「まず茶せんの持ち方はこう」
俺もお茶碗と茶せんを用意し構える。茶せんとはいわゆるお茶をシャカシャカする道具である。
「こう……でいいのかな」
「そう。そしてお茶碗はここを持つ」
「持つ場所も決まってるのか」
「と言うより、ここの方が点てやすいってだけかな。あと……見てさまになる」
「さっきの爽みたいに見えるってことか」
「まあそうなるかな……?」
俺もさまになって見えるなら嬉しいかもな。
「それと、茶せんの動かし方は指や腕を動かさずに手首を動かす。こんな感じだ」
「う……腕を動かさずに」
「こうだよ」
蓮葉にしてやったように快の手と腕に俺の手を重ねて動かしてみせる。
「ああ、分かりやすい!」
「だろ?……」
普通に返してみてハッとする。顔が近い。それにごく普通に触れてんだけど、俺!いや……男同士なんだし。変に期待しなければそれでいいんだ。
「そんな感じだから」
パッと快から手を放し居住いをただせば何故かただしすぎた。
「爽は座ってるだけでも絵になるなあ」
「……」
ごまかせた……か?
「つ、次は実際に点ててみよう」
棗を取り出し茶杓を取り見せる。
「茶杓はその名の通りお茶粉をよそう道具だ。一杯分は茶杓でひとすくいと、その半分を入れる。いわゆる1杓半ってこと。目でだいたいの量を覚える」
「うう……覚えられるかな?」
「茶杓は丁度いい分量を量れるようにできているからそんなにビビらなくて大丈夫だよ。ほら、やってみて」
「ああ……!」
早速快がやってみたのだが……。ボサッ。
明らかに……多い。
「今1杓で2杓分以上なかった?」
蓮葉の感覚は正しい。俺もそう思う。むしろすごい。逆にひとすくいで2杓分積み上げることが。
「ごめんっ!も、戻してもいいのかなっ!?」
「焦るな焦るな。俺の方に分けるから」
適量になるようよそい分ければ俺も残りの足りない分をお茶碗によそう。
「すごいな、爽は」
「慣れてるだけだよ」
「でも…頼もしくて、俺、爽のいる茶道部で良かった」
え……笑顔が眩しいぃっ。
「……まあ、な」
うう……どう反応すればいいか分からなくなるじゃないか。
でもまだ途中なのだし……集中集中……。
柄杓でお湯を汲みお茶碗に注ぐ。柄杓はそうだな、手水で使う杓に似ているがお湯が入る量は深めに作られている代物だ。
「柄杓の量はこのくらい。水屋ではポッドで注ぐことになるからだいたいの量を覚えておく必要もある」
「文化祭に向けてってことか」
「そうだな。文化祭のほかにも地域の勉強会なんかで茶席の水屋をやることもある。3年間かけてお免状を取る以外では文化祭は特に貴重なアピールの場なわけ」
「じゃぁ、俺も頑張らないと」
「ああ、期待してるぞ」
まさかここで部員が新たに入るとも思っていなかったし……その、悪いやつじゃぁないんだもんな。
「そんじゃ、それに向かってまずはお茶を点てる」
「ああっ!」
「基本はシャカシャカ30回」
「それだけでいいのか?」
「このシャカシャカをナメるな!普段動かさない筋肉を使うから割と疲れるぞ」
「私も~~。初めての時は途中で疲れはてそうになったよー」
「いや、早い早い」
これでも空手の黒帯なのに……いや、使う筋肉は違うか。
「でもそーちゃんが上から手で押さえてくれて自動シャカシャカしてくれたよー」
いや、俺は自動じゃないからな……?
「……あ、快くん、そう言う意味じゃないよ?」
どういう意味の話だろう?
