お守りリボン

 二日目の朝。体が揺すられる感覚で目を覚ます。
 「おはよ」
 「ん……おはよ……」
 時刻は恐らく六時辺りだろう、朝がそこまで強くない僕にとっては早すぎる朝だ。
 学校の近くに住んでるからいつもはもうちょっと寝られるのに………
 「すごい髪ボサボサだよ?」
 「え、ほんと?」
 僕は急いで鏡の前に行こうと立ち上がると足を滑らせて背中から着地してしまった…………と思いきやそんなに痛くない……何なら倒れる途中で止まったような………
 目を開ければ心配そうに僕の顔を覗き込むまーくんがいた。
 「大丈夫?」
 「!?」
 どうやらまーくんが俺を受け止めてくれていたらしく、お姫様だっこのような格好で支えられている。
 「だ、大丈夫」
 「そう、ならよかった」
 まーくんはそう言って僕の体を起こし、頭を撫でてきた。
 「なっ…………」
 「はい、これで直った」
 どうやら頭を撫でてきたのはボサボサになった髪を元に戻すためだったようだ、そういうことではなさそう。
 「ありがと…………」
 「どういたしまして」
 朝から顔を合わせづらい。とりあえずスマホで時間を確認し荷物をまとめる。
 「そうだ、昨日すぐ寝ちゃってたから教えれなかったけどピンスタとかBeeReal入れる?」
 「あ、うん入れとく」
 そういえばそんな話してたな、なんて思いつつ僕らは朝食の会場へと向かった。
 「はるぴおはよー!」
 会場に到着したと同時に声をかけられる。
 狸塚さんは相変わらず元気そうだ、隣の相葉さんは眠そうにしながらスマホをいじっている。
 「あれ?ゆーは?」
 「あそこにいる」
 まーくんが指さす方向には座りながら机に伏せて寝ている梶くんがいた。
 周りを見ると同じように寝ている人がチラホラいて意外と朝が弱い人って多いんだなと少し安心した。
 「ゆー!起きろー!」
 「うるせぇな………」
 「おはよ、梶くん」
 「ん、あー遥輝かおはよ」
 そう言って梶くんは僕の方を見て小さく手を振ってくる。
 「遥輝隣来るか?」
 「え、いいの?」
 陽キャイケメンの方からお誘いされるなんて夢なんじゃないか、嬉しいとかじゃなく本当に相手から来いなんて言われたことがない。
 「断る」
 そう答えたのは僕ではなくまーくんだった。
 そしてまーくんは椅子を引き、まるで座れと言わんばかりに僕を見つめてくる。
 「おー!真人さんきゅー!」
 「お前じゃねえよ、はるくんおいで」
 まーくんはそう言ってさっきよりも強く僕を見つめてくる。
 梶くんに助けを求めようと視線をずらすも「座ってあげないの?」的な視線で見つめられて座るしかない状況だった。
 嫌なわけじゃないがなんか、怖い。これが一軍のコミュ力なのか、圧がすごい。
 「じゃあお言葉に甘えて」
 「じゃあ俺隣座るね」
 「うん…………ん?」
 まるで息を吐くようにサラッと言うもんだから頷いてしまった。今隣に座るって言ったんだよな。
 そしてまーくんは宣言通り、僕の隣の席へと座ってきた。
 「嫉妬だ」
 「真人ってめっちゃ嫉妬深いね」
 梶くんと相葉さんはまーくんに対してそう嘆く。
 「違うよな、はるくん」
 「え、嫉妬なの?」
 僕がそう答えるとまーくん以外の三人が驚いた表情でこっちを見た。
 「嫉妬だよ?」
 「はるぴって鈍感?」
 「遥輝に何か起こる前に剥がした方がいんじゃね」
 そこまで言われるか、このくらい幼なじみなら普通だと思ってたけど違うっぽそう。
 「俺が隣来なって言ったそれを断るって嫉妬だよ」
 「そうなんだ?」
 「梶が嘘ついてるだけ、友達なら普通」
 「友達なら誰が隣でもいいだろ」
 それはそうかも、僕も正直隣は誰だっていい、こんなグループに入れてること自体まだ信じられないのだから。
 「はるくんは俺隣じゃ嫌?」
 「い、嫌なんかじゃない…………むしろちょっと安心する………かも」
 まぁ、梶くんや狸塚さん達に比べればまだ幼馴染のまーくんが隣の方がちょっと安心する、と言ってもやっぱり好きな人の隣はそれはそれで気まずいし梶くんの隣の方がよかったかもしれない。
 「そう?よかった」
 「えー、今からウチの隣来なよはるぴー」
 「遠慮しとく」
 また僕が答える前にまーくんが代わりに答えだしてさっきのように梶くん達からは「嫉妬だ」や「やっぱ嫉妬深すぎ」という声があがる。
 「はるくんの隣は俺の特権な」
 「はいはい、それでいいよ」
 あまりにまーくんが僕にべったりだからか梶くんと相葉さんは半ば諦めモードだ。
 狸塚さんは椅子を僕の方にちょっとずつ寄せてはいるがまーくんはもっと大胆に椅子を寄せてきている。
 「ほらはるくん、この唐揚げ美味しいよ」
 「ん、ありがと」
 「はるぴ!こっちの卵焼きの方が美味しいよ!」
 「ありがと」
 「はるくん、このキノコのサラダ美味しいから食べて」
 「はるぴ、このポテサラマジで美味いよ」
 「あ、ありがとう…………」
 二人はこんなに食べ切れないってくらい渡してくる。ただ善意で渡してくれてるし断りにくい…………
 こんなにどうしようかと戸惑っていると向かいから誰かの箸を持った手が伸びてきた。
 「んー確かに美味いわ」
 「えっ、梶くん」
 僕の皿から次々とおかずを持っていく梶くんを呆然と見つめていると突然狸塚さんが僕の皿を持ち上げた。
 「これゆーのじゃねえからはるぴのだから」
 「遥輝こんなに食えねえだろ、畑中も狸塚もやりすぎ」
 「「うっ…………」」
 二人は痛いところをつかれて何も言えないのか黙り込んでしまった。二人が黙り込んでいる間にも梶くんは山盛りになった皿からどんどんおかずを食べていってあっという間に一人前よりちょっと少ないくらいの量にまで減った。
 「これくらいでいい?食べたかったのとかあった?取ってくるよ」
 「いや大丈夫、ありがとう」
 「俺食いすぎたから寝とくわ、時間なったら教えて」
 そう言って梶くんは肘を立てて眠りにつこうとするもそれはちょうどおかわりを取りに行っていたっぽい籬先生に阻まれた。
 「梶くん、眠いのはわかるけどここで寝ないでよ」
 「はーい、じゃあ部屋戻りまーす」
 「あなたねぇ、なんでそう屁理屈言うのよ、ここでねんねしちゃメ!置いてくよ!」
