☆バズった中華飯店の看板娘になりたい
今、バズってる中華飯店の
ショート動画が流れてきたとき、
私のなかで、電気が走ったような気がした。
エビチリ、四川麻婆豆腐、炒飯――。
看板娘は次々に中華を配膳していく。
それを食べるインフルエンサーよりも、
看板娘のほうが輝いて見えた。
私も中華飯店の看板娘になりたい――。
そう思いながら、
ファミマで買った、タピオカミルクティーを一口飲み、
一粒のタピオカを噛み締めた。
《欢迎来到中華街》
この物語は、ある中華飯店がSNSでバズったことにより、
それぞれの人に変化が起きていく話。
《目次》
・バズった中華飯店の看板娘になりたい・中華飯店の看板娘な君は可愛い・小籠包に、優しさを包み込むように・夜の飯店前の赤色ネオン・看板娘の悩み・ほかの女の話をされて、多少の嫉妬・不意にバズったら、もう一般人に戻れない・梨花の雨は似合わない・バズった中華飯店を、君としっかり楽しみたいのに・インフルエンサーは影役者・相性抜群・上海でテクノビートを刻むように・喜欢你・パンダカンフー・好好・倦怠期、特盛キャンペーン中・いつもの中華飯店の中心でも、君の気持ちが見つからないけど・今日も夜すら、越えられない予感しかしない・恋は弱肉強食・ま、いいか。って辛さを感じながら・雨の昼間、君と飲茶・ふわふわな夢を君と見続けたい・ネオ中華街、ロマンティシズム・上海レイニー・あっけない夏の恋だった・少しだけ涼しくなった中華街の路地で・回鍋肉を食べに行きたい・バズった看板娘に憧れて・我爱你・待たせてごめんね・あんまんの甘さで遠くを思う・からかい方が、独特な君・中華飯店の看板娘は、今日も続く・中華飯店の彼女になりたい・さよなら、中華飯店・もう、決めたんだ・新しくなった中華飯店の看板娘
☆中華飯店の看板娘な君は可愛い
中華飯店の看板娘の君は最高に可愛いよ。
そんな君なのに、「最近は憂鬱なことばかり」って、
珍しく僕の前で、そんな弱音をぽつりと呟いた。
ジャスミンティーが入ったグラスを手にし、
一口飲んだ君に僕は告げたい。
君のありのままを僕が守ってあげる。
☆小籠包に、優しさを包み込むように
君のいいところは、
わかりすぎる優しさを見せびらかさないところだよ。
小籠包のなかに優しさを包みこんだみたいに。
だから、君はときに誤解されることがあるけど、
僕は知っているんだ。
冷たさのなかに優しさを内包している。
☆夜の飯店前の赤色ネオン
赤色のネオンサインの飯店の前で、
iPhoneのインカメラで、ふたりの自撮りをした。
そのあと、すぐに美味しかった天津飯のことを
自然に話し始めるくらいだから、
また、この店、行きたいね。
☆看板娘の悩み
私が中華飯店の看板娘と呼ばれるようになってから、
ふと、自分がわからなくなるときが増えた気がする。
私もこの店が大好きだから、
まだ、頑張ることができる。
だけど、SNSで私の姿だけが、
独り歩きしているような気さえする。
それが一番、違和感だけど、
まかないの炒飯が大好きだし、
この街が大好きだから、私はまだ頑張れる。
☆ほかの女の話をされて、多少の嫉妬
「あの子、絶対、この中華料理屋さんの看板娘でしょ。
勝手に恋しちゃう人、いるんだろうな」
とか、私の前で言う必要があるのかなって思いながらも、
そのあと、その子が出してくれた、
酸辣湯の酢の香りで、
そんなどうでもいいことすら、忘れてしまった。
美味しそうな中華で、
簡単にそんなことを忘れてしまう私は、
やっぱり、彼にとって、都合がいい女なのかもしれない。
☆不意にバズったら、もう一般人に戻れない
写真を撮ることも増えた。
口説かれることも増えた。
なれないサインを何故か求められるようになった。
テレビにも出た。
街に出にくくなった。
街でも声をかけられて、
プライベートが見られているような気さえするから。
家のなかに閉じこもっている日が増えた。
街で彼と手を繋がなくなった。
その姿をスマホで撮られたから。
有名人じゃないのに、
有名人扱いに疲れたよ。
だけど、彼は近くの店で修行し続けている。
