――――初夏だと言うのに蒸し暑い。連日の熱帯夜とは人の脳をバグらせるのか。
いやしかし、この感じは勘違いではないのかもしれない。
「やっぱりひとりで帰るのは失敗だったか」
高校からの帰り道。今日は珍しく幼馴染みの蓮葉がいない。本日は空手の習い事だからだ。
しかしここ数日感じる気配、付けてくる足音。蓮葉や誰かが一緒ならさすがにすぐに消えた不快感が今日はずっと付いてくる。
足音が……どんどんと。は、走るか?こんな熱帯夜に。何かが、後ろに……。
「何をしてる」
鋭い声がしてやっと気が付いた。目の前に俺と同じ高校生くらいの男子がいる。えらく顔立ちがきれいだ。しかしそれよりも……。
急いで後ろを振り向くが、誰もいない。
「大丈夫?」
先程の鋭い声とは違う優しい声だ。
「ああ……はい。今……」
「暗がりでよく見えなかったけど、君に近付いていた人影が不審な感じがした」
「そ……か……その、ありがとうございます」
「いいや、良ければ送ろうか」
不審者に会った後に見知らぬ男子に送ってもらうなどできようもなくて。
しかし多分、俺を心配してくれているのは真実だと分かる。そんなたとえようもない安心感は何なのだろう。
「家、近くだから……それに幼馴染みを呼べば、多分来てくれる」
「……男?」
「女だけど……空手の黒帯だから強いよ」
「それはすごいね」
因みに空手も実家の道場でやっているので、家から迎えに来てくれるだけだし。
「でも念のため迎えがくるまで俺もいるよ」
「……あり、がとう」
……優しいんだな。何となく安心するかも。出会って間もないのに変な感覚だ。
スマホで蓮葉を呼んで無事に迎えに来てくれることになった。
「その、お前もこの近くなのか?」
「うん。最近日本に帰ってきたんだ」
え……日本に、帰ってきた……?
「親の仕事の都合で海外にいたからさ。この街に戻ってきたのも3年ぶりくらいかなあ。あちこち変わっていて驚いた」
「まあ確かに3年も経てば変わるか」
「君は昔からこの辺に?」
「ん……まあな」
家が家だし、多分何代も前から暮らしている。
「そっか……それならもしかしたら……」
「ん?」
「ううん、何でもないよ」
彼は一瞬考え込む表情を浮かべたが、すぐにまた爽やかな笑みを浮かべる。ま、名前も知らない初対面だもの。何でもかんでも話せるわけでもないし、それは俺もだ。
暫くすればやがて聞き慣れた声が響いてくる。
「そーちゃーんっ!」
「蓮葉!」
蓮葉が俺の愛称を呼んで駆けてくる。正確には【爽】だが、蓮葉の場合昔からそうなのだ。
「わあ、イケメンだ!そーちゃんもやるねえ」
「誤解を招く発言をするな。ごめんな」
「いや、構わないよ。元気な幼馴染みだね」
「よく言われるよ」
「元気があれば何でもできるもんー!何事も~~気合いだっ!」
何かどっかで聞いたことのあるようなないような格言だな……?
「それじゃ、またどこかで会えればよろしくな」
「うん、よろしく」
ここまで待ってくれた親切な彼に礼を言って、俺は蓮葉と帰路に着く。
「そーちゃん。あのイケメンくん、私たちと同じくらいだったねえ」
「同じ高校生くらいだったな」
ひょっとしたら近くの高校とか……いやそれは偶然が過ぎるかな。
「最近海外から帰ってきたんだって」
「なら編入生としてやって来るとか?」
「そんなベタな。少女漫画か何かの読みすぎじゃないか?」
「少女漫画は偉大なんだぞー?」
「分かったから、むきになるなって」
「それじゃぁ蓮葉ちゃんの格言をよく聞くことだー」
「ん?何だ?」
「イケメンとの印象的な出会いの後はそのまた印象的な再会が待っている!」
「ええ……中身も大事だろ?」
アイツは多分……いいやつだと思うけど。
「内外両道かもしれないじゃんー」
「……そんなスパダリみたいな生物はそうそういないぞ」
そんなことを話ながら帰路につくものの……どうしてかあの男子のことが気にかかった。本当に……どうしてなんだろう。
――――翌朝。
いつものように起き、支度をする。兄貴の竜兄よりも少し遅めだが生徒の登校時間なんてそんなもんだ。蓮葉と共に登校すれば幼馴染み同士の腐れ縁なのか、クラスも1-2。同じである。
「今日編入生が来るんだって」
前の席の蓮葉が早速誰かに聞いたのか教えてくれる。
「1年のこの時期に?あるんだ、そう言うの」
親の転勤でもなけりゃ、なかなかないだろうけど。
「ほら、昨日言ったじゃん!」
「いやいや、そんな本人かも分からないだろ?」
「男子だって!」
「全くの別人だったらどうする!」
期待した俺が恥ずかしいことになるだろうが!
「その時はその時でチャンスには変わらない!」
切り替えが早く何事にも前向きな点は評価にあたいするが。
「え?でも何の?」
発想が突拍子もないのは課題だな。一応聞いておくか。
「勧誘」
「いや、おいやめなさい。バリバリのスポーツ男子だったら目が点になるでしょうが」
「おしとやかな大和撫子かもよ?」
「そう言うのって華道部に入るだろ。確かコンクールでも度々受賞してるって聞いたことがある。……それにその前に男子って言わなかったか?」
「そーちゃんはおしとやかな大和撫子タイプでしょ?」
「違います、断じて!」
そりゃあそれなりに育てられたけども。蓮葉は俺をどういうキャラにする気だ?
