「……だったらなに」
「この間のコンクールって、終わったのだいぶ前じゃないの?」
「……三日前」
「ふーん、三日も前のこと、まだ引きずってるんだ」

 俺にとっては今日も同然や。しつこいんはわかってるけど、上手く切り替えができん。

「そんなことで長く落ち込めるなんて、拓人ってホント幸せ者だね」

 カチンとくる。胸の深いところ、鋭利な小石を投げられたみたいに。

「……そんなことってなに。めっちゃ大事なことや。みんなコンクールのために、必死に練習してる。やのに、なんでそんなふうに言えるん」
「拓人が言ってほしそうだから」

 強く握りしめた手が緩む。ようがんばったねとか、次があるよとか、あたしにとっては一番やったとか。聞き飽きた耳障りのええ台詞は、蜃気楼のようにぼんやり霞む。そんな中で、春歌の言葉だけはストレートに届く。どんな時も、痛いくらいに。

「大変なんや、ピアノで賞を獲るって。今回のコンクールは参加者のレベルも高かったし、俺もあそこで、失敗さえ、せんかったら」
「そんな言い訳、プロで通用するの?」

 するわけない。わかってるから、バツが悪くて口籠ってるんやろ。

「甘やかされて育った拓人には、厳しい言葉だったかな?」

 クスリと笑う春歌、せっかく俺がシャツをかけてやったのに、未だに袖を通す気配がない。
 肩に引っかけたシャツの合わせ目から覗く、白い綿でできた下着、スポーツブラってやつか。地味やからあたしはつけんって、聞いてもないのに、いつか優希が言ってた。
 生地の範囲が広く、鎖骨の下から臍の上まですっぽり覆っている。その中に隠れた傷に比べれば、俺の悩みなんてちっぽけなもんやろう。だけど俺にもプライドはある。なけなしの、吹けば飛んでいきそうな。

「……なら、春歌も弾いてみたら」

 春歌をピアノに誘うんは、実に十年ぶりやった。今まででたった一度きり、幼稚園の年長時に家に呼んだ、あの日以来やった。

「そんなに大したことないって、バカにするなら、弾いてみたらええやろ、俺より上手く」

 まるで売り言葉に買い言葉や。そんなことをしても、コンクールの結果がよくなるわけでもないのに。この時の俺は妙に苛立っていて、ほんの僅かでも憂さ晴らしできたらええ、そんなことを考えていた。俺より少しだけ低い目線に立つ端正な顔が、ふっと愉しげに歪んだ。

「後悔しないでね」

 言ったそばからたじろぎそうになる、俺はいつも浅はかや。