――――俺は雑念を振り切るように、蓮葉と茶道部の部室にやって来た。
「蓮葉、炉は俺が準備するから」
「うん、棗とか持ってくるー!」
蓮葉と手分けしながらお稽古の準備を整えていく。まずは和室の一郭に用意してある畳の蓋を取ればこの通り。まるで忍者屋敷のように炉が現れる。炉に水を入れた茶釜をセットしスイッチをオン。これでほかの準備の間に沸騰すればよし。
「棗と……茶杓と柄杓、お茶碗に……」
蓮葉が茶道に必要な道具を並べながら確かめている。因みに棗はお茶粉が入った入れ物である。
その中身もしっかりと確認する様子を微笑ましげに見守りつつ、俺も道具の配置を確かめていれば部室の扉がノックされた。
「部長かなー?」
「部長ならノックしないだろ」
「じゃぁ竜ちゃん先生?」
「竜兄も顧問だし……ちょっと見てくる」
「うん!」
早速部室の扉を開ければ、そこには思っても見ない人物が立っていた。
「その……爽」
「……快!?な、何で……」
置いてきたはずなのだが。何故コイツがいるんだ!?華道部には入りたそうじゃなかったけど。
「俺も、茶道部に入りたくて……」
え……?う、ウソウソウソ!!日本の茶道男女比比率をこやつは知らんのか!?
「いや……何で?」
決していないわけじゃない。兄貴も昔やってたし俺もやってるけどそれは家が家だからで……それ以外は男子は珍しいがいないこともないんだが。
「……その、爽がやってるなら俺もやってみたくて」
「……ひ、冷やかしなら入部はおことわ……」
今までそう言った冷やかしは断固お断りしてきたのだ。相手がコイツでも容赦は……。
「わぁっ!やったーっ!新入部員だぁーっ!」
その時蓮葉が後ろから歓喜の声を上げる。
「いやおい、蓮葉!?」
「しかもそーちゃんのファンだよ!」
ファンってお前な……。
「ファン……そう、かも」
ええっ!?何でだよ!
「ほらぁー。そーちゃんファン同士引き合うんだよー!」
「うう……蓮葉の理論は一旦置いておいて。……その、お前ならほかの部活にも引っ張りだこだろ」
運動もできそうだし、スカウトとかもされてそうだ。
「その……それはあるけど、運動よりも文系が良くて……こう見えてあまり運動は得意じゃないんだ」
へえ……やっぱ意外。
「けど……もしかしたら、茶道も上手くできないかもしれない」
「……何で?」
「昔……まだ日本にいた頃、華道の先生から『花がかわいそう』と言われたし」
コイツはどんなアバンギャルドな作品を作ったんだ?つか、だからあんなに華道部を嫌がっていたのか。
「日本舞踊もロボットみたいと言われたし」
運動が苦手なところはそこにも出てたのか……。
「……真面目に習う気があるなら、ちゃんと教えるよ」
「爽が教えてくれるの?」
「まあここでは……俺が講師の代わりしてるから」
顧問の竜兄はいるが、お免状持ってる俺の方がいいと任せてきたし。
「けど、入部するなら茶道のお道具セットを購入してもらうし、3年生になったらお免状を取ってもらうからな」
「お免状……?華道で言うお稽古の進捗を証明するやつかな」
「そうそう。いわゆる検定資格なんかとは違う。けどお稽古をちゃんとやりましたよって言う証明書として履歴書にも書けるよ。快は華道の資格も……」
「いや……取ろうとしても絶望的だな」
快が微妙な表情をする。そこまでなのか。
「華道のことはよく分からないけど、茶道のことなら俺が教えられるから安心してくれ。それと、活動スケジュールな。基本は週4。水曜日は休み」
「週2~3くらいのイメージで来るひと多いよねー。兼部希望者もいたけど、そーちゃんが却下して、部長も賛成してくれたよねー」
「そうなの?」
「そうそ。やるからにはちゃんとやる気出してくれないと。うちの部長って学校一のマドンナだから、部長を見たいがために来たいとか言うのは尻を蹴り飛ばした」
「……比喩、だよな?」
「さあ?」
都合よく惚けて見せる。
「あと部長は3年生だから受験勉強優先だけど、たまに土日の活動がある」
「休日も何か大会とかあるのかな」
「華道部とは違って茶道部にはないよ。地域のお茶席なんかに遠征に行ったり、学祭前に合宿したりくらいかな」
「でも楽しいよ~~!快くんはどう?」
「問題ないよ」
「いいのか?」
茶道部なのに結構みっちりやっているんだが。
「うん。茶道は初心者だから早く覚えたいし」
