・【04 答えが見つからない】


 私は手のひらがどうしても痛くて、包帯を巻くことにした。
 家にある救急箱をお母さんに言って出してもらったけども、何で必要なのかは言えなかった。聞いてもこなかったし。
 別に反抗期と自分の中でもハッキリ言葉にはしないけども、まあそういうことだとは思う。だからって他の家庭だってきっとそうでしょ?
 凛々子はひいおばあちゃんとは仲良さそうだったけども、私の家はおばあちゃんとかいないし。
 まあ聞かれなかったのは良かったことと思おう。どう答えればいいか分からないから。
 とはいえ、凛々子は絶対聞いてくるだろうから、今のうちに理由を考えておこう。
 何だろう、料理している時の不注意で少しヤケドしたとかが一般的かな?
 だからってこうやって手のひら全域を、しかも両手に包帯巻いているのはちょっとおかしいかな? でもそう言うしかないよね。
 教室に着くと、今日はまだ凛々子がいなかった。
 相変わらず教室には机とイスが並んでいる。決して縫製するための機械は無い。こんな当たり前のことが当たり前じゃない世界、否、時代があったんだ。
 現実の校舎の内装は木造チックな校舎だけども、別に木造なわけではない。土台は鉄筋だろうし、フローリングというか床にはニスが塗られているようにスベスベで綺麗な今の校舎と、くすんでいるあの時代の校舎。
 そもそもあの時代の建物全般にバケツなどの小物も、金具のようなモノが無さ過ぎるような気がする。
 全部木か布しかないというか、布も確か植物由来だよね、その辺も調べてみよう。
 そんなことを考えていると凛々子が教室に元気に入ってきて開口一番に、
「梨絵! 手どしたん!」
 とまるで周りの注目まで浴びてしまうくらいにデカい声を出した。
 事前に考えていた通り、
「昨日料理でヤケドしちゃって」
「両手もぉっ?」
 と想定質問通りにきたわけだけども、これ以上は用意していないので、
「うん、両手っ」
 と答えておくと、凛々子は、
「手のひらって神経集中しているからさ! もっと気を付けたほうがいいよっ!」
「有難う、気を付けるよ」
 そんな会話で手の包帯については終了して良かった。
 そこから凛々子が昨日見た動画の話をするんだけども、やっぱりちょっとあんまり真面目に聞いていられなくて。
 朝の時間が終わって、それぞれがみんな自分の席に着いたら、スマホで長岡市のホームページを検索し始めた。
 別に家でもできるんだけども、家で長岡空襲のことを考えていたら、その勢いでまた気絶するように寝てしまい、長岡空襲の夢を見そうで、怖くて家では考えられないのだ。
 何か夢って直前に考えていたことが夢に出てくるというし、できるだけ自分の部屋での、特に寝る前は調べたくないのだ。そうしていても見てしまうわけだから、こんな抵抗意味無いのかもしれないけども。
 まずは金具というか金属で調べてみるか、えっと『空襲 金属』あたりでやってみるか。いや『戦争 金属』か? まず先に後者のヤツから検索するか、いつも通り長岡市のホームページのキーワード検索で、っと。
『『『明治39年4月には市制を施行、商業・工業などあらゆる面で、新潟県・中越地区の中心として発展してきた。明治維新の戊辰戦争と昭和20年の長岡空襲の二度の戦災によって、壊滅的な被害を受けたが、人々は不屈の努力で立ち上がり、まちの復興を成し遂げた。(中略)産業面では、古くから交通の要衝にあり、商業のまちとして栄えてきた。明治の中ごろには、石油の掘削に端を発し、工作機械の関連産業が興こり、これを基盤にして近年、機械、電気、金属製品などの高付加価値型産業へと発達してきている。』』』
『『『長岡市ホームページ(長岡市の歩みと性格”nagaoka.html”)より引用《2025年7月14日閲覧》』』』
 近年そういう産業をしているという説明のページだった。何で戦時中には金属のようなモノが少ないのかということを示す情報ではないなぁ。
 でも同時にいわゆる、要所だったような気はする。AIもそんなこと書いていたような。だからアメリカ軍に狙われたのかな。発展していたから空襲に遭ったとかはありえるのかもしれないなぁ。
 じゃあその空襲で『空襲 金属』で検索してみるか。う~ん、思ったような検索結果は出てこないなぁ、調べ方が悪いみたいだ。
