「幸、おまたせ」
「奏斗……急に悪かった。明日から冬休みだから、その前に話がしたくて」
「気にすんなよ。この前は俺の話聞いてもらったし」
二学期の終業式が行われる今日。
俺は、少し前に交際報告をした階段の踊り場に来ていた。
昨夜、幸から話がしたいと連絡があって、朝早めにここに集合しようと提案したんだ。
「それで……話って?」
「昨日、部活の後に宗一郎に告白した」
「え゛っ!?きゅ、急だなおい!も、もうちょい、心の準備をさせてくれ!」
幸はこんなときでも落ち着いた表情で、「え、ごめん」と少し不思議そうに言ってくる。
ほんとにこいつは、前置きはないわストレートに話すわ、とんでもないやつだ……。
「そ、それで……どうだった?」
「……『まだ分からない』って言われた」
「まだ、分からない……?」
「ああ。俺といるのは楽しいし、俺のことは人として好きだけど……恋したことないから、自分の感情がはっきりとは分からないって。そもそも、あいつが恋愛ってものを意識し始めたの、奏斗たちが付き合ったの聞いてかららしい」
「なるほど……確かにあいつ、自分が恋するとか考えたことなさそうだったよな。なんか、日本語として知ってるけど、実感は全く伴ってない、みたいな」
「ああ……だから、ある意味安心ではあったが、同時に俺も例外ではなく、恋という枠に入っていなかった」
あ……幸も、こんな顔、するんだ。
幸って、感情が表に出にくいから、普段は分かりにくいけど……宗一郎のことが本当に好きで、だからこそ、ずっと寂しかっただろうと、今の表情を見ればよく分かる。
「……幸はそれに対して、なんて返したの?」
「今はそれでいい、これから絶対俺が惚れさせてやるって言っておいた」
「おおぉい!な、なんだそのかっけーセリフ!お前、やっぱりとんでもねーな!!」
「?そうか?告白してしまったんだから、もう引けないだろ」
さらりとそう言ってのける幸を見て、俺はひしひしと実感する。
この、長谷川幸という男は、正真正銘の「漢」であると……。
「あっ、そうだ、クリスマスはどうすんの……?」
「宗一郎とクリスマスマーケットに行くことになってる。告白しても断られなくて良かった」
「そうなのか!じゃあクリスマスは一緒に過ごせるんだな」
「奏斗たちはどうするんだ?」
幸がふっと微笑んで聞いてくるものだから、心がくすぐったくて照れてしまう。
「お、俺も、星那と過ごすよ。ゆ、遊園地とか、行くと思う……」
「そうか、楽しみだな」
「ん……お互い、いいクリスマスになるといいな」
「ああ」
幸とこんな話をする日が来るなんて、出会った頃は思わなかったな。
友達と恋バナするのは照れくさいけど、誰かに自分の恋を隠さずに話せるって……改めて、すげー幸せなことだって思うよ。
◇
◇
◇
「奏斗ちゃーん!星那くん!このあと空いてる?」
「空いてるけど、どっか行くのか?」
大掃除も終業式も無事に終わり、いよいよ冬休みだクリスマスだと教室は騒がしい。
そんな騒がしさに負けず、宗一郎が大きな声で駆け寄ってきた。
「いやー明後日クリスマスイブじゃん?つまり、奏斗ちゃんのバースデーじゃん?だから、今からみんなでケーキ食べに行こうぜって提案!」
「えっ」
「ふふ、いいね〜宗一郎ナイス!」
「ちょ、え、幸はいいのかよ」
「当たり前だろ。奢るから好きなもん食べろ」
「……!ぁ、ありがと……」
「よし!そうと決まればまずは昼飯行こー!奏斗ちゃん、何食べたい?」
「ふ、普通にファミレスで……」
なんだか、最近は祝ってもらってばかりだな。
俺は元々社交的な性格じゃないし、中学の頃は、こんなに仲のいい人もいなかったから、こういう風に祝われるのには慣れてない。
素直にリアクションするのも苦手だけど、こいつらと一緒なら……いつもの自分でも大丈夫だって思えるよ。
それから四人でファミレスに行って、その後はおしゃれなカフェに行って、ご飯もケーキもご馳走になった。
ゲームセンターでは、クレーンゲームで取ったでっかいあざらしのぬいぐるみをプレゼントされた。
プリクラコーナーは男だけじゃ入れなくて諦めてたら、偶然居合わせた早瀬さんが気を利かせてくれて、プリクラデビューまでしてしまった。
ちなみに、早瀬さんには星那の方から交際報告をしていて、会った瞬間ニヤニヤしながらおめでとうと言われた。
「みんな、今日はありがとう。その……こ、これからも、よろしく」
