――――夏休みが明け、文化祭シーズンがやって来た。
学校中が文化祭に向けて準備を進めている。俺たちは当日お茶席をやるわけだが。
「この作業は毎年結構な苦行だ」
部長の言うとおり俺たちは鋏を持ち寄りせっせと配付券を切り分けていた。
「お菓子の量にも限りがあるからね」
と部長。まあそれを把握するための券でもある。
「それからこれ」
竜兄が見せてくれたのはいつかの割れたお茶碗だ。
「それは……」
卯月がばつの悪そうな表情をする。
「まあまあ。お茶は点てられないけど、受付でチケット回収なんかに使えると思ってね。まだまだ現役でいけるよ」
「そういや、母さんもそうやって取っておいていたなあ」
思い入れのあるものだからこそってな。
「だから悔やむことはないよ。お茶碗の第二の人生が幕を開けたんだ。今度の文化祭では訪れた人みんなの目に留まる」
「ある意味晴れ舞台だな」
「そう言うこと」
「……その、ありがとう」
卯月が幸せそうに笑む。卯月は卯月で心配してくれていたんだな。
「よし、ぼくも頑張る」
「あともうひと息だもん!れっつごー!」
蓮葉が元気に告げ、俺たちはもうひと頑張りである。
文化祭の準備は順調だ。
そう言えば俺も部長からいくつか引き継ぎを受け、竜兄や部長に見てもらいながら発注の仕事もこなした。券の準備も整ったし……後は。
「事前に招きたいひとに配る分や自分の分も渡せるから、各自希望枚数を教えてくれ」
それも大切な事前準備である。んー……と、まずは。
「部長はどうするんです?」
「うむ、両親と妹を招く」
「わぁ、妹さんですか?中学生……とか?」
蓮葉が問えば部長が頷いてくれる。
「うむ。中学にあがりたてだが、是非とも姉の雄姿を見たいと言ってくれてな」
やはり部長みたいにカッコいい系なんだろうか?
「だが和菓子が食べたいだけだと姉は知っている」
今盛大にずっこけそうになったのだが。俺たちの反応を見て部長がくすくすと微笑む。全くもう、堅物そうに見えていつも笑わせようとしてくるんだから。
「みなはどうだ?」
「俺は……竜兄と母さんの分ももらっておくよ。あと親父も来られたら渡しておかないと」
母さんは当日助っ人に来てくれるけど、親父はどうかな?文化祭ではOBとして参加するとか言ってたけど。
「私は両親に渡すよー」
「ぼくは……お父さまはまた海外だから、お母さまを招こうかな」
「それじゃあ俺も両親の分を」
「それじゃぁ各自自分の分と持ち分を……」
切り終わった配付券を選り分けていく。
「あとOGの先輩たちも来てくれるから……」
事前に聞いていた分を封筒に入れていく。
「OGと言うと……梓先輩に会ったことがあるね」
「ああ、快。梓先輩も来てくれるって。今年は茶道部員が少なめだし、5人中4人が1年生だから梓先輩や母さんが卒業生に声かけてくれて助っ人もたくさんいるよ」
「そっか……そう言うつながりって何だかいいなあ」
「だろ?」
これも代々繋いできた伝統でもあるし、母さんが慕われてきた講師だってのもあるのかもしれない。お茶碗もその大切な絆の証である。
その他にも部長は受付で使用するお釣り箱なども引っ張り出してくれた。
「あの、因みに飾り付けなどはあるのですか?」
と蓮葉。
「茶室は茶室で飾り付けと言うか内装は調っているからね。強いて言えば受付の垂れ幕とか……花とかなら」
「花と言えば卯月ちゃんだね!」
「……ぼく?」
「もしよければ、任せてもいいだろうか?」
「もちろんです!その、部室やこの茶道部に似合いそうな花を活けて来ます」
卯月がいきいきとしながら告げてくれる。それにしても……俺たちに似合いそうなってのは何だか嬉しいな。
「では茶室には卯月ちゃんの活けた花を飾るとして、受付には……快くんの活けた花でも飾ろうか」
「さ……さすがに両親が来ますし、世界が終わるので……ちょっと」
世界が終わる生け花ってどんなだよ。卯月が失笑していた。
※※※
そして文化祭の準備やお点前の特訓を重ねていれば、あっという間に文化祭の本番である。
「わあ、お花きれーい!」
「気に入ってくれて良かった。蓮葉さん」
卯月が当日活けた花を持ってきてくれて、蓮葉が感激しながら記念撮影をしている。
「やっぱり卯月は上手いな」
快がしげしげと眺める。
「……快、そのっ」
「とても素敵だよ。茶室に……俺たちにも合ってる気がする」
「……うん」
卯月が嬉しそうに笑む。その笑みは快に憧れていた頃のものとは違いとても穏やかで優しげだ。
改めて向き合うこの幼馴染みは不器用ではあるものの、ゆっくりと幼馴染みとしての関係を取り戻しつつある。
「久しぶりー、助っ人に来たよ~~」
続いて茶室に顔を出してくれたのは梓さんやOGたち。
「ちょうど良かった。浴衣に着替える子は着替えてね~~。梓ちゃんたちも手伝ってくれる?」
先に到着していた母さんは竜兄と設営の最終確認をしていたので、俺たちも早速着替えに入る。
女子たちは控え室で、俺は茶室で。
「俺はひとりで着られるけど……快は」
「も、持ってきたよ。母さんに話したら喜んでくれて、父さんのおさがりだけど」
「そりゃあ良かった」
小物もちゃんと揃えて持たせてくれたようだ。
「終わったら手伝うからちょっと待ってて」
「う、うん」
制服を脱ぎ手早く和装に着替える。女子たちは華やかな浴衣だが、俺は男子だし落ち着いた着物にしている。
「よし、じゃぁ次は快の着物だな」
持たせてくれたのは浴衣よりも着物よりのものだ。今の気候にも合わせてくれたんだな。
「ええと……どの程度まで脱げば」
「全部」
「パンツも!?」
「バカやめろ、隣に女子たちがいるんだから笑われるぞ!」
いや、隣から笑い声が聞こえるので既に笑われていた。
「華道や日本舞踊をやっていた頃、子ども用のものは着せてもらっていたはずなんだけど……」
「子どもの頃のことってなかなか覚えてないもんな」
俺は着付けを継続してやってるから覚えているけれど、その他のことは結構忘れがちだ。
「うう……そうだね。あと肌着は着て行くように言われてて、これでいいかな」
「うん、それでいい」
まあ俺もすぐ着替えられるように中に着てきたし。
「まず最初に足袋を履く。足袋は半分こうして捲ってから履くんだ」
足袋を片方手に取り手本を見せてやると、快が真似してくれる。そして足袋を足に嵌めれば次は長襦袢だ。
快に長襦袢を羽織ってもらえば、腰ひもを巻いていく。
「その、結構近いんだな」
「ごめん、気になるか?」
女性ものよりは触れないと思うし、触れないようにする着付けもあるのだが。
「いや……その、爽に着付けてもらうのもいいなって」
「こら、よこしまな感情を持たない」
着物の本体を着せて帯を締めてやる。俺の頬までにやけたらどうしてくれる!