 「俺赤ちゃんじゃねえっす」
 「なら寝るなよ」
 ごもっとも。
 籬先生は子供がいるから怒る時は子供に怒る時と一緒に扱ってくるって話は割と有名。人目を気にせず赤ちゃん扱いしてくるから一部からは恥ずかしくて怒らせられないと言われてる。
 「遥輝食べ終わった?」
 「まだだけど…………」
 「あーんしてやろっか」
 「大丈夫、はるくんは一人で食べれる」
 また僕が答えるより先にまーくんに答えられてしまった。してもらうつもりはなかったし別にいいんだけど。
 「お前に聞いてねえよ」
 「お前にあーんなんかさせねえよ」
 「まぁまぁ………」
 「真人って遥輝のことになるとキャラ変わるよな、なんで?」
 その言葉にまーくんはピタッと止まる。
 「それは………」
 「まぁ俺は遥輝取らないから安心しな」
 「何がだよ」
 「さあね〜」
 梶くんはそう言いながらスマホを取り出す。
 まーくんの方を見ると目が合ってしまった、ずっと見つめてくるけど何か付いてるのだろうか。
 「な、何か付いてる?僕の顔」
 「………かわいい顔が付いてる」
 「えっ?」
 「なんて、そういえばピンスタとかやりたいって言ってたな〜って」
 「さっきなんて…………」
 ジロジロ見つめられて話をちゃんと聞けてなかったけど何か言っていたのはわかる。
 梶くんや狸塚さん、相葉さんは聞いてるかもと目線を送るが誰も教えてくれない。なんならピンスタという言葉だけ聞き取ったかのようにスマホを持ちながらこちらを見てくる。
 「はるぴピンスタ始める!?」
 「えっと、うん?」
 「じゃあ俺と交換しよ」
 「ウチともしよ〜」
 「私もしたい」
 陽キャってすごい、僕なんかにも交換しようって言ってくれるなんて。裏があるんじゃないかと思うくらい。
 「まずストアかCoogleとかでピンスタって調べてアプリ入れよ」
 「うん、入れれた」
 「じゃあそのままアカウント作成して終わり」
 「結構簡単なんだね」
 僕がメアドやIDを設定し終えると狸塚さん達は待ってましたとフォローとかフォロバとかハイスピードで教えてくれて今いる四人とはあっという間にピンスタで繋がってしまった。
 「あでもはるくんは鍵垢にした方がいいかな」
 「かぎあか?」
 SNSはおじいちゃんすぎて分からない。親もするタイプじゃないから尚更鍵垢とか初めて聞くワードだ。
 「鍵垢っていうのは特定の人にしか見せれないアカウントとこと、変なやつ寄り付かないよ」
 「そうなんだ?」
 「そう!下の欄の一番右のアイコン押して上にある三本線押して」
 まーくんの言われるがまま僕はさっき言われた通りに操作した。
 「これでどうするの?」
 「それじゃあちょっと下の方にアカウントのプライバシーってあるでしょ?それをオンにするの」
 「なるほど?」
 まーくんの言う通りその項目があったのでとりあえずその項目をオンにした。
 「これで終わり」
 「ありがと、写真はどうやるの?」
 「それは下のプラスボタンで」
 「ほんとだ、ちょっと投稿してみる」
 「うん、がんばれ」
 とりあえず写真選んで次へを押せばいいんだよな、それで…………これはよく分からないしまた次へ押してシェアで投稿かな…………
 「えー!これはるぴの弟くん?」
 「そうだよ」
 「かわい~!何歳?」
 「今年で四歳」
 「結構歳離れてんだ」
 よかった、ちゃんと投稿できたみたい。
 優唯の話をしているとちょうどお母さんから電話がかかってきた。
 「一旦出るね」
 「おっけ~」
 「多分弟が電話してきてるからどうせならここで出ようかな」
 「えっ、三歳の子が!?」
 「いや正確にはお母さんの携帯でしてもらってるかな」
 「確かにそりゃそうか」
 あまり長話(ながばなし)して電話が切れてもあれだし一旦僕は通話開始ボタンを押した。
 「もしもし?」
 「にーちゃ!」
 「優唯いい子にしてた?」
 「う!ゆい、いいこだった」
 「ふふっ」
 弟に好かれていて一番嬉しいのがこういう時間だろう。何気ない会話も全てが微笑ましい。
 これから大きくなるにつれてやっぱり距離が開いたりもするだろうし今は優唯のための時間も大切にしたいな。
 「えー!かわいい!」
 「写真で見るよりかわいいじゃん」
 「お前も見たら?真人」
 梶くんがそうまーくんに声をかけるがまーくんはこっちは見るがカメラには入ってこようとしない。
 「なんでまひ来ないの?はるぴの弟くん超かわいいよ!」
 「急に知らんやつ何人も出てきたら怖いだろ」
 「まーそれは確かに?」
 いや、違う。多分優唯がまーくんを警戒してるからだろう。多分というか絶対。
 肝心の優唯はというと「誰だこいつら」と言いたそうな顔で僕の返事を待っている。
 「優唯もうすぐ保育園だろ?早く行かないと」
 「う、いーてきま」
 「行ってらっしゃい、僕も行ってくるね」
 「きょー、かえーてくる?」
 「今日は無理かな、まだあと三日あるから我慢できるか?」
 僕がそう言うと優唯は悲しそうな顔をするが小さく頷く。それを見た相葉さんはほっこりしてそうだったけど狸塚さんは自分の弟かのように笑顔で手を振っていた。
 梶くんは最後まで通話に入ってこようとしなかったまーくんを何かを察したような目で見ていた。
 「なるほどね、最強のライバルだからか」
 「え?何が?」
 「いや、遥輝は気にしなくていい」
 気にしなくていいって言われると逆に気になる………
 「でも別に鍵にする必要ないよな」
 「いやある、はるくんもこの四人以外フォロー通さないで」
 「縛らなくてもいいだろ、重すぎ」
 「大丈夫だよ、まーくんは僕のこと心配してくれてるんだもん、変な人に絡まれないようにって」
 僕がそう答えると梶くんはジッと僕とまーくんを見つめ「…………そう」とだけ呟いた。
 「幼馴染だもんね、これくらい当然」
 「そうなんだ………」
 隣で聞いていた相葉さんはなんだかちょっと引いてるような気がする、僕がおかしいのだろうか…………
 みんなで話してる間にも時間は過ぎあっという間にホテルを出る時間になってしまった。
 「「ジャンケンポン!!」」
 「「アイコでしょ!!」」
 ホテルを出た後のバスの席決め。
