――――正式に茶道部に入部した快を迎えた翌朝。
「おい、編入生っ!茶道部に入れたって本当か!?」
「すげえ、よくぞ爽のやつの鉄壁のシールドを通してもらえたな!?」
快は教室に入るなりクラスの男子たちに囲まれていた。
「えと……その、まあ。でも鉄壁の……?何?」
快が首を傾げる。
「だって茶道部と言えば!」
「学校一と言われるマドンナ部長がいるんだぞ!?」
「ひと目見たいと入部申請出したら……ケツぶっ叩かれて追い出された……俺、ハジメテだったのに……」
およよと崩れ落ちる男子たち。
「え……本当に尻を?てかハジメテって……?」
「おいおい編入生まさかうぶなのか!あのな、爽は俺の……俺のっ」
「根も葉もないこと言うならお前のバットを貸せ。次はそいつで尻叩く」
ペシッと男子どもの頭を叩く。
「やめろぉっ!野球のバットは野球少年の聖域だぁっ!」
と、野球少年。
「茶室も茶道部員の聖域なんだよ!そもそもお前野球部!野球部は土日平日毎日だろうがっ!!」
「くぅっ」
悔しげな男子たち。因みにコイツら全員体育系部活だから兼部とか無理だから。
「だが……文化祭に茶席に来るくらいなら許す」
「本当か!?」
「マドンナ部長ーっ!」
……部長の席とは限らんがな。面倒だなら黙っておこう。
「ほら、快。行くぞ」
「ああ、うん、爽」
爽を引っ張って席まで行けば先に蓮葉が待っていた。
「爽はみんなに人気だね」
「……そうか?ただじゃれているだけだよ」
「それでも。……ちょっと羨ましい」
「何言ってんだよ。まだまだ編入したてなだけなんだから、すぐ馴染むだろ。うちのクラスはうるさいやつばっかだけど、みんな何だかんだで仲いいし」
「そうじゃなくて、爽と……」
「ん?」
「な、何でもないよ」
何か頬が赤くないか?しかし熱があるとか風邪引いてるって感じではないものな?
「快――――っ!」
と、その時昨日の元気のある声が響いてくる。
「卯月?」
快が教室の入り口に向かう。
「華道部の件、やっぱりぼく……」
「そのことだけど、俺は茶道部に入ったから」
「へ……?ひどい、ぼくと言うものがありながら、何でっ!快の裏切り者ぉーっ!」
卯月が走り去ってしまった。
「裏切るも何もないんだけど……」
快が戻ってきて嘆息する。
「相変わらず勢いのすごい子だな……」
卯月は……苗字があのひとと同じことで引っ張られそうになっていた俺の惑いまで吹き飛ばさんとばかりの勢いだ。
「昔からなんだ。3年ぶりに会ってもまるで変わってない」
「それが幼馴染みってもんだ」
「へ?」
その言葉に蓮葉がきょとんとなる。ま、蓮葉の場合はいい意味で変わらないところも俺は気に入ってるんだがな。
その日も快に教科書を見せてやって、あっという間に昼食だ。
「そーちゃん!今日はあっちで食べるー!」
「え、おい蓮葉!?」
いやまぁ女友だちと食べた方が楽しいんだろうけど……その、俺は快と2人か。
「そう言えばさ、爽」
「ん?」
男子2人で弁当を付き合わせて食べていればふと快が口を開く。
「茶道、昔からやってるんだよね」
「まあそうだな。うちの親、茶道の師範やってるから幼い頃から身近だったと言うか」
「じゃぁ竜ちゃん先生も?」
「そうそう。少しできるよ。本人は途中から空手の方に行っちゃったからお免状は俺の方が持ってるけど」
「空手って蓮葉さんと同じ……」
「そう。アイツの実家、空手の道場でさ。竜兄は昔から通ってたんだ。そんで年の近い俺たちも仲良くなった」
「へぇ……でも爽は空手の道には……」
「進んでない。俺は昔、身体弱かったから茶道一筋」
「そうだったのか。それで今でも続けてるんだ」
「そうなるなあ。成り行きってのもあるけど、やっぱり好きだし」
「俺も!爽の影響もあるけど、いやだからかな」
「俺って……昨日会ったばかりだろうが」
「違うよ」
「……え」
快の視線がまっすぐに俺を捉えている。
「爽は小学生の時もやってたんだよね」
「まあ……うん」
「多分、いや……あれは爽だった。両親に連れていってもらったお茶席で、自分と同じくらいの男の子がお点前をしていてすごいと思ったんだ」
「……っ」
まさか、快も来てたのか!?
全然記憶に……いや、俺も緊張していたし。
「当時の俺は華道も日本舞踊もダメダメだったから茶道をやってみたいと言う度胸がないまま……中学に上がるのと同時に海外に行く事になったから」
「快……」
「けれど昨日偶然爽に再会して、運命だって思ったんだ」
「……っ!」
「だから……爽が茶道部にいるって知ってその門を叩きたくなった」
「……快」
「今日改めて思った。爽は俺の憧れだって」
そんな風に言われたら、嬉しくなっちゃうじゃないか。思わず頬がにやけそうになるのを必死で手で隠す。
俺は必死に我慢していると言うのに、知ってか知らずか、快はものすごく嬉しそうである。うう……不公平だ~~っ!
