後宮の空気は、日に日に重く濁っていった。
 蘇清婉の懐妊が明るみに出てからというもの、嫉妬と猜疑の目が彼女を執拗に追い詰めていた。
 だが、そのなかでも最も鋭く、冷酷な刃を向けているのは――義母だった。

 彼女はもともと庶民の身分。
 妓楼で名を馳せ、男たちの情欲と財で這い上がった女。
 その出自の低さが、蘇家の名門令嬢であり皇帝の華嫁となった清婉を何よりも憎ませている。

 「……このままでは、私の夢が潰える」

 義母は夜ごと後宮の闇に紛れ、嫉妬と権力を武器に陰湿な策略を巡らせていた。
 その手は執拗に伸び、清婉の侍女や側近にまで圧力をかけ、彼女を孤立させようとした。

 一方の清婉は、日増しに大きくなる身体の変化に戸惑いながらも、腹の中の小さな命がもたらす温かさに支えられていた。

 「この子は……私の希望……」

 ひとり静かな夜、彼女は膝を抱えながら呟いた。
 孤独と不安、そして恐怖が押し寄せるなかで、その小さな命だけが確かな救いであった。

 だが、そんな清婉にさらなる試練が訪れる。

 ある日、義母から後宮の有力者へ送られた密書が拡散した。
 そこには、清婉が懐妊を隠し、しかも他の男の子を産もうとしているという、根も葉もない悪意に満ちた嘘が記されていた。

 「どうして……こんな酷いことを……」

 清婉の頬を熱い涙が伝った。
 彼女は必死で否定したかったが、後宮の女たちの視線は冷たく、疑惑のまなざしは増すばかりだった。

 「もう私には味方がいないの……?」

 深く沈む絶望の淵で、彼女は自らの心の弱さを思い知った。
 しかしそのとき、部屋の扉が静かに開き、凌煜が入ってきた。

 「清婉、顔を上げてくれ」

 その声は優しく、けれど揺るがぬ決意を宿していた。

 「陛下……」

 涙を拭いながら、清婉は震える声で応えた。

 「誰が何を言おうと、私はそなたを、そして腹の子を信じている。清婉は私の華嫁だ。そなたの懐妊は、私の正統の証明でもある」

 凌煜の言葉に、清婉の胸に熱いものが込み上げる。
 「あなたが、私のすべてを守ってくれるのですね?」

 「ああ。絶対に守る。誰もそなたを傷つけさせはしない」

 その確かな約束が、彼女の心に光を灯した。
 孤独な闘いのなかで、初めて強く立ち上がる勇気が湧いた。



 その日から、清婉の態度は変わった。
 傷つきながらも、揺らがぬ覚悟を持ち、義母と蘇瑶の陰謀に立ち向かっていった。

 侍女たちもまた彼女の覚悟に心を動かされ、密かに支援を始める。

 「お嬢様の強さに、私たちも励まされております」

 誰もが清婉の味方になり始めたのだ。



 義母は苛立ちを募らせながらも、最後の悪あがきを企てていた。
 後宮の闇は深く、何が起こるか分からない。

 だが、清婉の心にはもう一つの命の強さが宿っている。
 それは、何者にも侵せない絆となり、彼女をより一層輝かせていた。

 「この子と共に、必ず勝つ。絶対に」

 清婉は決して諦めなかった。

 後宮の激しい嵐の中、静かに燃え上がる希望の炎。
 その先に待つ未来を、清婉は信じて疑わなかった。