 まーくんと狸塚は僕の隣をめぐってジャンケンをしている。
 「また俺隣行けば………」
 「梶はもういいだろ」
 「ゆーは座らないで」
 二人は梶くんを突っぱねてまたジャンケンを始める。
 「よっしゃ勝った!」
 もうあと数秒で発車するという時間でようやく狸塚さんが勝ち僕の隣になることになった。
 「もう一回!」
 「ダメです〜はるぴよろ〜!」
 「よ、よろ…………」
 相変わらず狸塚さんは距離が近すぎるような気がする………狸塚さんに限らずこのメンバーで僕なんかが隣とか月とすっぽんだ。
 「どんまい、畑中くん」
 「………あぁ、よろ」
 今回まーくんの隣は相葉さん、その後ろに梶くんだ。
 「真人明らか残念そうな顔じゃん、撮ったろ」
 「ウチも撮る〜」
 「じゃあ私も!」
 そう言って三人はジャンケンに負けたのがよほど悔しかったのか凄くしょぼくれているまーくんに向けてスマホを向ける。
 (なんか、優唯みたいだな…………)
 僕と一緒じゃないと明らかに凹むところとかそっくり。普段はかっこいいのにこういう所はかわいいな、これがギャップ萌えなのかな?
 「俺のはるくん…………」
 「別にお前のじゃねえだろ、独占欲強すぎなんだよお前」
 「あはは………じゃあこれ、食べる?」
 僕は少しでも元気になればとカバンからグミを取りだしまーくんに差し出す。
 「ありがと、一生大事にする」
 「いや、食べてよ…………」
 でも隣がまーくんじゃないとちょっと寂しいな…………

 数十分後、僕たちはとうとう目的地である富良野に到着した。
 一面に広がるラベンダー畑が遠くに見え微かにラベンダーの香りがするような気がする。
 「はい、それじゃあトイレ休憩の後に出発します。今お土産買ってもいいですが間に合わないのなら置いていくのでお土産買う時間まで待てる人はスマホでも触って待っててください」
 「ね、遥輝一緒にトイレ行こ」
 「え?でも僕別に…………」
 「いいからいいから、あ真人も来る?」
 「…………行く」
 「じゃ、決まりね」
 「え?ちょっ………」
 断る隙もなく僕は梶くんに強制連行させられてしまった…………
 「僕別にトイレ行きたい訳じゃ…………」
 「俺が行きたかったの、一人じゃ嫌だし」
 一人でトイレに行くのが普通じゃないのか?…………でも普段ずっと一人だったから気にしてなかったけど陽キャ達はだいたい集団で行ってるような気もする…………
 「じゃあトイレの前で待ってな、俺と真人でおちっこしてくる」
 「う、うん」
 ちょうどベンチがあったのでそこに腰かけ二人を待つことにした。
 (今でも信じられない…………)
 顔面偏差値バリ高陽キャ軍団に僕みたいな根暗で空気の陰キャが入れるなんて…………
 「ねね、えーっと………はる……くんだっけ?ちょっといい?」
 僕がボーッと座っていると突然同じクラスの女子から声をかけられた。
 「なんですか………?」
 「はるくん?ってさ真人くんと一緒の班なんだよね?」
 「うん……そうだけど」
 「ピンスタ教えてくんない?真人くんの」
 ピンスタ………勝手に教えていいのかな?とりあえず理由聞いてからにしたら許してくれるかな。
 「なんで?」
 「なんでって?」
 「……なんでまーくんのピンスタ知りたいんですか」
 女子は一瞬怪訝な顔をしたがため息をついて僕の方に近づいてきた。
 「そりゃ真人くんと付き合いたいからに決まってんじゃん、それくらい察してよ」
 「え………」
 「で?早く教えてよ」
 (教えたら帰ってくれるのだろうか、いやでも………)
 「……まーくんのことが好きってことですか」
 「そうだけど?察し悪」
 「………い」
 「え?」
 「教えない………絶対」
 教えたくない、まーくんを取られる気がしてものすごく嫌だった。
 「は?別に教えてくれてもいいじゃん」
 「まーくんだって別にみんなと繋がりたくないかもでしょ、だから教えない」
 僕がそう答えるとまた怪訝な顔をしてこっちを睨む。
 「アンタもしかして真人くんのこと好きなの?」
 「は…………」
 「ホモかよ、お前なんかが隣行かないでくれない?気持ち悪い」
 そう言われた瞬間心がものすごく抉られるのを感じた。
 今までまーくんのことをそういう目で見ていることなんてバラしてないしバレてる人もそんなこと言ってこなかった。
 「お前より私の方が隣似合うから、早くピンスタ教えて」
 もう教えた方がいいんじゃないか、そう思いスマホを取り出してピンスタを開こうと電源を付けるとそれは誰かに止められた。
 「何してんの?」
 「えっ、真人くん」
 女子の方を見るとそこにはまーくんが壁に手をついて女子を睨んでいた。
 僕の手を止めたのは梶くんだった。
 「教えなくていいよ、後は真人に任せとけ」
 「えっ………うん」
 僕は梶くんに宥められながらスマホをポケットにしまう。
 ふと女子を見るとまーくんが怒っているのを感じて焦っているのがすぐわかった。
 「これは………!はるくんが具合悪そうだったから!」
 「嘘つくなよはるくん泣きそうじゃん」
 「泣きそうなくらい具合悪いんだよ!きっと!」
 そんなことは無い。けれど僕が口を挟んだらめんどくさい事になりそうだから梶くんの方に寄ってただ二人を見つめていることしかできない。
 「んなわけねえだろ、それなら俺が気づいてる」
 「急に悪くなることだってあるよね」
 「はるくんに限ってそんなことは無い、お前本当は何したかったの?カツアゲ?」
 「それは………!本当に………」
 「もういいよ、梶行こうぜ」
 そう言ってまーくんは僕の手を掴みバスの方へと向かった。振り向くと女子はただこちらを眺めベンチの横で突っ立っていることしかできないようだった。
 「ごめんね、はるくん怖い思いさせて」
 「大丈夫………でも僕………」
 「うん、大丈夫だよ。ゆっくり深呼吸しよ」
 まーくんに背中をさすられ僕はゆっくり息を吸い込んだ。
 「僕………あの人がまーくんを好きだからピンスタ教えてって言われて…………」
 「うん、俺がトイレ我慢してれば…………」
 「すごく嫌だった…………」
 「うん…………ん?」
 落ち着いたので顔を上げるとまーくんが僕の顔を驚いた目で見つめていた。
