・
・【05 畑の手伝い】
・
「梨絵、今日も頑張ろう! 今日は朝から畑の手伝いをしないとね!」
ヨネコが当たり前のように隣に立っていて、何か一緒に歩いているみたいだ。
畑ということは、
「クワとか使って耕すということ?」
「夏だからもう耕さないよ、また草むしりに水やりかな、バケツを使って運ぶよ」
「そう言えば何でバケツって鉄製じゃないの? 学校のバケツとか大体鉄製だと思っていた」
するとヨネコは怪訝そうな顔をしてから、
「本当リエって何にも知らないんだね、女学校生でしょ? 逆に何で今まで知らずに生きてこれたの?」
「いや、まあ、ちょっと忘れやすくて……」
こっちの世界の人にだって、凛々子と同様、こういうことなんだなんて説明はできなくて。
この世界にはこの世界の私がいるわけだから、変人に思われてしまったら良くないと思う。
そもそも”未来から来た”はマジで意味が分からないと思う。まだ過去の世界に寝ている間に行ってしまうのほうが説明しやすいかもしれない。少なくても私は。
ヨネコはうんと呼吸してから、
「去年の一月頃から金属類の強制回収というものがあったの。企業や家庭の日用品は勿論、仏像や銅像もだよ」
「あぁ! なるほど!」
何かそういうの聞いたことあったかもしれない。薄っすら記憶の奥に、だけども。
ヨネコは続ける。
「勿論、金属だけじゃなくてダイヤモンドとか金銀とかそういう貴金属もだね、鉄格子とか手すりとかも全部木製にすり替わったんだよ」
そうか、だから何か視界がずっとくすんだ色をしているわけだ。
全部痛んでいるような木だから、何だかどんよりしているような感じがするんだ。
木ってぬくもりを感じる色だけども、こうも木ばかりだとちょっと滅入るような気がする。
「有難う、勉強になったよ」
「勉強って何さ、もう勉強なんて随分していないけどねっ」
と嫌味というよりは冗談っぽくそう言ったヨネコ。
ところで、
「畑ってどこの畑? 結構歩いているけども」
「上組村大字左近の畑だよ、あそこの畑は川沿いだから大きいんだよっ」
上組村大字左近……? 何かどこかで最近見たような……って!
「今日何日!」
とついデカい声を出してしまうと、ヨネコは溜息交じりに、
「日付も分からないでよく生活できているね、今日は七月二十日だよ」
「七月二十日!」
「オウム返ししちゃって、そんなに嬉しかった?」
「ダメ! 上組村大字左近には行っちゃダメ! 爆弾落とされるよ! 原爆の模擬爆弾!」
「何言ってるの?」
とヨネコが言ったところでサイレンが鳴り出した。
空を指差しながらヨネコが、
「これはいつも鳴っている警戒警報ね、それとは別に空襲警報もあるんだけども、警戒警報が鳴るのはいつものことだよ」
「でも! 降るの! 一個だけ!」
「一個だけ爆弾が落ちるなんてそんなことあるわけないじゃない。さすがに夢見がち過ぎだし、リエ?」
ちょっと叱るようなトーンでそう言ったヨネコは小声でこう言った。
「変なビラを見たわけじゃないよね、伝単というヤツね、どっちの言い方が分かるかどうか分かんないから両方言うけども」
「ビラって、電柱とかに張ってあるヤツ?」
「う~ん、まあアメリカ軍が空から落とすビラのことね、紙ね、紙」
「そんなものは見ていないけども」
と反射でそのまま私が答えると、ヨネコは少し低い声で叱るように、
「じゃあ何か適当に言ってる? あんまりそういう適当とかはお国に反するよ?」
「そうじゃないの……とにかくゴメンなさい! 上組村大字左近には行っちゃダメなの!」
と必死の形相で言っていたと思う。
するとヨネコは叱るような顔から徐々に不安そうな顔になっていき、
「何で……ビラ……本当は見たの……じゃ! じゃあ! 大きな声で喋っちゃダメ!」
そう言って周りを見渡したヨネコ。
ヨネコはまた小さな声に戻り、
「どうしてそんなこと言うの、決められた通りに動かないと非国民になっちゃうよ……」
もう言うしかないのかもしれない。
こんなこと言ったら笑われるか、それとも頭がおかしいとみなされて、投獄されるか。
でも言うしかない。こんなにちゃんと私に接してくれているヨネコには、死んでほしくないから。
「真面目に聞いてほしいんだけども、私、未来から来たんだ」
「未来って……いつ?」
パニックにはならず、囁き声でそのまま聞いてくれているので、私は続ける。
「ずっと未来、昭和の次が平成で、平成の次が令和で」
「そんな、天皇陛下がお亡くなりになるみたいに言わないで」
