・【12 リバーサイド】


 その日以降、もうあの世界の夢は見なくなった。
 お父さんは笑って、お母さんは泣いていた。もう泣かなくたっていいのに。
 凛々子は笑い泣きといった感じで、あいのこかよ、と思った。
 その後、私は凛々子にあの日々の体験を全部喋った。
 今まで別に特に言っていなかったけども、ヨネコという名前もその時に言った。
 ヨネコという子がいたことを、凛々子にも覚えていてほしいと思ったからだ。
 夏休み、リバーサイド千秋で凛々子と遊ぶことにした。
 リバーサイド千秋はアピタ系列のショッピングモールで、映画館も併設されていて、とにかく一日そこで過ごせば遊びたい放題の場所だ。
「涼しぃ~!」
 バスからおりて急いでリバーサイド千秋に走り込んだ凛々子はデカい声を出して言った。
「そりゃクーラーあるからね」
 と自分で言って、すぐにヨネコのことを思い出してしまって嫌になる。
 ヨネコもクーラーのある時代まで生きたのかな? アイスとかちゃんといつでも食べたかな?
 凛々子はまるで私の脳内を知っているように、
「とりあえずサーティーワン行かない?」
「行こうかっ」
 私と凛々子はサーティーワンでアイスを買った。
 さすがにヨネコはこんな派手なアイスは食べられなかったかな、サーティーワンって結構最近の文化でしょ、多分。
 ソフトクリームくらいは食べたよね、きっと。
 凛々子が私の顔を見ながら、
「またヨネコさんのこと?」
「あ、ゴメン、顔に出ていた?」
「出てるよ、めっちゃ。でも梨絵が優しい子に育って本当に嬉しいよ」
「親目線すな」
「ヨネコさんもサーティーワンのアイス、食べていたらいいね」
「うん、そうだねぇ」
 長岡の空襲という本が発売されたのは昭和六十二年、つまり三十八年前。
 三十八年前の本に体験記録が載る前にお亡くなりになっているということはサーティーワンのアイスは食べていないだろう。
 いやサーティーワンのアイスの歴史は知らないけども。いや旅客機の話とかしたし、アメリカとかで日本上陸前に食べたりしたかな?
 私たちはそのあと、まずゲームセンターで時間を潰してから、映画館に行くことにしている。
 ゲームセンターというものも、本当にあの頃にはあるはずなくて。
 ただガンシューティングゲームを見ると、何か少しだけ嫌な気持ちになる。
 あんまりこういう世の中になってほしくないよね、って思うようになってしまった。
 正直フォートナイトとかも無理かも、スプラトゥーンでギリかな、あれはイカだし、インクだし。
 マリオカートの筐体はいいね、カートってみんな好きだもんね。
 UFOキャッチャーも楽しいけども、普通にとれないよね。
 凛々子が必死の形相で体格ブラザーズのぬいぐるみをとろうとしているけども、全然ダメっぽい。
「そろそろ時間かも」
 と私が言ったところで凛々子が、
「もう一回だけ!」
 と声を張りあげて、秋山さんと平子さんの上裸のぬいぐるみの何がいいんだよ、とは思った。
 結局手に入らなかったらしく、がっくりと肩を落としていた。
「いつかヴィレッジヴァンガードで売り出すよ」
 と適当な慰めを言いつつ、一緒に映画館で国宝を見た。
 サイゼリヤに入ってそのまま感想戦。
 意見がめっちゃ合ってさすが親友同士だとゲラゲラ笑った。
 それなりにお腹いっぱいになったところで、凛々子がふと、
「食料品売り場来てくれない?」
 と言ったので、何か買いたい商品あるのかなと思ってついていくと、グミ売り場にやって来た。
 凛々子がしゃがんで、とあるグミを見せながら、
「梨絵がヨネコさんにあげたグミの袋ってこれ?」
「そう、これだよ、何で分かったの? 言ったっけ?」
 と言いつつ私は何だかすごく懐かしい思いになっていった。
 これは令和に発売された最新のグミなのに。何なら切ないという気持ちも同時にきている。
 すると凛々子は溜息をついてから、
「梨絵、今から私の家へ行こう。一応このグミは買うね」
「何、どうしたの? こっから凛々子、体格ブラザーズの第二回戦するんじゃないの?」
「もう! 一回連れて来なさいって試しに言えばいいのに! 何の遠慮なん! マジで! 歳の差とか関係無いし! むしろさぁ!」
 よく分からないけども怒っているようだ。でも誰が何の?
