虐げられた墨の華は、冷酷貴人の幸せな花嫁になりました

 墨の香りが濃くなり、奥から冷たい風が吹き抜ける。その先にあるのは、霞京の支配を刻んだ命字だ。
 墨殿の扉が開くと、冷気が一層深くなった。
 内部は広く、天井は高く、三方の岩壁には無数の命字が刻まれている。それらは静かに脈動し、まるで生きているかのように墨の光を放っている。
 中央には巨大な石碑が立っていた。その表面には、霞京を統べるために用いられている命字が刻まれている。

 〝忘却〟と〝支配〟だ。

 おそらく〝忘却〟の命字で、人々の記憶から清花の父、和仁を琴宮家もろとも消し去ったのだろう。
 清花の視線に触れた瞬間、墨が揺らいだ。

 「これが……支配の根源」

 清花の声は震えていたが、筆を握る手は離さなかった。
 そのとき、墨殿の奥から重い足音が響く。

 「よくここまで来たな」

 社の長老、創太郎が姿を現した。