「では先に梅壺更衣。大鵺を退治して見せよ」
「えっ、わ、私が……?!」

 おびえた表情を見せる環子に、鯉白は容赦なくあくどい笑みを振りかざす。

「そなたは余との子を授かったのだろう? ならば、ひとりで大鵺を退治する事くらい容易いはずだ」
「……っ!」
(……環子の異能……どこまで効くかしら……)

 魚子は自分でも意外に思う程、冷静に状況を見ていた。一方の環子は大鵺に睨まれた瞬間、手足が震えて動けなくなっている。

「……っ! 皇后にふさわしいのはこの私よっ……!」

 やけになったように、自らの異能である砂塵の嵐を大鵺にぶつける。だがその程度で倒せない。
 嵐を身に受け激怒した大鵺は牙をむき、環子に襲い掛かって来た。

「いやあぁああぁあああっ! こないでえっ!」

 絶叫するも動けない環子。そこへ魚子は足を目一杯伸ばした。
 本来なら見逃すべき相手なのは、百も承知している。にもかかわらず、彼女は大鵺と環子の間に割って入った。

「させないっ!」

 魚子は両手を伸ばし、大鵺を真っすぐに見つめる。

「大鵺。私を見て」

 彼女に触れそうな距離まで近づいた大鵺を、魚子の両掌から生じた黄金の光が包む。

 光は大鵺を天へと誘っていく。空の彼方へ導かれていく大鵺にはすっかり敵意が無くなっていた。優しさと強さに溢れた微笑みを浮かべる魚子へ、穏やかな眼差しを見せる。

『あァ……黄龍、さま……美しい……』

 最後の大鵺が発した声は、例えるなら朗らかな少女のような声音。彼女の声を絶対に忘れないように、魚子は鼓膜に刻み込んだのだった。

(美しいと、言ってくれた)