「本当に仲がいいな。2人は幼馴染み……か」
「うん!おうちも隣同士だし」
「……羨ましいな」
それって卯月とのことがあるからなのだろうか。しかし快は気を取り直したように手をお茶碗に添える。
「よし、やるか」
「気合い充分だな。それじゃぁシャカシャカ30回!」
「はーい!」
「ああ!」
そうしてシャカシャカ……とお茶を点て終わる。
「これでどうだー!」
「最初に比べれば旨そうだぞ、蓮葉」
「やったぁー!ついでに味見お願いします!」
「それじゃぁいただこうかな」
俺はさっき飲んでないからな。蓮葉の点てたお茶を味見する。
「ん、美味しい」
「やったぁ!それじゃぁ師範ー、次は新入りのを飲んでやってくだせえ~~」
「何だその話し方は。まあその、快が良ければ」
「も、もちろん」
「じゃぁ交換しようか」
2人のお茶碗を互いに交換し……いざ味見。
「……。……う゛っ」
「爽!?その、俺やっぱり……」
快がサアァッと青ざめる。
「いや、その、ちょっと混ぜ残しがあったみたいで……少し苦かっただけだから、平気だ」
「苦い……」
快がしょぼんとしてしまう。まずいまずいっ!何だかお日さまみたいなコイツをしょぼんとさせるのは……胸が痛む。
「抹茶は元々苦いものだし、甘い和菓子を食べた後に相殺する役目があるから苦いのは……自然の摂理だ」
「……爽」
「それに、点て方のコツを覚えれば大丈夫。もう一度やってみよう」
お茶粉をよそい、お湯を入れてと。今度は快の手を上から押さえながらシャカシャカとお茶を混ぜる。
「1ヵ所じゃなくて、こうしてたまに左右にも」
「うん、足りなかったのはそこか……っ!」
「そうそう、こうしてゆっくりと覚えていくんだ。ほらできた。飲んでみてくれ」
「ああ」
快が恐る恐るお茶碗に口を付ける。
「美味しいっ!」
「だろ?快にもちゃんとできるから自信を持っていい」
「けど、爽が手伝ってくれて……」
「ならその感覚を覚えておくといい」
「爽の、手の感触」
いや、そうじゃなくて点てる感覚を……ってそんなこと言われると思えばがっつり快に触れていたことを思い出して恥ずかしくなるじゃんっ!?
「そーちゃん、そーちゃん」
蓮葉が呼んでいる。何だろうと近付けば耳打ちしてきた。
「(間接キスだね!)」
「~~~~っ!!?」
コイツはコイツで何つーいたずらを仕込んでやがった!?あお茶碗を入れ替えたあの時か!?
「爽?」
「な……何でもない!」
よし、快は……快は気が付いてない!うん!蓮葉のニヤニヤはもう見ないことにするっ!!
「へ、部屋の空気の入れ換えでも……」
そのまま平常心をよそおい部屋の窓を開けていれば、聞き慣れた声が入ってくる。
「お、もしかして入部希望か?」
「竜兄」
「竜ちゃん先生ー!そーだよー!」
様子を見に来た顧問の竜兄に快を紹介する。
「竜兄は俺の兄貴で、受け持ってる学年は違うけど日本史の教師」
「愛称は竜ちゃん先生だよー」
「竜……ちゃ……先生?」
「ええと、俺と蓮葉が幼馴染みだから昔から俺の兄貴のことを竜ちゃんって呼んでんの。でも高校では先生を付けるように兄貴から言われて……」
「だから竜ちゃん先生だよー」
「それが高校でも流行っちゃってな」
「はははっ。そんなわけでそれで構わないよ」
竜兄は竜兄でこのテンションなんだもの。
「1年生の2人の他には3年生の部長がひとりだけだからね。部長が卒業したら2人だけになって同好会になっちゃうから部員がひとり増えるのは嬉しいよ」
竜兄はそう笑顔で頷く。快も入部届けを書いて、竜兄と一緒に担任の先生の署名をもらいにいってくれた。
「良かったね、そーちゃん!」
「……まあな」
蓮葉が勧誘してくれたと言うか、後押ししてくれたお陰であろうか。
相変わらず素直さとは疎遠だけど、こんな俺に興味を持ってくれて入部もしてくれて。
アクシデントと言うか蓮葉の企みはあったものの、アイツと一緒なのは楽しいかなって……思える気がするんだ。

