正史郎が一歩踏み出し、冷ややかな声で言う。
「明臣、この事態をどう収めるつもりだ」
その言葉には明臣を責める色が濃く滲んでいる。
逆筆の力を封じ、同時に命字の強度を高めるのではなかったのか。
秘密として守り抜き、賀茂家を繁栄させるのではなかったのか。
すべて失敗じゃないか。
その目がそう言っていた。
「逆筆の力は、賀茂家の恥だ」
正史郎が断罪する。
清花は俯いたまま震える唇を噛みしめた。逆筆の余韻がまだ、掌の奥にじりじりと残っている。
(……こんな力、私は望んでなんかいない)
心の中で呟いた言葉は、誰にも届かない。しかし母の声がどこからか聞こえた気がした。
『清花、恐れないで。あなたの力は人々を守るためにあるの』
思わず振り仰ぐが、当然ながら母の姿はどこにもない。
誰かが椅子を倒す音がした。ざわめきが再びざわざわと広がり、人々の視線が怒りと恐れと、そして好奇心を混ぜた混濁で清花に突き刺さる。
明臣はその真ん中で、ひとり動かない。
「……僕は」
明臣の声は震えていた。
「清花を守ります」
正史郎の眉がわずかに動く。筆聖たちが騒ぎ立てる中、明臣は石碑の前に立ち、清花と人々の間に身体を滑らせた。
「清花は命字を救いました。墨魂の暴走を止めた。それが事実です」
明臣は背筋を伸ばしたまま、石碑を背にして清花を庇うように立った。視線は鋭く、人々の動揺を一つひとつ受け止めるように、静かな覚悟を宿しているように見える。
筆聖たちは言葉を失ったまま動けずにいたが、その目には困惑と葛藤が揺れていた。群衆の中ではざわめきが再び広がり、怒りと動揺の狭間で、誰もが次になにを信じるべきかを探しているようだった。
「禁忌を使ったことを、免罪符にするつもりか!」
「命字の神聖性を汚した! これが罰されずに済むものか!」
筆聖たちが声を荒げる。その中には、顔を紅潮させて叫ぶ者もいれば、沈黙の中で拳を握りしめる者もいた。
「では問います。命より、形式が大事ですか?」
明臣の声は鋼のように響いた。
「龍は、そもそも僕が書きました。あの一画を書にする覚悟が足りなかったのでしょう。責任は僕にあります」
清花は目を見開いた。明臣の背は、かつて見たどんな筆聖よりも大きく感じられた。
言葉が出ない。それは驚きとも感謝とも、罪悪感とも違う。もっと深いところで胸を締めつけるような、なにかだった。
(どうして、そこまで……)
自分のせいで祭壇が乱れ、人々の信仰が揺らいだ。あれほど忌まれてきた逆筆を、自分は使ってしまった。それでも明臣は、自分の書にこそ責任があると断じた。
その言葉が、清花の内側に眠るなにかを震わせる。
「彼女を罰するなら、僕も同罪です」
彼はゆっくりと振り返り、清花の顔を見つめた。
「君を穢れなんて言わせない」
明臣の言葉が空気を切り裂く。その瞬間、清花の頬を涙が伝った。
張りつめていたものが、静かに崩れ落ちていく。
(私が傷つけた命字を、明臣様は守ってくれるの……?)
清花の胸に、幼い頃から積み上げられてきた〝穢れ〟の記憶が波のように押し寄せた。
墨の香り、母の声、人々の視線。それらすべてが〝黙っていれば、傷つけられずに済む〟と囁いていたはずだったのに。
(私を、恐れずに受け止めてくれる人がいる……)
頬を伝う涙は、自分でも気づかないほど静かに零れていた。
「明臣、この事態をどう収めるつもりだ」
その言葉には明臣を責める色が濃く滲んでいる。
逆筆の力を封じ、同時に命字の強度を高めるのではなかったのか。
秘密として守り抜き、賀茂家を繁栄させるのではなかったのか。
すべて失敗じゃないか。
その目がそう言っていた。
「逆筆の力は、賀茂家の恥だ」
正史郎が断罪する。
清花は俯いたまま震える唇を噛みしめた。逆筆の余韻がまだ、掌の奥にじりじりと残っている。
(……こんな力、私は望んでなんかいない)
心の中で呟いた言葉は、誰にも届かない。しかし母の声がどこからか聞こえた気がした。
『清花、恐れないで。あなたの力は人々を守るためにあるの』
思わず振り仰ぐが、当然ながら母の姿はどこにもない。
誰かが椅子を倒す音がした。ざわめきが再びざわざわと広がり、人々の視線が怒りと恐れと、そして好奇心を混ぜた混濁で清花に突き刺さる。
明臣はその真ん中で、ひとり動かない。
「……僕は」
明臣の声は震えていた。
「清花を守ります」
正史郎の眉がわずかに動く。筆聖たちが騒ぎ立てる中、明臣は石碑の前に立ち、清花と人々の間に身体を滑らせた。
「清花は命字を救いました。墨魂の暴走を止めた。それが事実です」
明臣は背筋を伸ばしたまま、石碑を背にして清花を庇うように立った。視線は鋭く、人々の動揺を一つひとつ受け止めるように、静かな覚悟を宿しているように見える。
筆聖たちは言葉を失ったまま動けずにいたが、その目には困惑と葛藤が揺れていた。群衆の中ではざわめきが再び広がり、怒りと動揺の狭間で、誰もが次になにを信じるべきかを探しているようだった。
「禁忌を使ったことを、免罪符にするつもりか!」
「命字の神聖性を汚した! これが罰されずに済むものか!」
筆聖たちが声を荒げる。その中には、顔を紅潮させて叫ぶ者もいれば、沈黙の中で拳を握りしめる者もいた。
「では問います。命より、形式が大事ですか?」
明臣の声は鋼のように響いた。
「龍は、そもそも僕が書きました。あの一画を書にする覚悟が足りなかったのでしょう。責任は僕にあります」
清花は目を見開いた。明臣の背は、かつて見たどんな筆聖よりも大きく感じられた。
言葉が出ない。それは驚きとも感謝とも、罪悪感とも違う。もっと深いところで胸を締めつけるような、なにかだった。
(どうして、そこまで……)
自分のせいで祭壇が乱れ、人々の信仰が揺らいだ。あれほど忌まれてきた逆筆を、自分は使ってしまった。それでも明臣は、自分の書にこそ責任があると断じた。
その言葉が、清花の内側に眠るなにかを震わせる。
「彼女を罰するなら、僕も同罪です」
彼はゆっくりと振り返り、清花の顔を見つめた。
「君を穢れなんて言わせない」
明臣の言葉が空気を切り裂く。その瞬間、清花の頬を涙が伝った。
張りつめていたものが、静かに崩れ落ちていく。
(私が傷つけた命字を、明臣様は守ってくれるの……?)
清花の胸に、幼い頃から積み上げられてきた〝穢れ〟の記憶が波のように押し寄せた。
墨の香り、母の声、人々の視線。それらすべてが〝黙っていれば、傷つけられずに済む〟と囁いていたはずだったのに。
(私を、恐れずに受け止めてくれる人がいる……)
頬を伝う涙は、自分でも気づかないほど静かに零れていた。