私が有名になれば、彼が中華飯店を開いたとき、
ワイルドカードになることができる。
だから、私は今日もフロアで炒飯を配膳する。
☆梨花の雨は似合わない
彼女を例えるなら、梨花の雨。
彼女の名前はリカという。
リカは僕の修行を待ってくれている。
僕が別の中華飯店で修行をしてる間も、
リカは待ってくれている。
もうすぐ、ふたりで中華飯店を開ける。
その所為で僕は君を泣かせている。
だけど、もうすぐこの悲しみの雨を終わらせるよ。
梨花帯雨。
君に雨は似合わない。
☆バズった中華飯店を、君としっかり楽しみたいのに
せっかく君と来たバズった中華飯店だから、
君との時間も味わいたいのに、待たせてごめんね。
そんなことを考えながら、
カウンター席にずらっと並んだ中華をようやっと口にした。
写真投稿用に何枚かiPhone16proに撮影し終えたあとだから、
一口食べた、油淋鶏は食べ頃だった。
甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。
ゆっくりそれを味わったあと、
ご褒美のレモンサワーが入ったグラスに手をかけたとき、
「美味しいね」と君に言われたから、少しだけほっとした。
☆インフルエンサーは影役者
あの中華飯店をバズらせたのは私だ。
私はインフルエンサー。
名も無いインフルエンサーになりたかった。
だけど有名になりたいし、
インフルエンサーで生計を立てたい。
小、中、同じクラスだったリカ。
まさか、地元から1000キロ以上離れた、
この中華街で出会うと思わなかった。
昔から、リカは美人で嫌いだった。
昔から、リカに嫉妬した。
幼馴染だから、仲良しだった。
だけど、リカは美人だったし、頭も良かった。
出来心だった。
リカと中華飯店のショート動画を作った。
めっちゃバズった。
私はリカを使って、動画で収益をもらった。
なのに、どうして虚しいんだろう。
私が流行らせた動画なのに、
リカばかりがトレンドになってるからかな。
☆相性抜群
星占いでは、君との相性は抜群みたいで、
そんな些細な事実だけで、笑いあった。
夕暮れの中華街のきらめくアスファルトは、
夏、そのもので、
夕暮れと共に始まる漢字のネオンのなかで、
君との親和性をより深めていきたい。
☆上海でテクノビートを刻むように
上海でテクノポップをAirPodsで聴くように、
軽やかな気持ちでいつもいられたら、
今、海岸公園のベンチで、
こんな物思いにふけなかったのに。
☆喜欢你
赤いチャイナドレスを纏ったときみたいに、
今、胸いっぱいに喜欢你って、
君に、おどけてながら呟いてみせるね。
それだけ君のことが好きだから。
☆パンダカンフー
「パンダカンフーを教えてあげるよ」
そんな冗談ばかり言う君に、
うんざりなんてしないよ。
だから、とっさにカウントを始めるよ。
「一、二、三、四――」
これが、ふたりのコミュニケーションだから。
☆好好
ハオハオな君にきゅんとしたって、
想像の100倍、超えるくらい、
君は丁寧に好きを返してくれる。
☆倦怠期、特盛キャンペーン中
倦怠期を吹き飛ばすために、
君に愛情を込めた赤を作りたくなったよ。
コミュニケーションがすれ違うなら、
新しい話題を作ればいいんだって思ったよ。
だから、溢れるくらい、
辛くて、切ない麻婆豆腐を君に作ってあげる。
☆いつもの中華飯店の中心でも、君の気持ちが見つからないけど
見つからない星屑を砂浜で探すように、
最近の君の気持ちがわからないよ。
久々にふたりのお気に入りだった中華飯店は、
バズって、以前の落ち着きは見当たらないし、
店の中心のテーブル席はより落ち着かない。
バズって、日常が一夜で変わっても、
自分は未だに変われないんだなって思うと、不甲斐ないよ。
君は変わらずに、この店の青椒肉絲は、
最高に美味しいって言ったから、
自分の悪いところだけを変えていこうと、ふと思った。
これまで通り、この恋が続く限り、
君の前では優しくなりたいと
強く心の中で誓った。
