「性格悪いって、言われん?」

 率直に問いかけると、春歌は人差し指を口元に当てて、うーんと考えるふりをした。

「直接は言われないなぁ、女子は陰口叩くの大好きだから」
「……男子には」
桜牙(おうが)には言われる。性格最悪、でも愛してるって」

 さらっと言ってのけた台詞を、急いで巻き戻してみる。再生なんてしたくないのに、壊れたコンポみたいに繰り返して止まらん。そういえば柳瀬の下の名前、桜って入ってたな。入学したての自己紹介の時に、珍しいから印象に残ってた。春歌の春と共通の文字。二人がほんまに付き合ってるなら、ピンク色にでも染髪しそうなもんやけど。

「あいつの髪の毛が、青いんって――」

 俺の言葉は、春歌の人差し指に制された。さっきまで、春歌の口元に寄せられていたそれが、俺の唇に触れている。間接キスでさえないのに、なんでこんなに心臓がうるさいんやろう。
 
「ストップ。無駄話はこれで終わり。ピアノを弾きに来たんでしょ?」

 上目遣いのシャープな瞳。その中に映る自分を直視できず、口籠もりながら視線を逸らした。

「後、コレ、いつまでするつもり?」

 唇から移動する、春歌の指が次に示したんは、細い手首を掴んだ俺の手や。指摘されて初めて気づくと、急いで握っていた手を離した。
 焦って「ごめん」と謝る俺を無視して、春歌は近くに見えるドアの前に立つ。

「これが、拓人の部屋?」 
「そういえば、俺の部屋に来るん初めてやな」
「前に来た時は、拓人に追い返されたからね」

 薄い色の唇がかたどる、遠い記憶。蓋をしていた過去が、一気に目前に迫りくる感覚を得た。
 そうや、あの日、春歌がピアノを弾いた後、早く帰ってとお願いしたんや。お気に入りのグラスを割ったからとか、適当な理由をつけて、自分から誘っておきながら、強引に帰路に着かせた。そのくせあっさり帰った春歌に傷ついたりして、ずいぶん勝手やったな。だけどあの時は、他を考える余裕なんてなかった。床にぶちまけたオレンジジュースを拭く手が、ずっと震えてたんを覚えてる。

「あの時は、ほんまにごめ――」
「謝罪はいいから、もう十分、お腹いっぱい」

 ほんまに食べてるんかって聞きたくなるくらい、薄いお腹をさする仕草をする春歌。
 そうか、あの出来事の翌日、俺は必死に春歌に謝ったんや。嫌われたに違いないって、幼稚園にお菓子や絵本を持っていって、これをあげるからどうか許してほしいって懇願したっけ。それから持ち込みがバレて、幼稚園の先生に叱られるというオチまでついてきた。