半日とは思えないほど盛りだくさんなお祝いをしてもらったあと、宗一郎と幸と別れる駅の前で、俺なりに精一杯の感謝を伝えた。
「もちのろん!こちらこそよろしくね♪」
「俺も、よろしくな」
「てか、奏斗ちゃんと星那くん、良いお年を〜じゃん!」
「あ、そっか」
星那とはまだイブに会うけど、宗一郎と幸に次会うのは来年になるだろう。
新しい年も、この四人で楽しく過ごせますように……って初詣でお願いしようとしてるのは、秘密。
「じゃ、また来年!良いお年を〜!」
「またな、良いお年を」
宗一郎と幸に応えるように、俺たちは手を振って二人を見送った。
本当は俺もこの駅から帰れるんだけど、もうちょっと……星那といたいから。
「奏斗、電車乗らなくて良かったの?」
駅に背を向けて歩き始めると、星那がニヤッと笑いながら問いかけてきた。
「……乗った方が良かったのかよ」
「ふふ、俺もまだ奏斗と一緒にいたかったよ」
「……明後日も会うのに」
「……奏斗」
星那が足を止めたので、俺も思わず足を止める。
星那は屈んで、俺の耳元で囁いた。
「明後日、お泊まり楽しみだね」
「っ〜〜!み、耳くすぐったいからやめろ!!」
赤い顔を見られたくなくて、歩くスピードを速くしたけど、星那の脚の長さによって相殺されてしまった。
家に帰ってからも、星那の囁き声は耳に甘く残っていて、明後日会えるというのに、星那のことが恋しくなった。
◇
◇
◇
髪、変じゃないかな。
肌、乾燥してないかな。
服、似合ってるかな。
香水、いい匂いかな。
リップ、色つきの方がいいかな。
……いやいや、今さら……。
学校で毎日会ってたし、今さら、どうこうってわけじゃ……ない、けど……。
付き合って初めて、丸一日、私服で、しかも……お泊まりデート。
『……可愛い、奏斗』
また、星那に、可愛いって言ってほしい。
何回でも言われたい。
それに……クリスマスの街で、あの星那の横を歩くんだ。
少しでも、釣り合うような人でいたいだろ。
鏡の前で最終チェックをして、深呼吸をして家を出る。
寒いけれど、よく晴れたクリスマスイブだ。
ああ、早く、星那に会いたい―――。
◇
◇
◇
「っ……!」
駅の改札に立っていたその人を見て、思わず息を呑んだ。
白のタートルネックに、すらりとした黒のデニム、そして落ち着いたブラウンのコート……。
あまりにも美しくて、二度目の一目惚れなんていう矛盾を言いたくなった。
二度目どころじゃない、多分俺は、これまでもこれからも毎日こいつに一目惚れしてる。
「あ、奏斗ー!」
「っ、星那!ごめん……待ったか?」
「全然。それより……奏斗、可愛すぎない?」
頬をほんのり赤らめた星那の言葉に、胸の真ん中をどきゅんと射抜かれる。
朝、鏡の前で睨めっこした一時間が、今の三秒で報われた。
「せ、星那こそ……俺、隣歩けねーよ」
「奏斗……手、繋ご」
「……!平気、なのか?」
「うん……」
星那が俺の手を取る。
外はこんなに寒いのに、星那の手は温かい。
「奏斗待ってる間、カイロであっためておいたんだけど……どう?あったかい?」
「うん……あつい」
「……あついなら、離す?」
「……このままがいい」
「……俺はね、」
星那の体温がわずかに離れ寂しさを感じたのは一瞬で、すぐにその指は甘く絡められた。
「やっぱり、こっちがいいかな」
つむじから湯気が出そうなほど恥ずかしいと感じる一方で、星那がこうやって恋人繋ぎをしたいと思えるようになったことが、嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
◇
◇
◇
最初に向かったのは遊園地。
通常のアトラクションはもちろん、大きなクリスマスツリーやイルミネーション、期間限定フードなど、この時期ならではのものがたくさんあって、パンフレットを眺めるだけでワクワクしてしまう。
「奏斗、ジェットコースター乗れるタイプ?」
「乗れるけど……さすがにコレは無理かな」
パンフレットに載ってある、この遊園地内で最も怖いジェットコースターを指差す。
「だよね〜!?俺もコレは怖いなって思ってたんだ。奏斗が乗りたいって言ったら、かっこつけて乗っちゃうけど」
「乗らなくても星那はかっこいいじゃん」
あ、やばい。
「……ね、もっかい言って♡」
「やだ!ぜーーったいやだ!!」
心の中では四六時中星那にメロメロしてるせいで、うっかりメロつき発言が………っ!
だって、星那ってかっこいいしかっこよくてかっこいいから仕方ねーじゃん!
