小二の夏
 「引っ越すって本当?」
 「……うん」
 さみしげに伝えたのは今までで唯一友達と言えた男の子だ。
 名前は畑中真人(はたなかまひと)。まーくんって呼んでたな。
 「そっか……」
 「まーくんともっと遊びたかった………」
 僕はその時、大粒の涙を浮かべ俯いていた。
 まーくんは持っていたリュックの中を漁って、青いリボンを僕に差し出した。
 「顔上げて、はるくん」
 「うん………?何?それ」
 「お守り!このリボンはずーっと俺らを繋いでてくれるの!だから離れててもさみしくないよ」
 その言葉は僕にとってすごく嬉しかったんだと思う。
 「ありがとう……大事にするね……!」
 「うん!大好きだよ!はるくん!」
 「僕も大好き……」
 唯一の友達、そして初恋の人。

 九年後
 「行ってきます……」
 「気をつけてね〜」
 「うん」
 家を出ようとドアに手をかけると何かを思い出したかのように声をかけられる。
 「そうだ、お隣さんに誰か引っ越してきたみたいだから会ったらご挨拶でもするのよ」
 「はぁい、じゃあ遅刻するしもう行くね」
 僕は北川遥輝(きたがわはるき)。友達のいない一人ぼっちの高校2年生。
 「おはよー!」
 「やっほー!」
 「………」
 挨拶をする仲の人間すらいない。
 もとから人と話すのが苦手で声もそこまで大きくない。
 そのせいで小2の頃、まーくんと離れ離れになってからは新しく友達もできなかった。
 正直、心にぽっかり穴が空いてるみたいでとてもさみしい。
 けど心配はさせたくないからと父さんには話していない。
 「お前ら席につけ〜」
 担任の言葉でみんなは自分の席につき担任の方を見つめる。
 「今日は転校生を紹介します」
 「マジ!?かわいい子かな!?」
 「いやいやイケメン来てほしい〜!」
 転校生という言葉にみんなは大盛りあがり。
 僕には正直どうでもいい話……
 転校生が来たところで仲良くなれそうもないし………
 「入っていいぞ」
 担任のその言葉で教室の扉が開く。
 そこから登場したのは高身長で明るい茶髪の絶対に見たことのあるイケメンだった。
 「自己紹介どうぞ」
 「畑中真人です」
 やっぱりまーくんだ!
 口元のほくろや遠目で見てもわかるくらい長い睫毛(まつげ)。昔から全く変わってない。
 「男かぁ〜」
 「イケメン来たー!」
 女子たちの黄色い歓声がまーくんに向けられる。
 「それじゃあ畑中は北川の隣な」
 (……え?隣?)
 確かに朝から隣になかったはずの席はあったけど……
 でもまぁ隣ならまた昔みたいに仲良くしやすいよね。
 そしてまーくんは眠そうにしながらもこちらへと歩いてきた。
 「よ、よろしく……」
 「え………あ、よろしく!下の名前は?」
 (下の名前はってもしかして覚えてないのかな……?)
 無理もない、10年以上前のことなんて覚えてなくて当然か。
 「え……と…遥輝です……遥かの輝きって書いて」
 「……っぱり…」
 「え?」
 「いや、なんでも……」
 (なんか距離置かれてる!?)
 せっかく会えたのに……僕が陰キャなせいで……
 「……その猫のぬいぐるみさ」
 「えっ!?」
 急に声をかけられたもんだからちょっとおっきい声が出て視線が集まる。
 「ご、ごめんなさい……」
 「なんで謝るのさ〜はる……きくん」
 (は、はるきくん…!?)