 「え?嫌だった?」
 「………うん」
 気づくとさっきまで隣にいたはずの梶くんがいつの間にか消えて実質まーくんと二人きりになっていた。
 「そっか、ありがと」
 「………勝手に断ってごめん」
 「いいよあんなのそれに俺、はるくんが嫉妬してくれたことの方が嬉しい」
 「し、嫉妬なんかじゃ………」
 こんな気持ち、バレたら嫌われる。ゲイだ、なんて絶対に言えない。
 「まぁ嫉妬じゃなくてもはるくんは俺の事好きでいてくれてるんでしょ?」
 「…………うん」
 友達としてなんて、言ったら自分の中でも友達のまま終わりそうでなんだか言えなかった。
 「懐かしいね、なんか」
 「………うんそうだね」
 「覚えてる?あの時の約束」
 「え?どれ?」
 「けっ………」
 まーくんがそう言いかけた途端先生から集合の声がかかった。
 「もう行かないと置いてかれちゃう」
 「え?ああ、そうだな」
 まーくんはちょっと残念そうにしながらも僕の隣で一緒にみんなの元へと戻って行った。

 「それじゃあ、ここから自由時間!言っとくけど生えてる花は摘むなよ!」
 「「はーい」」
 とは言ってもラベンダー畑くらいしかないから自由時間と言っても自由にラベンダーを見て回る時間になりそうだけど。
 「で?進展は?」
 「お前に言う義理はない」
 「えーせっかく先に戻ってやったのに」
 「ねえねえまーくん、見てこれ」
 僕はまーくんの腕の裾を引っ張りしゃがみこむ。
 「ピンクのラベンダーなんてあるんだ」
 「ね、僕も初めて見た」
 「写メ撮る?」
 「撮りたい」
 そうしてトントン拍子でスマホを見てはニヤけてしまうくらいラベンダーをバックにまーくんとのツーショットを撮りまくった。
 「そろそろ俺も入れて、そういや狸塚達は?」
 「女子軍団に誘われてたから行くってさ、狸塚はめちゃくちゃ悩んでたけどあっち行った」
 まーくんが指をさす方を見ると狸塚さん達が楽しそうに踊ってるのが見えた。
 「ここでチックタック撮るのか、迷惑だろ」
 「一応撮影OKなんじゃね?それに動きちっちゃいし怒られないギリギリ攻めてんな」
 チックタック………名前は聞いたことあるけど触ったことがない…………やっぱり最近陽キャ達に話題なSNSとかはよく分からないな
 「ほら、三人で撮った」
 「俺一枚だけのくせに遥輝とは十枚くらい撮ってんじゃん」
 「はるくんだもん」
 「え、でもまぁ………梶くんがもっと撮りたいならいいんじゃない?」
 僕がそう答えるとまーくんは仕方がなさそうにスマホを上げシャッターを押す。
 「はい、これで満足?」
 「………まあいいよ、これで」
 「次どこ行きたい?」
 まーくんがそう聞いてきたと同時に僕のお腹の音が鳴った。
 「じゃあそこのお店行くか」
 「…………うん」
 (めっちゃ恥ずかしい………引かれちゃったかな)

 そうして僕達がラベンダー畑の向こうに建つ小さなお店に入ろうとした瞬間だった。
 「ベチャ」
 (ベチャ?)
 下から音がしたので向くと小さい子供がアイスのコーンを持って尻もちを着いていた。そして制服のズボンにはソフトクリームと思われし物がべっとりと付いていた。ひんやりしていてちょっとビクッと来たが今はそれどころではない。
 「おでのゾフドグリーム………」
 「だ、大丈夫?怪我は?」
 「ほら!走ったら危ないって言ったでしょ!」
 「ゾフドグリーム゛がああああ!!!」
 男の子は僕にしがみついてギャン泣きだ。僕はただ背中をさすって宥めることしか出来ない。
 「ごめんね、僕達のせいで」
 「学生さんですよね、制服まで汚しちゃってすみません………ほら大雅(たいが)!立ちなさい!」
 「ゾフドグリーム食うまで帰んないいいい!!!」
 「我儘(わがまま)言わないの!」
 僕がどれだけ落ち着かせようとしてもなかなか泣き止む気配がない。どうしたものかと困っているとまーくんが店の中へと入っていった。
 「ソフトクリーム四つください、あとタオルとかあったら借りてもいいですか?」
 「はいよ、ちょっと待ってな」
 そしてカウンターのおばさんは急いでソフトクリームを巻き四つを差し出した。
 「タオルはごめんね、うちには汚いのしかないから貸そうにも貸せないのよ」
 「そうですか、ありがとうございます」
 そしてまーくんはソフトクリームを持ってこちらへ近づいてくる。
 「ほら坊主、ソフトクリーム」
 男の子はその言葉に反応し、涙でぐしょぐしょの顔のまままーくんを見上げソフトクリームを受け取る。
 「えっ、そんな、いいですよ!」
 「いえ、俺が人数分頼んだと思ったら一つ多かっただけなんでいいですよ」
 そう言ってまーくんは男の子の頭を軽く撫でる。
 「美味いか?」
 「うん!おじちゃんありがと!!」
 「その人はおじちゃんじゃないでしょ!お兄さんよ!」
 「いいですよ、気にしないんでそれじゃ俺らはそろそろ集合時間なんで」
 まーくんはそれだけ言い残し僕達を連れて店を後にした。
 「ありがとうございました」という女性の声が後ろから小さく聞こえた。
 「意外だね〜真人があんなことするなんて」
 「あ?そう」
 まーくんはキレ気味に返したかと思えば持っていたソフトクリームを勢いよく梶くんに突き出す。
 「冷ってぇ!鼻についたじゃねえか!」
 「ほら、はるくんもどうぞ」
 「ありがと」
 「遥輝には普通に渡すのかよ」
 「はるくんはこういうのされるの苦手だから」
 「俺だって嫌なんですけど」
 「そんなことよりズボン大丈夫?」
 「うん、一応持ってたティッシュで拭いた」
 とはいえズボンはまだベタベタだから見えないように捲ってはいる。
 「ふーんまぁとりあえず後で着替えるか」
 「うん、そうする」
 そして僕達はソフトクリームを食べ終わり入口付近まで戻った。
 「まだ時間あるしお土産でも買いに行くか」
 「どんなのあるんだろ」
 「ラベンダーの種とか?」
 「ありそー」
 「ラベンダーの入浴剤とか?」
 「それ普通にスーパーとかで売ってるだろ」
 「確かに」
 そんな話をしながら土産店に入ると商品が全然見えないくらい生徒でいっぱいだった。
 「混んでんなー」
