・【09 令和という未来】


 そんな話を教室で凛々子にすると、
「令和の話かぁ、あえてそう言われると逆に分からなくなるよねぇ」
 と少しだらしがなくそう言った。
 でも本当にそうだ、私にとってはこれが当たり前だから何を話せばいいか分からない。
 凛々子が、
「動画とか言っても分かるかな、ユーチューブとか」
「まずテレビを説明しなきゃ、ネットの説明とかも無理っぽい」
「どこでもラジオが聞けるみたいな」
「それはラジコなんだよね」
 と私がツッコむように言うと、凛々子が息をつきながら、
「ラジコだけ説明してもしょうがないかぁ」
「ラジコの説明もしていいとは思うけども」
 凛々子がふと外を見ながら、
「やっぱ当時からあるモノの進化系の話のほうがしやすいかな、というかその子は頭良い感じ?」
「うん、きっと頭良いと思う。達観しているというか、日本が戦争に負けると言ってもさほど悲しんでいる様子は無かったよ」
 凛々子はふーむといった感じに、
「実感が湧かないのか、それとも本当にさほど悲しくないのか。まあ梨絵を見ているからというのもあるかもね」
「うん、日本語喋っているよ、とは伝えているから。日本語で」
「でもまあ本とか読んでも、負けたと知って泣き叫んだり、まだ憤っている人とかもいたって話だからね」
「そうだね、だからそういう人たちと比べると、ずっと大人かもしれない」
 凛々子と私はそんな会話をずっとしていた。
 ちょっとの休み時間は勿論、昼休みもそんな感じで。
「やっぱり進化系ってことだけども、今の時代で一番有難いモノって何かな?」
 と凛々子が問うてきた時に、私はハッと思って、
「クーラーかも、冷蔵庫とか」
「クーラーはいいねぇ、そんなのあると分かったら頑張れるかも」
「あの年の長岡は炎天下続きで本当に暑いんだよね」
「そう言えば、本にも柿川の水位が下がっていて、とか書いてあったなぁ」
 と凛々子は思い出すように言った。
私はうんうん頷いてから、
「だからクーラーというものがあると分かったら、未来すごいってなるんじゃないかな」
「でもクーラーは微妙に令和じゃないなぁ」
「いやいいんじゃないかな、思ったより早く出会えたって感じで」
「まあそうかもね、冷蔵庫もかなり良さげだね、冷凍庫というか」
 凛々子は同調しながらそう言う。
 私もそのテンションで、
「そうそう、アイスがいつでも食べられるってなったら最高だろうね」
「そう言えばアイスって意外とお年寄りが好きだよね、リバーサイド千秋のフードコート行ったら大体お年寄りがソフトクリーム食べているよね」
「分かる。というか普通のスーパーのフレンドでもそうじゃん」
 と私が言うと、凛々子は「あー」と言ってから、
「私のおばあちゃんもひいおばあちゃんもアイス大好きで、お母さんから食べ過ぎは体に悪いよって叱られているよ」
「じゃあお母さんは食べないの?」
「お母さんはダイエットだってさ、今さらお父さんにモテたいんかいって話だけども」
「いいんじゃないのかな、別に」
「まっ、アタシたちは代謝が良いから全然アイス食べるけどね」
「そうだよね」
 と私が少ししんみりとした返事をしてしまったことにより、凛々子がちょっと落ち着いたトーンで、
「そんなにその子が気になるの? ちょっと嫉妬しちゃうかも」
「嫉妬しないでよ、両者ともに大切な親友だよ」
「えー、親友はアタシだけにしてよー」
「メンヘラかよ」
「その子は友達ってことで、親友はアタシだけにしてっ、ねっ」
 と頼み込むような、ジョークのような感じでそう言った凛々子。
 やっぱり凛々子は私の心の浮き沈みに気付いてくれて、そうやって、いつでも私が元気でいるように喋ってくれる。
 私も口角があがった感じがした時に、本当に聞こえるか聞こえないかくらいの声で、
「ずっと一緒だからね」
 と寂しそうな瞳で呟いたので、私は静かに頷いた。
 私は凛々子と同じ時間を生きていたい。それは紛れもない事実だ。
 放課後になるとまたプールに行って一緒に泳ぎの練習。
