――――茶道部では文化祭のためのお稽古が始まった。
俺と部長が交互に見せるお手本に熱心にメモを取る快たちを見ると微笑ましいな。
「実際のお茶席ではお点前を披露するものと半東とペアになります」
部長は半東をこなしながらその説明もしてくれる。
「具体的な役割はお点前と半東の紹介やお茶席への参加客への気配り、お点前が点てたお茶碗を客に運ぶなど様々な役割があります。まずは一連の流れを」
部長が俺のお点前の傍ら手本を見せてくれる。和菓子を食べるタイミングや、俺の点てたお茶を出す作法も合わせて伝授する。
「覚えることがたくさんだな……」
「大丈夫。ここにカンペを用意してある」
快の言葉に部長がサッとカンペを見せ全員に配っていく。
「カンペ……あるんだ!」
「ふふっ。慣れないうちは基本のしゃべりでいいんだ。慣れてきたら本日の和菓子の紹介や茶器の案内……卯月は活けた花の説明をしてもいいぞ」
ああ……それなら確かに適任だ。
「さて、次はそのアレンジを爽がするから、よく聞いておくように」
いや、俺がやるのかよ。まあいいけども。部長と場所を代わり今度は俺が半東をこなす。
「本日の和菓子は風竜堂の季節の水まんじゅうで……」
今回は和菓子の説明にすることにした。部長のお点前を終えれば、早速蓮葉が拍手してくれる。
「わあ、やっぱりそーちゃんは上手ー」
「場数だよ、蓮葉」
くすくすと苦笑する。
「そうそう。そのためにも練習だ」
部長の言葉に交代で読み合わせや実際にお点前の隣で読み上げる練習をこなしその日の部活を終えたのだった。
「それじゃぁ、私は卯月ちゃんとクレープ買って帰るね」
「うん、行こう。蓮葉」
すっかり仲良くなったんだから。
「俺たちは先帰ろうか、快」
「そ、そうだな。でも爽はいいのか?クレープ」
「いやさすがに夕飯入らなくなるし……」
その分女子ってすごいよなと思いつつ、快と2人で帰るのも悪くはないからな。
「今度休みの日にでも2人で行こうか」
「ふ……っ、2人」
夕陽の射し込む道を歩いていれば快がそんなことを告げてくる。
このシチュエーションも相成って、その言葉が違う意味に聞こえてくるのは……気のせい、だよな?
「……その、嫌だった?爽と2人っきりもいいかと思ったんだけど」
それ……デート……いや何言ってんだよ。普通に男友達として……だよな?
「いや、嫌じゃない。その、行こうか。クレープ以外にも色々あるし……。まだ日本に帰ってきて間もないんだから……色々と案内するよ」
「本当?嬉しいなあ。」
うう……何を期待しているんだ、俺は。
普通に男友達と遊びに行くだけなんだから。妙に嬉しそうな快とにやけそうな頬を我慢する俺。何かしゃべった方がいいか?だけど何をしゃべれば……。
「その、快」「爽」
同時に口を開いてしまった。
「先、いいぞ」
「快の方こそっ」
「いや爽の方こそ」
と言われても話題なんてない~~っ!
「爽くん」
その時、俺を呼ぶ声に身震いを覚える。いや……何を恐がっているんだ。大丈夫……大丈夫だ。
「その、皐月さん……」
それは忘れたくても忘れがたい苦い初恋の相手だった。もう先生とは呼べないけれど。
「爽の家庭教師をしていたんだよな」
「……うん」
「そうだよ。うちの弟の卯月と快くんは幼稚園と小学校が一緒だったからね。それと爽くんは……ぼくは爽くんの中学時代の家庭教師だよ」
皐月さんは平然と告げる。
皐月さんにとってあの時の俺の告白はどうだっていい問題なのかな。いや、まともに相手にすらしてもらえなかったのだ。それもあながち間違いではないのでは?