蓮葉と話していればチャイムが鳴り担任が入ってくる。
「今日は編入生を紹介しますね。入ってきて」
担任に声をかけられひとりの男子が入ってきた。その瞬間女子が色めき立つ。うん……?何だ?
ふと顔を見て、目が合った瞬間固まった。嘘だろ……?
そうこうしているうちにも担任が彼の名前を黒板に書き記していく。
【陽向快】
「では陽向くん、簡単に自己紹介を」
「はい。陽向 快です。中学時代は親の仕事の都合でイギリスにいました。あちらは秋入学なので、帰国と高校への編入がこの時期になったんですがみなさん、仲良くしてください」
拍手と歓声が漏れる。
「……帰国子女にそこまで憧れるのかよ」
「え?でもあれ昨日のイケメンだよ!?私の予言通りだよ!」
その少女漫画理論、本当に当たるのかよ!?
そうだ……アイツは、陽向は昨日俺を助けてくれた彼だったのだ。
「昨日のことは感謝してるけど、それで帰国子女だからって憧れるとか違うから」
「ツンデレだなあ、そーちゃん」
「お前ツンデレにツンデレって言っても絶対認めないからな。俺ツンデレじゃねーけど」
「陽向の席は寒薙の隣」
その時担任がそう告げたことで女子たちから『ずるい~~っ』と言う声が上がる。いや待て。イケメンで帰国子女だからと言って性格がいいとも限らんのにそれは早急すぎだろうが俺の隣そういや空いてたな!?
「こっちだよー!イケメンくーん!」
俺の苦悩も知らず、蓮葉は能天気である。イケメンくんがこちらに来れば、親切にここだよと教えてあげている。いいよなあ……お前誰とも仲良くなれるもんな。
「快でいいよ」
「快くん。私は伊能蓮葉。蓮葉でいいよ。こっちは私の最推しのそーちゃん!」
「えっと……そー……」
本気で蓮葉のノリに合わせんなっ!
「寒薙爽二郎。爽でいい」
あまり爽二郎と呼ばれたくはない。だって何か古風じゃん。
「爽。よろしく」
「……よろしく」
ぼそっと挨拶を交わせば、快がにこりと笑む。俺、そこまでフレンドリーに挨拶できたわけでもないのに……お前はどうしてそんなにも笑顔でいられるんだ……。
――――昼休みが来た。
快に教科書を見せてやりながら午前中の授業が終了する。しかし……その、教科書を見せているからこそ頭が近い。顔が近い。何でコイツはこんなに顔がいいんだよ!
「快くんはお弁当持ってきてる?」
「ああ、家から持たされたから」
蓮葉の言葉に快が弁当箱を取り出す。しかしその時、大きな声が響く。
「快!やっぱり編入生って快のことだったんだ!ぼくだよ、卯月だよ!」
「……ちょっと行ってくるよ」
快はあまり気乗りのしない表情で彼女の元に向かう。
「蓮葉。あれって隣のクラスの青峯卯月だよな?確か家が金持ちで、華道部に入ってるとか聞いたことがある」
青峯……その響きはどこか苦いシロップを運んでくるかのようで胸がざわざわするが。
「そうそう、卯月ちゃんだよね。華道部で一年生なのにコンクールで賞をもらったんだってー。すごいよねー」
「あー……そもそもうちの華道部ってレベチなはずだがその中で……?すごいな」
「だよねー」
その話題の中心の彼女はと言えば快と仲良さげだな。主に卯月がパワフル過ぎて快が押され気味な気もするが、どういう知り合いだ?……別に嫉妬してる訳じゃない。むしろ快が気になっているわけじゃないぞ!?
「快、でもぼくたち幼馴染みで……何で同じクラスじゃないの?」
引き続き卯月の声が聞こえてくる。へえ……アイツらも幼馴染みなのか。
「……でも幼馴染みと同じクラスじゃないだけでそんなにショックか?」
「私はそーちゃんと離れるなんて……離れるなんてっ、寂しくて毎日隣のクラスからそーちゃんって叫びそうだよ」
「それは普通に迷惑になるからやめてくれ」
あと恥ずかしい。つかお前は友だち多いんだから寂しくなんてなる暇ないだろうに。
「ねえ、せめて部活は華道部にしてよ!ぼく、快と同じ部活がいい!」
「……それは嫌だ。俺はもう華道なんてやらない」
アイツ、華道やってたのか?運動もできそうなのに意外だな。
「その件は諦めてくれ」
「ひどいよっ!快のバカッ」
快が言葉を言い終わらないうちに卯月が走り去ってしまう。
「ごめん、騒がしくなってしまって。彼女は……」
快が戻ってきて申し訳なさそうに漏らす。
「幼馴染みなんだろ?お互い大変だなー」
「そーちゃん、人聞きが悪いよー!」
蓮葉から抗議の声が上がれば、快がぷっと吹き出す。続けざまに俺も吹き出す。
「あっははは……」
「そーちゃんひどいーっ!断固抗議するーっ!」
「いや……仲いいなあ、2人は」
そんな俺たちのやり取りにそう笑う快が少しだけ寂しそうに見えたのは一瞬だったように見える。
――――放課後が来れば快の放課後の予定など気にすることもなく立ち上がる。
未練とか気になってるとかないのだ。
うん、断じて……!
「じゃぁ俺ら、部活行くから」
「爽たちの部活……?」
「ああ……」
とっとと蓮葉を連れて部室へ急ごう。決していつものツンツンとかツンデレではない。
「因みに茶道部だよー!興味あったらヨロ!」
「こら、勧誘するな。蓮葉!」
特にコイツを誘うな!うう……気になってるわけじゃない。これ以上気になるとか高望みをしたいわけじゃない。
そう言うのは……【皐月さん】とのほろ苦い記憶と共に諦めたはずじゃないか。だからこれはせめてもの抵抗なのだ。