 「減るの待つ?」
 こんなに混んでちゃ陰キャの僕の声なんて届かない。減ってきた頃狙った方が楽だと思って二人に提案してみた。
 「はるくんは外行っていいよ、俺がはるくんの分も買っとく」
 「え、いいよそんなの」
 「じゃあ俺のも買ってきて、まーくん♡」
 「お前は自分で買いな、はるくんは遠慮しなくていいよ」
 確かにまーくんならイケメンオーラで道が空くかもしれない………けど…………
 「僕まーくんと一緒に選びたい…………ダメ?」
 「そんなことない、じゃあ外で待ってよ」
 (よかった、気持ち悪がらたりはしてないみたい)
 「俺は?」
 「あ?とっとと買ってこいよ」
 「酷くない?」
 梶くんはまーくんと話した後ブツブツなにか言いながら土産店の中へと消えていった。
 「着替えってあるんだっけ?」
 「ジャージなら」
 「まぁそうだよね、でもよかったねラフティングとかなくて」
 「うん」
 まーくんとこうして駄弁れているのは嬉しいけど日差しが眩しくて暑い、最近はもう五月でも夏なのでは?ってくらい暑くなってる気がする。
 僕がちょっとでも涼しくなればと襟を使って扇いでいると突然まーくんが何かを思い出したかのようにカバンの中を探り出した。
 「これ使う?」
 そう言ってまーくんが取り出したのは手持ちの小型扇風機だった。
 「いいの?ありがと」
 「なんならあげる、このキーホルダーのお礼」
 まーくんはカバンについた僕があげたひいこにゃんのキーホルダーを指でつまんで見せてくる。
 「そんな、貰えないよこんな高いのそのキーホルダーだって五百円もしなかったし」
 「プレ値で億超えてるよ」
 「プレ値って…………」
 僕にそんな価値ないんだからなんならマイナスじゃないか………
 「はるくんもいつもカバンにかわいい猫ちゃん付けてるよね」
 「えっ?うん、そうだね」
 「あの猫についてるリボンさ…………」
 まーくんがそう言いかけたその時だった。
 「あー!はるぴだー!!」
 「あ、狸塚さん」
 「もー、瑠奈でいいって!」
 「る、瑠奈……さん」
 「さん付けなくていいよー!はるぴもお土産買いに来たん?」
 僕は小さく頷きお店の方をチラッと見る。
 「そろそろ空いてきたね、行こっかはるくん」
 「ウチも行く〜」
 「お前は一人で買っとけ、俺達もう約束してるから」
 「ごめん………」
 狸塚さんには申し訳ないがこうしないといけない気がした。
 こうしたかったのもあるし。
 「アロマディフューザーだって、買う?」
 「あろまでぃ……って何?」
 「芳香剤みたいなやつ、ラベンダーの香りだってさ」
 「買ってみようかな」
 僕はそのアロマなんちゃらの箱を取り値段を見る。
 (げっ、こんなにするのか)
 今のご時世物価高が進んではいるがこんなにするとちょっと買う気も失せてしまう。
 (でもせっかくの修学旅行だし………仕方ないか)
 僕はアロマなんちゃらをカゴに入れる。
 「あ、これかわいい」
 ふと目に入ったのは白い鳥のキーホルダーだった。
 シマエナガというらしい。
 (ゲッ、これより高いじゃん)
 なんでみんなこうも千円を余裕で超えてくるのだろうか。みんながみんな富裕層だと思っているんじゃないか、でも欲しい…………
 「それ欲しい?」
 「あ………いや、欲しいけど」
 「じゃあ俺が買ってあげる、二つ分」
 「えっ」
 まーくんは本当に二つキーホルダーを取ってレジに並んだ。
 「いいよ、高いし諦めるよ」
 「はるくん欲しくないの?これ」
 「欲しいけど………」
 「じゃあ誕生日プレゼントってことで、明明後日(しあさって)でしょ?」
 そう、修学旅行最終日は僕の誕生日。覚えててくれたんだ。
 「うう………じゃあ、お言葉に甘えて」
 ここまでされたらもう断りづらい、それに覚えててくれたことが嬉しかったんだと思う。
 僕が首を縦に振るとまーくんは棚の上にあったぬいぐるみもカゴに入れ出した。
 「オコジョだって、かわいいからこれもあげる」
 「それはいいよ………!」
 「じゃあ優唯くんにでも」
 「っ………!」
 まーくんは本当に優しいな、優唯の分まで買ってくれるなんて。でも期待しちゃダメだ、僕達はただの幼馴染なんだから。
 「ついでにはるくんのもお会計しとこうか?それちょーだい」
 まーくんは僕のカゴからさっき入れたアロマなんちゃらやタオルを取り自分のカゴへと入れた。
 「外で待ってて」
 「うん、あこれお金」
 「大丈夫、気持ちだけで嬉しい」
 「でも」
 流石にこれをタダで貰うのはなんだか気が引ける。誕生日だからで済む金額じゃない気がする。
 僕が財布を取り出そうとカバンを漁っている間にまーくんは会計を終わらせてしまったようだった。
 「あ、あった………」
 「はーい、旅行生達そろそろ集合!会計まだの人はすぐ会計してもらうこと!」
 無慈悲だ。せっかく財布を見つけたというのにお金も渡せないのか。
 「じゃあ戻ろっか」
 「でもお金が」
 「んーじゃあさ、今日ホテルで俺が寝るまで寝ないでね。お金いらないからそれでチャラ」
 「…………え?」
 今日のホテルは流石に二人部屋じゃないんじゃ…………

 そして時間は経ち、二日目の夜
 「なあなあ、お前ら寝た?」
 「起きてる〜」
 「俺も」
 「ぼ、僕も…………」
 やはり、二人部屋ではないようで四人部屋に入ることになった。
 「えーっと、遥輝だっけ?よろ〜」
 「よろしく…………」
 「俺、俊哉(しゅんや)ね」
 なんでまた陽キャなんだ。僕みたいな陰キャが混じっていい空気じゃないよ…………
 「じゃあ早速聞くけど………お前らって好きな人いんの?」
 「好きな人…………」
 「俺はいるぜ〜、隣のクラスの円香ちゃん」
 「ああ、そいつ昨日俺のピンスタ聞いてきたやつ?」
 「はあ!?俺ですらピンスタ交換してねーのに!交換したのかよ!」
 「しねーよあんなやつと」
 まーくんが不機嫌そうに答えれば俊哉くんは羨ましそうにまーくんを睨む。
 「じゃあお前好きなやついんのかよ」
 「ん?いるよ」
 「えっ」
 即答だった。
 (誰なんだろ………)
 やっぱりよくいる相葉さんや狸塚さんだったりするのかな。それともまた違う人とか?