「あ、奏斗危ないよ」
「っ……!あ、ありがと……」
星那のことで頭いっぱいの俺が、ガタイのいいおじさんとぶつかりそうになったところを、星那が身体を引き寄せて助けてくれる。
……星那、いい匂いだな……ってまた俺はこんなこと考えて……。
「じゃ、この初心者向けのやつ、乗ってみる?」
「……うん!」
でも、今日は初めてのちゃんとしたデートだし。
クリスマスイブだし。
さらには俺の誕生日だし。
……今日くらい星那に溺れて、照れたり動揺したりするのも……まあいっか。
◇
◇
◇
あれから俺たちは、まず初心者向けジェットコースターに乗って、案外いける!と二人で調子に乗り、最初に避けていた怖い方に挑み、案の定ダウンした。
園内のカフェで休んだら落ち着いてきたから、そのままランチタイムに突入。
クリスマス限定のハヤシライスセットとハンバーグセットで悩んでいたら、星那が勝手に店員を呼んで、どっちも注文してしまった。
「お〜美味しそうだね!」
カシャ
「ん?今撮ったでしょ〜?」
「ハンバーグを撮る星那を撮った」
「ふふ、じゃあ俺もっ」
「っ、」
カシャ
「……かわい」
「ほんとかよ!今の俺、絶対変な顔だったわ」
ジトっとした目で星那を睨むと、すらりとした手がこちらへ伸びてきて、髪を耳にかけられる。
「ほんとだよ」
「っ……!そ、ソウデスカ、イタダキマス」
恥ずかしさを紛らわせるために急いでスープを飲んだら、しっかり舌をやけどした。
星那から「奏斗は猫ちゃんだからね、仕方ないね」と揶揄われたから、今度星那の家の壁で爪研ぎをしてやろうかと思った。
◇
◇
◇
お昼ご飯を食べてゆっくりした後は、メリーゴーランドやゴーカート、お化け屋敷を満喫した。
お化け屋敷定番の、怖がって彼氏に可愛く甘える作戦を決行したかったんだけど……ホラーは星那の方が苦手だということが判明しただけだった……。
でも、余裕のない星那を見れるのはレアで、俺は結構満足してる。
「最後はやっぱり……観覧車、乗る?」
「うん、乗りたい……!」
日の入りが刻々と近づく中、俺たちが最後に選んだのは大きな観覧車。
噂によれば、この観覧車の頂上でキスをしたカップルは、一生一緒にいられる……とか……。
ま、まあ、キスを期待してるわけではないけど!
「ちょっと並んでるな」
「……」
「星那?」
待機列の前の方を見つめて、突然、星那が固まった。
「星那?」
今度は腕を掴んで、もう一度名前を呼ぶと、星那はハッとしたように俺を見る。
「っ、ごめん、ぼーっとしてた」
「……何かあったのか?」
「あー……列の前の方にさ、中学の同級生見つけちゃって。なんでこんなとこにいるんだろ、冬休みだからかな、あはは……」
「……!どうする?俺はもう十分楽しんだし、今日のところは帰っても、」
「大丈夫」
星那は、俺の言葉に被せるように、はっきりとそう言った。
「でも……」
「本当に大丈夫だよ。俺、奏斗と観覧車に乗るの、楽しみだったんだ」
「それは、俺も、だけど……」
「……俺、大丈夫じゃないときは大丈夫じゃないって言うくらいには、奏斗に甘えていくつもりなんだけど、いい?」
「……!」
「で、奏斗にはそれを上回るくらい、一生俺に甘えてもらうつもりっ」
星那が頬を赤く染めて笑いかけてくる。
こんなに愛のこもった遠回しなプロポーズ、この世に他に存在するだろうか。
「……ああ、好きなだけ甘えろよ。俺も……そうするから」
「ふふ、顔真っ赤だねぇ」
「なっ!人のこと言えねーだろ!」
わーわー言い合っていたら、いつのまにか列の一番前に来ていて、感じのいいスタッフの人に案内される。
「こちら、五台限定のハートのワゴンですね!」
「「はーと……!」」
俺たちの前にやって来たのは、他のワゴンと違ってハートのマークがデザインされた、可愛らしい桃色のワゴンだった。
「では、ごゆっくりお楽しみください♪」
ガシャンと扉を閉められて、俺と星那を乗せたワゴンは少しずつ上昇していく。
向かいに座る星那は、穏やかな澄んだ瞳で外の景色を眺めている。
「……」
「……」
「……奏斗、俺さ、」
「?」
「さっき同級生を見たときに思い出した。あの頃の俺、自分を避けた人たちを憎んじゃう自分自身も嫌いだったんだ。誰にでも、受け入れられないことってあるでしょ?……男が男を好きなこと、それを『普通じゃない』と感じる人がいてもいいのに……自分に関わることだけ、都合よく多様性を求めてた」
「……!」
星那の口からはらはらと舞い落ちる言葉一つ一つが、あまりにも繊細な儚さを纏っていて、自分の腹の奥底から、ふつふつと熱いものが湧き出してくるのが分かった。
「……星那の言ってることは分かるよ、分かるけど……星那が傷ついたって事実は、そこにあるんだ。誰よりも星那自身が、それを抱きしめてやらなきゃいけないんだよ……お前はもっと、自分のことを大切にしろ」
「奏斗……」
星那は目を丸くした後、ふわりと微笑んだ。
「ふふ、奏斗なら、きっとそう言ってくれると思ってた」
「っ!な、なに、それ、」
「だからね……奏斗に出会えた今は、自分のこと好きになれたよって伝えたかったんだよ」
「……!」
星那がゆっくり立ち上がって、俺の横に腰掛ける。
ワゴンは傾かないだろうか、なんて、要らぬ心配事を考えていなきゃ、心臓がもたなくなりそうだ。
「……こっち向いて?」
「っ……」
そうやって、わざわざ色っぽい声でそういうこと言うから、余計に見れねーっていうのに……。
「地上のイルミネーションに嫉妬しそうなんだけど」
「っ、」
むぎゅ、と顎のあたりを掴まれて、その碧色の瞳に視線が向くよう、強制的に顔の向きを変えられる。
「……キスしていい?」
「……それ、聞くのかよ」
星那の視線がすう、と下がり、唇を撫でて、
「ん、っ……」
下の方から唇を掬われた。
なかなか唇が離れないから、ぎゅっと瞑った目をうっすら開けてみると、
「……!」
こ、こいつ、目開けて俺のこと見てるじゃねーか……!