 結局元々の用語を知っていないと調べようがないというか、最初から絞った検索をするより、まずは大雑把に検索して、調べるための用語の語彙を増やさないといけないみたいだ。
 当たり前だけども、まんま生活だ。知らないと知れないんだ。その物事に対して解像度が高くないと考えることすらできない。
 まず『長岡空襲』で調べた上位のページを……と思ったところで、いつの間にか朝のホームルームが終わっていたらしく、ちょっとの休み時間に凛々子が私の傍まで来ていた。
 平常時なら凛々子が来てくれるだけで嬉しいし、すぐに楽しい話がしたいので、反応できるはずなのに、凛々子が近付いていても全然分からなかった。
「梨絵! また長岡空襲について調べてる! めっちゃ熱心じゃん!」
 という声が教室中に響き、担任の先生が何故か誇らしげに、
「そういうのを調べるということは大切なことだからな」
 とありきたりな言葉を言って、職員室に戻って行った(と思う)。
 凛々子は私へ、
「で! 今はどんな感じぃっ?」
「とりあえず長岡空襲で調べて、上位のページをローラーしようかなって」
「いいね! アタシも見る!」
 凛々子は違和感も持たず、一緒に見てくれることになった。
 それは私が普段真面目っぽいからか、それとも実は何かを察しているけども、私が言うまで黙っているのかは分からなかった。
 『長岡空襲』で検索して『戦災資料館』と何度も書かれているページをタップしてみた。
『『『1時間40分に及ぶ空襲で、市街地の8割が焼け野原となり、現在わかっているだけで1,488人の尊い生命が失われました。投下された焼夷弾は925トン、163,000発あまりの焼夷弾子弾が豪雨のように降りそそぎ、長岡の街を焼き払ったのです。』』』
「市街地の八割……!」
 という言葉は脳内だけで言ったつもりだったけども、しっかり声に出てしまっていた。
 凛々子も絶句するように「八割……」と呟いた。
 八割ってだってもうほぼ全部じゃん、降水確率の八割は絶対雨降るってヤツじゃん。
 今まで調べてきた文章の数値を改めて確認した。今まで見てきたソレはただの数字で、それがどうなのか実態が分からなかったけども、こう『市街地の八割が焼け野原になった』という文章を見た時に、壮絶さにやっと気が付いた。
 というとあの世界、いやあの時代の建物はほとんどが無くなってしまうということだ……絶対苦労して建てた建物なのに、建物というか家って思い出そのものだから、それが自分の意志じゃなくて無くなるってどんな気持ちなんだろうか。
 私は時折思うことがある。火って怖いなぁって。
 前にお盆の時、うちの家ではもう仏壇も含めてロウソクに火を灯さないようにしているんだけども、誰も家の者が見ていない間に、誰かがロウソクをつけてそのままいなくなって、私がふと虫の知らせで仏壇を見に行ったら、ロウソクの火がごうごうと燃えていて、即座に消したことがあったし、私の住んでいる地域ではそのお盆のロウソクの火で火事が起きたこともあった。
 そんな火が天から降り注ぐということ? あと焼夷弾子弾って実際問題、何? 爆弾じゃないの? 勿論爆弾も危険な兵器だとは思うけども、この焼夷弾子弾の写真も掲載されているけども、何か私が思うような爆弾ではない。丸くないというか、細長い筒、卒業証書入れるヤツみたいなイメージ。
 まあ私が知っている爆弾というモノはコミカルに表現されていて、だから丸くて黒い……いやいや、爆弾と花火って一緒でしょ? 花火は丸じゃん、だから爆弾が丸ということは多分合っていて。
 じゃあこの細長い筒は何? 意味が分からない。家に当てて爆発させて、その発破で火の粉が飛んで、燃えていったというわけじゃないの?
 『市民が体験した長岡空襲』という部分もある、少し読んでみよう。
『『『警戒警報から空襲警報のサイレンに変わってしまい、その空襲警報のサイレンが鳴り終わらないうちに、「ザーッ」という音とともに「バラバラバラバラ」とすごい音がしました。びっくりして、私だけ表に這い出してみたら、家の前に鉄の棒が並んで火を噴いていました』』』
 鉄の棒、あの卒業証書みたいなヤツだ、あれが火を噴いていた……? 火炎放射器みたいなこと?
