知らんものを知りたい。安い探究心の結果が、眼前に迫り思考を無にする。俺の頭では処理しきれん情報が、背中を引っ張り後退りさせる。
 小窓を作っていた手が離れると、支えをなくした葉が元の位置に戻り、再び事実を覆い隠す。二歩、三歩と下がり、しばらく傍観していた真緑の檻に背を向けた。
 来た道を急いで戻っているつもりやのに、思うように足が進まず、地面が歪んでいるように見えた。
 体は前を向いているのに、気持ちはあそこに置いてかれたままで、感覚がバラバラになる。
 俺は今、なにを見た?
 考えたくない。止めたいのに、視覚から受けた衝撃が高速で再生を繰り返す。
 青い髪、伸びた腕、長い黒髪、白い肌、セーラー服……よく知っている、シャープな瞳。
 瞬間に得た断片を合わせてみれば、最悪の答えしか浮かばん。
 あいつに組み敷かれるような形で、地面に仰向けに寝そべった素肌が頭から離れん。
 乱れたセーラー服の下から手を入れて――、いや、もう考えるなって、目を強く閉じた時に、ふと疑問を感じた。
 あれ、もう片方の手はどこにあった?
 青い髪に続く首、肩、シャツを着た二の腕から、グンと伸びる骨太な腕の行方。
 その最後に辿り着いた時、思わず足を止めた。一面に広がる海の、波音が消える。

「ヘンタイ」

 突然訪れた四文字に、声もなく飛び跳ねた。
 急ぎ振り向いた真後ろには、乱れたセーラー服を整えた美少女が立っている。囁きが残る押さえた耳が、胸と一緒にジンジン響いた。
 言いたいことだけ言った春歌は、頬にかかる髪を耳にかけて俺を横切っていく。何事もなかったかのように、知らん顔をする春歌に、待ったをかけずにおれん。

「お、お前らの方が、あんなところで、なにして」

 荒げた声で引き留めると、砂浜で立ち止まった春歌が、顔だけこちらに傾けた。
 
「わかんないくらい、まだお子ちゃまなの?」

 返ってくる台詞なんて、大体想像がついたはずやのに、本人の口から聞いた威力は半端なかった。
 その意味を理解できんほど子供でもなければ、受け流せるほど大人でもない。
 自分で聞いたくせに、両手が震える。それでも動揺が伝わるんはカッコ悪いからって、全身の筋肉を引きしめて、精一杯強がってみせる。

「知らんかった、春歌、柳瀬と付き合ってたんやな」
「付き合ってないよ」

 どうにか絞り出した勇気を、春歌はいとも簡単に一蹴する。たった一言で連れ去ってゆく。規則も常識も。俺が積み上げて縛られているものに、唾を吹きかけるように。