 好きな人の好きな人なんて考えてるだけでちょっと悲しい、どんな人が好きでも応援してあげなくちゃ。
 「うっそ、誰なん!転校してすぐ一目惚れか!?」
 「んー、まあそれもちょっとあるかな?」
 (ちょっとある………?どういうことだ?)
 「遥輝は?」
 「えっ…………と………」
 男が好きなんて言ったら二人にはどんな顔されるんだろうか。梶くんにはもうバレてるとして二人には言ってないし俊哉くんなんてほぼ初めましてだ。
 「いー………まはいないかな」
 「じゃあどんな子タイプ?」
 「んーと…………ずっと一緒にいてくれる人とか?」
 「ふーん、束縛されたい感じ?」
 「束縛!?そこまでは…………」
 でもまーくんにならされてもいいかも?
 なんて考えていると隣からものすごい視線を感じた。
 「………僕の顔何かついてる?」
 「かわいい顔がついてる」
 いきなりそんなことを言い出すからみんな固まる。
 「え」
 「ん?」
 「あ……ありがとう………?」
 好きな人がいるのにそんなこと言っていいのかな…………
 「これが噂の…………」
 「え?何?」
 俊哉くんがそう言ってるのが聞こえて思わず聞き返してみたが(だんま)りで答えてくれなかった。
 「じゃあ梶は?」
 「俺もう恋人いる」
 「「は?」」
 突然のカミングアウトにそれを知らない二人は梶くんを睨む。
 「お前はいいよな、顔も声もいいんだし!」
 「別にお前も悪いとこないんだからいずれ出来んだろ」
 そう返された俊哉くんは照れくさそうにさっきまで立っていた殺気を布団の中に押し込むかのように潜って嬉しそうにニマニマしながら戻ってきた。
 「俺は我慢してんのに………」
 「お前は取られちまうぞ、とっとと奪え」
 「誰にだよ」
 「言わなーい」
 そう言って梶くんはそっぽを向いた。そこで切られると僕も気になってしまう。一体何が取られてしまうんだ。
 そして夜も明けて朝になった。
 「おはよ、はるくん」
 「おはよう」
 「また寝癖ついてる、じっとしてて」
 そしてまた昨日のようにまーくんに頭をわしゃわしゃされて布団から出る。
 昨日の夜、優唯からのビデオ通話が来なかったけど大丈夫なんだろうか…………なんて顔を洗いながらもうあとちょっとで修学旅行が終わってしまう寂しさもあった。
 「はーい今日明日は牧場の仕事体験をしてもらいます」
 「せんせー、別に二日間じゃなくてもよくないですかー、グリーンランドとか海とか行きたいでーす」
 (海かぁ………)
 保育園の頃にもまーくんと行ったなぁ、でも僕浮き輪使っても溺れるくらいのカナヅチで砂遊びしかしてなかったっけ。
 それでもまーくんは一緒にトンネル掘ったり貝殻で飾り付けしたりしてくれて楽しかったな、まだ泳げないと思うけどまた行きたい。
 でも確かに二日間は長い気が………
 「あなた達は高校生なので十分です。それに牧場の仕事なんて朝早いんだから二日間やった方がいいの」
 先生はそう言うが異議ありとでも言いたげに梶くんが手を挙げる。
 「それって朝早くからやらされるってことですか?」
 二秒くらい考えて理解した。確かに『朝早い』ってことはそういうことなのか…………?