 やっぱり距離置かれてるのかな……
 昔ははるくんって呼んでくれてたのに……
 それとも僕のこと覚えてないとか!?僕だけ覚えてるってこともあるだろうし……それなら期待してるみたいで恥ずかしい………
 そしてそのまま何も話せずにチャイムが鳴ってしまった……
 (……でもやっと会えたんだし、話さないのももったいない。たとえ忘れられても……)
 僕は勇気を振り絞って声をかけようとするがそれは集まってきた陽キャ達に止められてしまった。
 「畑中ってどこから来たん?」
 「んー宮城」
 (懐かしいな…一緒におばあちゃんのずんだ餅とか食べてたっけ)
 「真人くんって彼女いる?」
 「……いないけど好きなやつはいる」
 「えー!マジ!?誰誰!」
 (……好きな人いるんだ)
 そりゃあ好きな人くらいはできるよね………
 僕だってまーくんのことが好きなわけだし………
 (でも誰が好きなのかは気になる……)
 「えー?秘密」
 「おい〜!」
 (……え)
 秘密って言ったとき目が合った気がした……僕なんかが覗いたから言いたくなかったのかな……
 僕は慌てて目をそらして次の授業の教科書をバッグから取り出し、机に伏せる。
 「………」

 授業開始のチャイムが鳴り陽キャたちも仕方なさそうに自分の席へと戻った。
 「ねね、起きてる?」
 「うん……」
 「じゃあさ、教科書見してよ」
 「え………」
 「おねが〜い」
 (うっ……)
 そんな目で見つめられると……断りづらい……
 「い、いいけど……」
 「やったー!」
 まーくんはノリノリで机をくっつけてきた。
 周りの視線もこっちにくっついてきてるけど………
 「じゃあこの問題を……北川!」
 「えっ、あ……えーっと……」
 当たると思ってなかったしそれに答えもわからん……
 「えーっと……」
 僕が答えに困っているとまーくんが僕だけが聞こえるくらいの声で呟く。
 「−53だよ」
 「えっ、あ、マ、−53です……」
 「正解、じゃあ教科書次のページ開いて」
 僕はホッとし、まーくんにありがとうと伝える。
 「どういたしまして、わかんないとこあったらいつでも聞いてね」
 まーくんはそう言って目線を前へと戻す。
 (やっぱり…まーくんかっこいい……)
 眼福だな……横顔も何もかも素敵だ……
 「……俺の顔になんかついてる?」
 「え?」
 どうやらまーくんを見ていたのがバレてたらしい……恥ずい……
 「そんな見つめられると……困る……」
 「ご、ごめんなさい……なんでもないです……」
 「………」
 気まずい空気の流れる中、授業終わりのチャイムが鳴り、号令がかかった。
 「ありがとね」
 「あ、はい…どういたしまして……」
 「そうだ、その……」
 まーくんがなにか言いかけたところで陽キャ集団がさっきのように集まってきた。
 「LIME交換しない!?」
 「えー…まぁいいけど……」
 LIMEを交換してもらった女子たちは嬉しそうにキャーキャー声を上げる。
 男子たちも貰って早速クラスLIMEにまーくんを招待したらしい。
 僕は次の移動教室のために教室を出ようとこっそり陽キャ軍団の後ろを歩いていると見つかってしまって声をかけられてしまった。
 「はる…きくんもLIME交換しない?さっきのお礼も兼ねて」
 「え……いや僕は……」
 「俺はるきくんのこともっと知りたいな」
 うっ……またその目……まぁ……まーくんのお願いでもあるし……
 僕は渋々ポケットからスマホを取り出しLIMEを開く。
 登録されてる友達なんてお母さんとお父さんしかいないから画面を隠しながらQRコードを見せる。
 「おっけー!登録しといたよ」
 「は、はい……」
 「クラスLIME入ってるんだっけ?」
 「こいつよくわかんないから入れれてないんだよね〜」
 「うっ………」
 誰とも交われなかったから中学からずっとクラスLIMEにも入れていなかった。
 そもそも必要最低限以外話してないから困ったことはないけど。
 「じゃあ入ろうよ」
 「え、いや大丈夫……」
 僕が入ったところで迷惑だろう。僕のこと好いてる人なんていないだろうし。
 「そう言わずにさ〜、入ってよ」
 「本人がいいって言ってんだし…無理に入れなくても……」
