――――部員たちの着付けを終え、茶席や茶釜、水屋の準備も進む。

「そーちゃんそーちゃん!何かずれたぁーっ!」
蓮葉が走ってくる。
「もっと着崩れる!小走り!」
「はっ、そうだった!」
蓮葉の着崩れを直してやり、帯も微調整。

「いつもは胴着だからねー」
「そりゃそうだけどな?」
結構違うと思うんだけどなあ。俺は着たことないから分からないけども。

「完成!はい、美人」
「やたー!」
蓮葉が腕を上げ終える前に両手でガシッと掴む。

「腕90度以上上げない」
「はっ、そうだった!」
この幼馴染みは全く。変わらんな。

「おしとやか~~おしとやか~~」
それは何かの呪文か?

「まあとにかく、座り方や歩き方は卯月を見とけ」
あっちは多分着なれてると言うのは見ていて分かる。蓮葉は卯月に立ち座り方をレクチャーしてもらっていた。

「爽は何でもできてすごいな」
その様子を快も微笑ましそうに見ながらやって来る。
「単なる慣れだよ。ほら、快も調整」
「う、うん」
快の襟元を微調整し、シワも確認する。

「でもやっぱり着なれていないから歩くのになれるまで暫くかかる……」
その時、俺は日本舞踊でロボットみたいと言われた真実を見た。

「ぐぅ……もっと人間に近付きたいっ」
「仕方がない。わしに任せておけ」
「博士っ!」
「もっと歩きやすくなるように調整だ!」
クスクスと苦笑する蓮葉たちの前を通りすぎ、快を控え室に連れていく。そしてとっておきをレクチャーする。

「ほんとにこれでいいのか?」
ロボットごっこは終わりか?いや、無事に人間になれたのならゴールインだな。
「大丈夫だから。俺も昔父さんに教えてもらったんだよ。その屈伸やるとだいぶ歩きやすくなる」
まあ一度着物の裾全部上げないといけないけどな。再び着物をなおしてやってと。

「俺の真似して歩いてみて」
洋装の歩き方とはまた違う。足は外股ぎみである。

「ええと……よし。本当だ、楽かも!」
快は何だか生まれたてのひよこのように、俺の後についてくる。まだだいぶかくかくはしてるがな。

「やっぱりこう言うのも習うのか?」
「俺は父さんにな。竜兄も教わってるんじゃないかな。でも日本舞踊では……」
「記憶が曖昧すぎて……ちょっと」
――――無理に思い出させない方がいいだろうか。

※※※

お茶席が始まれば早速客が入ってくる。最初のお点前は部長、半東は俺。水屋ではOGたちの手解きでお菓子を運ぶタイミングやお茶を準備するタイミングなんかも指示してくれて難なく続いていく。

途中メンバーを交代しつつ、竜兄も顧問として半東を務めていた。

「緊張してきた……っ」
次は快がお点前で俺が半東である。
「大丈夫。もしも手順が飛んだ時は、それらしいように流せばいいよ」
「それらしいように……か、うんっ」
気合いを入れた快であったが、客の顔を見てピタリと固まる。

「父さん、母さんっ!」
ちょうどタイミング良く……いや受付の采配だろうが、快の視線の先がご両親か。しかしながら華道に日本舞踊に失敗続きだった快が完全に固まっている。ご両親も青ざめてるぞ!
うちの母さんは……にこにこしているが。

うう……ここは俺に何とかしろと言うことか。

「快、思い出せ。快はどんな風にお茶を点てたいんだ?」
「それは……爽のように」
「ならそれを思い出しながらゆっくりと再現すればいい。必要ならばフォローするのが半東だ。いつも正面で教えている俺が、今日は後ろでアシストしているだけの違いだ。大丈夫、俺がここにいるから」
「……う、うん。爽」
快はすうと深呼吸し、練習してきた通りにお点前を披露する。その様子にご両親も胸をほっと撫で下ろしたようだ。

俺は通常通り半東の役目をこなす。

「ただいまのお手前は陽向快、半東は寒薙爽が務めさせていただきます」
途中茶菓子の説明やお手前で使用している茶器の説明を交えつつ、快のお手前の進行状況も確認。

快が最初のお茶を点て終えれば、そちらと次席のお茶をそれぞれご両親に運ぶ。

「あなたが静ちゃんの息子さんね。快のこと、ありがとうね」
「いえ、とんでもないです」
快のお母さん……葵さんに礼をして快の元へ戻れば、しっかりと続きをこなしているようだ。ほかの参加者にも蓮葉たちが水屋で点てたお茶を振る舞っている。よし……何とか快の初舞台も切り抜けられたな。