桜が散るころ君と世界の儚さを分かち合う

 次の日もその次の日も桜子の能力のことについて頭から離れなかった。それは恐らく僕だけではなくて三人ともそう思っていたのだと思う。それは三人ともお互いに察していたと思う。いつもの何気ない日常が続きとある日異変が起こった。
 ホームルームが終わり、湿った空気が教室に満ちていた。ありまは相変わらず元気がない様子で、机に突っ伏したまま動こうとしない。

「二人とも。今日はもう帰ろうよ。雨止んだし、ちょっとだけ気分転換になるかも」

僕がそう言うと、ありまは顔を上げ「それもそうだね」と呟いた。桜子も、静かに頷いた。
僕らは三人で、雨上がりの通学路を歩き始めた。アスファルトは濡れていて、街灯の光を反射していた。水たまりに映る空は、どこかぼんやりとしていて、僕の心の中の「感傷的風景」をそっと呼び起こす。

「ねえ、遥人。雨上がりの匂いって、いいよね」

桜子が、僕にそう話しかけた。彼女の声は、雨音に溶け込むようで、僕の心を優しく包み込む。僕は、彼女の隣を歩いているだけで、胸が高鳴っていた。
その時、ありまが、僕らの背中をポン、と押した。

「二人とも、もっとくっついて歩きなよ!なんか、お似合いなんだから!」

ありまは、屈託のない笑顔で、僕をからかう。僕は、少しだけ恥ずかしくなって、桜子との距離を縮めた。
その瞬間、僕と桜子の手が、偶然にも触れ合った。
二人の指先が、僅かに重なる。僕の心臓が、激しく、そして甘く脈打つ。それは、不安でも、恐怖でもない。ただ、桜子を大切に想う、僕の恋心だった。
その時、僕らの目の前に、信じられない光景が広がった。
雨上がりの曇り空に、一瞬だけ、しかし鮮明に、見たこともないほど美しい虹が架かったのだ。
その虹は、七色ではなく、まるで桜の花びらのように、淡いピンク色に輝いていた。それは、僕がこれまで見たどんな絶景よりも、美しく、そして儚かった。

「……虹……」

ありまが、驚きで息をのんだ。

「でも、なんでこんなに綺麗なんだろう……?」

僕も、その虹の美しさに心を奪われていた。しかし、その時、僕の頭の中で、桜子が言った言葉が蘇った。

「私の能力は、単純な感情の強さだけじゃ、発動しないんだ」

僕は、桜子の方を振り返った。桜子も、僕と同じように、驚いた表情で虹を見つめていた。僕らは、喫茶店で、能力が発動する条件について話したばかりだ。僕と彼女の世界観が完璧に重なったときにしか、異変は起きないはずだった。でも、今は違う。ただ、手が触れ合っただけだ。その時、桜子が、ゆっくりと、僕の手をそっと握り返した。その温かさが、僕の心を温かく満たしていく。彼女の瞳は、まるで僕の心の奥底を見透かすかのように、僕を見つめていた。そして、その視線が、僕の恋心と重なった瞬間。僕の心臓が、ドクンと大きく鳴った。その時、空にかかった虹が、さらに濃く、鮮やかに輝いた。
僕も、桜子も、この異変が、僕らの**『両想い』**という、新たな感情によって引き起こされていることを、言葉を交わさなくても、直感的に理解した。桜子は、何も言わなかった。ただ、僕の手を、強く、優しく握り返した。上がりの空に架かった淡いピンク色の虹は、僕らがただ見ている間も、その色を鮮やかに増していった。それは、僕と桜子の手が重なったまま、離れられないでいるからだろうか。

最初に口を開いたのは、ありまだった。

「…ちょ、マジか。これって、さっき桜子が言ってた、アレ?」

ありまは、驚きと興奮が入り混じったような声で言った。彼女の目は、僕らの手と、空にかかった虹を交互に見つめている。

「まさか、二人の手が触れただけで、こんなことが起きるなんて!」

ありまは、怖がるどころか、物語の登場人物になったかのように、目をキラキラと輝かせている。

「ねえ、これって、やっぱそういうことだよね? 桜子が遙人のことを……その、なんていうか……」

ありまは、言葉を濁しながら、僕と桜子の顔を交互に見て、ニヤニヤと笑う。僕の顔は、きっと真っ赤になっていただろう。

「……たぶん、そうだよ」

桜子は、ありまの言葉に、静かに頷いた。彼女は、僕の手を握ったまま、僕の目をじっと見つめていた。その表情には、驚きや戸惑いではなく、どこか穏やかな安堵が浮かんでいるように見えた。