「っ、み、見んな、ばか、っ、ん、」
ああ、もう、胸を押して離しても、また食べられる。
……なんて、被害者面してるけど、本気で離れろなんて、さらさら思ってない。
「……っ、ばか……」
「……いいよ、バカでも。奏斗にキスできるなら」
「……ばか」
俺が「ばか」しか言えなくなった口をもう一度塞がれる頃には、もうワゴンは頂上を過ぎて下降していた。
◇
◇
◇
「とうちゃーく!」
「あったけー……タイマーかけてくれてたのマジで神だな、ありがと」
遊園地から帰ってきた俺たちを待っていたのは、タイマー機能でぽかぽかに暖まっていた星那の部屋だった。
外の寒さで冷えた身体が、じわじわと温度を上げていく。
「お、奏斗、スマホ見てみて!四人のグループ!」
「ん?おぉ!」
星那に言われて四人のグループチャットを確認すると、「クリスマスマーケット!」というメッセージと共に、宗一郎と幸から写真がたくさん送られてきていた。
「良かった……楽しそうだな」
「この二人……いつ付き合うと思う?」
星那がさらっとそう言うから、驚きでビクッと肩が跳ねた。
「せ、星那も知ってたのか?」
「そりゃ分かるよ〜、ってか、宗一郎に相談されたし。『告白されちゃった〜どうしよう〜』って」
「えっ、そうだったのか」
「幸は奏斗と話してスッキリしたって言ってたから安心してたんだけど、大丈夫だった?」
「いやお前全部知ってるじゃん」
幸から話を聞いた後、宗一郎にもそれとなく聞いてみようか迷ってたけど……星那が相談に乗ってくれたなら、俺も安心だな。
「話を聞いて思ったけど……宗一郎は、気づき始めたばかりなんだろうね。幸への気持ちが特別だってこと」
「……そうだな。ゆっくりでも上手くいくといいなぁ……」
「ま、今の俺たちにできることは、見守ることだし……よし!二人に負けないように、今から美味しいご飯作って写真送ろっと」
星那はやる気満々でエプロンを身につけ、腕まくりをしてみせる。
……こいつ、まだまだ料理初心者だからちょっと不安だ。
「なあ、やっぱり俺も一緒に、」
「だーめ!今日は奏斗の誕生日なんだから!いつものお礼に、俺に作らせて」
「っ……わ、分かったよ。でも、マジで困ったら呼べよ?」
「分かったって!ほらほら、奏斗はテレビでも見てゆっくりしてなさいっ」
さあさあとテレビの前に座らされ、なんか、クッションも持たされた。
……俺は子どもか?
さて、キッチンからたまに悲鳴が聞こえてくる状態で、テレビの内容など頭に入ってくるはずもなく……。
適当に部屋をうろうろしてみると、本棚に立てかけてある、あるものが目に留まった。
「この本……」
なんと、読書ウィークの企画で俺がおすすめした本が、そこにあった。
確かに「読んでみようかな」って言ってたけどさ……まさか、本当に読んでくれてるなんて。
「ん……?」
その本の横に立てかけてあるのは……小さい、アルバム?
表紙に「ごはん」って書いてあるけど……まさか……。
ぺら、とアルバムをめくってみると、俺の予想は的中していたことが分かった。
「こいつ……こんなに大事にしてたのかよ……」
俺が毎日弁当につけているお品書き風メモと、その日の弁当の写真。
毎日写真撮ってんなーとは思ってたけど、この時代にわざわざプリントしてんの……?
ちゃんと初日のやつから全部あるし……。
正直、こんなアルバム作ってるとか……めちゃくちゃ嬉しいわ!何こいつ!好き!!
そんなこんなで、星那の部屋を彷徨い、たまに良い意味で悶えつつ待つこと何分だ?もう分かんねーけど……
ついに料理が完成したらしく、「できたー!」と明るい声が聞こえてきた。
「奏斗!俺がいいって言うまで目瞑ってね!」
「はーい」
言われた通り目を瞑る。
足音や、お皿を机に置く音がしばらく続いた後、セットが完了したのか静かになった。
「星那?もういい?」
「……」
「……?っ!」
返事がない、と思った瞬間にキスされて、その衝撃で目を開けてしまった。
「星那、お前、っ……!」
「じゃーん!奏斗、お誕生日おめでとう!そして、メリークリスマス!」
「……!す、すげー……!」
目の前に広がっていたのは、色とりどりのクリスマスディナーだった。
「これ、ポテサラをツリーにしたのか。えっ、カプレーゼ!?この盛り付け方、おしゃれだな……うわ、チキンもめっちゃ美味そうに焼いたなぁ。オムライスも、卵ふわとろじゃねーか、これ難しかったろ……」
「ふふ、奏斗、想像以上に嬉しい反応してくれるじゃん」
「っ、だって!星那がこれ全部作ったなんて……食べる前にいっぱい写真撮らなきゃだな……!」
宣言通り、色んな角度から何枚も料理の写真を撮って、そんで二人でも一緒に撮って……。
今日だけで、一体何枚の写真を撮ったか分からない。
いつか、この一枚一枚を星那と一緒に見返して、懐かしむ日が来るのだろうか。
……来たらいいな。
「じゃあ、いただきます」