「いや、お亡くなりにならなくても元号が変わる時があるんだ」
「そんなこと信じられない……」
「じゃあ今日、上組村大字左近に爆弾が落とされたら信じてよ。ちなみに本当は隣の橋を狙って落とすつもりだったらしい」
歩くのをやめて立ち止まったヨネコは深い溜息をついてから、
「一個いい? 何で未来から来たのに、金属の強制回収とか建物疎開とか知らないの? 未来から来たんなら、こういうことがあったって勉強するはずでしょ?」
「えっ、あ……あぁ……でも……」
正直私は言葉に詰まってしまった。だって確かにその通りなんだもん。
何でそんなちゃんと長岡空襲について勉強しないんだ? いやでも勉強って基本的に受験のための用語を覚えることが一番で。
「未来は、試験に出ないところをあんまり、勉強しないんだ……」
「何で日本は戦争についてそんなに試験に出ないの?」
「いや出るは出るんだけども、そんな深掘りしない、というか……」
「わたしたちがこんなことなっているのに、試験に出る出ないでしか勉強しないの? 未来って」
「あぁ、あの……ゴメンなさい……」
本来私が謝るようなことではないと思うけども、頭をさげるしかなかった。
何で確かにそんなに勉強しないんだろう、反米に意識が向かないために? とか考えてしまった。
いやでも今は多分そういうことを答えるわけじゃなくて、そうだ、
「まだ習っていないんだ、習う範囲じゃないというか」
「でもリエは高等女学校生でしょ? もう習ったんじゃないの? というかもっと早い段階で習うべきなんじゃないの?」
「今の時代は誰でも大体高校生というか、高等学校に入るもんなんだ。だからもう少し年齢があがってから習うもので」
嘘だ、多分嘘だ、中学生三年生くらいの時に勉強したし、私が高校二年生とかになったら普通に大学入試用の勉強しかしないと思う。それこそ英語とか。
「リエは本当に未来から来たの? その証明ってどこかに無いの?」
私は周りを意味無く見渡した。何か無いかって。
でもそうだ、灯台下暗し、これだ。
「私の服、これパジャマ……寝巻なんだけども、ここに来た当初って真っ白だったでしょ? それは多分証明になるんじゃないの? だって誰も白い服なんて着ていないもんね」
ヨネコはハッとした表情をした。
おっ、これはどうやら効いているみたいだ、有効打くらいにはなっているはず。
もう一押し何か無いかと思った時、ポケットの中に包帯が入っていることに気付いた。
そうだ、寝る前にとった包帯、何気なくポケットの中に入れていたんだった。
「この包帯が真っ白というのも理由にならないかな、こんなものを持っているなんて不思議なんじゃないの?」
ヨネコが私の包帯を優しく手に取ったその時に、目を丸くして、
「伸縮する……この布、どういう素材?」
「じゃあ未来の素材なんだ、包帯って伸び縮みしないんだ、まだこっちの昭和では」
ヨネコは静かに包帯を私に返して、その場で俯いている。何か考えているようだ。
数十秒経ったところで、
「忘れたことにしよう、他の人たちを巻き込むことはできないから、畑に呼びかけに行くことはしないけども、忘れたことにしよう」
そう言うと私の手首を優しく引いて、道から外れて、木々があるほうに連れて行った。
木陰に入ると、そこに座って、ヨネコは私にも座ることを促した。
私も座って、今は木陰で休んでいる。
するとヨネコが、
「未来から来たなんて……じゃあ未来は皆殺しになっていないの?」
そう真面目な顔でそう言ったわけだけども、確かにそう考えることも訳無いかと、その皆殺しという言葉を表面上だけすくいとって、
「そうだよ、日本語だって喋っているじゃない」
「そっか、そうだね……」
でも皆殺しと言うことは、
「ヨネコは、本当は勝つと思わないわけか」
ヨネコは座りながらも首を伸ばして、周りを見渡してから、
「非国民、だよね……」
「そんなことないよ」
と言うしかなかった。
ヨネコはずっと黙っているし、私もこれ以上何を言えばいいか分からず、ずっと二人で静かに座っていた。
その時だった。
遠くから何かの爆発音が聞こえると、即座にヨネコは音が鳴ったほうへ立ち上がり、震えながらこう言った。
「上組村大字左近のほうだ……」
私は言うか言わないか迷ったけども、言うことにした。
「信じてくれた?」
「信じるしかないよ、包帯の時点でね」
哀しそうなヨネコの顔を見たところで、私は夢から醒めていた。夢なのか現実なのか分からないけども。