「だって、これまでは、遙人の**『感傷的風景』と私の『刹那・無常の美』が重ならないと、能力は発動しなかった。でも、今回は違う。私たちの心**が、ただ、強く惹かれ合っただけで、こんなことが起きたんだから」

桜子の言葉に、僕の心臓が激しく脈打った。僕の恋心が、彼女の**『儚さ』を増幅させるエネルギーだとしたら、彼女の僕に対する気持ちは、そのエネルギーを解き放つ、新たな『スイッチ』**なのだろうか。

「ひゃー!やっぱ、マジもんじゃん!」

ありまは、両手を合わせて、心底感動したように言った。

「これって、ただの恋の物語じゃないってことだよね!? この物語の『プロローグの煌めき』は、あたしの予想をはるかに超えてるよ!」

ありまは、僕らの間にある、言葉にできない感情を、自分だけの哲学で、肯定してくれた。彼女の存在が、僕らの重い秘密を、少しだけ軽やかなものにしてくれる。

「ねえ、遥人。怖くない?」

桜子が、僕にそう尋ねた。彼女の瞳には、僕の不安が映っているようだった。

「……怖くない、って言ったら、嘘になるかな」

僕は、正直に答えた。僕の恋が、彼女を消してしまうかもしれないという恐怖は、消え去ってはいない。

「でも……怖くても、僕は、この気持ちを止めたいとは思わない」

僕がそう言うと、桜子は、ゆっくりと、僕の手を強く握り返した。

「そっか。よかった」

桜子は、そう言って、優しく微笑んだ。その笑顔は、僕の心を温かく満たすと同時に、僕の心を決意させた。僕らの物語は、雨上がりの空に架かった淡い虹のように、美しく、そしてどこか切ない、新たな章へと進んでいく。そして、その物語の結末は、僕らの手の中に、託されているのだ。 

次の日の放課後僕らはいつものように図書室で自習をしていた。窓の外は相変わらずの雨模様だ。

「あれ、ありまはいないの?」

僕は隣に座っている桜子に問いかけた。

「ありま、部活に入ったんだって。たしかバレー部とか言ってた気がする」

「そうなんだ。ありまも背が高いから向いてるかもね」

「ありま、すごく輝いてた。部活には青春時代にしか味わえない煌めきがあるって言ってたな」

「ありまらしい動機だね」

こんな何気ない会話を展開してはいるが気になることはただ一つ。昨日の異変について、昨日は二人の世界観が重なり合ったのではなく、恋心の衝突によって起きた異変だとするならば今日この場で試したいことがある。一つは桜子の僕に対する想いを探ること。もう一つは異変がどのような行為に反応するのかを探すこと。この二つを念頭に置きながら僕は勇気を出して桜子に尋ねた。

「あのさ、桜子。昨日の異変についてなんだけど」

「うん」

桜子はか細い声で答えた。

「昨日の異変は二人の世界観の重なり合いではなくて、その...」

遥人の声は桜子よりも不安定で”恋心”という言葉が捻出しづらくなっていた

「遥人の言いたいことはわかる。恋心が衝突して起きた可能性がたかいってことでしょ?」

桜子はなんでもお見通しみたいだ。僕が思っていたことをドンピシャで当ててくる。

「そう。だから桜子の気持ちを確認したくて」

「私は遥人のこと好きだよ。友達として以上にね。恋人になりたいとかそれ以上に遥人は私にとっての最上級の儚さだからさ、でも恋心であることには変わりないかな」

桜子は淡々と話している。昨日の恥じらいが嘘だったかのように。

「そうなんだ。なんか嬉しいな。僕も桜子のこと好きなんだ。恋人にしたいというよりも僕の場合、桜子は僕の美的感覚を覚醒させるというか。その他にも一緒にいて安心するし。例えるなら広大な自然の中にいるみたいな、うまく説明できないけどそんな感じ。」

「そうなんだ、ありがとね」

桜子はとびきりの笑顔を遥人に向けた。そこにはお互いが好きあっている嬉しさとともに、これからも一緒にいたいというメッセージがあるようにも思えた。僕はその反則級の笑顔に心臓の鼓動を早ませる以外の選択肢はなかった。

