――――月曜日
土曜日に快に送ってもらってから、雑念を払うようにひたすらお点前を連続連打していれば母から『恋でもしたのかしら?』と呟かれ土日ともども撃沈した俺は……今日は強いぞ。
「どうした、爽。何だか歴戦の猛者みたいだ」
「そうだよそーちゃん。恋の悩みー?」
「断じて違う!」
快はともかく蓮葉の発言に撃沈しそうになった俺はおもむろに席を立つ。
「飲みもん買って……」
教室を出ようとしたら、鉢合わせた。
「……えと」
「あ……おう」
そこには驚いたように目を見開く卯月がいたのだ。
「その……ぼくは絶対に負けない」
「あの……快のことか?」
「そう!」
「え、俺のこと?」
「いやその爽じゃない!お前も爽二郎だけど!」
「確かに俺は爽二郎だが……俺の前で二郎を付けんじゃねええぇっ!こめかみぐりぐりするぞ!」
何か分からないがいきなりライバル視されてるんなら立ち向かおうじゃないの!
「何それイメージと違う!何かその、お前もっとおしとやかな……っ」
「お前だって黙っていれば絵になる系だろうが」
卯月にこめかみぐりぐりポーズを取りながら迫る。
「こら、やめろ2人とも!卯月も!」
「快、助けてーっ!ヤバイヤバイ恐いんだけどっ!」
「ちょ、卯月!?」
卯月が快に飛び付く。
「ごめん爽、卯月が!卯月にはちゃんと言っておくから。ほら、卯月離れて」
「嫌!」
「ええぇっ!?」
俺の目の前でイチャコラと……っ。何かそれを見ていたら……ちょっとイラっと来た。
「……ふん、勝手にやってろ!」
嫉妬じゃない。これは断じて嫉妬ではないのだ。しかし俺は何故こんなにもつんけんしているのだろう。そうだ……快が幼馴染みを庇うのは当然のことだったはずなのに。
結局快とは必要最低限しかしゃべってないし、教科書を見せる以外はしなかった。
「……部活行くか」
昼休み、快は席外してたし……きっと卯月に会いに行ってるんだ。幼馴染みなんだし、ちゃんと話せただろうか。
「いや、考えるな、俺」
しかし……何だこのモヤモヤは。卯月に会いに行ってることなんて何で気になるのやら。結局2人とも放課後までピリピリして話なんてできなかったな……。
「そーちゃん?」
気が付けば蓮葉が俺の顔を覗き込む。
「わっ!?何?」
「部活行くんだよね~~。行こ~~」
「ん、うん」
いつもの2人。ずっとこの2人で歩いていたと言うのに、何となくもの寂しさを覚えるのだ。
悶々としながらも部室に着き準備を始めようとすれば、蓮葉がそーいえば!と手を叩く。
「そーちゃん。快くんも入部したんだし、これから茶道部に来るよねー」
「あ……忘れてた」
「だと思ってここまで黙っておきましたー」
「お前なっ」
ほんとこの幼馴染みは……!だが昔からコイツは俺に足りないもの……素直さを引き出してくるのだ。
「でもきっとそーちゃんも、私に何かあったら守ってくれるって思うんだー」
「それは……」
物理では蓮葉の方が強いだろうが、もしも蓮葉に何かあれば俺もきっと蓮葉を庇うだろう。
「……俺が大人げなかった」
「今日はやけに素直だねえ」
「……その、悪かった」
「そーちゃんは悪いことなんてしてないよー。していたのはかわいいことです」
いやかわいいって。お前は相変わらず高校生男子に平然と言うんだから。
気を取り直してお茶碗を取り出し、今日の練習用に並べる。
「お前は俺にどうして欲しいんだ」
「そーちゃんには幸せになって欲しいんだよ~~」
「……」
「皐月先生のこと、とっても辛そうだったもん」
皐月先生……。竜兄の大学の同級生で、高校受験の時に勉強を教えてくれたんだ。
そして男同士なのに俺は淡い恋をした。
「俺は何も言ってないぞ」
「そーちゃん見てれば分かるよ!だってそーちゃんは私の最推しだもん」
最推しって……でも分かるんだ。誰よりも俺のこと応援して、空手やってるのにわざわざ茶道部に入ったのだって……。
