季節は再び巡り、皇城の庭に咲き誇る桃花が、春の訪れを告げていた。
赤子だった皇子は歩みを覚え、言葉を話し始め、
帝と皇后のもと、すくすくと育っていた。
御殿には笑い声が満ち、帝国の空気には確かな希望の香りが漂っていた。
だがその穏やかな日々の裏で、帝国は新たな岐路に立たされようとしていた。
「北方の諸侯が、再び軍を動かしているとの報せが入りました」
重臣の報告に、朝堂は一気に緊張を増した。
「帝国の覇権を脅かす動きではありませんが、油断はなりませぬ。
辺境の兵糧も不足気味とのこと……」
そんな中、ただ一人、冷静な声音で発言する者がいた。
「即座に兵を動かす前に、民の状況を見極めるべきです。
兵糧が尽きれば、それは反乱の種となる。まずは民を守ることが急務です」
そう口を開いたのは、清婉だった。
彼女は既に、帝国を支えるもう一つの柱――民の声の代弁者として、
揺るがぬ存在となっていた。
凌煜もまた、彼女の意見を真っ先に取り入れ、軍と民政の両面に的確な指示を下していく。
「皇后の進言通り、北方の民へは緊急物資を。
使者には、我が帝意を伝えよ――“剣より先に、民を守れ”と」
朝議の後、清婉と凌煜は静かな庭で歩を並べていた。
「少し、無理をなさってはいませんか?」
清婉がそっと尋ねると、凌煜は空を見上げて微笑んだ。
「お前が隣にいるだけで、心は揺らがぬ。……だが、やはりこの国は広いな。
いつか、皇子がこのすべてを背負う日が来るのかと思うと……時の速さが怖くなる」
「陛下、私たちが守り、築いてきたこの国は、
きっとあの子が継いでくれます。
だからこそ……私は、あなたと共に歩み続けます。
未来のために、いまを生きましょう」
その声は、確かな決意に満ちていた。
その晩、清婉はかつての書簡を読み返していた。
義母や蘇瑶、そして名家から疎まれた過去――
数々の苦難を経て、今の自分があることを、改めて胸に刻む。
「人は、苦しみの中でこそ咲く花を持つものですね……」
呟いたその声に、背後から柔らかな布音が響く。
「お前が咲かせた花は、帝国そのものを照らしている」
凌煜がそっと彼女の肩に手を添えた。
「俺は、お前を華嫁として迎えたことを、
この命の限り、誇りに思っている」
その言葉に、清婉の胸は熱くなった。
どんな栄誉よりも、どんな称号よりも――
この“華嫁”という愛の証が、彼女の誇りだった。
そして、月が満ちたある夜。
御殿の奥、皇子の寝台の横で、清婉はそっと彼の髪を撫でながら、優しく語りかけていた。
「あなたは、母と父の願いを乗せて生まれた子。
強くあれとは言わない。優しく、生きなさい。
帝であるよりも、人であれ――それが、真の器です」
その言葉を、偶然背後で聞いていた凌煜は、静かに頷いた。
彼女こそが、帝国の光であり、未来を導く“金の鳳凰”だった。
やがて皇子が目を覚まし、目をこすりながら母を見上げた。
「ははうえ、ちちうえ。ぼくもみかどになれる?」
「……なれるとも。そのときは、お前の隣に、母のような素晴らしい華嫁が現れるだろう」
清婉は微笑みながら、そっと抱き寄せた。
「でもね、その時まで、母と父がこの国をしっかり守っておくから。安心して育ちなさい」
黎明の光が御殿に差し込むころ、三人の家族はそっと寄り添っていた。
帝国は今、最も穏やかで力強い朝を迎えていた。
それは――かつて誰よりも弱く、誰よりも愛を渇望した華嫁が、帝国の母となり、“永遠の希望”となった瞬間だった。