不安そうな星那にじっと見守られながら、ポテサラを一口ぱくり。
「ど、どう?」
「……!美味い!」
「ほんとに!良かったぁ〜」
大袈裟なくらい喜ぶ星那を見て、俺が初めて星那にたまご粥を作ったときのことを思い出した。
俺もあのときは、星那の反応を見るまで、やっぱりドキドキしたもんな。
「本当はケーキも作れたら良かったんだけどねぇ」
「いやいや十分だわ!予約してくれてただろ。帰りにケーキ屋寄ったとき、俺、結構びっくりしたぜ」
「ふふ、プチサプライズ成功だ」
星那と他愛のない話をしながら、一緒に夕飯を食べて、その後は、星那が予約してくれたホールケーキも食べた。
ハッピーバースデーの歌を歌ってもらうのは、ちょっと恥ずかったけどな……。
「奏斗、クリームついてる」
「っ、あ、ありがと……」
食べ終わったお皿を運ぼうとしたら、星那に口元を拭われる。
クリームを舐めるときにぺろりと覗いた星那の舌が、胸を甘酸っぱく高鳴らせる。
「あ〜、俺、こんなに幸せでいいのかな」
「へ?」
「めちゃくちゃ可愛い彼氏がいて、その彼氏と美味しいものいっぱい食べて」
「……!」
星那が愛おしそうに俺を見つめてそんなことを言う。
その表情は、今食べたケーキよりずっと甘くて、視線だけで全身が溶けてしまいそうだ。
「さ、奏斗、お風呂入っておいで」
「えっ、でも、皿洗いくらい、」
「いいから、ね?」
星那に甘やかされるがままに、俺は、いよいよ風呂に入ることになってしまった。
風呂に……入る……ことに……
……や、やばいっ!緊張してきたじゃねーか!!
いやいやいや、だって、え、これって、そういう流れってことで、いいんだよな?
聖なる夜のデート、風呂上がり、消える電気……ててて定番の流れだよな!?
……まずい、もう、風呂に入る前からのぼせたみたいに頭がふわふわする。
このドキドキする気持ちのやり場がなくて、星那が貸してくれたルームウェアに顔を埋めたら、星那の匂いが濃く香ったから、余計にクラクラしてしまった。
◇
◇
◇
星那も風呂を済ませ、互いの髪を乾かし合った後、二人で並んで歯磨きをして……。
将来、星那と一緒に住んだら、毎日こんな感じなのかな……なんて考えると、頬が自然と緩んでしまう。
歯ブラシも、マグカップも、全部二つずつ。
家具を選びにいくのも、絶対楽しいんだろうな。
「奏斗、こっちおいで」
「……!」
星那との未来を妄想しながらぼーっとしていたら、いつのまにか星那がベッドに腰掛けていた。
隣のスペースをぽんぽんと叩いて、そこに座るよう促してくる。
大人しく言われた通りにすれば、ちゅ、と触れるだけのキスをされて、なぜか手で目隠しをされた。
「奏斗、目瞑ってて」
「い、いいけど、また?」
「ふふ、待っててね」
目を閉じて待っていると、何やらゴソゴソと音がする。
星那はすぐに隣に戻ってきたようで、「開けていいよ」と優しい声で囁く。
「ん……え、これ!」
ゆっくり開けた瞳に映ったのは、可愛らしくラッピングされたプレゼント。
「奏斗、お誕生日おめでとう」
「星那……ありがとう。開けてもいいか……?」
「もちろん!」
リボンを外して袋の中に手を入れると、とても肌触りの良いふわふわしたものが入っている。
そのふわふわの正体は………
「わ!マフラーだ!」
この季節にぴったりの、ネイビーのマフラーだった。
しかも、これって……
「星那とお揃い?」
「正解っ!」
前に一度、「星那のマフラーおしゃれだなー」って呟いたの、覚えていたのかな。
本当に新しく買おうか迷っていたところだったから、タイミングばっちりだ。
「巻いてあげる、貸して」
「うん……」
星那が器用にマフラーを巻いてくれて、首元がぬくぬくあったかくなる。
「かんわいい〜〜!奏斗、可愛いねぇ」
「っ……へ、変じゃないなら、良かった」
ほっぺをむにむにされながら可愛いと言われるのは、悪い気分ではない。
「奏斗、実はもう一個あるんだよ。袋の中、もっかい見てみて」
「えっ」
急いでもう一度袋の中に手を入れると、確かに何かが入っている。
さっきマフラーの下に隠れていたのは……
「!え、エプロン……!」
ベースは無地の紺だけど、胸元に白猫のモチーフが入っていて……それは、俺が知ってるエプロンの中で、一番おしゃれなエプロンだった。
これまでの人生でエプロンと言ったら、小学校の家庭科で作ったやつと、家にある母さんのお下がりだけだったし。
「料理するとき使えるかなって……まあ、奏斗がこれ着てるところ、俺が見たかったのもあるんだけどね」
星那が選んでくれたサイズはぴったりで、着心地がいいし、ポケットも使いやすそうだった。
マフラーもエプロンも、これから使うにしても極力汚したくなくて、慎重に袋に入れ直していたら、星那にふふっと笑われた。
「プレゼント、ここに置いておくね」
「うん。星那、ありがとう……!」
サイドテーブルに置かれた袋がきらきら輝いて見える。
