…まただ。きっとお父さんが帰ってきて、いつも通りお母さんと口喧嘩を始めたのだ。

いつからだろう。二人が笑わなくなったのは。

顔を見合わせては、帰りが遅い、ご飯がいらないならいらないと先に言え、いちいち小言を言ってくるな、と何かと理由をつけては喧嘩をするようになったのは。

ベッドに突っ伏しながらぎゅっと耳と目を塞いで、微かに聞こえてくる怒鳴り声と物の投げる音に耐え続ける。


ふと、学校で見た橘彩音の笑顔を思い出す。

橘彩音の両親は小学生の頃から忙しいはずなのに毎回学校行事にきちんと顔を出していたし、一度だけ仲良さそうに三人で手を繋いで帰っているのを見たこともある。

小さい頃からうんと愛されて大切にされてきたのだろう。

だから彼女はあんなにも優しくて明るいいい子に育った。

勉強だって運動だってなんでも一番を取れて、できないことなんて何もない。

両親からも周りの人からも愛されて、常に人の真ん中にいるような太陽みたいな存在だった。

誰からも見てもらえない私とは違って、橘彩音はみんなから見てもらえる。

それがどれだけ恵まれている環境なのか知らずに、悩みなんて何もなさそうに毎日眩しく笑う彼女が昔からずっと大嫌いだった。

住んでいる世界の違う彼女といると、私がどれだけかわいそうな子であるのかが一目瞭然になってしまい惨めで恥ずかしかった。

だから、大嫌い。あんな子いなくなってしまえばいいと思ってしまう。

それは今も変わらず、ずっと。