虐げられた墨の華は、冷酷貴人の幸せな花嫁になりました

 宴の翌朝、清花は明臣の書斎の脇にある座敷で彼とふたりきりで朝食をとっていた。
 昨夜の一件により、明臣と清花は賀茂家の人間と一緒に食事をとることを禁じられたのだ。
 当主に反旗を翻したと受け取られ、明臣と清花はこの家で孤立した。
 清花が逆筆の異能持ちだという話は使用人に至るまで広まり、庭が荒れ果てたのも清花の力がもたらしたものだったのだと、皆が知るところとなった。

 「明臣様、このようなことになってしまって申し訳ありません」

 賀茂家の面々が勢揃いしている場で食事するよりずっと気楽だが、明臣にとってはつらい仕打ちだろう。賀茂家の次期当主としての面子が立たない。
 明臣は箸を置き、静かに清花のほうを見た。その目には怒りも嘆きもなかった。ただ、深い思索の底に沈んだような静けさがある。

 「清花、君のせいじゃない。……むしろ僕のほうに、君をこの場に引き入れた責任がある」

 そう言って、彼は小さく息を吐いた。
 座敷の障子越しに朝の光が零れていたが、その優しさがふたりを包むには空気が張り詰めていた。
 清花は俯き、手元の茶碗を見つめた。味がしない。昨夜の出来事はまだ身体の奥に刺さっていて、抜ける気配がない。

 「でも……皆さん、私のことを穢れているって……怖がって……」

 清花は袖の中で指をぎゅっと握りしめる。誰にも触れられないように、誰にも触れないように。
 今朝、いつものように掃除をはじめた清花を使用人たちは遠巻きに見て、ひそひそと耳打ちをしていた。その視線は、まるで自分が触れただけで何かを汚してしまうかのようだった。
 清花の言葉に明臣はすぐに応えなかった。少しだけ目を伏せたあと、淡く微笑むような表情を浮かべる。

 「僕は違う。墨魂が暴れたとき、君の手だけが唯一の救いだったんだ。それを穢れと呼ぶなら、この家の信仰そのものを僕は疑わなくてはならない」

 清花は瞳を揺らす。自分を否定する言葉ばかりだった人生の中で、そんなふうに言ってくれた人は初めてだ。胸の奥で、なにかが音もなく崩れていくのを感じる。
 それは痛みではなく、長いあいだ張り詰めていた孤独の膜が、そっと破れたような感覚だった。

 顔を上げる。障子越しの光が彼の輪郭をやわらかく照らしていて、その姿が、どこか遠い記憶の中の救いに重なった気がした。
 言葉にできない思いが喉元まで込み上げてきたが、清花はただ黙って彼を見つめた。