☆今日も夜すら、越えられない予感しかしない
あの中華飯店の看板娘を街で見かけてしまった。
誰かの腕を掴み、誰かとの世界は幸せそうだった。
一方、私はひとりきりで、未だに新しい恋の気配すらない。
そうだよね。
あの娘にだって、恋はあるよね。
そう、自分に言い聞かせながら、
夜になったばかりの中華街のネオン色を見ただけで、
ただ、泣きそうになった。
☆恋は弱肉強食
2週間前、デートで中華飯店に行った先輩の、
恋の噂でもちきりだった今日は、退屈すぎだった。
もたもたしていたほうが、悪いよね。
あのときの会話だって、退屈だったのかもしれないし。
家に帰ったら、
気になってたネトフリの新作を観ながら、
水餃子と鶏ガラスープで、ほっとしよう。
今日が癒えるまで。
☆ま、いいか。って辛さを感じながら
四川中華店で親友と豪遊している。
振られた話をしたら、
親友が笑い飛ばしてくれたから、
ま、いいかって少しだけ思えた。
四川火鍋で唇が痛んでも、
辛さを楽しみ続けよう。
この胸の痛みが癒えるまで。
☆雨の昼間、君と飲茶
昼間の中華飯店は、比較的穏やかで、
飲茶セットで君と優雅に過ごせるのは、最高だよ。
烏龍茶を飲みながら、
窓越しに雨の世界を見るのは新鮮だね。
雨が降り止むまで、君の笑顔をただ見ていたい。
☆ふわふわな夢を君と見続けたい
マーラーカオの四つ切みたいに、
柔らかさと甘さを含んだ毎日を君と過ごしたい。
☆ネオ中華街、ロマンティシズム
一列の赤い提灯が斜めに路地にかけられ、輝いている。
その奥にネオン色の中華看板が中華街をロマンティックにしている。
そんなうっとりする世界のなかを君と手を繋いで、
歩くのは不思議な気持ちだよ。
赤が連なる先に、バズった中華飯店があるらしいよ。
この不思議な時間をタイムラプスに閉じ込めるように、
今日を印象的な日にしたい。
☆上海レイニー
雨の上海のウォーターフロントは、
ビルの青さと、ネオンの色が混じった色をしている。
ふたりで傘をさしながら、
悲しみの色を含んだ世界のなかを歩いていると、
旅行なのに、サイバーパンクの世界に迷い込んだみたいだね。
ふと、不安になって、君に「楽しい?」って、聞くと、
「楽しいよ」って当たり前に返してくれたから、
少しだけほっとした。
☆あっけない夏の恋だった
杏仁豆腐の上の、さくらんぼみたいに、
甘く、切ない、ひと夏きりの恋だったね。
あっけなく終わった君との恋が、
いつか甘い思い出になれば、それで十分だよ。
☆少しだけ涼しくなった中華街の路地で
大鶏排で、顔を隠す君の姿を撮った。
秋が始まったばかりの中華街の路地に、
少しだけ涼しいが通り抜け、君の髪先がそっと揺れた。
ビルの壁によりかかりながら、
できたての鶏排をゆっくり食べよう。
お腹いっぱいになるまで。
☆回鍋肉を食べに行きたい
ぐるぐる目が回るくらい、毎日、忙しいから、
あの中華飯店の回鍋肉を食べに行きたい。
たまに都会での暮らしにうんざりすることもあるけど、
週末に頑張った自分に対して、
美味しいものを食べるご褒美を与えて、
なんとか、一人でもやっていけているんだよ。
だけど、もうそろそろ、辞め時かなって、思っている。
都会から離れて、誰もいない砂浜で、
ぼんやり海を眺めたい。
☆バズった看板娘に憧れて
中華料理屋さんの看板娘になりたくて、
最近、中華街のお店でバイトを始めた。
バズったあの娘みたいには、
まだ、なれないだろうけど、
定時上がりのつまらない会社員より、
性に合っている気がするよ。
あの娘の店とは真反対の南にある、
この店だけど、私は南を代表する
中華飯店の看板娘になるよ。
☆我爱你
酔った勢いで、我爱你って言うなら、
素面で好好と連呼してほしい。
それができるようになったら、
一緒に上海ガニ食べに行こう。
☆待たせてごめんね
どんなに餃子の焼き方が上手くなっても、
小籠包を包むのが上手くなっても、
恋愛が下手なままな気がする。
そんな情けない僕のことを待ってくれてありがとう。
今、君を迎えに行くから、待ち合わせ場所で待っててね。