胸いっぱいの幸せを感じる中、隣に座るサンタクロースの手が、そっと頬に添えられた。
「星那……ん、っ、」
優しい、温かい、唇の柔らかさ。
一度離して、見つめ合ったら、また、重なる。
空気の温度が、じりじりと上がっていく気がする。
「……奏斗、ここ乗って」
星那は、太ももをぽんぽんして俺の顔を覗いてくる。
「ぉ、おもい、から、」
「重くないから、ね?おいで」
「っ……」
艶のある声に乗せられて、恐る恐る膝の上に乗ると、星那は満足気に目を細めて微笑んだ。
何度も優しく頭を撫でられて、バックバクの心臓がほんの少しだけ落ち着きそうになったとき、
「!」
頭をぐっと引き寄せられて、唇を奪われる。
さっきまでのふんわりしたキスと違うから、どんどん酸素が薄くなっていく。
全然余裕はないし、苦しいのに、もっと欲しくなる。
もっともっと星那に触れてほしい……。
「……せな、あつい……」
「……奏斗、猫舌だからやけどしちゃうかな?もうやめとく?」
「っ……やだ、やめるな……」
星那の胸元をぎゅ、と掴むと、星那は妖しく笑って、まるで壊れものを扱うかのように、優しくベッドに寝かせてくれる。
「せな」
「ん?」
好きって気持ちがとくとく溢れて、俺に跨る星那の頬に手を伸ばした。
星那は俺の手を取って、そっと手の甲に口づけしてくれる。
「……奏斗、好きだよ。大好き……」
なに、その、俺のこと好きって顔、嬉しい。
「俺も、せな、好き」
表情、声、触れ合う身体……星那の全部から、とめどなく純粋な愛が伝わってくる。
好きな人に触れて、触れられて、今この瞬間に想いを確かめ合えること……こんなに心が満たされるんだって、星那と知れて良かった。
ねぇ、星那。
星那が隣にいてくれたらさ……きっとこれから、どんな夜も寂しくないよ。
◇
◇
◇
やわらかな光に、そっと瞼を撫でられる。
なんだか、すごく心地いい……大好きな匂いに包まれている……。
「ん……」
「奏斗」
大好きな声に、呼ばれた気がする。
「奏斗」
あ……そうだ、俺、昨日……
「……せな……?」
「ふふ、おはよ」
「ん……」
ゆっくりと目を開くと、宝石みたいに綺麗な瞳と目が合った。
「おはよ……せな、おきるのはや」
「俺も起きたばっかりだよ」
頭を撫でられて、気持ちいい。
また眠ってしまいそうだ。
「まだ寝てていいんだよ。朝ごはん、俺が用意するから」
「……一緒に用意したい……」
「なあにそれ、朝から可愛いこと言うね、猫ちゃん」
「うるさい……」
「お、辛辣。目が覚めてきたね」
「……うるせー……」
星那の胸をちょん、と押してやったら、わざとらしく「ぐあー」と言いながら、ごろんと反対側を向いてしまった。
星那の背中、大きいから、見つめていたら、なんとなく……何か書きたくなった。
『す』
『き』
とか、書いてみたりして。
「……え!!奏斗!!今の何!!」
「うるさっ!!」
星那がガバッと飛び起きたから、俺も釣られて飛び起きた。
「……」
「……」
目を見合わせて、
「「ふはっ」」
二人で吹き出した。
何がおかしいのか分からないけど、二人でいたら、自然と笑顔になってしまう。
星那の笑っている顔、好きだ。
好きだから……もし、また辛いことがあったら、絶対に俺が抱きしめてやるんだ。
悲しくても、辛くても、寂しくはさせないから。
ずっと一緒に、俺たちの「普通」を大切にして……
一日でも多く、ご飯が「美味しい」って思える温かい日を、君と過ごせますように。
「奏斗……急に悪かった。明日から冬休みだから、その前に話がしたくて」
「気にすんなよ。この前は俺の話聞いてもらったし」
二学期の終業式が行われる今日。
俺は、少し前に交際報告をした階段の踊り場に来ていた。
昨夜、幸から話がしたいと連絡があって、朝早めにここに集合しようと提案したんだ。
「それで……話って?」
「昨日、部活の後に宗一郎に告白した」
「え゛っ!?きゅ、急だなおい!も、もうちょい、心の準備をさせてくれ!」
幸はこんなときでも落ち着いた表情で、「え、ごめん」と少し不思議そうに言ってくる。
ほんとにこいつは、前置きはないわストレートに話すわ、とんでもないやつだ……。
「そ、それで……どうだった?」
「……『まだ分からない』って言われた」
「まだ、分からない……?」
「ああ。俺といるのは楽しいし、俺のことは人として好きだけど……恋したことないから、自分の感情がはっきりとは分からないって。そもそも、あいつが恋愛ってものを意識し始めたの、奏斗たちが付き合ったの聞いてかららしい」
「なるほど……確かにあいつ、自分が恋するとか考えたことなさそうだったよな。なんか、日本語として知ってるけど、実感は全く伴ってない、みたいな」
「ああ……だから、ある意味安心ではあったが、同時に俺も例外ではなく、恋という枠に入っていなかった」
あ……幸も、こんな顔、するんだ。
