階段を上がり終えると、すぐに見えてくる手水舎――小さな屋根の下にある、和風の手洗い場に行く。水が溜まった石造りの器、その上にのった竹筒に、並んで置かれた柄杓を手に取る。春歌のハンドバッグを預かり、伸ばした両手に水をかけてやると、冷たくて気持ちよかったんか、悪くない表情が返ってきた。
春歌がハンカチで手を拭いている間に、俺は自分で交互に手を清める。やべ、ハンカチ忘れたって気づいた時には、すでに春歌の手が差し出されていて、敵わんなと思いながら、借りた水色の布で手を拭った。
真夏の神社は、祭りでもない限り空いている。参拝客もほとんどおらんから、並ばずに鈴の緒まで辿り着ける。
賽銭を取ろうと、ボディバッグから財布を出していると、春歌が先に手を出して驚いた。そこに握られていた数枚の札が、木箱に吸い込まれてゆく。あっという間の出来事やったから、ハッキリはわからんかったけど、一万円札と千円札が数枚に見えた。
「私の全財産」
春歌は淡々と述べると、太い縄を掴んで豪快に鈴を鳴らし、パンパンと手のひらを打って、ペコペコと頭を下げた。
突然の奇行にあんぐりしていると、顔を上げた春歌が俺を見つめてきた。サンダルのヒールのせいで、ただでさえ近い目線が、同じくらいにある。「しないの? 参拝」と言われ、ようやく動きを再開した俺は、五円玉を落っことしそうになりながら急いで賽銭箱に入れた。なんで五円かって、ご縁がありますように。そんなくだらんシャレにも、頼りたい時がある。
鈴を鳴らし、二拝二拍手、合掌をしてしばし時を過ごすと、一拝をして身を引く。これが神社の正しい参拝方法のはずやけど、春歌に言っても無駄やろう。
「参拝なっっが」
「え? そ、そうやったか?」
「なに祈ってたか、大体想像はつくけど」
拝殿の影になった隅で、春歌に言われて頭を掻く。俺ってそんなにわかりやすいか。祈ったんは、ピアニストになれますようにと、春歌が――。
脳内で復唱する祈りは、蝉の声に紛れるバイブ音に遮られた。俺やない。気づいた春歌が、水色のハンドバッグからスマホを取り出す。ここで「ちょっとごめん」もなしに、電話に出てまうのが春歌や。
「今日無理だって、大事な用があるって言ったじゃん。じゃあね」
大事な用とデート、どちらの言葉の方が価値があるかはわからん。それよりも真っ先に気になるんは、電話をかけてきた相手。春歌の台詞からすると、誘いを断ったらしいけど、それだけでは俺の雲は晴れん。
春歌がハンカチで手を拭いている間に、俺は自分で交互に手を清める。やべ、ハンカチ忘れたって気づいた時には、すでに春歌の手が差し出されていて、敵わんなと思いながら、借りた水色の布で手を拭った。
真夏の神社は、祭りでもない限り空いている。参拝客もほとんどおらんから、並ばずに鈴の緒まで辿り着ける。
賽銭を取ろうと、ボディバッグから財布を出していると、春歌が先に手を出して驚いた。そこに握られていた数枚の札が、木箱に吸い込まれてゆく。あっという間の出来事やったから、ハッキリはわからんかったけど、一万円札と千円札が数枚に見えた。
「私の全財産」
春歌は淡々と述べると、太い縄を掴んで豪快に鈴を鳴らし、パンパンと手のひらを打って、ペコペコと頭を下げた。
突然の奇行にあんぐりしていると、顔を上げた春歌が俺を見つめてきた。サンダルのヒールのせいで、ただでさえ近い目線が、同じくらいにある。「しないの? 参拝」と言われ、ようやく動きを再開した俺は、五円玉を落っことしそうになりながら急いで賽銭箱に入れた。なんで五円かって、ご縁がありますように。そんなくだらんシャレにも、頼りたい時がある。
鈴を鳴らし、二拝二拍手、合掌をしてしばし時を過ごすと、一拝をして身を引く。これが神社の正しい参拝方法のはずやけど、春歌に言っても無駄やろう。
「参拝なっっが」
「え? そ、そうやったか?」
「なに祈ってたか、大体想像はつくけど」
拝殿の影になった隅で、春歌に言われて頭を掻く。俺ってそんなにわかりやすいか。祈ったんは、ピアニストになれますようにと、春歌が――。
脳内で復唱する祈りは、蝉の声に紛れるバイブ音に遮られた。俺やない。気づいた春歌が、水色のハンドバッグからスマホを取り出す。ここで「ちょっとごめん」もなしに、電話に出てまうのが春歌や。
「今日無理だって、大事な用があるって言ったじゃん。じゃあね」
大事な用とデート、どちらの言葉の方が価値があるかはわからん。それよりも真っ先に気になるんは、電話をかけてきた相手。春歌の台詞からすると、誘いを断ったらしいけど、それだけでは俺の雲は晴れん。