「それでね……弟が爽くんに迷惑をかけたと聞いてね……そろそろ帰宅時間かと思って待ってたんだ。話せるかい?」
「う……うん。いいよ」
断る理由などない。あるのはあの日へのどうしようもない悔恨のみ。
「快、今日はここまででいいよ。俺は皐月さんと話して帰る」
快を突き放したのは、多分触れられたくない過去があるから。
「それならいいけど……」
快はやっぱり優しいな。それでも心配してくれるのか。
「爽くんなら任せてくれ、快くん。爽くんは竜一郎の弟だから。ちゃんと送って帰るよ」
「皐月さんが言うなら……」
快も納得してくれたようだ。
「分かった。それじゃぁ爽。また明日、学校で」
「うん、快。またね」
快と手を振り別れれば何年かぶりの皐月さんとの2人の時間だ。
「皐月さん……弟さんがいたんですね。いや……妹さん?」
竜兄は弟と言っていたが括りはどうなんだろう。同い年なのに全く知らなかった。
「ほら、説明に困るだろう?それに中学時代は反抗期であまりお兄ちゃんに懐いてくれなくてね。君たちのところは羨ましかったよ」
「……その、ごめんなさい」
「君が謝ることじゃない。それに謝るのはこちらだ。卯月がごめんね」
「いえ……今はその……友だちですから」
蓮葉の気合いに呑まれてしまった形だが。根はいいやつなんだろうな、やっぱり。
「……そうやって彼とも仲良くなったのかい?」
「彼って……快のこと?」
その名を告げた途端、身体がどう動いたのか分からなかった。気が付けば壁に背をついて、目の前には皐月さんの顔があった。何だろう……その目……気持ち悪い。その視線には覚えがある。まさか……。
「ずっと悪い虫が付かないように見張っていたのに」
まさかあの気味の悪い視線は……。
「でも、どうしてここ数日……」
高校に入ってからは暫く2人とも連絡を取ろうともしなかった。
「ぼくが君から離れて、どうしているのか気になったからだよ」
この人はこの人で未練があった。
俺とは正反対の未練と執着。そして狂気が。
「やっぱり快くんが悪いのかな。暫くは恐がっている君がかわいかったのに」
快が言ってくれる『かわいい』とは真逆の許容しがたいもの。
「いくら弟の幼馴染みとは言え……」
皐月さんが浮かべる嗜虐の笑み。ゾクリと嫌な予感がする。
「あ……アイツは悪くないだろ!手を出すな!」
「命令できる立場?」
ドンと壁に付いた皐月さんの両手から逃れられない。
「なん……で。さつきさんは……俺のこと……」
あの時ボロボロに振ったのに。どうして……。
「君のその顔……最高だ。爽くん」
「……ひっ!?」
その表情は何より恐ろしい。まさかそう言う趣味嗜好……!?聞いたことはあれど実際に目の前にすれば……逃れられない……っ。
――――しかしその時だった。
「そーちゃんに手を出すなぁーっ!」
「ぎゃっ!?」
それは見事な跳び蹴りだった。地面に華麗に着地した蓮葉が皐月さんの前に立ちはだかり、俺の身体をぎゅっと抱き締めたのは。
「大丈夫か、爽!」
「快、どうして……」
「道を引き返していたら蓮葉さんたちと偶然会って……皐月さんのことを話したら、卯月が戻った方がいいと言ったから慌てて……っ!」
卯月が……?しかし何故卯月はそう言ったんだ?
「く……っ、何をする!」
蓮葉に不意討ちを食らった皐月さんがむくりと身体を起こしぎょろりと恐ろしい形相で蓮葉を睨む。そして手を伸ばす。まずい……!今は不意を付けたからとは言え女子高校生と大人の男性だぞ!?
「蓮葉!」
「蓮葉さん!」
2人で急いで蓮葉を庇おうと手を伸ばした時だった。
「もうやめろよ、兄貴!」
蓮葉と皐月さんの間に分け入ったのは卯月だった。
「う……卯月!?何故っ」
皐月さんが硬直する。
「蓮葉さんに手を出すなら許さない!」
卯月の強い言葉のお陰か、さすがの皐月さんも実の弟に手を出す勇気はなかったようで、その場にへなへなと崩れ落ちる。
ここはもう、内緒にしておくレベルではない。
「大丈夫だ、爽」
「快……」
あの事をばらされたらどうしよう。不安に駆られながらも、スマホで竜兄を呼んだ。
途中から快が竜兄と話してくれて、急いで駆け付けてくれた竜兄は……皐月さんに思いっきりストレートパンチを食らわしていた。
黒帯の拳は相当な衝撃だったのか、皐月さんはものも言えずに倒れ伏した。