幸って、感情が表に出にくいから、普段は分かりにくいけど……宗一郎のことが本当に好きで、だからこそ、ずっと寂しかっただろうと、今の表情を見ればよく分かる。
「……幸はそれに対して、なんて返したの?」
「今はそれでいい、これから絶対俺が惚れさせてやるって言っておいた」
「おおぉい!な、なんだそのかっけーセリフ!お前、やっぱりとんでもねーな!!」
「?そうか?告白してしまったんだから、もう引けないだろ」
さらりとそう言ってのける幸を見て、俺はひしひしと実感する。
この、長谷川幸という男は、正真正銘の「漢」であると……。
「あっ、そうだ、クリスマスはどうすんの……?」
「宗一郎とクリスマスマーケットに行くことになってる。告白しても断られなくて良かった」
「そうなのか!じゃあクリスマスは一緒に過ごせるんだな」
「奏斗たちはどうするんだ?」
幸がふっと微笑んで聞いてくるものだから、心がくすぐったくて照れてしまう。
「お、俺も、星那と過ごすよ。ゆ、遊園地とか、行くと思う……」
「そうか、楽しみだな」
「ん……お互い、いいクリスマスになるといいな」
「ああ」
幸とこんな話をする日が来るなんて、出会った頃は思わなかったな。
友達と恋バナするのは照れくさいけど、誰かに自分の恋を隠さずに話せるって……改めて、すげー幸せなことだって思うよ。
◇
◇
◇
「奏斗ちゃーん!星那くん!このあと空いてる?」
「空いてるけど、どっか行くのか?」
大掃除も終業式も無事に終わり、いよいよ冬休みだクリスマスだと教室は騒がしい。
そんな騒がしさに負けず、宗一郎が大きな声で駆け寄ってきた。
「いやー明後日クリスマスイブじゃん?つまり、奏斗ちゃんのバースデーじゃん?だから、今からみんなでケーキ食べに行こうぜって提案!」
「えっ」
「ふふ、いいね〜宗一郎ナイス!」
「ちょ、え、幸はいいのかよ」
「当たり前だろ。奢るから好きなもん食べろ」
「……!ぁ、ありがと……」
「よし!そうと決まればまずは昼飯行こー!奏斗ちゃん、何食べたい?」
「ふ、普通にファミレスで……」
なんだか、最近は祝ってもらってばかりだな。
俺は元々社交的な性格じゃないし、中学の頃は、こんなに仲のいい人もいなかったから、こういう風に祝われるのには慣れてない。
素直にリアクションするのも苦手だけど、こいつらと一緒なら……いつもの自分でも大丈夫だって思えるよ。
それから四人でファミレスに行って、その後はおしゃれなカフェに行って、ご飯もケーキもご馳走になった。
ゲームセンターでは、クレーンゲームで取ったでっかいあざらしのぬいぐるみをプレゼントされた。
プリクラコーナーは男だけじゃ入れなくて諦めてたら、偶然居合わせた早瀬さんが気を利かせてくれて、プリクラデビューまでしてしまった。
ちなみに、早瀬さんには星那の方から交際報告をしていて、会った瞬間ニヤニヤしながらおめでとうと言われた。
「みんな、今日はありがとう。その……こ、これからも、よろしく」
半日とは思えないほど盛りだくさんなお祝いをしてもらったあと、宗一郎と幸と別れる駅の前で、俺なりに精一杯の感謝を伝えた。
「もちのろん!こちらこそよろしくね♪」
「俺も、よろしくな」
「てか、奏斗ちゃんと星那くん、良いお年を〜じゃん!」
「あ、そっか」
星那とはまだイブに会うけど、宗一郎と幸に次会うのは来年になるだろう。
新しい年も、この四人で楽しく過ごせますように……って初詣でお願いしようとしてるのは、秘密。
「じゃ、また来年!良いお年を〜!」
「またな、良いお年を」
宗一郎と幸に応えるように、俺たちは手を振って二人を見送った。
本当は俺もこの駅から帰れるんだけど、もうちょっと……星那といたいから。
「奏斗、電車乗らなくて良かったの?」
駅に背を向けて歩き始めると、星那がニヤッと笑いながら問いかけてきた。
「……乗った方が良かったのかよ」
「ふふ、俺もまだ奏斗と一緒にいたかったよ」
「……明後日も会うのに」
「……奏斗」
星那が足を止めたので、俺も思わず足を止める。
星那は屈んで、俺の耳元で囁いた。
「明後日、お泊まり楽しみだね」
「っ〜〜!み、耳くすぐったいからやめろ!!」
赤い顔を見られたくなくて、歩くスピードを速くしたけど、星那の脚の長さによって相殺されてしまった。
家に帰ってからも、星那の囁き声は耳に甘く残っていて、明後日会えるというのに、星那のことが恋しくなった。
◇
◇
◇
髪、変じゃないかな。
肌、乾燥してないかな。
服、似合ってるかな。
香水、いい匂いかな。
リップ、色つきの方がいいかな。
……いやいや、今さら……。
学校で毎日会ってたし、今さら、どうこうってわけじゃ……ない、けど……。
付き合って初めて、丸一日、私服で、しかも……お泊まりデート。
『……可愛い、奏斗』
また、星那に、可愛いって言ってほしい。
何回でも言われたい。
それに……クリスマスの街で、あの星那の横を歩くんだ。
少しでも、釣り合うような人でいたいだろ。