・【05 畑の手伝い】
・
「梨絵、今日も頑張ろう! 今日は朝から畑の手伝いをしないとね!」
ヨネコが当たり前のように隣に立っていて、何か一緒に歩いているみたいだ。
畑ということは、
「クワとか使って耕すということ?」
「夏だからもう耕さないよ、また草むしりに水やりかな、バケツを使って運ぶよ」
「そう言えば何でバケツって鉄製じゃないの? 学校のバケツとか大体鉄製だと思っていた」
するとヨネコは怪訝そうな顔をしてから、
「本当リエって何にも知らないんだね、女学校生でしょ? 逆に何で今まで知らずに生きてこれたの?」
「いや、まあ、ちょっと忘れやすくて……」
こっちの世界の人にだって、凛々子と同様、こういうことなんだなんて説明はできなくて。
この世界にはこの世界の私がいるわけだから、変人に思われてしまったら良くないと思う。
そもそも”未来から来た”はマジで意味が分からないと思う。まだ過去の世界に寝ている間に行ってしまうのほうが説明しやすいかもしれない。少なくても私は。
ヨネコはうんと呼吸してから、
「去年の一月頃から金属類の強制回収というものがあったの。企業や家庭の日用品は勿論、仏像や銅像もだよ」
「あぁ! なるほど!」
何かそういうの聞いたことあったかもしれない。薄っすら記憶の奥に、だけども。
ヨネコは続ける。
「勿論、金属だけじゃなくてダイヤモンドとか金銀とかそういう貴金属もだね、鉄格子とか手すりとかも全部木製にすり替わったんだよ」
そうか、だから何か視界がずっとくすんだ色をしているわけだ。
全部痛んでいるような木だから、何だかどんよりしているような感じがするんだ。
木ってぬくもりを感じる色だけども、こうも木ばかりだとちょっと滅入るような気がする。
「有難う、勉強になったよ」
「勉強って何さ、もう勉強なんて随分していないけどねっ」
と嫌味というよりは冗談っぽくそう言ったヨネコ。
ところで、
「畑ってどこの畑? 結構歩いているけども」
「上組村大字左近の畑だよ、あそこの畑は川沿いだから大きいんだよっ」
上組村大字左近……? 何かどこかで最近見たような……って!
「今日何日!」
とついデカい声を出してしまうと、ヨネコは溜息交じりに、
「日付も分からないでよく生活できているね、今日は七月二十日だよ」
「七月二十日!」
「オウム返ししちゃって、そんなに嬉しかった?」
「ダメ! 上組村大字左近には行っちゃダメ! 爆弾落とされるよ! 原爆の模擬爆弾!」
「何言ってるの?」
とヨネコが言ったところでサイレンが鳴り出した。
空を指差しながらヨネコが、
「これはいつも鳴っている警戒警報ね、それとは別に空襲警報もあるんだけども、警戒警報が鳴るのはいつものことだよ」
「でも! 降るの! 一個だけ!」
「一個だけ爆弾が落ちるなんてそんなことあるわけないじゃない。さすがに夢見がち過ぎだし、リエ?」
ちょっと叱るようなトーンでそう言ったヨネコは小声でこう言った。
「変なビラを見たわけじゃないよね、伝単というヤツね、どっちの言い方が分かるかどうか分かんないから両方言うけども」
「ビラって、電柱とかに張ってあるヤツ?」
「う~ん、まあアメリカ軍が空から落とすビラのことね、紙ね、紙」
「そんなものは見ていないけども」
と反射でそのまま私が答えると、ヨネコは少し低い声で叱るように、
「じゃあ何か適当に言ってる? あんまりそういう適当とかはお国に反するよ?」
「そうじゃないの……とにかくゴメンなさい! 上組村大字左近には行っちゃダメなの!」
と必死の形相で言っていたと思う。
するとヨネコは叱るような顔から徐々に不安そうな顔になっていき、
「何で……ビラ……本当は見たの……じゃ! じゃあ! 大きな声で喋っちゃダメ!」
そう言って周りを見渡したヨネコ。
ヨネコはまた小さな声に戻り、
「どうしてそんなこと言うの、決められた通りに動かないと非国民になっちゃうよ……」
もう言うしかないのかもしれない。
こんなこと言ったら笑われるか、それとも頭がおかしいとみなされて、投獄されるか。
でも言うしかない。こんなにちゃんと私に接してくれているヨネコには、死んでほしくないから。
「真面目に聞いてほしいんだけども、私、未来から来たんだ」
「未来って……いつ?」
パニックにはならず、囁き声でそのまま聞いてくれているので、私は続ける。
「ずっと未来、昭和の次が平成で、平成の次が令和で」
「そんな、天皇陛下がお亡くなりになるみたいに言わないで」