 こんなにも凛々子は私に尽くしてくれる、という言葉もちょっとおかしいかもだけども、本当に一緒にいてくれる。
 凛々子のためにというのもまたおかしいかもだけども、私はちゃんと生き抜いて帰ってきたいと思った。
 家に戻ると、今日は何故か父親、というかお父さんがもう家にいた。
 お父さんがお土産にケーキも買ってきてくれていて、一瞬お父さん、何か知らんけども浮気でもバレたのかなと思っていると、
「久しぶりに喋ろうか」
 みたいなことを言ってきて、私はお母さんのほうを見ると呆れているような顔。
 私がお母さんへ、
「お母さん、昨日のことお父さんに言った?」
 お母さんは少し鼻で笑うようにハッと声を漏らしてから、
「言ったけども、言った早々、お父さんがこんなことするなんて思わないじゃん、ホント、アンタって機微の無い人ねぇ」
 とお父さんをさげすむような目で一瞥して、また夕ご飯の支度をし始めた。
 お母さんは台所に立って、私とお父さんは面と向かって、居間のテーブルに座ることになって。
 お父さんは正面切って、
「何か、あったのか?」
「別に」
 と答えるしかない。だって本当のことなんて絶対言えないから。
 沈黙が流れたところでお母さんが、
「まあ女子というのはいろいろありますから」
 と言ったところでお父さんが溜息交じりに、
「失恋か……」
 私は即座に、
「せめて彼氏できたのか、でしょ。何でじゃあコイツは終わりになるほうかぁ、なんだよ」
「いや、じゃあ彼氏か」
「で、彼氏でもないし。そういうことしている暇無いし」
「金策?」
「言い方あるでしょ、銀行へ融資してほしいと言ってるわけじゃないからさ」
 お父さんは深呼吸をしてから、
「お父さん、バカだから察するとか全くできない。何か困ったことがあったら言ってほしい」
 そう言うと、居間のテーブルへ料理を持ってきたお母さんが完全に鼻で笑った。
 そんなお母さんにお父さんは「そうだ」と言って反応して、鼻で笑われてもそんな感じなんだ、器がある意味デカいな、とは思った。
「大丈夫、心配しないで。こっちの問題だからさ」
 と私は答えておくと、お父さんが意を決したようにこう言った。
「俺も同じくらいの時に変な夢をいっぱい見てな、それで現実まで作用するくらいだるい時があったよ」
 えっ、と思ったタイミングでお母さんが、
「どうせアホな夢見て、ベッドから転げ落ちてケガとかしたんでしょ。梨絵はそんな子じゃありません!」
 いやこのまま話がかき消されると困るので、
「どういうこと! お父さん!」
 と激しく食いつくと、お父さんは窓のほうを見ながら、
「家系かな、お母さん……あー、梨絵から見て祖母もそんなことを言っていたよ、俺は原始時代の夢をいっぱい見てなぁ」
 お母さんは笑いながら、
「アホ過ぎる」
 と言うわけだけども、私はお父さんの話が聞きたさ過ぎて、
「どういう感じだった? 言葉喋れた?」
 矢継ぎ早にお母さんが、
「お父さんのホラ話を聞いてる暇なんて逆にあるの?」
「いいからお母さん!」
 とつい声を荒らげてしまうと、お母さんは何だかばつが悪そうに、台所に戻って行った。
 お父さんは呼吸を整えてから、
「原始時代じゃなくて、弥生時代あたりだったかもしれない。言葉は喋れた。若干何か、違ったけども。で、梨絵、オマエはいつだ?」
 お母さんに聞かれて鼻で笑われると嫌なので黙ってしまうと、お母さんは察したのか、台所のコンロを消す音が聞こえたと思ったら、自分の部屋へ行ってしまった。二階へあがる足音が聞こえた。
 お父さんは囁くように、
「この話はお母さんと付き合いたての時にしたことがあるが、ホラ話として相当ウケた」
「何成功体験みたいに言ってんの」
「でも家系的に、みんな過去の夢を見ているんだ。祖母も、祖母のお父さんも」
「えっ、うちって何か、由緒正しき家系とかなの?」
「それは分からない。でも決まって十五歳、十六歳くらいで夢を見るらしい。ちなみに祖母のお父さんは未来だったらしい」
「じゃあ先に言っておいてよ」