 私は凛々子に連れられるまま、リバーサイド千秋をあとにして、バスに乗って、長岡駅に来たところで、とめていた自転車で凛々子の家へ直行した。
「おじゃまします」
 と私は一礼してから凛々子の家の中に入っていく。
 凛々子は私の腕を引っ張ってガンガン進んでいき、誰かの部屋のドアをノックもせずに開けて、凛々子が叫んだ。
「ひいばあ! 梨絵でしょ! この子でしょ!」
 凛々子のひいおばあちゃん? だいぶお年寄りといった感じだけども、元気そうに座布団の上で胡坐をかいて、寒天ゼリーを口にしていた。
 その凛々子のひいおばあちゃんは笑顔で、
「おや、リエ」
 とまるで昔馴染みのように話し掛けてきた。
 いや、
「初めまして」
 と頭をさげると、凛々子が、
「梨絵って名前を知った時点でそうじゃないかって思わないの! 私が作っている防災頭巾を見た時に言うことなかったの!」
 と何かブチギレているようだ。
 凛々子のひいおばちゃんは結構ハキハキとした声で、
「いやありがちな名前じゃないか、防災頭巾の時はビックリし過ぎて本当に倒れそうになって失語症みたいになってしまったんだ」
「後から言えるじゃん!」
「でも見間違いって思うでしょうに、結局あの時にしか見ていないわけだから記憶違いを疑う年齢ですよ。それにそれなら、凛々子もヨネコという名前を聞いてピンとこなかったかい?」
 凛々子は明らかにイライラしながら、
「ひいばあはひいばあでしょうが! ひいばあの名前いちいち覚えていないよ! ひいばあだもん! 大家族だもん!」
「わたしは凛々子の名前、覚えていますけどもね」
「そりゃ年上の場合は赤ちゃんの時から認識しているからでしょ!」
 私は意味が分からず、おろおろとしながら、
「何を言い合ってるの? 私が理由ならやめてよ、急に大家族の喧嘩シーンを見せないでよ」
「というかひいばあ! 何で体験記録を書いて長岡市に提出していないの! 梨絵はヨネコが病死していると思っているんだよ!」
 えっ?
 というか、えっ?
 私は深呼吸してから、
「えっ、もしかすると、ヨネコ……さん?」
 すると凛々子のひいおばあちゃんは満面の笑みで、
「ヨネコでいいんだよ、リエ」
 私は目を見開きながら、
「ヨネコ! ヨネコ生きてたの! 本当にっ?」
「そうだよ、ヨネコは令和の世の中を楽しんでいるんだよ」
「じゃあ何で体験記録を書いていないのっ?」
 するとヨネコはプフゥッと吹き出してから、
「だって、未来から来た子に助けられました、なんて書けるはずないじゃない」
 と言うと、私よりも先に凛々子が、
「確かに!」
 と叫んだ。
 マジだ、そりゃそうだ、そりゃそうだ案件過ぎる、未来から来た子からもらった防災頭巾を付けて、未来から来た子が平潟神社や神明さまは辞めなさいと言ったから栖吉川に行きました、なんて書けるはずがない。
 ヨネコはおいでおいでしながら、
「リエがいなきゃわたしはいない、つまりこの家系も無かったんだよ」
 と言ったので、隣に座ると頭を撫でてくれた。
 凛々子のほうを見ると固まっていた、が、徐々に動き出し、
「本当じゃん! 梨絵がひいばあのこと助けていないとアタシも生まれていないじゃん! えっ? じゃあ梨絵ってアタシたちの家系の恩人っ?」
 ヨネコはフフッと笑いながら、
「そうなるねぇ」
 と言ったところで凛々子は私をヨネコと挟むように座ってきて、
「ありがとう! 梨絵!」
 と抱き締めてきた。
 いやでも、
「凛々子が防災頭巾作ったり、服をプレゼントしてくれたおかげじゃん」
「えー! アタシって自分で自分の家系を助けていたのー!」
「つまり凛々子だって家系を助けていたんだよ」
 ヨネコも同調するように、
「ありがとうね、凛々子、自慢のひ孫だよ」
「そりゃ! そうだよ!」
 と私から離れてから、胸を叩いた凛々子。
 私はヨネコの顔を見ながら、
「私! ヨネコの人生知りたい!」
 ヨネコは少し困った顔をしながら、
「長くなるかもよっ」
「それでもいい! アイスとか食べたっ?」
 すると凛々子が、
「ひいばあは毎日食べてるよ!」
 と答えた。
 ヨネコも頷きながら、
「今はマンガも本当にすごくてね、さすがにマンガ自体は読まないけども、アニメは見るんだよ」