 陽キャが申し訳なさそうにそう伝える。
 多分入ってほしくいないんだろう……僕なんて入っても楽しくないだろうし……
 「俺が入ってほしいの、絶対。そろそろ次の授業でしょ?早く準備しよ」
 「それもそうだな」
 「次移動教室だから案内してあげるー!」
 女子たちは僕には目もくれずまーくんを囲む。
 僕はバレないよう、こっそり教室を出ようとするが突然腕を後ろに引っ張られる。
 「ふぇ……」
 「連れてって♡」
 「!?」
 見上げると、そこにはまーくんの顔があった。
 「一緒に行こう?」
 「ええ…!?ぼ、僕なんかと行っても楽しくないよ……」
 「じゃあ俺が楽しくしてあげる〜」
 「ええ…?でも僕、最近流行ってるものとかわからないし……」
 「俺が教えてあげる」
 上手く撒けないかといろいろ試すが全部効かないみたいだ……
 女子たちからの「なんでお前が…」という視線が痛い。
 ただそんなことをしている間に授業開始のチャイムが鳴ってしまった。
 「げっ……次こもりんじゃん」
 「やば!こもりんかよ!」
 そう言って女子たちはまーくんのことも忘れたように急いで教室を出る。
 「こもりん?」
 「小森先生のことだと思う……あの先生遅刻に厳しいから……」
 「はるくんは大丈夫なの?俺転校してきたばっかだけどはるくんはそうじゃないでしょ?」
 「うん……ん?」
 (あれ?今はるくんって言った?)
 いや、きっと気のせい。だって僕のこと覚えてないんだし……
 僕は恐る恐る教室に入る。
 そして案の定、小森先生に見つかってしまい呼び出される。
 「なんで遅刻したんだ」
 「それは……その……」
 僕がどう言えばいいか困っていると突然後ろから声がした。
 「はるきくんは俺が迷ってる所を見て教室まで案内してくれたんですよ〜」
 「君は……」
 「今日転校してきた畑中です」
 「ああ、君が畑中くんか」
 「はい!この子俺をここまで案内してくれてたから遅れちゃったんですよ〜、だから俺に免じて許してやってくださいよ〜」
 まーくんはのほほんとした顔で先生の方を見る。
 先生もそれなら仕方ないと今回は「次は遅刻しないように」と軽く注意されるだけで済んだ。
 怒られずに済んだんだから様様(さまさま)でしかない。
 「じゃあそこの空いてる席に座っといてくれ」
 「はーい」
 先生の指す方を見ると離れ離れの席。ではなく隣同士になる席しか空いていなかった。
 ただでさえ覚えられてなくて気まずいんだから勘弁してくれ。
 とりあえず席に座るが周りの女子から「お前もこっち来んのかよ」的な視線が刺さってきつい……
 (僕はここにいていいのだろうか………)
 でも女子たちはまーくんに夢中だ。僕なんて空気みたいな存在……

 授業も終わりみんなは続々と教室を出る。俺は人混みが苦手だからいつも人が少なくなる最後の方に出ることが多い。
 「ねーはるきくん!今日の放課後空いてる?」
 「えっ」
 まーくんは相変わらず僕に話しかけてくれる………嫌いな僕に対してなんでこんなに話しかけてくるんだ………
 「よかったらさ!カラオケ行かん?」
 「カ、カラオケ?」
 カラオケ……行ったことないな……そもそも歌上手くないし……断ろう………
 「そ、それは……」
 「決まりね!じゃ!駅前集合で!」
 「ええっ?ちょ………」
 僕が断る隙もなく、強制参加させられてしまった………笑われないかな………
 「……どうしよう?」
 僕は青いリボンを巻いた猫のぬいぐるみに小さく話しかける。
 もちろん返事はない。
 (でも行かないのもよくないよね………)
 でもカラオケなんて行ったことないし不安だな………

 放課後…
 駅前に着き、まーくんを探す。
 まーくんは身長が高いから見つけやすいかもと思っていたが、僕の身長がそこまで高くないせいでなかなか見つけられない。
 週末なのもあってか人が多い。
 僕がまーくんを探すためウロウロしていると突然後ろに手を引かれた。
 「よっ、はるきくん」
 「あ…こ、こんにちは……」
 「ハハッ、何カタコトになってんのさ」
 まーくんはさり気なく僕の頭をなでなでしてくる。
 悪い気はしないけどこれも嫌いだからするなにかなのか…?
