投稿。お互いあれから話題に出してへん。もし再生数やコメント数が一気に増えることがあれば、通知が来るようになっている。連絡がないところを見ると、今のところ変化はないようや。よかったなんて、一瞬浮かぶ安堵の念を、首を横に振って消し去る。