 「ええ、牧場を持っている旅館のお婆さんがよかったらって。乳しぼり体験なんてしたことない人多いでしょ?とは言っても流石に早朝とかはないわよ」
 先生のその言葉にみんなは不満の声でいっぱい。
 「モー」文句を言った生徒に対して「あなたは体験する側なの、絞られる側じゃない」と返した時にはウケたのか滑ったのかわからないけどちょっとブーイングは落ち着いた。がやはりみんな乗り気にはならないようだ。

 「モー!」
 「はっ!!」
 クラスのお調子者が赤いハンカチをヒラヒラさせながら牛に近づくが牛は全く興味がないみたいだ。
 「あれー?牛なら赤いの見たら突進してくんのかと思った」
 「え、お前突進されたかったん」
 「違う違う、サッ!って避けるのやりたかった」
 そんな話をしていると奥からおじいさんが笑いながら歩いてきた。
 「ハッハッ、乳牛は穏やかな奴が多いからそんなもん興味ないぞ」
 「えーそうなんすか」
 「それに闘牛士は特別な訓練受けとんのじゃからお前さんらがやったところで頭突きで病院送りじゃな」
 お調子者達は残念そうに牛を撫でる。
 それを見ていたら突然肩をつつかれる感覚がして後ろに振り向く。
 「牛乳貰ってきた、飲も」
 「ありがと」
 まーくんが渡してきたコップにはさっきまで冷蔵庫に入れていたと思われるヒエッヒエの牛乳が入っていて触ってるだけでも涼しい。
 「俺も飲みたい」
 「お前は自分で取ってこい。俺、はるくんにしかあげないから」
 まーくんは梶くんに対して鋭い目つきですごむ。
 「えー冷たいなー」
 「はるくんおかわり欲しい?持ってこようか」
 「いや、大丈夫ありがと」
 ならコップは預かると言ってくれたのでそれに甘えてまーくんにコップを渡す。
 梶くんはそれを追いかけるように牛乳を貰いに行った。
 「ねね、はるぴ〜」
 「あ、まみ………瑠奈……さん、どうしたの?」
 「今日の夜さ、話したいことあるんだけどいい?」
 「?うん、いいけど」
 「じゃ、またね」
 狸塚さんが一緒にやろうとか誘ってこないなんて珍しいな。いつも狸塚さんかまーくんが誘ってきてくれるのに。

 「んじゃまず人差し指と親指で輪っかを作って牛の乳ば通してな」
 「そっだら中指、薬指、小指の順で握ってけろ、強くしすぎると出なくなっから優しくするべさ」
 おじいさんとおばあさんのアドバイスに沿って握ってみると先っちょから牛乳が出てきた。
 「すご〜」
 僕は初めての体験で興奮してさらに握り出した。
 「モー!」
 ただ牛的には嫌だったのかお腹をブンブン振る。
 「うわっ」
 ブンブン振られた拍子に握って出た牛乳が顔にかかってしまった。
 「大丈夫か?今タオル持ってくっから待っちょれ」
 「はるくん大丈………」
 まーくんは僕の顔を覗き込んだ瞬間固まってしまった。
 一体どうしたんだろう………
 その光景を見た梶くんがまーくんの方を見てこう言った。
 「お?なに、お前ついに顔射か」
 (顔っ………!?)
 「違ぇよ、牛が暴れて牛乳かかったんだって」
 「ふーん、そういうこと妄想したりして」
 「しねえよ…………多分」
 (多分!?)
 情報量が多くて理解が追いつかない。
 まず乳しぼりしてて、牛が暴れて、牛乳が僕の顔にかかって……顔射だって言われて…………しかも多分しない…………
 僕が頭をこんがらがせているとおじいさんがタオルを持ってきてくれたので急いで顔を拭く。
 「もうついてない?」
 「うん、大丈夫」
 まーくんにそう言ってもらってホッとしていると横に立っていた梶くんが残念そうにこっちを見た。
 「写真撮っとけばよかった」
 「えぇ………」
 「お前趣味悪いな」
 「俺用じゃねえし」
 「だとしてもだろ」
 (というか自分用じゃないなら何用なんだ?)
 「それはねぇ、欲しそうな人がすぐ側にいるからそれ用かな」
 「心の中読むのやめてよ………」
 「顔に書かれてるし」
 そう言って梶くんは僕のおでこを指でなぞる。その指がムズムズしてちょっとくすぐったい。
 「やめろ」
 すかさずまーくんが止めに入りおでこの感覚はなくなり今度はまーくんが僕を慰めるかのように頭を撫でてくる。
 「お前もお前だろ」
 「俺はいいの、幼馴染だからこれくらい。ねーはるくん」
 「えっ、あ、えっと………」
 「モー!!」
 僕が答えに困っているとさっきの牛がかまって欲しそうに鳴いてきて話が遮られてしまった。
 慌てて牛を宥めながらまーくんの方を見ると「また後で」と伝えて先生のいる奥の方へと行ってしまった。

 そして夜になり牧場主のおじいさん達が経営する旅館に泊まることとなった。
 牛達の鳴き声がたまに聞こえる中、お風呂も入り夜ご飯も食べ終え自由時間。僕は狸塚さんに呼ばれ外へと出ていた。
 「星綺麗じゃん、写真撮らね?」
 「うん、撮ろ」
 僕がスマホを取り出しカメラを開いていると急に狸塚さんが何かを思い切ったかのように話を切り出した。
 「いきなりだけどさ、話したいことあんだ」
 「うん?何?」
 「………はるぴって好きぴいる?」
 「好きぴ?いるよ」
 あれ?この空気ってまさか…………
 「あのさ、はるぴ…………」
 僕は狸塚さんの方を見つめ息を飲む。そして雲に隠れていた月が見えたと同時に狸塚さんの口が開いた。
 「はるぴって真人の事好きでしょ」
 「ごめんな………え?」
 明らかに告白の流れだと思った。今なんて?
 「わかりやすいね、はるぴって」
 「え?告白の流れじゃ」
 「やだ〜!ウチははるぴのこと弟くらいにしか見てないよ〜!初めて会った日から顔に好きな人書いてる人なんて好きになってもでしょ?あ、でもはるぴは好きだよ〜!」
 「そう…………」
 なんか告白だと思って断ろうとした自分が恥ずかしい。それにそんなに前からバレてたなんて…………梶くんもそうだったのかな
 「じゃあ話したいことって?」
 「ん?告らんのかなって」
 「告っ…!?無理無理!」
 自分から告白なんて絶対に無理だ。みんながみんな告白できたら世の中カップルまみれだろう。それに男の僕が告白したらキモがられそうだし…………
 「だよね〜」
 「それに僕男だよ?まーくんはゲイじゃないと思うし」
 「ん〜でも当たってみるのはいんじゃね?当たって砕けろ!あいつなら絶対こと……いや、あいつならはるぴには激甘だから絶対キモがったりとかしないよ」
 「それは………」
 そうかもしれない。けど砕けたら立ち直れないだろうな…………
 「振られたらウチと付き合っちゃう?なんて」
 「それは………まぁ、ありがとう。明日とか頑張ってみる」