「そう……か。なら今日は初日だからお点前見ていくか?」
「うん、見たいよ」
「それじゃ、上がって」
俺の好きなことに興味を持ってくれるのは……ちょっと嬉しいかもな。
炉の準備も完了しているし、蓮葉も早速和菓子の準備をしてくれる。
「その、作法とかは」
「蓮葉の真似をしてみて。蓮葉」
「はーい」
蓮葉が懐紙を取り出し快に渡せば、懐紙の上に和菓子を載せ取り分け方を見せている。和菓子は取り分け箸を使うが、あれはあれで普通の菜箸の使い方とも違うからな。
蓮葉の真似をして快も和菓子を取り分ける。
「お点前の途中に食べていてもいいぞ」
「食べましょう、快くん」
「ああ。いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
そう告げれば蓮葉と共に快も和菓子に口を付ける。俺もお茶の準備といきますか。
まずは茶を入れるお茶碗の準備。
「……すごいな、お茶碗を拭く所作も」
「まあな。慣れればすぐに覚える」
「……あの時みたいだな」
うん……?前にもお点前を見たことがあるのだろうか。
「……覚えられるかな」
「大丈夫。脳や手が自然と覚えてくれるよ。何ならメモをとっても構わないし」
「いいのか?」
「もちろん。これからは交代でお点前の練習をするから、メモも取るといい。蓮葉もノートを取ってるから見せてもらってもいいぞ」
「今度コピー取ってくるよ、快くん」
「ありがとう、蓮葉さん」
相変わらず蓮葉は人と仲良くなる。何だか快とももう仲良くなってないか?いや……嫉妬とかみっともないから。集中集中。続けざまにお茶を二杯点て、快と蓮葉に出す。
「今日は予備の古帛紗を使っていいぞ」
蓮葉が取り出したのは折り紙のようなサイズの小さめな布地の道具。
「これだよー。これにお茶碗を乗せて飲むんだ~~。真似してみてね」
「うん、蓮葉さん」
蓮葉の真似をして古帛紗の上にお茶碗を乗せ回し、お茶を口にする。いつも通り入れたはずだから大丈夫だと思うんだけど。どうかな……。少し気になりつつも終いの動作に入る。
「……美味しい!」
快が感嘆の声をあげる。
「こんな美味しいお茶……2回目だ」
2回目……その、俺よりも上手いひとはたくさんいるから別に嫉妬とかじゃないけど、気になる。
「快くんは前にもお茶席に来たことがあるの?」
「うん。小学生の頃だったけど、今と同じように……」
快がどことなく形容しがたい表情を浮かべる。
「わぁ、じゃぁ思い出の味だねえ」
「蓮葉。それを点てたのは俺じゃないって」
「いや……それはっ」
快が言いかけて言いよどむ。何……だろう。
「そーちゃんのお茶、超美味しいもんねー」
「う、うん」
「そーちゃんはなかなか素直にならないから、手強いよー?」
「それはっ」
蓮葉は快に何の話をしてんだ。
「気合いをいれないと」
何に気合いを入れるんだか。
「とにかく……これが一連のお点前のやり方。ほかにも色々とあるけど、基礎はこんな感じだ。その、どうだろうか」
「……えとっ、その、きれいだった」
「へっ!?」
「所作が……」
「あ……ああ、そっちね」
「そっち?」
「何でもない!と、取り敢えず今日もお稽古!」
お茶碗を洗えば、三人分の茶せんとお茶碗を用意する。
「あ、快くんはこっちで~~、そーちゃんはこっち」
ん……?どれでも変わらないと思うのだが、まあいいか。
「じゃあまずは簡単なところでお茶の点て方から……」
「いいの?こう言うのって全ての所作を覚えてからとかじゃ」
「人によるかもだけど……水屋当番だとお点前の点てるお茶に合わせて、ほかの客の茶を裏方で用意するんだ。水屋ってのは裏方だけど、文化祭やお茶席ではわりかし重要なポジションだ」
「ほかにもお茶碗を洗ったり、お菓子を用意したり……だね!」
「そうそう、蓮葉。文化祭でもやることになるから覚えておくにこしたことはない」
「やっぱり文化祭ではお茶席をやるのか?」
「まあな。お点前はできるだけ俺と部長……3年生の先輩が回して、蓮葉と快の当番は少なめになるようにするが……その分水屋で活躍してもらうからな」
「う……うん。学園祭か。中学はこっちにいなかったから楽しみだ」
「みんなで楽しもうねー」
ま、1年は俺と蓮葉くらいだと思っていたから快が入ってくれたのは嬉しい……かな。