 と私が咎めるように言うと、お父さんが間髪入れずに、
「さすがに無くなると思うじゃん」
「思うじゃん、て。急に語尾が若々しくなるなよ」
 お父さんはうんと小さく頷いてから、
「で、梨絵はいつの時代なんだ」
「長岡市の昭和二十年八月一日前、多分というかなんとなく空襲の日に居合わせると思う」
「そんな……」
 絶句した父親を見て、多分そっちの世界でのケガが若干起きた時に残ることも知っていると分かった。
 父親は髪の毛をワシワシと掻いてから、
「絶対に生きろよ」
 何か分かんないけども、つい、
「生きていてほしい?」
 と聞いてしまうと、父親が、
「バッ! オマエ!」
 と声を荒らげてから、すぐに冷静なトーンで、
「当然だろ。娘に死んでほしい両親なんていない」
「というか空襲が当たったら死ぬということも分かるんだ」
「その手のひらの包帯はあれか、ビラが降ってきて切ったのか?」
「何その軽度のドジ、竹槍振ったりバケツリレーだよ」
 と淡々と私が答えると、お父さんは少し体を反りながら、
「あー、そうか……竹槍? 戦争で?」
「お父さんも全然長岡空襲のこと知らないじゃん、女性は竹槍の練習していたんだよ」
「相手は爆弾のくせに?」
「というか爆弾じゃなくて街を火の海にすることが目的の焼夷弾だよ、火を噴くほうに特化して、ゼリー状のガソリンも投下するの」
 お父さんは俯いて少し黙ってから、
「お父さんが助けるようなことはもう無いみたいだな」
「無いのかよ、何か特殊なルールとか無いの?」
「いや、直感が全てだから八月一日に居合わせると思っているのなら、居合わせると思う」
 私は吐き捨てるように、
「使えねぇ」
「お父さんを使えねぇと言うのは辞めなさい」
「何かヒントとかないの?」
「イノシシに追いかけられたら横に逃げろ」
「弥生時代じゃねぇんだよ」
「そうだ、これそうかもしれない。俺は結局試さなかったけども、いや試していると言えば既に試している」
 とお父さんが何か思いついたように言った。
「いやもったいぶらず教えてよ」
「身につけているモノはそのまま引き継いで使えるぞ、パジャマとか、パンツとか」
「それは知ってるよ、パンツとかあえて別で言うな、キモイ」
「いやそうじゃなくて。ポケットにナイフとか入れたら多分ナイフも持ち込めると思う」
「だとしても何でパンツって単独で言ったんだよ」
 と一瞥するように私が言うと、お父さんがそうそうといった感じに、
「あと靴は何故か常に履いている」
「それはもう初日で分かったよ、それより空襲のために何を持ち込んだほうがいいのかな?」
 お父さんは真っ直ぐ私の瞳を見ながら、
「調べておくが、多分既に梨絵のほうが詳しいと思う」
「だよね、そうだと思う」
「俺も本当にいろいろ調べておくから、じゃあそろそろ一旦ご飯でいいか」
「こっちから言うよ、何でそんなご飯食べたいんだよ」
「梨絵が気になって早く帰ってきたわけだが、こんなに早く仕事場から戻るのも久々だから、お母さんの温かい手料理が食べたいんだよ」
「別にいいけども」
 と言ったところで、私がお母さんのことを迎えに行って、一緒に夕ご飯を食べた。
 お母さんはお父さんの夢に対して、何も聞いてこなかった。勿論私についても。
 それもある種の優しさなんだろうな、と思って、その夜を過ごした。
 でもお父さんも私のこと心配してくれていたんだ、そりゃ当然なのかもしれないけども、きっと当然じゃない家庭もあるわけで。
 私って幸せだったんだということに改めて気付けた。お母さん、お父さん、いつも有難う。
 そんなことを思いながら、眠ると当然のように私はヨネコの隣に座っていた。
 昨日いた場所と同じ、木々が茂って隠れ蓑みたいになる場所だ。
「リエ、昨日ぶりだね。じゃあ早速未来の話をしようか」
 と言ったところでまた警戒警報が鳴り響いた。
 でもヨネコは一切動じず、
「サイレンのおかげで遮られているからちょうどいいね」
 と笑った。
 そりゃヨネコは八月一日よりも前には空襲が無いことを知っているけども、肝が据わり過ぎている。
