皇后即位から幾日も経たぬうちに、帝都には新たな風が吹き始めた。
清婉が“皇后”として歩み始めたその日から、後宮だけでなく朝廷にも、変化の兆しが現れていた。

かつて陰謀渦巻いた紫禁の宮も、今はどこか穏やかな空気に包まれている。
それは、ただの権威ではない――
母としての慈愛と、聡明な判断力を併せ持つ清婉だからこそ成せる気配だった。


「皇后陛下、貧民窟の水害被害、既に被害戸数は千を超えたと……」

「食糧と医師の手配を急がせて。民の命こそ、帝国の土台です」

清婉は朝議においても決して沈黙せず、
皇帝・凌煜の隣で、民の声を代弁し続けていた。

最初は訝しんでいた重臣たちも、彼女の聡明な采配と、私情を挟まぬ公平な判断に、
次第に深い敬意を抱くようになっていく。

「……あの御方が皇后である限り、我らは安心してこの国を託せる」

「帝が清婉皇后を選んだのも……今ならよくわかる」

重臣たちの間から、自然とそんな声が広まり、
“国母”としての清婉の名声は、宮廷内外に響いていった。


ある夜。風が静かに御苑を通り抜けるころ、清婉は一人、宮中の池に佇んでいた。
月明かりが水面に映り、その姿はまるで水に浮かぶ鳳凰のように神秘的だった。

「お前の背には、もはやこの国すべてが重なっているな」

背後から歩み寄ってきたのは、凌煜だった。
彼は静かに肩に羽織をかけると、彼女の隣に立った。

「私はただ、この国を……この子を守りたいだけ。
 でも、時々、自分が何者であるのか……ふと、怖くなるのです」

その告白に、凌煜は一瞬言葉を失った。

だが次の瞬間、彼は清婉の手を強く握り、真っ直ぐに見つめた。

「お前は俺の皇后であり、この国の母であり、そして……俺の唯一の愛する女だ」

「陛下……」

「お前が怖がるなら、俺がそのすべてを守る。
 玉座の重みも、帝国の未来も、俺が背負う。
 だから――どうか、俺の隣を離れないでくれ」

その声には、帝王としての力強さと、一人の男としての切なる想いが滲んでいた。

清婉はゆっくりと頷き、そっと彼の胸に身を預けた。

「はい……私は、ずっと、あなたの隣におります」



その晩、御殿には一晩中灯がともり、二人の影が静かに重なっていた。
外では皇子の寝息が柔らかく響き、帝国の夜は穏やかに過ぎていった。



  ***

それからというもの、清婉は数々の難題を凌煜とともに乗り越え、
学問、福祉、外交と、幅広い分野で力を発揮していった。

名家の出であるという血筋だけでなく、
真の力と優しさを兼ね備えた皇后として、誰もがその名を敬った。



やがて皇子が歩き始めたある春の日――

御花園では、家族三人がそろい、笑顔を交わしていた。

「この子も、やがて帝国を担う存在になります」

「だがその時、お前のような皇后がそばにいてくれたなら……きっと間違えずに育つだろう」

「ふふ……まるであなたの育成が上手くいったような言い方ですね」

「お前がそばにいたから、俺も帝でいられたんだ。
 それは今も、これからも、変わらない」

二人は見つめ合い、そっと唇を重ねた。
そこには、政や血筋を超えた、真実の愛があった。



こうして、清婉は“華嫁”から“皇后”となり、
そして“国母”として歴史にその名を刻み始めた。

帝国は彼女とともに、静かに、しかし確実に目覚め始めていた――。