「アニメ見ればいいよ! 全然最先端だよ!」
 と私がツッコむように言うと、ヨネコは優しく微笑んだ。
 そこからずっとヨネコの話を聞いていた。
 次の日も、その次の日も凛々子の家へ行き、ヨネコの話を聞いていたので、凛々子が完全に嫉妬してしまい、基本的に私を挟み込むように座っていたのに、途中から凛々子が私とヨネコの間に座るようになってしまった。
 またヨネコから思い出のグミの袋を見せてくれた。
 土に埋めていたので、泥がプラスチックに染みついているし、結構ボロボロだったけども、ずっと持っていてくれたことが嬉しかった。
 そう言えば凛々子が”グミの袋がボロボロで、新発売なのに”みたいなことを言っていた時あったなぁ。
 ヨネコは次の日以降は必ずお化粧をして待っていてくれて、そこも嬉しかった。
 お化粧の話、覚えていてくれたんだと思って。
 夏休みはずっと凛々子の家に入り浸っていたと思う。
 一緒に流しそうめんしたり、スイカ割りを軒先でしたり。
 大家族の一員みたいになれて私はすごく嬉しかった。
 凛々子の家族も全員じゃないけども、一部の人には私とヨネコの話が伝わっているらしい。
 言われても半信半疑みたいな家族も勿論いたみたいだけども、信じてくれた家族からは私は本当にお姫様みたいな扱いを受けていたので、これはさすがにダメになると思って、率先して家の手伝いもした。
 長岡空襲の課題もしっかりまとめて、始業式にしっかり提出した。
 でも提出した課題はたいして先生も見ている様子が無く、そんなもんかぁ、と思ってしまった。
 とはいえ、私と凛々子でまとめたその課題は学園一になり、校内で表彰され、長岡市のフォーラムに参加しないかという打診を受けたので、私と凛々子は休日返上でフォーラムに参加することにした。
 するとそこにはヨネコが来ていて、どうやらヨネコも壇上にあがって復興の話をするという話だ。
 私と凛々子は二人で壇上にあがって、まず課題の説明をしたのち、最後のスピーチの時間は、私が一人で喋った。
「戦争は当たり前を奪って、まがい物の当たり前を作り出します。まがい物の当たり前は人間を麻痺させて、一方通行の道に誘い込みます。自分の意志が通らないと思った時、それは既にまがい物の世界に入っているということです。これは戦争だけではなくて、全てのことにおいてもそうで、自分に決定権が無いなんてことはありません。常に個人は選択する自由があります。勿論自らの意志で承認することもあるでしょう、でも承認を強要されてはいけません。戦争は全ての事柄に対して選択肢を奪い、承認を強要してきます。憲法なんて変えようと思えば、政治家はいくらでも変えることができます。有事ということにしてしまえば、どんなこともスピード感を持って変えられてしまいます。だからこそ我々若い世代は選挙に参加しなければなりません。戦争をしない国を選択してくれそうな未来に進まなければなりません。私は自分で全てのことを選択したいです。そこには責任が伴うことも分かっています。でもその責任を押し付けるのではなくて、みんなで軽減していく社会作りも大切なんじゃないかなと思います。全員が全員、必ず正解の選択肢を選べるわけでもないですし。時には間違っていてもその選択肢を選ばないと生きていけない時もありますし。勿論法律やルール、マナーを侵す選択肢はあってはなりませんが」
 ちょっと呼吸を整えてから、改めて、
「えっと、ちょっとごちゃついてしまいましたが、とにかく選択肢のある世界になればいいなと思っています。好きなほうを選べる、自分の最善手を選んで行動できるような世の中にするためにも、戦争は無いほうがいいのかなと思っています」
 マイクを置いて一礼すると拍手が巻き起こった。でもまあ社交辞令みたいな拍手だと思って、天狗にならず生きていきたいと思っている。
 いろんな方々のお話を聞いて、感心したり、時にちょっとそれは言い過ぎでは、とか思ったり、私はその自分の中の意見を大切にしたいと思った。それも選択だから。
 フォーラム帰りに私と凛々子とヨネコとお母さんで、またリバーサイド千秋へ行った。
 ヨネコとお母さんは初対面だったけども、ヨネコがフランクなので、お母さんも気を張らずに、一緒になって遊べたと思う。