 僕が戸惑っているとまーくんはハッとした顔で撫でていた手を降ろした。
 「と、とりあえずあっち行こうぜ!みんな待ってっから」
 ………え、みんな?
 
 「おまた~」
 「急にいなくなったかと思えば何してたん?」
 二人きりだと思っていたがどうやら陽キャ集団と一緒らしい……
 とりあえずまーくんの後ろには隠れたがきっとすぐバレるからこっそり逃げちゃおうか……
 (でもせっかく誘ってくれたんだし……)
 「…ん?あれ、その子は?」
 見つかってしまった………今からでも他人のふりすれば間に合うか?
 「えっと……」
 「めっちゃかわいいじゃん!!」
 「…え?」
 かわいい?僕が?なんで!?
 「うわマジじゃん!弟くん?」
 「あ、いや……その」
 「同じクラスのはるきくんでしょ」
 まーくんがそう言った瞬間陽キャたちは驚いた顔でこちらに近づいてくる。
 「こんなかわいい子いたのに気づけんの!?惜しいことした〜!」
 「てかLIME交換せん?ミンスタでもいいよ!」
 「は、はい……よろこんで………」
 これが陽キャ……距離感が異常だ………
 あっという間にLIMEの交換を終え、気づけばカラオケの中まで入ってきてしまった。
 「歌うぞ〜!!」
 「「「おー!!」」」
 「お、おー……」
 本当にこの中にいていいのだろうか………呼ばれたんだからせめて邪魔にならないようにしよう。
 「女々しくて女々しくて女々しくて!つら〜いよ〜!」
 「いえーい!」
 (まーくんお歌上手……!)
 意外と歌声は聞いたことなかったがアイドル目指せるくらいには上手い。というかみんなやっぱりカラオケとか慣れてるみたいで歌も上手だ。
 歌うのも強要されないしみんな優しいな。
 「あ、飲み物同じのでいい…ですか?」
 「いいよ〜!サンキュー!」
 「あ、俺メロンソーダで」
 邪魔にならないように僕は飲み物を取りに行く。
 初めて話す人ばかりで気まずいのもちょっとあるけどみんな優しいし帰りたいとはならない。本物の陽キャってこんな感じなんだろうなって思う。
 「やっほ、はるきくん」
 「ひゃっ!」
 急に声をかけられたものだからびっくりして変な声が出てしまった。とりあえず飲み物が無事でよかった。
 「あ、ごめんねびっくりさせちゃって」
 後ろを向くとさっきまで歌ってたまーくんが立っていた。
 「どうしたの?」
 「いや〜ちょっとね」
 「そ、そう?」
 (それなら飲み物も全部注ぎ終わったから戻ろう……)
 ただでさえ嫌われちゃったんだし………
 「そ、それじゃあ戻るね………」
 僕が飲み物を持って部屋に戻ろうとするとまーくんがひょいとトレイを持ち上げた。
 「俺も運ぶよ」
 「だ、大丈夫だから……」
 「でも五人分はきついっしょ?遠慮しなくていいよ、はいこれはるきくんの」
 「うっ………」
 バランスが取りにくくてちょっとプルプルしてたから何も言い返せない。