「よこしまじゃない。純情だ」
「迷いなく言うな、迷いなく!」
「はははっ」
「全く……」
帯は一般的な結び方……貝の口に仕上げた。
「ほら、完成!はい、イケメン!」
「おおっ!すごい。あっという間だったよ!……でも、その最後の何?」
「着付けた時に言うだろ?うちは言うぞ。女子なら『はい、美人!』」
「ええ、母さんが言ってるのは見たことないけど……」
そういや快のお母さんは茶道経験者でお茶席にも参加してるんだったか。しかし……まさかうち限定か!?
『私は言うぞー。静先生直伝だ』
隣から部長の声がする。
『あ、私もー』
『ねー!』
いやOG陣も元を辿れば発端は母さんなのでは!?
『そうだ男子陣、着替え終わったか?』
「こっちは終わりですよ」
『じゃぁ帯結んでくれないか?もう見られていけないものはない!』
『『おーっ!』』
「普通に後帯だけっていいません!?」
恐る恐る隣の部屋に入室すれば蓮葉がはいっと帯を差し出してくる。
「そーちゃん、かわいい結び方できるから!」
「そうだ、私たち聞いてないのだが」
何で抗議してくんの、部長。あと部長は問題なく自分で結べるだろうに。
「夏祭りの時とか、お正月とか蓮葉の帯結んでくれるんだー」
「まあ着付けの練習がてらな」
母さんから覚えておいて損はないとも勧められたし。
「まさか……見てないよな」
「マジもんの顔しないでください、部長。他は母さんが着付けたので俺は帯だけです」
「ははは、からかっただけだ」
全くこのひとは相変わらずである。
「蓮葉、腕を水平に。袂を持って」
「はーい」
「よし。キツかったら言ってくれ」
「分かったー」
てきぱきと蓮葉の帯を結んでいく。
「すごい早業ねえ」
「梓先輩、やっぱりすごいんですか?あれ」
「もちろんよ、快くん。私たちは着物だけど、高校時代は作り帯とかベーシックなリボン結びがほとんどよ~~」
そんな中で蓮葉がこの帯を選んだのは、俺に結んでもらうためか。
OGの先輩たちにも手伝ってもらい仕上げる。
「よし、できた。リボン結びの応用でひだ多めにしてある!はい、美人!」
「わーっ!後ろどうなってますー!?」
蓮葉はOGの先輩たちにスマホで撮ってもらったものを見て感心してる。
「それじゃあ私も」
「……部長、待ってたんすか」
「高校最後の文化祭だぞ?当然!少しは後輩として先輩孝行するように」
そんな風に言われると断りずらい。
『私たちも見たーい』
そしてノリノリなOGたち。
「いいけど手伝ってくださいよ」
「はーい」
部長の帯は貝の口の逆の形……矢の字型に仕上げた。クールな雰囲気の部長にも似合う。
「はい、美人!」
「うむ!知っている!」
……高校一のマドンナだかんな。
「ぼ……ぼくもいいんだろうか。リボン結びならできるが」
「せっかくだからお揃いにした方がテンション上がるだろ?」
「う、うん」
次は卯月か……。あ、そうだ。
「結構複雑だねえ」
「問題ないですよ」
OGの先輩たちが見守る中、できた。
「薔薇アレンジ!はい、美人!」
『おおーっ!』
思わず周囲から歓声が上がる。
「その、ぼくの後ろどうなってるの?」
卯月の帯をスマホで撮った蓮葉がそれを見せ、卯月がはわわと驚嘆している。
「すごい……いいな」
「いや、快。お前は女装したいのか」
いきなり突拍子もない発言するなよ。
「えあ!?違うって!その、みんな爽にすごい帯結んでもらって、いいなって」
「だからそれ女物だって」
別にお前が着たいなら止めないが、梓先輩たちが目を輝かせているからそれ以上は危険だぞ。女子と言うものはすぐに男子を女装させたがる。
「あら、みんなおしゃれ~~。爽に仕込んでおいて正解ね!」
様子を見に来た母さんがはしゃいでいるのを見て……全てを仕組んだのはこのひとではと言う予感に襲われた。