 四人でサーティーワンのアイスを食べて、ショッピングして、サイゼリヤでご飯を食べて、またショッピングして。
 お母さんの運転する車で凛々子の家へ行って、凛々子とヨネコとバイバイして、お母さんと一緒に家へ戻ってきて。
 ふとお母さんが、
「梨絵は立派になったね」
「ちょっとフォーラムで喋っただけじゃない」
「それがすごいのよ、自分の意見を持って」
「凛々子と一緒に考えたんだよ」
「じゃあ梨絵と凛々子はすごい!」
「ありがとう、お母さん」
 気恥ずかしさはあるけども、ありがとうと言う時はちゃんと言うって選択しないといけないと思う。
 伝えたい時に伝えないと、世の中は何が起きるか分からないから。
 私は自分の部屋へ戻って、ボーッとしている。
 あれから未来の夢も見ることはない。
 あの時の未来は治安が悪く、すさんでいたけども、もし今の私が頑張れば未来は変えられるかな。
 もっと意識を高く持って生きていきたいと思う。
 勿論肩肘張ってばかりだと疲れるけども、凛々子と一緒に考えていけば、きっとどうにかなると思う。
 自分のことを思ってくれる人は意外といて、そして自分も思った以上に人のことを思っていたことに気付いた。
 少なくても私は一人じゃなかった。
 だから生きてこれたと思う。
 そりゃ今は一人の人だっていると思うけども、そんな人に優しく手を差し伸べられる人間になりたいと思った。
 ヨネコは私に手を差し伸べてくれた。
 ヨネコは私が手を差し伸べたと今の時代に会った時も言っていたけども、じゃあ多分相互だ。
 それぞれ重なり合って、連なり合って、一つの気持ちを作っていきたい。
 一つだけじゃなくてもいい、二つの気持ちでも、三つの気持ちでも、いろんな感情を作りだせばいい。
 それも選択だ。
 すぐに決めなくてもいい。
 なんて、ちょっとさすがに感傷的かな。言葉合ってるかどうか分からないけども。
 それにしてもお父さん、仕事が忙し過ぎてフォーラムに来てくれなかったなぁ。
 まあ映像は残るみたいで、あとで長岡市のホームページにアップロードされるらしいから……恥ずかしいから見せないようにしよう。
 そういう選択もとることがあります。


・『エピローグ』


 あれ以降もヨネコとの交流は続いていて、LINEも交換した。
 勿論凛々子の家に直接行くこともある。
 今度お父さんもヨネコに会いたいと言っていたけども、アイツは恥ずかしい人間なので、あまり会わせたくはない。
 いやお父さんのことアイツ呼びちゃダメだし、いつかは会わせてあげるけども。
 だからヨネコをおうちに呼ぶ計画も立てた。今週の日曜日だ。
 お父さんも休みをとってくれた。まあお父さんと会う回だから当たり前だけども。
 将来の夢を漠然と今、考えているけども、この長岡をもっと盛り上げるような仕事に就きたいと思っている。
 東京の大学と前は考えていたんだけども、ヨネコと会いたい時に会いたいし、新潟の大学もアリかもなと思っている。
 きっとヨネコは”東京を知るのもいいよ”と言ってくれると思うけども、私はやっぱりヨネコとの時間も大切にしたい。
 勿論ヨネコとは同世代じゃないわけで、あんまそういうことを考えること自体良くないけども、でもヨネコと一緒に生きたいのは当然でしょ、って思う。
 これは私の選択、誰の邪魔もさせない。
 長岡空襲を語り継ぐことはずっと続けたいと思っている。
 神の啓示じゃないけども、だってあんなことあったし、って感じだ。
 凛々子もなんとなくだけども、私と同じ大学を狙っているみたいだった。
 照らし合わせてはいないけども、まあ確かに凛々子と一緒だと心強い。
 勿論新しい仲間とだって出会いたいし、まで考えることは不確定要素なので、今はどうでもいい。
 とにかく今を一生懸命生きていきたい。
 それが未来に繋がればそれ以上のことはない。
 ある日、多分これっきりといった感じで、未来の夢を見た。
 そこで私は凛々子と一緒に長岡市を歩いていた。
 澄んだ空気に、清々しい木陰もある、洗練された街並みだ。
 活気もあって、悪い意味での喧騒は無く、穏やかそうに人々が行き交っている。
 すぐに目を醒まして思う。
 やっぱり未来は変えられる、一人一人の意識で。
 私は「よしっ」と小声で気を発してから、また朝の支度を始めた。

(了)