 「俺転校してきたばっかでなかなか馴染めないかも〜とか思ってたけど意外といい奴多いよね〜」
 「う、うんそうだね……」
 あんなに馴染んでるのはもはや才能だ。僕なんて先生にすらあんまり覚えられてないんだもの………
 でも意外といい奴多いは頷けると思う。実際僕なんかを迎え入れてくれたんだから。
 「はるきくんは歌わなくてよかったの?」
 「え、まぁ……下手だし……」
 「ふーん…聞きたかったな、はる…きくんの歌」
 「なんか……ごめんね……」
 カラオケで歌わないなんてやっぱり良くないよね……戻ったらなにか歌おうかな……
 「いいのいいの、ドリンク持ってくるよって言ってくれただけでも気が利いててすごいなって思うよ」
 「そ、そうなのかな……へへ……」
 まぁ実際は邪魔にならないようにってだけなんだけど………それに褒められ慣れてないからすごいって言われてちょっとニヤけてるのが自分でもわかる。急にニヤニヤしだしてドン引きだろうな……
 まぁ実際は邪魔にならないようにってだけなんだけど………それに褒められ慣れてないからすごいって言われてちょっとニヤけてるのが自分でもわかる。急にニヤニヤしだしてドン引きだろうな………
 そう思いながらふとまーくんの顔を覗き込むと意外と真顔……ドン引きすぎて何も思わなかったとか……!?
 無言の時間が流れながらもとりあえず部屋に戻った。ちょうど歌い始めるらしくてカラオケあるある?の途中で店員が入ってきて気まずくなるは回避できたから邪魔にはなってないはず………
 「ねぇねぇねぇ♪私の一番可愛いところに気づいてる〜♪」
 最近の流行りってこういう感じなのか……ミセス?が流行っているってのは聞いたことはあるけど今女子たちが歌ってるふるーつじっぱー?とやらは全くわからない。
 「じゃあ次俺歌うからはるきくん楽しみにしてて」
 「え?うん……」
 楽しみにしててって……どんなの歌ってくれるんだろう……?
 「まわれまわれメリーゴーラウンド♪もうけして止まらないように♪」
 その曲は僕が好きな曲だった。昔、母がよく聞いてて自然と好きになったやつ。
 けどなんでまーくんが知ってるんだろう………?
 「ご清聴ありがとうございました〜」
 「なんて曲だっけこれ」
 「ララララブソング〜」
 「えーラブソンなんだ!好きピとかいんの?」
 好きピ……好きな人って意味か……まーくんの好きピ、気になる
 「んーいるよ?」
 「えー!誰誰?もしかして〜ウチとか?」
 女子たちも気になるみたいでめっちゃキラキラした目でまーくんを見つめる。
 「自惚れんな〜畑中転校してきたばっかだろ、お前のことなんてまだ知らんわ」
 その女子の隣にいた男子はそうツッコむが女子たちはシカトだ。
 「んーっとねぇ………」
 (まーくんの好きな人って誰なんだろう……まさかの僕だったりして!)