「そうなると、昨日の異変は両想いだからこそ起きた現象と言えるね。だとするならば今この状況も異変が起き続けているはずなんだけど」

遥人は純粋に感じた疑問を桜子にぶつけてみた。

「それは私も思っていたんだ。でも今はなにも異変は起こってないね」

「もしかしたら単純に恋心がぶつかるだけだと異変は起きないのかな?」

僕らはこの問題に対し頭を悩ませていた。すると桜子がある提案をする。

「昨日みたいに手をつないでみない?もしかしたら具体的で特定の行為によって異変は引き起るのかも」

「そうだね、じゃあ手、握るよ」

「うん」

手をつないでも特に異変は起きなかった。起きたこととすれば両思いであることを確認できるほどに桜子の鼓動が聞こえてきたことぐらい。すると後ろから声が聞こえた。

「二人とも、熱々だねー」

突然後ろからありまの声が聞こえ僕らは驚いた。体温の上昇を感じすかさずありまがそれをからかった。

「ありま!今日は部活に行ってたんじゃなかったの?」

桜子が一番に焦り、今までの会話の内容を説明する。昨日の異変が恋心によって起きたことを確定できたこと、だとすれば今この状況も異変が起き続けるのではいかと仮説を立てたこと、具体的な特定の行為によって異変が引き起こされる可能性があるのではないかと考えたことをありまに説明した。

「わかったよ、そういうことにしてあげる。それでその異変の引き金については解決できたの?」

「ううん。解き明かしている最中なんだそれを確かめるために昨日の状況を再現していたんだ。」

「なるほどね。それで手をつないでたってわけね」

ありまはニヤニヤしながら、僕らの手元に視線を向けた。僕と桜子は、反射的に手をつなぐのをやめた。その瞬間、僕らの間には、甘くも少し気まずい沈黙が流れた。ありまは、そんな僕らの様子を見て、くすくすと笑った。

「で?結果はどうだったの?手をつないだだけで、なんかすごい異変でも起きたわけ?」

ありまの言葉に、僕は正直に答えた。

「いや、何も起きなかったんだ。それが僕らも不思議で…」

「そうだね。昨日みたいに、雨が桜の花びらに変わったり、図書館の時間が止まったりはしなかった」

桜子も、真剣な表情で僕の言葉を補足する。

「うーん……。手をつなぐだけじゃダメで、もっと直接的な行為が必要ってこと?例えば、キスとか!」

ありまの軽率な発言に、僕と桜子は顔を見合わせて、思わず顔を赤らめた。

「ちょっと、ありま!」

僕は声を荒らげて、ありまに文句を言った。するとありまは、「ごめんごめん、ちょっとふざけすぎた」と笑いながら、真剣な表情に戻った。

「でもさ、これまでの話を聞いて思ったんだけど、異変が起きる条件って、もっと複雑なんじゃない?」

ありまは、僕らの目の前にあるノートに、ペンを走らせ始めた。

「まず、大前提として今までの解釈だと世界観の重なりによって異変が起きていたよね。そして昨日の異変は帰り道に突如として起きた。偶然二人の世界観が重なった可能性もあるけど、あの時は二人の手が重なり合った瞬間に異変が起きた。恋心による異変という風にとらえたけどそれは間違いないと思う。遥人が桜子のこと好きなのはわかってたし、異変が起きたときに桜子も遥人を好きだということも分かったからそういうことだと思う」

ありまはいつもの奔放な態度から一変して真剣に推測している。

「それで、今恋心がお互いあることは確定してるはずなのに異変は起きない。つまり昨日のあの瞬間に要因があると思うんだ」

桜子がありまの推測に同意し、続ける。

「あの瞬間にはあって、今ないことと言えば、あの瞬間は初めて両想いになった瞬間だった。その両想いの始まりだからこそ異変が起きたんじゃないかな」

「商店街の時も手をつないでいたけれどその時桜子は僕に対して恋をしていなかったってこと?」

僕は気なったことを聞いてみた。

「うん、たぶんその時の感情を恋だと自覚できていなかったんだと思う。だから異変は起きなかったんだと思う」

「なるほどね、とりあえず異変については解決できたね」

「話変わるけど、ありま今日部活に行ったんじゃないの?」

「今日はとりあえず初日だから挨拶しに行っただけだよ、そして今日は図書館で自習するって言ってたから、後ろから静かに近づいて驚かそうと思ったら、熱々だったからこっちが驚いちゃって」

ありまはニヤニヤしながら語っていた。

「ありま!だからあれは実験のためであって...!」

ありまがからかって桜子が焦りながら弁明しようとするこの感じはもはや定番行事と化していて僕はいつも通りの日常が流れていることに安堵した。

真剣なムードからi異変の問題を解決できたという嬉しさに三人の空気は緩和され普段通りの会話が流れていた。この間にも雨は止むことなくむしろ勢いを増していた。窓に当たる雨粒ははじけ落ちてゆく。僕はそれを視覚的にとらえながらありまと桜子のやり取りをBGMとして日常を堪能していた。