『『『誰かが「川!川!」って言ったので、みんなそこにいた人は、柿川の中に入りました。その年は暑かったので川の水も少なかったのですが、私もとりあえず川の中に入りました。落とされたのが油脂焼夷弾でしたから、川の表面に油が流れて、そこに火が落ちると川に火が走るんです。防空頭巾に火がつくと、初めはみんなで水を掛け合っていたのですが、とっても間に合わないので、川の中に潜って火を避けるというような状態でした。』』』
 やっぱり川の中に入ることは正解なんだ、グーグル検索の後半変な文章になっていたヤツも、前段部分は合っていたというわけか。
 というかここでは油脂焼夷弾になっている。油脂焼夷弾って何だろう? 正直想像ができない。そりゃ燃やすためには油脂も内蔵されているだろうけども、油脂があることにより炎が大きく噴射するということなのかな? と読み進めていたら、凛々子が、
「一旦やめようか、今休み時間だし、ちょっと気分悪いかも……ゴメン、梨絵、この課題大変だね……」
 と言って立ち上がり、自分の席には戻らず、ベランダのほうへ行った凛々子。どうやら風に当たりたいらしい。
 確かに内容はグロテスクというか衝撃的で、感受性の強い凛々子はダメなのかもしれない。
 私は完全に自分事になっているので、調べないといけないという使命感というか助かるための手立てとして見ないといけないわけで。
『『『Q1 空襲に備えて、どんな準備をしていたのですか。 A 市民は各自いつも防空頭巾・救急袋を用意していました。空襲警報のサイレンが鳴ると身につけて、縁の下や空き地に作られた防空壕に避難しました。また、各家の前に防火用水や火たたきが用意されていました。各町内では神社や広い空き地に大きな防空壕が造られていました。』』』
 やっぱり防空壕も有効みたいだ、そのために造られているわけだから当然か。
 こう何か、川に入るまで逃げ惑うのって危険な感じがするし、ヤバくなったらすぐに防空壕のほうが安全性が高いかもしれない。いや絶対そうだ。防空壕、大事。
『『『Q3 なぜ、長岡より人口の多い新潟市が空襲されず、県下で長岡だけが空襲されたのですか。 A アメリカ軍は1945(昭和20)年にはいると原子爆弾攻撃の実行計画を立案しました。その投下予定地として京都・広島・新潟・小倉・長崎の5都市を選んでいたため、新潟市への焼夷弾攻撃は行われませんでした。また、1945(昭和20)年3月10日の東京大空襲以降、焼夷弾で日本の都市を無差別爆撃する方針に転換したアメリカ軍は、人口の多い大都市からだんだん少ない地方都市を攻撃をしました。長岡市は県下で新潟市に次いで人口が多かったため、空襲されました。』』』
 えっ! 新潟って原爆の候補地だったのっ! そんなこと自体初めて知った……そっか、そりゃそうだよね、候補地は何個かあるもんだよね……。
 実際は広島と長崎で、長岡から見たら地理的に遠いので、原爆ドームなどには行ったことないけども、ちゃんと見ないといけないのかもしれない。
 高校二年生になったらどこに修学旅行へ行きたいかというアンケートがきていたけども、クラスメイトたちは「沖縄だ! 沖縄だ!」と騒いでいたけども、広島や長崎のほうがいいんじゃないかな……いやいや沖縄も確か戦地だったんだよね……なんて、私はそこまでちゃんと生きているかどうか分からないけども。
 私はきっと八月一日にあの世界・あの時代にいるような気がする。そこで生き延びないといけない。だから今はもう調べるしかないんだ。
『『『1945(昭和20)年7月20日午前8時13分。左近町(当時は上組村大字左近)の畑に1発の爆弾が投下されました。4人が一瞬にして生命を失い、5人のけが人が出るとともに、全壊2戸のほか、残り29戸のすべての家が大きな損傷を受けました。そのとき投下された爆弾は、1945年8月9日に長崎に落とされた原子爆弾とほぼ同型、同重量(約5トン)の、模擬原子爆弾であったことが分かりました。本番前の投下訓練として長岡が選ばれ、津上製作所を目標としていましたが、誤って左近に投下されたことも分かりました。』』』
 こんなことがあったんだ……本当に落とすつもりだったんだ……練習までするなんてそういうことだよね……例えば、三発落とすという計画だったら、候補地全部に落とすという計画だったら……いや、さすがにこのIFを考えている時間は無い。あとの文章は『長岡空襲史跡めぐり』だから大丈夫かな。
『『『以上、長岡市ホームページ(長岡戦災資料館 長岡戦災資料館 長岡戦災資料館”leaflet-01.pdf”)より引用《2025年7月14日閲覧》』』』』