 なんて、きっと前の学校にいた子だよ〜とか言うんだろう。
 「まぁ……誰から見てもかわいい子とだけ……」
 「え〜もっと気になんじゃん」
 「イニシャルだけでも!」
 誰から見てもかわいい子かぁ……誰なんだろう……
 「………」

 カラオケも終わり、いつの間にか二十時になっていた。お店の光や車のライトで照らされてちょっと眩しい。
 「じゃ、またね〜!」
 「ばいばーい!」
 陽キャ軍団とも別れまた一人。いつものことだがさっきまで大勢いたからちょっとさみしい。
 家が真反対だから仕方ない……そう考えていたときだった。
 「一緒に帰ろ!」
 突然声をかけられ振り返るとそこにはまーくんが立っていた。
 「え……でも……」
 「俺ん家こっちなんだよね〜」
 「そう……なんですね」
 「それに一人だとさみしいでしょ?俺もさみしいし一緒に帰ろうよ」
 「うっ……」
 そこまで言うなら…と了承したがなんで俺なんかと……別に途中まで一緒に帰らん?とか言って陽キャ達で帰ってもよかったんじゃ……
 「ねね、お腹空いてない?」
 突然そんなことを言われたがカラオケでバクバクポテトやらを食べていたのでそこまでお腹は空いていない。
 「そこまで……」
 「そっかぁ、じゃあいいや」
 そのいいやは本当にいいのだろうか……お腹空いてるから聞いてみたとかじゃないよね……それなら付き合った方がいいよね………
 「まーくんは…お腹すいてないの?」
 「…まーくん?」
 しまった、つい昔の呼び方で……
 「あ、えっと……ま、真人くんはお腹空いてない……ですか…?」
 慌てて言い直したけど遅いよな……しかも下の名前だし……
 「俺は大丈夫、あとタメ語でいいよ」
 「えっ……あ、うん」
 「それにその呼び方の方が嬉しいしそのままでいいよ」
 「ま、真人くん?」
 「その前」
 「その前……?」
 その前って言ったらまーくん……?でもなんで……俺嫌われてるんじゃ……
 「ま……まーくん……」
 「なあに?」
 「…その……えっと……」
 続きを考えていなかった僕は聞き返されるとどう答えていいのか困ってしまった。変な話題にして変な空気にしても嫌だし……かと言ってこのままだんまりも変な空気になるだけだし……頑張って話題を出そうとしているとまーくんはなにかに気づいたのか僕のバッグを見つめる。
 「どうかした?何かついてた?」
 「そのぬいぐるみ……」
 まーくんは僕のバッグについていたぬいぐるみを指さす。
 「…ああ、これ?かわいいでしょ」
 「このリボンって自分で付けたの?」
 「いや、お母さんに……」
 「へぇ~」
 なんでリボンのこと聞くんだろう……?本当は気づいてたりして……なんて、気にしすぎかな
 (それにしても……いつまで一緒なんだろう)
 一緒に帰ろうと話してからずっと一緒だ。曲がり角も信号も全部同じ……偶然なのか………?
 僕がそんなことを考えていると突然前に黒い何かが横切った。
 「にゃ〜」
 「ね、猫……」
 しかも黒猫だ、縁起が悪い……なにか不吉なことが起こってしまうのだろうか……
 「野良かな?」
 「そ、そうなんじゃない?」
 「黒猫が横切ると縁起悪いって言うけど実際はそうでもないんだって〜」
 「え、そうなの?」
 「うん、もともと海外の迷信が日本に伝わってきただけなんだって〜、魔女の使い魔だ〜とか言われてたらしいよ」
 知らなかった……昔テレビで黒猫が横切ったら不吉みたいなこと言っててそれをまるっきり信じてた……
 「なんなら日本じゃ福猫(ふくねこ)って言われてて縁起いいって言われてんだよ」
 「すごいね、まーくんって物知り」
 「まぁね、縁起いいもの見れたしきっと幸せになれるよ」
 まーくんはそう言って俺の方を見て笑いかける。
 「っ……!」
 まーくんの笑顔は眩しいな、懐かしいな……

 あっという間にマンションに着きエレベーターに乗り込むが……
 「はるくんも同じマンションだったんだね」
 「うん……ってん?」
 今はっきりはるくんって……