 「うん、がんば!あともう一つ話したいことがあって…………」

 翌朝
 時刻は恐らく八時過ぎ、僕達は日が昇ってすぐ起こされ朝ごはんもちゃちゃっと済まされみんな不機嫌だ。
 「朝早いと思いますが、牧場の方に移動したいと思います」
 「早すぎー」
 「なんで朝からやんないといけねえんだよ」
 「文句あるなら田辺先生に言ってください、それじゃあ一組から」
 先生によれば田辺先生が提案したんだという。それをいかに生徒達にしてもらえるかで改善してこれだそうだ。
 でも肝心の生徒達には大不満で険悪なムードが漂っている。
 「モー」
 「もー、なんで朝からやらなきゃなんねーんだよ」
 「田辺マジふざけんな」
 とは言いつつもみんなせっせと仕事を進める。
 早く終わらせたい気持ちもあるのだろうが恐らくは…………
 「頑張ってくれた人にはアイスやるからちゃーんと仕事してけろ」
 「やることは昨日とほぼ変わらんけ、でもわかんないことあったらじゃんじゃん聞いてね〜」
 そう、アイス。暑い日が続き冷たいものが欲しい僕達にとっては命を繋ぐ貴重な食べ物だ。
 バニラだけでなくチョコやイチゴ、甘いものが苦手な人用にと抹茶味も用意してくれているんだからみんな本気だ。
 「終わりました!」
 「俺も!」
 「じゃあ旅館の食堂で出そうかね、みんなもよう頑張ってくれたねありがとう」
 「よっしゃー!!」
 僕もちょうど小腹がすいていたので小さくガッツポーズをし、旅館の方へと移動した。

 「にしても爺さんと婆さん優しいね」
 突然アイスを食べながら梶くんが話しかけてきた。
 「だな、どっかの田辺とは大違い」
 「ねー、あの人達が先生ならよかったのに」
 「ん………でも田辺先生が決めてくれたからこうしてアイス食べれてるんだし田辺先生もいい所あると思うよ」
 「んま、確かにそうかもだけど結局アイス出してくれたの爺さん達じゃん」
 そう言って梶くんはアイスを食べ終えてしまったのか必死にスプーンでアイスの容器をカチャカチャして残ったアイスをかき集めている。
 「はるくんは田辺好き?」
 「んー、好きとか嫌いとかないけど苦手ではあるかも」
 「だよねー、厳しすぎだと思う。あれは」
 田辺先生、スマホOKなうちの学校でも「立ったままスマホ触るな!」とか言ってきて一部からは煙たがられている。
 落し物にいち早く気づいて本人に届けるという一面はあるのだがそれよりも厳しい先生というイメージを持たれすぎてて新入生ですら警戒している。
 「あ、僕のアイスも無くなっちゃった」
 「俺の食う?はるくんにならあげる」
 「いや、大丈夫」
 貰ったら多分恥ずくて死ぬ、そんな気がする。
 「そう………」
 そして出発の時間。僕達はお爺さん、お婆さんと牛達に見送られ牧場を出た。

 そして楽しかった修学旅行もあっという間に最後の夜になった。
 (今日こそ………告白する…………)
 昨日狸塚さんと話したんだ、裏切るわけにはいかない。
 僕は部屋に入り占いを楽しんでいるまーくんに話しかけようと近づくがなかなか声をかけられない。
 「ん?どした、はるくん。梶の占い当たるよ、やってもらう?」
 「あ、いや………その……………」
 「人肌恋しい?おいで、昔みたいにぎゅーしようか?」
 「えっ、いや………それはいい」
 「恋しいのはお前だろ、ほら俺がぎゅーしてやろうか?」
 梶くんはまーくんに向かって両手を広げるがそれはガン無視されまーくんは僕の方へと近寄ってくる。
 「どうした?熱でもある?」
 僕が焦っているとまーくんの顔が目のすぐ前にまで近づいてきておでこ同士が優しく当たった。
 「!?!?」
 「んー、熱ないっぽい?」
 「だ、大丈夫だから………!」
 「でも顔赤いよ」
 そう言って僕の頬にまで手を置く。
 自分でもどんどん顔が赤くなっていくのがわかるくらいだった。心臓の音も頬を伝って届いているのではないだろうかというくらいうるさい。
 「お二人さん、いい感じのところ悪いけどイチャイチャするなら他所でどうぞ、ベランダ空いてるし」
 そう声をかけてきたのは梶くんだった。運がいいことに今は僕とまーくんと梶くんの三人だけ。俊哉くんは別の部屋に遊びに行っているらしい。そして梶くんは僕の方を見て小さく親指を立て二人になるように促した。
 「行くか?イチャイチャしたくないならトランプでもして遊ぼ」
 「っ………!」
 優しいな、まーくんは。
 強制連行じゃなくてちゃんと聞いてくれるしその後も提案してくれる。
 たまに強引なところはあれど昔から僕の嫌がることはしてこなかった。梶くんまで協力してくれてるんだ、やっぱり勇気を出そう。
 「………ベランダ行こ」
 「了解、邪魔すんなよ梶」
 「しねーよバカ、お幸せに」
 「バカとはなんだよ!」
 ベランダの扉がピシャリと閉まる音がして本当に二人きりになってしまった。
 「はるくんから誘ってくるなんて珍しいね、悩みとかならなんでも聞くよ」
 「………あのさ、まーくん」
 「なあに?」
 何年も何年も片思いし続けてやっと久しぶりに会えたんだ。またいなくなる前に伝えなきゃ。
 「……す………すき」
 僕がそう言いかけた途端ベランダの扉が勢いよく開く音がした。
 「なあなあお前ら!お前らも遠北(あちきた)の部屋で人狼やんね?」
 「えー、今?いいよ」
 「そこをなんとか!人数少ねえから!」
 「んーどうする?はるくん、俺になんか話そうとしてたよね」
 心配そうに僕の顔を覗き込むまーくんにどう返したらいいかわからなかった。
 それに俊哉くんが来てせっかくのチャンスもなんだかもう無くなってしまった気がした。
 「人狼やりに行こ、人いないみたいだし」
 「そう?はるくんがいいならいいけど」
 「うん、梶くんは?」
 「え、俺?いいよ、ピンスタとか漁ってる」
 「そっか、じゃあ行こ」
 僕はまーくんの手を引いて俊哉くんの後へとついて行った。
 「………世界の正位置か」
 「え?」
 「いや、なんでも?行ってらっしゃい」
 そう軽く手を振りながら梶くんはトランプのようなカードを片付けカバンの中へとしまった。
 そして、僕達は人狼ゲームを楽しみ修学旅行は終わった。

 家に帰ると優唯が見たことない速さで駆け寄って足に飛びついてお出迎えしてくれた。
 「にーちゃ!」
 「ただいま、優唯。お菓子たぺるか?」
 「食べう!」
 「仲良く分けて食べるのよ〜」
 修学旅行、色々あって楽しかったな。帰りたくないって気持ちもあったけど、やっぱりこの空気が一番落ち着くかもしれない。そう思いながら優唯と一緒にお土産のお菓子を頬張るのであった。