人力車を降りた花緒は、屋敷の玄関に差し掛かったところで幾人かの使用人に出迎えられた。最初に声をかけたのは、白髪で皺だらけの鬼の老婆だった。
「まあまあ、遠いところをようこそお越しくださいました。贄姫様」
「使用人の梅だ。おまえの身の回りの世話を任せてある。よろしく頼む」
黒蛇が言葉少なに紹介する。梅と呼ばれた老婆は、目もとに皺を刻んで花緒に優しく微笑んだ。おっとりとして、上品な所作だ。長く黒蛇に仕えているのだろうと察せられた。
梅と挨拶を済ませて間もなく、屋敷内から小さな丸く白いものが飛び出した。
「桜河! 無事に帰って来たナ!」
「梵天丸」
勢いのままに黒蛇の腕の中に飛び込んだのは、真っ白な毛玉に似た狛犬だった。黒蛇の腕にすっぽりと収まるくらいの大きさで、純白の毛並みはふわふわして手触りが良さそうだ。金色の釣り目がちの瞳に、ピンと天を向いた立ち耳は先端部が黒い。背中には紅白の飾り縄を背負い、首元には首輪よろしく大きな鈍色の鈴を付けている。所々に渦を巻いたもこもこの尻尾をご機嫌に振っていた。黒蛇のことが大好きなようだ。
(――か、可愛い……!)
愛らしい外見に、花緒は抱っこしたい衝動に駆られて悶える。それを知ってか知らずか、黒蛇が歩み寄ってきて花緒の腕の中に狛犬を渡した。
「これは梵天丸。俺の使役妖魔だ。見た目は小動物の様だが、元は稲荷神の眷属だ」
「稲荷神様の……」
花緒は目を丸くする。この腕の中の可愛らしい生き物が、元々は神に遣える者であったと言う。おそらく愛らしい外見にそぐわぬ凄まじい力を秘めているのだろう。
狛犬は花緒の手元で鼻を鳴らす。
「おまえが噂の贄姫だな? オイラ、梵天丸! 仲良くしてやらんこともないゾ」
偉そうな口調ではあるが、小さな体で威張っている様は可愛らしい。
花緒は手もとの梵天丸を見下ろす。
「よろしくお願いいたします。梵天丸さん」
「桜河の客人じゃ仕方ない。特別だからナ!」
黒蛇ことを桜河と名で呼び捨てる梵天丸。主人と使役妖魔という間柄とはいえ、二人は気心の知れた仲なのだろうと花緒には思えた。
「まあまあ、遠いところをようこそお越しくださいました。贄姫様」
「使用人の梅だ。おまえの身の回りの世話を任せてある。よろしく頼む」
黒蛇が言葉少なに紹介する。梅と呼ばれた老婆は、目もとに皺を刻んで花緒に優しく微笑んだ。おっとりとして、上品な所作だ。長く黒蛇に仕えているのだろうと察せられた。
梅と挨拶を済ませて間もなく、屋敷内から小さな丸く白いものが飛び出した。
「桜河! 無事に帰って来たナ!」
「梵天丸」
勢いのままに黒蛇の腕の中に飛び込んだのは、真っ白な毛玉に似た狛犬だった。黒蛇の腕にすっぽりと収まるくらいの大きさで、純白の毛並みはふわふわして手触りが良さそうだ。金色の釣り目がちの瞳に、ピンと天を向いた立ち耳は先端部が黒い。背中には紅白の飾り縄を背負い、首元には首輪よろしく大きな鈍色の鈴を付けている。所々に渦を巻いたもこもこの尻尾をご機嫌に振っていた。黒蛇のことが大好きなようだ。
(――か、可愛い……!)
愛らしい外見に、花緒は抱っこしたい衝動に駆られて悶える。それを知ってか知らずか、黒蛇が歩み寄ってきて花緒の腕の中に狛犬を渡した。
「これは梵天丸。俺の使役妖魔だ。見た目は小動物の様だが、元は稲荷神の眷属だ」
「稲荷神様の……」
花緒は目を丸くする。この腕の中の可愛らしい生き物が、元々は神に遣える者であったと言う。おそらく愛らしい外見にそぐわぬ凄まじい力を秘めているのだろう。
狛犬は花緒の手元で鼻を鳴らす。
「おまえが噂の贄姫だな? オイラ、梵天丸! 仲良くしてやらんこともないゾ」
偉そうな口調ではあるが、小さな体で威張っている様は可愛らしい。
花緒は手もとの梵天丸を見下ろす。
「よろしくお願いいたします。梵天丸さん」
「桜河の客人じゃ仕方ない。特別だからナ!」
黒蛇ことを桜河と名で呼び捨てる梵天丸。主人と使役妖魔という間柄とはいえ、二人は気心の知れた仲なのだろうと花緒には思えた。

