虐げられた墨の華は、冷酷貴人の幸せな花嫁になりました

 宗近の意識が戻ったと連絡が入ったのは、暮れも差し迫った大晦日のことだった。
 冷たい風が吹く中、清花は明臣の車の助手席に乗り込んだ。
 宗近は賀茂家の火事で大量に煙を吸い込んだことで昏睡状態に陥っていた。医師たちの見立てでは、回復は難しいかもしれないとさえ言われていた。

 「本当に目を覚ましたのでしょうか」

 清花は声を震わせた。希望と恐れが入り混じり、どこか現実感がない。

 「連絡はたしかだ。診療所の看護師からの使いだ」

 明臣はハンドルを握りながら、視線を前に向けたまま答えた。彼の横顔には、安堵と警戒が同居していた。
 街は年末の喧騒に包まれていたが、ふたりの間には静けさが漂う。清花は着物の袖を握りしめながら、宗近の顔を思い浮かべていた。
 あの夜、手にした巻物にはなにが書かれていたのか。宗近はなにを知っているのか。
 診療所が見えたとき、清花は息を呑んだ。あそこに答えを知っている宗近がいる。
 止まった車から降り立つ。空気は午後の日差しを受けてもなお冷たい。

 「行こう」

 明臣に促され、診療所の扉をくぐる。何度か通っていた明臣は看護師にひと声かけたあと、迷うことなく宗近の病室に向かった。
 ドアを開くと、室内には淡い薬草の香りが漂っていた。
 横たわる姿を想像していたが、宗近は窓際のベッドに腰掛けていた。背筋を伸ばし、白い寝間着の襟元をきちんと整えた姿は病人というよりも、儀式の前に身を清める者のようだ。
 彼はすぐに顔を上げた。視線が明臣を捉え、そしてその隣に立つ清花へと移る。目の奥にわずかな驚きと、言葉にしない感情が揺れたように見えた。
 だが表情はほとんど変わらない。まるで来訪を予期していたかのように。

 窓から差し込む光が、宗近の横顔を淡く照らしていた。頬は少し痩せ、肌の色も以前より青白い。それでも、その瞳には以前と変わらぬ鋭さが宿っていた。
 沈黙の中で、彼の存在が部屋の空気を引き締めている。

 「目を覚ましたと聞き、駆けつけました」
 「ご心配をおかけし申し訳ありません」

 明臣の言葉に宗近が目礼とともに返す。

 「清花さん――いえ、おふたりにお話ししたいことがあります」

 宗近の視線が清花と明臣の間を行き来する。折り畳んで壁に立てかけてあった椅子を指差し、座るよう促した。
 清花は明臣と並んで座り、彼の言葉を待つ。

 宗近は、しばらく沈黙を保ったままふたりを見つめていた。その瞳はなにかを測るように、あるいは言葉を選ぶように静かに揺れている。
 やがて彼はゆっくりと息を吐いた。その音が、病室の静けさの中で不自然なほど大きく響く。そして宗近は清花を見据え、口を開いた。