 本当は凛々子と一緒にいろいろ考えたいところもあるけども、気持ち悪くなってしまっている凛々子を巻き込むことも良くないので、こっからは一人で調べあげていくか、と思ったところで一限目のチャイムが鳴った。
 私の席の前を通り過ぎた凛々子は軽くこっちへ手を振ったので、私も振って挨拶しておいた。
 ただ二限目の前のちょっとした休みにも凛々子はいつもなら来るはずだけども、私が即座にスマホをイジリ出したところを見たみたいで、来ることは無かった。
 そんな感じで昼休みになったところで、凛々子がこっちへ来るなり私のスマホを奪ってこう言った。
「もう長岡空襲の話はいいでしょ! アタシと一緒にアタシの良いところを交互に言っていこう!」
 いつもの快活な凛々子だけども、こればっかりは邪魔されたくなくて、
「ゴメン、スマホ返して。調べないといけないんだ」
「そもそも夏休みの課題じゃん! 残しておかないと夏休みに会う口実が無くなっちゃうよ!」
「口実無くても会おうよ」
「それは本当に有難い話ですけども! ですけどもぉ!」
 と言いながら立ちっぱなしの凛々子は私のスマホを天高く持った。
 私も立ち上がって、スマホを奪い返そうとするんだけども、まるでイジメっ子のように背伸びして、私にスマホを触れさせないようにする。
 私と凛々子の身長は同じくらい、負けじと腕を伸ばしたその時だった。
 不意に凛々子の指が私の手のひらにカリッと当たって、激痛が走って、
「うぅ」
 と声を出して手をさげた私。
 それを見た凛々子が即座にやってしまったというような顔をしながらも、
「だって! 梨絵! ちょっと変なんだもん!」
 と私のスマホをギュッと握ったまま、声を荒らげた。
 変にもなるよ、変なんだから、前回は二日進んでいた、このまま同じ日付の時系列を進むわけではないみたいだ。
 突然八月一日になっていることもあるだろう、だから急いで調べ上げないといけないんだ。
 でもそんなこと急に言ったらマジで電波な女子だと思われてしまう。それは避けたい。だから言えない。
「凛々子、ゴメン、ちょっと今は調べたいからさ」
「何でそんな根詰めているのっ? 夏休みでいいじゃん!」
「ゴメンなさい」
「何で何も言ってくれないの! アタシってそんなもん! あっ! ゴメン! これはメンヘラ! だけどもさぁ!」
 と言ってスマホを持っていないほうの手で後ろ頭をわしわしと掻いた凛々子。
 私はただただ、
「今、調べたいんだ」
 と言うしかできなくて。
 すると凛々子は優しく机にスマホを置くと、
「もういいよ! 何か変! 本当に変! 変なヤツと一緒にいるとアタシも変に思われるし! そもそも空襲の話はキモくて嫌い!」
 そう叫ぶと、そのまま教室から出て行ってしまった。
 いつも一緒にお昼ご飯を食べていたのに、まさかこんなことになってしまうなんて。
 追いかけたほうがいい? でも私のほうに猶予がもうあまり残っていないかもしれない。私はもう調べるしかなかった。
 一人で寂しいけども、人という単位が無くなってしまうことのほうがはるかに怖かったから。
 いろいろ検索し、時には長岡市のホームページ外も見てみる。
 だけどやっぱり長岡市のホームページが一番詳しいのかなと思って、検索ワードを変えてみる。
 でもなかなか自分の欲しい情報というか、新たな『これだ!』というものは無い。
 昼休みも過ぎていき、放課後になり、ずっと一人で黙々とネット検索する。
 やっぱり知るためのワードを元々知らないといった感じだ。用語をまとめたサイトでもあれば良かったんだけども。
 家に戻ってきた時に、行き詰り過ぎてふと、ネット検索で『検索 意味』と検索すると『文書・カード・データなどから必要な情報をさがし出すこと。』と出た時に、ハッとした。
『『『Googleの回答より引用』』』
 そうだ、図書館の本とか調べたらどうだろうか、ということに気付いた。
 やぶれかぶれの検索だったけども、何だか新しい世界が開けるような気がした。
 さて、今日の夜、寝るといつになっているのか。
 どうせ机に座っていても、まるで気絶するように眠りにつくわけだし、もう覚悟を決めてベッドの上で寝るしかない。
 明日元気に行動できるように、そうするしか方法が無い。
 ベッドの横になった時に思った。白い包帯をしていたらまた汚されてしまうのでは? と。
 これは外して寝たほうがいいのかもしれない、泥を塗られて染みるほうが良くない。
 白い包帯をとって、どっかにいかないようにポケットに入れたその時、急にくらくらとまばゆい光に襲われて、いつの間にか私はまたあの世界に行っていた。