「でも……違うかもしれないじゃん」
いつもの素直になれない抵抗をしてしまう。だけど違わない。バレバレだ。
高校受験に受かり、気持ちを伝えれば『男同士なんて』と笑われ、ショックを受けそのまま別れてしまった。竜兄にはうやむやに返答してしまったけど、竜兄が知らないのならあちらも言ってはいないのだろう。
「お前、分かってるの?」
「何をー?」
コイツ……試してやがる。でも確実に分かることと言えば、蓮葉はきっと笑ったりしないと言うこと。
「……快の……」
「俺のこと?」
「……え?」
不意にその声に驚き振り返れば、快がドアを開けて立っていた。
「うわあぁぁっ!!?快っ!?」
「……その」
「……お前の方はいいのかよ」
「俺はもう華道をやるつもりがないことをちゃんと話した。騒がしくしてすまん」
「いいや。幼馴染みってだいたい騒がしいって」
「異議あり!そーちゃん異議ありー!」
蓮葉から異議が上がるが騒がしいことに変わりはない。
「だろ?」
「まあ確かに。お前ら仲いいな」
「お前のところは違うのかよ」
「んー……どうだかな」
やはり中学の頃離れていたからかな。複雑な心境もあるんだろうか。
「まあまあとにかく、お茶飲んでまったりしようよー」
蓮葉がお茶碗を出してくる。
「ま、それもそうか。ほら、快」
「ありがとう。でもこうしてみると、色んな柄があるな」
快がしげしげと眺める。
「部長が教えてくれたんだけど、卒業した先輩たちからの贈り物もあるんだって。それは何代か前の先輩かららしい」
「そっか……何だかいいな、そう言うの」
「だろ?」
そうして代々受け継いでいるのだ。
お茶碗の話をしていれば、不意に部室のドアが開かれる。
「快!」
「卯月!?」
「さっきも誘ったのにどうしてっ」
断られたんじゃないのかよ。
「卯月、何をしに来たんだ。来ないでくれって言っただろう!」
「何って連れ戻しに来たの!親父さんだってきっと……諦めたくなさそうだった!」
「連れ戻すも何も俺は茶道部に入る!俺は華道の才能なんてないし!親父だってもう諦めたから!」
「そんなの……違うよ。ただ時代が快に追い付いてないだけだよ!」
そうか……時代が追い付いていないか。それは何事に於いても真理である。
「ぼくは快のアバンギャルドな華道も好きなんだ!」
やっぱりアバンギャルドかよ!?その時卯月が茶室に上がり込んでくる。
「あ、うち部外者立ち入り禁止なんだけどー……」
卯月の足がお茶碗に当たる。一言で言えば当たりどころが悪すぎた。
お茶碗が転がってゴツンと硬い茶釜に当たってしまったのだ。
そして……パカッと半分に割れた。
「ギャ――――――ッ!!?」
そんなことって本当にあるんだ。絶叫と共に一瞬固まって、すぐ戻る。
「その……弁償を……っ」
卯月がふるふると震える。
「爽、その……っ」
「……2人とも……そこになおれ」
『はいいいぃっ』
正座をして項垂れる2人。
「大人しくなったのは結構だが、茶室で暴れるとか言語道断!それにあのお茶碗は代々先輩たちから受け継いだ大事なもの!金で解決できるわけじゃねぇっ!それから茶室は部外者立ち入り禁止!」
「す……すみません」
「すまん。俺からもこの通り」
完全に意気消沈してひれ伏す2人。
「え?どういう状況だい?これ」
「反省すべき点が色々とありそうだ」
竜兄と学校一の美女……もとい部長がやって来たのでことの詳細を話す。
「お茶碗に関しては……そうだね。後で接着剤でも借りてくるよ。でも君は華道部の生徒だったね」
「……はい」
「今日のこと、華道部の先生にも話に行くから、一緒に来なさい」
「すみません」
珍しく教師の顔の竜兄に連れられ、卯月が項垂れながら茶室を後にする。
「何か……すまない。根は多分いいやつなんだ」
「それは何となくなあ」
でもできれば猪突猛進は少しだけ大人しくなって欲しいものである。