「いや、お亡くなりにならなくても元号が変わる時があるんだ」
「そんなこと信じられない……」
「じゃあ今日、上組村大字左近に爆弾が落とされたら信じてよ。ちなみに本当は隣の橋を狙って落とすつもりだったらしい」
歩くのをやめて立ち止まったヨネコは深い溜息をついてから、
「一個いい? 何で未来から来たのに、金属の強制回収とか建物疎開とか知らないの? 未来から来たんなら、こういうことがあったって勉強するはずでしょ?」
「えっ、あ……あぁ……でも……」
正直私は言葉に詰まってしまった。だって確かにその通りなんだもん。
何でそんなちゃんと長岡空襲について勉強しないんだ? いやでも勉強って基本的に受験のための用語を覚えることが一番で。
「未来は、試験に出ないところをあんまり、勉強しないんだ……」
「何で日本は戦争についてそんなに試験に出ないの?」
「いや出るは出るんだけども、そんな深掘りしない、というか……」
「わたしたちがこんなことなっているのに、試験に出る出ないでしか勉強しないの? 未来って」
「あぁ、あの……ゴメンなさい……」
本来私が謝るようなことではないと思うけども、頭をさげるしかなかった。
何で確かにそんなに勉強しないんだろう、反米に意識が向かないために? とか考えてしまった。
いやでも今は多分そういうことを答えるわけじゃなくて、そうだ、
「まだ習っていないんだ、習う範囲じゃないというか」
「でもリエは高等女学校生でしょ? もう習ったんじゃないの? というかもっと早い段階で習うべきなんじゃないの?」
「今の時代は誰でも大体高校生というか、高等学校に入るもんなんだ。だからもう少し年齢があがってから習うもので」
嘘だ、多分嘘だ、中学生三年生くらいの時に勉強したし、私が高校二年生とかになったら普通に大学入試用の勉強しかしないと思う。それこそ英語とか。
「リエは本当に未来から来たの? その証明ってどこかに無いの?」
私は周りを意味無く見渡した。何か無いかって。
でもそうだ、灯台下暗し、これだ。
「私の服、これパジャマ……寝巻なんだけども、ここに来た当初って真っ白だったでしょ? それは多分証明になるんじゃないの? だって誰も白い服なんて着ていないもんね」
ヨネコはハッとした表情をした。
おっ、これはどうやら効いているみたいだ、有効打くらいにはなっているはず。
もう一押し何か無いかと思った時、ポケットの中に包帯が入っていることに気付いた。
そうだ、寝る前にとった包帯、何気なくポケットの中に入れていたんだった。
「この包帯が真っ白というのも理由にならないかな、こんなものを持っているなんて不思議なんじゃないの?」
ヨネコが私の包帯を優しく手に取ったその時に、目を丸くして、
「伸縮する……この布、どういう素材?」
「じゃあ未来の素材なんだ、包帯って伸び縮みしないんだ、まだこっちの昭和では」
ヨネコは静かに包帯を私に返して、その場で俯いている。何か考えているようだ。
数十秒経ったところで、
「忘れたことにしよう、他の人たちを巻き込むことはできないから、畑に呼びかけに行くことはしないけども、忘れたことにしよう」
そう言うと私の手首を優しく引いて、道から外れて、木々があるほうに連れて行った。
木陰に入ると、そこに座って、ヨネコは私にも座ることを促した。
私も座って、今は木陰で休んでいる。
するとヨネコが、
「未来から来たなんて……じゃあ未来は皆殺しになっていないの?」
そう真面目な顔でそう言ったわけだけども、確かにそう考えることも訳無いかと、その皆殺しという言葉を表面上だけすくいとって、
「そうだよ、日本語だって喋っているじゃない」
「そっか、そうだね……」
でも皆殺しと言うことは、
「ヨネコは、本当は勝つと思わないわけか」
ヨネコは座りながらも首を伸ばして、周りを見渡してから、
「非国民、だよね……」
「そんなことないよ」
と言うしかなかった。
ヨネコはずっと黙っているし、私もこれ以上何を言えばいいか分からず、ずっと二人で静かに座っていた。
その時だった。
遠くから何かの爆発音が聞こえると、即座にヨネコは音が鳴ったほうへ立ち上がり、震えながらこう言った。
「上組村大字左近のほうだ……」
私は言うか言わないか迷ったけども、言うことにした。
「信じてくれた?」
「信じるしかないよ、包帯の時点でね」
哀しそうなヨネコの顔を見たところで、私は夢から醒めていた。夢なのか現実なのか分からないけども。