☆あんまんの甘さで遠くを思う
秋色すら沈み込んだ夜の公園は寂しいね。
田舎ぐらしのふたりの高校生が行ける範囲は狭いけど、
ただ、君と一緒にいたいから、今日もこの公園に来た。
公園のベンチは白色LEDの街灯で照らされているけど、
その光量じゃ、君との恋がより寂しくなるだけだよね。
そんなことを考えながら、ふたりは今、
ベンチに座り、公園で買った、あんまんを食べている。
「バズってる中華飯店、一緒に行きたいな」
「なに食べたいの?」
「できたての胡麻団子」
そんなことを君がぽつりと言ったから、
都会だったらすぐに行けるのにって、
心のなかで、どうしようもならないことをぼやいた。
☆からかい方が、独特な君
「迷ってばかりの人生な気がするんだ」
そんなことを言いながら、
君は薄皮に包まれた北京ダックを一口食べた。
「迷うから人生なんじゃない?」
とか、それっぽいことを返すと、
君は、白い皿に乗ったままの北京ダックを指さした。
きゅうりと一緒に北京ダックが薄皮の中に包まれているだけだった。
「意味がわからない」
そう返すと、君は意味深に微笑んだから、
より、わからなくなった。
☆中華飯店の看板娘は、今日も続く
秋が深まって、
ようやく中華飯店は落ち着きを取り戻しつつある。
それでも、私は相変わらず声をかけられ続けているし、
お客さんと一緒に写真を撮るし、
なぜか、サインを求められる。
私のことを全世界に広めた幼馴染は、
今年の2月以来、会っていない。
あの一度きりの再会だった。
忙しくて、結局、地元に帰れなかった。
幼馴染にお礼が言いたいし、
どうして、インフルエンサーになったのかも知りたい。
なのに、中学のときに交換したままの、
LINEのトークすら開かなかったし、
向こうからも連絡が来なかった。
この夏、私はTikTokを始めた。
一瞬でインフルエンサーになれた。
そのことを彼女がどう思っているかはわからない。
だけど、きっかけをくれた彼女に、
「ありがとう」って、ただ伝えたいって思ってる。
☆中華飯店の彼女になりたい
アカウント作ったんだ。
同じインフルエンサーになったんだねって、
思いながらも、
フォロワー数はさすがに、まだ越されてなくてほっとした。
TikTokを閉じ、私はそう思いながら、LINEのアイコンをタップした。
そして、彼女とのトーク画面を開いた。
中学生のときのトークが残ったままで、
古い言葉遺産みたいな状態だった。
そんなトークを遡っていくと、
いつか、地元の中華飯店で食べた日のトークが出てきた。
そのことを振り返るなかで、
彼女は「中華飯店の彼女になりたい」って書いていた。
そんなこと、そんなときから思ってんだ。
って、そんな事実に私は、彼女には一生、かなわないなって、
ため息を吐いた。
☆さよなら、中華飯店
中華飯店、最終日。
私はみんなと記念撮影をした。
この春、この店を辞めることをTikTokにあげてたから、
今日も多くの人達が来てくれた。
ここ最近は、芸能事務所の人も店に来て、
名刺を渡されたりした。
だけど、私にはやりたいことがある。
それに向かっていたから、
今まで、頑張ってこれたんだ。
そんなことを思いながら、
店のドアを開け、店の名前が闇に浮かび上がっている
赤いネオンを見ると、自然に涙が溢れた。
☆もう、決めたんだ
もう、辞めることは決めた。
だけど、本当に一人でやっていけるか、
急に不安になったりする。
ある程度、お金も溜まったから、
ふたりでこの中華街を出ることにした。
僕は自分の腕だけで、
彼女を守ることができるのか。
彼女を自分の夢に巻き込みすぎていないかって、
不安になる。
だけど、もう、自分を信じるしかないんだ。
そう思いながら、慣れ親しんだ中華飯店から、
出て、僕は見慣れた店に一礼した。
☆新しくなった中華飯店の看板娘
夏になり、ふたりとも、まだ慣れていない土地で、
新しい中華飯店を始めた。
私は今、新しい中華飯店の看板娘――。
いや、中華飯店の店主の妻になった。
私は真新しいフロアに立ち、
彼が作った炒飯を運ぶ。



