賀茂家の別宅は、霞京の北縁にひっそりと佇んでいた。
本家ほどの壮麗さはないが、古木に囲まれたその屋敷には過去の喧騒を忘れさせる静けさがある。苔むした飛び石を渡る風がさらりと過ぎていくたび、木々は葉を揺らして応え、まるで誰かの記憶をそっと撫でるようだった。
あの夜、火の手がようやく収まり、朝になる頃、賀茂家の本邸は見る影もなく変わり果てていた。広間は炭となり、庭の灯籠は熱で割れ、廊下の板は歪み、襖も焦げ跡を残した。
命字の飾られていた奥座敷は焼け落ち、書庫は天井を失い、記憶を封じた巻物の在り処ももはや定かではなかった。
賀茂家の者たちはそれぞれ手分けして避難と再建の準備に追われ、やむなく清花と明臣は霞京北縁にある別宅へ移ることとなった。
そこはかつて病に伏した賀茂家の人間が静養していた屋敷で、広さは控えめながら庭と座敷のある落ち着いた構えである。一時的な避難というより、火災で乱れた空気を落ち着けるための〝再調和〟の場でもあった。
梅も同行し、お目付け役として配置されたのは言うまでもないが、清花はこの屋敷に足を踏み入れた瞬間、胸の奥の霧が少しだけ晴れるような気がした。
障子をすべる朝風は本邸とは違う香りがして、木漏れ日の揺らぎが部屋の輪郭をそっと和らげる。
(ここでなら、……少しだけ、呼吸ができる気がする)
静かにそう思った清花は、肩に力を入れず、庭の縁側に立った。風が墨の香ではなく、土と花の匂いを運んでいた。