 いやいいけども、信じてくれているということかもしれないし。
 私は早速といった感じに切り出した。
「今すっごく暑いでしょ、でも涼しい風が箱から出て部屋全体を涼しくするクーラーというものがいたるところに設置されるようになるよ」
「涼しい風が出るっ?」
 興味津々といった面持ちで目を丸くしたヨネコ。
「勿論寒い日は暖かい風が出るんだよ」
「同じ箱?」
「そうそう、同じ箱で両方できるんだよ」
「すごい! そんなのあったら勉強しやすいね!」
「あと冷蔵庫とか冷凍庫とか、食べ物を冷やしておける箱が発明されて、食べ物が腐る心配もあんま無くなるんだよ」
「氷を入れずに……? 何か……冷やすことが当たり前になるということ……?」
 と神妙な顔でそう言ったヨネコ。
 私はうんと頷いてから、
「氷自体も作れるし、冷たくて甘くて美味しい、アイスというものも冷凍庫に入れておけばいつでも食べられるんだよ」
「アイスって聞いたことあるかも、でも食べたこと無いんだよね、あぁ、未来になるといつでも食べられるの?」
「そう。勿論買わないといけないけどもね」
「やっぱりお金がまた出回るの?」
 そうか、今の時代は点数制だもんね。
「うん、お金も出回るよ。ちゃんと日本独自の貨幣だよ」
「すごい、そこまで復興するんだ」
 まさかお金に反応するとは。お金って私たちにとっては当たり前過ぎるけども、この時代の人からしたらまた違うものなんだ。
「飛行機の話も前にしたけども、飛行機で好きな海外に行けるよ」
「日本国内だけじゃなくて?」
「そう、アメリカにハワイという常夏の島があるんだけども、そこへ行くことが日本人にとっての憧れになるんだ」
「アメリカと仲良いの? あっ、でも占領するからそうなるに決まっているかぁ」
「ううん、植民地みたいな感じにはならないよ、いや一回なるのかな? でもずっと日本語は喋るし、文化は独自進化を辿るよ」
「そうなんだ、じゃあいいかぁ」
 そうしみじみと頷いたヨネコ。
 やっぱり日本という国がちゃんと残るかどうかは気になっているみたいだったので、
「日本はマンガが発達するよ、知ってる? あの絵と吹き出しの娯楽みたいなの」
「昔はあったらしいけども、わたしが生まれた頃にはもうって感じかな」
 そうか、戦争前にも文化というものがあったんだよね。浮世絵とかは江戸時代だし。鳥獣戯画も、もっと前だ。
 戦争を経たことにより、無くなった文化って実はたくさんあるんじゃないか?
 何か戦争により、根性論が根付いたみたいな情報もあるみたいだし。
 いやそんな脳内の反芻よりも、今はヨネコとの会話だ。
「そのマンガが世界で大人気になって、日本すごい! ってなるんだよ」
「そんな、日本すごい、ってなるの?」
「そう! これは本当に、本当に日本すごい! ってなるんだよ」
「それは誇らしいねぇ」
 と、ほっこりとした笑顔を浮かべた。
 やっぱりこういう話も好きみたいだ。
 あとこれもかなり女子にとっては重要なので話しておいてもいいかもしれない。
「あとそうそう、生理用品とかも充実していくよ」
「生理用品?」
 昔はこういう言い方しなかったのかな?
 じゃあ、
「ほら、血が出ちゃう日あるでしょ? あれを吸収してくれる素材の使い捨てのモノとかもいっぱい出てくるよ」
「使い捨てだなんて、そんなもったいないことしていいの?」
「そういうところは清潔に保つことが一番ということで、使い捨てでもいいんだよ」
 ヨネコはうんうん頷きながら、
「清潔って大切だよね、病気も不衛生からなるって言うもんね」
「そうそう。だからそういったモノは使い捨てでもいいんだ。勿論普段の服は洗って使うよ、洗うための洗剤という石鹸のようなモノも出回るよ」
「そうなんだっ、清潔っていいなぁ」
 と遠くを見るように言ったヨネコ。
 そうか、この時代は本当に清潔とは無縁だからなぁ。
 そんな感じで私はサイレンが鳴っている最中、ずっとヨネコと会話していた。
 こんな時間がずっとずっと続けばいいのに、と思いながら。