何となくその日は身が入らず。いやお稽古はしたけれど、ふとした瞬間に思い出してしまうのだ。
しかし帰ってからもついつい快のことが気になってしまう。いや……友だち。友だちとしてだ。もう高望みはしない。傷付かないように生きようと決めたのだから。
だから……【先生】のことを考えるのはよそう。
――――翌朝。
悩んでいれば、夜が明ける。ほんと……毎朝毎朝悩める男子高校生に不公平すぎる。
ゆったりと10時を過ぎて起きて仕度を済ませれば、母さんが弁当包みを持たせてくる。
「今日は休みでしょ?お稽古は夕方からなんだから、お兄ちゃんにお弁当持っていって。今日は朝早かったから」
「ああ……大会も近いからか」
道場で練習する子たちは夏こそ大会に向けて頑張る時期だもんな。兄貴も教えるのを手伝っているわけか。
蓮葉の家に顔を出せばいつもの通り道場に通してもらう。道場の扉を開ければ、早速気が付いた蓮葉が来てくれる。
「そーちゃん!どうしたの?」
「竜兄のお弁当、届けに来た」
「そう言えば!今日は朝からだったもんねー」
まあ隣なので食べに帰ってきてもいいのだが、どちらが楽かと言われればこちらだろう。
「竜ちゃん先生~~」
蓮葉が呼べば竜兄が来てくれた。
「お……!弁当だ。サンキューな」
「どういたしまして」
「ついでに練習見てくか?」
「いいよ、これ届けに来ただけだもん。コンビニ寄って帰る」
「そう?せっかくのお兄ちゃんの雄姿なのに」
「今日は教える側だろ?」
「それもそうか」
ハハハと笑う竜兄と蓮葉に手を振り、俺は道場を後にする。
コンビニに寄って帰るとはいえ、家は隣なので普通にコンビニに行って帰るだけなのだが。その途中聞き慣れた声を聞く。
「だから、時代が快のセンスに追い付いてないだけなんだよ!」
「もう止めてくれ。俺は新たな道を見付けたんだ。卯月」
そういや……快も家はこの近くなんだよな。卯月も近い……近いか。多分、いやきっと卯月はあの人の……。
「待って、快!」
「俺に構うな、卯月!」
へあ……?声がこっちに……って、こちらに逃げてくる快と追う卯月とばっちりと目が合う。
その……気まずい。
「ま、負けないから!」
そう言って卯月は走り去ってしまう。それって俺にってことか……?俺が茶道部なことを知っている同級生も多いだろうし。
「な……何か、またカッコ悪いところを見せたな」
「いや……別に?」
元気があることは多分いいことだ。
「その、買い物?」
「ん、何か買ってこうかと。快も買いに来たんだろ?」
「そのつもりだったんだけど……卯月とまた喧嘩になっちゃって」
「喧嘩するほど仲がいいって言うじゃん。アイスでも買ってくるから待ってて」
「なら俺もお金を……」
「いいの。そうだな……入部の歓迎用アイス」
「その……それじゃぁ」
「素直でよろしい」
コンビニでアイスを購入し戻れば、それを半分こする。
「ほら、半分」
チューチューするタイプのアイスである。シェアと言ったら、やっぱこれだよな。
「ありがとう。昔卯月とも良くシェアしてたよ」
「俺も竜兄や蓮葉とな」
「そっか……兄弟がいるとそうもなるか。俺は一人っ子だからな。卯月は……どうだろう?」
「……やっぱりアイツ……兄ちゃんいるのか?」
「うん。いるよ。でもどうして知ってるんだ?」
「いや……その、青峯って苗字に聞き覚えがあっただけ」
ドクンドクンと鼓動が脈打つ。バレては……いないよな?
「そうなのか。思えば卯月も俺と家が近いから」
そうなる……か。
「アイス、ごちそうさま」
「お……おう」
「せっかくだから送ってくよ」
「……でも」
「前みたいなことがあったら困るし」
「土日は平気だよ。登下校の時にひとりだと……なだけ」
「……竜ちゃん先生にも言ってないんだろ?」
「どうしてっ」
「そんな気がした」
会ってまだ間もないのに……いや、会ってはいる。俺の自覚がないところで。
しかしそれでもどうしてそんなに俺のことを……。
「あんまり迷惑、かけたくないんだ。俺、昔身体が弱くて、両親が迎えに来られない時に竜兄が迎えに来てくれたりしててさ……」
今でこそ丈夫になったが……。
「それにその、勘違いかもしれない」
「勘違いなはずあるか。俺もあの時人影は見たんだ」
「……そう、なんだよな」
あの時、確かに誰かが迫っていた。偶然にしては、どうして快が駆け付けた時に逃げたんだということになる。
「分かった」
「快……?」
「俺は爽の気持ちを尊重したい。だから、俺が一緒に帰れる時くらいは一緒に帰らせてくれ」
「……快っ」
「爽は嫌か?」
「……ううん」
差し出された手を、恐る恐る握れば快の笑顔とその手の温もりが俺を安心させてくれる。何だか頼もしくて、嬉しくてふわふわして変な感じだった。

