「や、やめろよ、驚かしたりとか、心臓に負担がかかることは」
少しどもりながらも、言うべきことは言うた。春歌が驚かす側はええけど、逆は禁忌や。だから俺は春歌を驚かせたことがない。子供がやりがちな、後ろからバァッてやつも絶対せんかった。その代わり俺が驚かされる。春歌の分まで、いくらでも心臓を使えばええ。それが最善策に違いないのに、柳瀬は依然、番犬のような目つきを変えんかった。
「お前が一番負担や」
柳瀬の口からこぼれた台詞に、顔を顰めるしかない。どういう意味や。明らかにそっちの方が無理強いてるやろ。
そんな言葉が喉まで出かかった時、教室に担任がやって来た。ホッとしたような、残念なような、複雑な気持ちで修了式の準備に入る。
まだ二十代で独身らしい、そんな噂がある女性教師に促され、みんな廊下に出た。
俺は教室のドア付近に立ち止まって、中の様子を眺める。最後まで教室に残っている生徒二人に、先生が急いで駆け寄った。後ろに一つにまとめた黒髪が揺れる。下ろせばさらりと靡くやろう、髪だけは春歌に似ていると思った。
「あの……柳瀬くん、青い髪はちょっと……青木さんも、肩につく髪は結んでもらわないと」
この距離なら、先生の話し声もよう聞き取れた。オドオドしながら、なるべく丁寧に注意している。あまり厳しく言うと、親からクレームが入ったりして、教育委員会で問題にされるとか。だから叱り方一つにしても、生徒に気を使う必要がある。
教師も大変な仕事やとか、校則は守った方がええとか、そんな考えは春歌の仕草に攫われる。漠然とした正義なんて、目の前の芸術には無力やと知る。それほどまでに、春歌が髪を掻き上げる姿は魅惑的やった。
「私たち、気を使ってる時間がないんです。明日死んでも不思議じゃないんで」
息を吐くように自論を唱える。これがただの反発なら、思春期特有の苛立ちなら、先生もいくらかやりやすかったやろう。
紛れもない事実を突きつけられて、先生は凍りついた。直接言われてへん俺でも、冷たい空気を読み取り唇を結ぶ。
それやのに春歌の一番近くにおる人物は、余裕たっぷりに微笑んでいた。
少しどもりながらも、言うべきことは言うた。春歌が驚かす側はええけど、逆は禁忌や。だから俺は春歌を驚かせたことがない。子供がやりがちな、後ろからバァッてやつも絶対せんかった。その代わり俺が驚かされる。春歌の分まで、いくらでも心臓を使えばええ。それが最善策に違いないのに、柳瀬は依然、番犬のような目つきを変えんかった。
「お前が一番負担や」
柳瀬の口からこぼれた台詞に、顔を顰めるしかない。どういう意味や。明らかにそっちの方が無理強いてるやろ。
そんな言葉が喉まで出かかった時、教室に担任がやって来た。ホッとしたような、残念なような、複雑な気持ちで修了式の準備に入る。
まだ二十代で独身らしい、そんな噂がある女性教師に促され、みんな廊下に出た。
俺は教室のドア付近に立ち止まって、中の様子を眺める。最後まで教室に残っている生徒二人に、先生が急いで駆け寄った。後ろに一つにまとめた黒髪が揺れる。下ろせばさらりと靡くやろう、髪だけは春歌に似ていると思った。
「あの……柳瀬くん、青い髪はちょっと……青木さんも、肩につく髪は結んでもらわないと」
この距離なら、先生の話し声もよう聞き取れた。オドオドしながら、なるべく丁寧に注意している。あまり厳しく言うと、親からクレームが入ったりして、教育委員会で問題にされるとか。だから叱り方一つにしても、生徒に気を使う必要がある。
教師も大変な仕事やとか、校則は守った方がええとか、そんな考えは春歌の仕草に攫われる。漠然とした正義なんて、目の前の芸術には無力やと知る。それほどまでに、春歌が髪を掻き上げる姿は魅惑的やった。
「私たち、気を使ってる時間がないんです。明日死んでも不思議じゃないんで」
息を吐くように自論を唱える。これがただの反発なら、思春期特有の苛立ちなら、先生もいくらかやりやすかったやろう。
紛れもない事実を突きつけられて、先生は凍りついた。直接言われてへん俺でも、冷たい空気を読み取り唇を結ぶ。
それやのに春歌の一番近くにおる人物は、余裕たっぷりに微笑んでいた。