 「ん?」
 「は、はるくんって……」
 「そうだよ?嫌だった?」
 「い、嫌じゃないけど……」
 「ならよかった」
 「よかったって……」
 そんな話をしている間に僕の家の階に到着しエレベーターの扉が開く。
 「じゃあ、またね……」
  そう言ってまーくんと別れた……と思っていたらまだ隣をまーくんが歩いていた。
 「お、送ってもらわなくても大丈夫だから……」
 「え?俺ん家この階だけど」
 「えっ………?」
 まーくんが指さす先のは僕の家の隣だった。
 (そういえばお母さんが隣に誰か引っ越してきたって言ってたような………)
 まさかそれがまーくんだったなんて思ってなかった。
 音漏れとかしたら恥ずかしい……ってそんな場合じゃない、とにかく遅くなったしまずは家に入ろう。
 「へぇ〜、はるくん家って隣だったんだ」
 「う、うんそうみたい」
 「席も隣同士だしこれからよろしくね」
 「よろしく………」
 僕はこのまま安心して暮らせるのだろうか………

 「あらおかえり〜遥輝、お隣さんに挨拶は済んだの?私昼にインターホン押しても誰も出なかったから……」
 「にーちゃ!おかーり!」
 玄関先まで出迎えてきてくれたのは弟の優唯(ゆい)だ。十個以上歳が離れてるから多分まーくんも知らない。
 「ただいま、お母さん、優唯」
 「優唯ったらね〜お兄ちゃんにプレゼントするって言って聞かないのよ〜」
 「プレゼント?」
 「う!ぷじぇじぇと!」
 そう言って優唯が渡してくれたのはアイロンビーズで出来た猫だった。
 「これ一人で作ったんだ、凄いね、ありがとう」
 「う!にーちゃのためにつくた!」
 「この子ったらアイロンも自分でかけたいって言ってね〜、流石にそれはさせなかったんだけどその代わりにお兄ちゃんに渡すまで寝ないもんって」
 改めて礼を言おうと優唯を見れば今にも寝そうなほどうとうとしながら立ったまま(まぶた)を閉じ、軽く尻もちをついて座り込んだので、僕は優唯を持ち上げ優しく抱っこした。
 「今日は兄ちゃんと寝ような」
 「……う」
 「そういえばお父さんは?」
 「あ〜、あの人なら今日も遅くなるって」
 「そっか……」
 仕方ないっちゃ仕方ない。お父さんは忙しいんだし………優唯が生まれてからはさらに会えなくなっちゃったけどそれでも僕たちのためにこんな夜遅くまで働いてるんだから。
 「あ、先お風呂入っちゃいなさい優唯は預かるから」
 「うん」
 僕が優唯を預けるため降ろそうとするもしがみついてなかなか離れない。
 「ゆい、にーちゃと風呂はいゆ……」
 「優唯はもう入ったでしょ〜?それにお兄ちゃんお友達と遊んで疲れてるんだから邪魔しちゃめ!よ」
 「ごめんな、兄ちゃんは一人でも大丈夫だから」
 「やーや」
 「も〜、優唯ったらほんと遥輝にベッタリね〜私には最低限の会話しかしてくれないのに……」
 「あはは……僕、大丈夫だからまたお風呂入れるよ」
 「でも着替えとか」
 「汚れてもないから同じの着せればいいし、タオルも僕ので体拭くよ」
 「じゃあ任せるわ、優唯が泣き出しちゃう前にチャチャッと終わらせなさい」
 「うん、ほら優唯、兄ちゃんとお風呂入ろうな」
 「う!」
 まーくんがお隣さんだってこと伝え忘れてたな。まぁでもいずれ気づくだろうしまた今度言おう。
 正直会えなかった分まーくんともいっぱいお喋りして遊んだり……デートとか……もしたいけど………
 「あひーちゃもおふおはいる」
 優唯がいたら難しいかな………学校とかの間はお母さんがいるにしても俺にベッタリだから結局面倒見るのは俺だし……つ、付き合うにしても両方見るのは難しい………ってなんで付き合う前提なんだろう。振られるかもだしなんなら多分嫌われてるし………
 (昔みたいにまた仲良くしたいな………)
 「あひーちゃ……おやーみ」
 「ちょっ、優唯こんなとこで寝ちゃめ!だよ……」
 でも、今日はみんなとカラオケ行ったりLIME交換したりしていつもより充実した一日だったな。