鏡の前で最終チェックをして、深呼吸をして家を出る。
寒いけれど、よく晴れたクリスマスイブだ。
ああ、早く、星那に会いたい―――。
◇
◇
◇
「っ……!」
駅の改札に立っていたその人を見て、思わず息を呑んだ。
白のタートルネックに、すらりとした黒のデニム、そして落ち着いたブラウンのコート……。
あまりにも美しくて、二度目の一目惚れなんていう矛盾を言いたくなった。
二度目どころじゃない、多分俺は、これまでもこれからも毎日こいつに一目惚れしてる。
「あ、奏斗ー!」
「っ、星那!ごめん……待ったか?」
「全然。それより……奏斗、可愛すぎない?」
頬をほんのり赤らめた星那の言葉に、胸の真ん中をどきゅんと射抜かれる。
朝、鏡の前で睨めっこした一時間が、今の三秒で報われた。
「せ、星那こそ……俺、隣歩けねーよ」
「奏斗……手、繋ご」
「……!平気、なのか?」
「うん……」
星那が俺の手を取る。
外はこんなに寒いのに、星那の手は温かい。
「奏斗待ってる間、カイロであっためておいたんだけど……どう?あったかい?」
「うん……あつい」
「……あついなら、離す?」
「……このままがいい」
「……俺はね、」
星那の体温がわずかに離れ寂しさを感じたのは一瞬で、すぐにその指は甘く絡められた。
「やっぱり、こっちがいいかな」
つむじから湯気が出そうなほど恥ずかしいと感じる一方で、星那がこうやって恋人繋ぎをしたいと思えるようになったことが、嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
◇
◇
◇
最初に向かったのは遊園地。
通常のアトラクションはもちろん、大きなクリスマスツリーやイルミネーション、期間限定フードなど、この時期ならではのものがたくさんあって、パンフレットを眺めるだけでワクワクしてしまう。
「奏斗、ジェットコースター乗れるタイプ?」
「乗れるけど……さすがにコレは無理かな」
パンフレットに載ってある、この遊園地内で最も怖いジェットコースターを指差す。
「だよね〜!?俺もコレは怖いなって思ってたんだ。奏斗が乗りたいって言ったら、かっこつけて乗っちゃうけど」
「乗らなくても星那はかっこいいじゃん」
あ、やばい。
「……ね、もっかい言って♡」
「やだ!ぜーーったいやだ!!」
心の中では四六時中星那にメロメロしてるせいで、うっかりメロつき発言が………っ!
だって、星那ってかっこいいしかっこよくてかっこいいから仕方ねーじゃん!
「あ、奏斗危ないよ」
「っ……!あ、ありがと……」
星那のことで頭いっぱいの俺が、ガタイのいいおじさんとぶつかりそうになったところを、星那が身体を引き寄せて助けてくれる。
……星那、いい匂いだな……ってまた俺はこんなこと考えて……。
「じゃ、この初心者向けのやつ、乗ってみる?」
「……うん!」
でも、今日は初めてのちゃんとしたデートだし。
クリスマスイブだし。
さらには俺の誕生日だし。
……今日くらい星那に溺れて、照れたり動揺したりするのも……まあいっか。
◇
◇
◇
あれから俺たちは、まず初心者向けジェットコースターに乗って、案外いける!と二人で調子に乗り、最初に避けていた怖い方に挑み、案の定ダウンした。
園内のカフェで休んだら落ち着いてきたから、そのままランチタイムに突入。
クリスマス限定のハヤシライスセットとハンバーグセットで悩んでいたら、星那が勝手に店員を呼んで、どっちも注文してしまった。
「お〜美味しそうだね!」
カシャ
「ん?今撮ったでしょ〜?」
「ハンバーグを撮る星那を撮った」
「ふふ、じゃあ俺もっ」
「っ、」
カシャ
「……かわい」
「ほんとかよ!今の俺、絶対変な顔だったわ」
ジトっとした目で星那を睨むと、すらりとした手がこちらへ伸びてきて、髪を耳にかけられる。
「ほんとだよ」
「っ……!そ、ソウデスカ、イタダキマス」
恥ずかしさを紛らわせるために急いでスープを飲んだら、しっかり舌をやけどした。
星那から「奏斗は猫ちゃんだからね、仕方ないね」と揶揄われたから、今度星那の家の壁で爪研ぎをしてやろうかと思った。
◇
◇
◇
お昼ご飯を食べてゆっくりした後は、メリーゴーランドやゴーカート、お化け屋敷を満喫した。
お化け屋敷定番の、怖がって彼氏に可愛く甘える作戦を決行したかったんだけど……ホラーは星那の方が苦手だということが判明しただけだった……。
でも、余裕のない星那を見れるのはレアで、俺は結構満足してる。
「最後はやっぱり……観覧車、乗る?」
「うん、乗りたい……!」
日の入りが刻々と近づく中、俺たちが最後に選んだのは大きな観覧車。
噂によれば、この観覧車の頂上でキスをしたカップルは、一生一緒にいられる……とか……。
ま、まあ、キスを期待してるわけではないけど!
「ちょっと並んでるな」
「……」
「星那?」
待機列の前の方を見つめて、突然、星那が固まった。
「星那?」
今度は腕を掴んで、もう一度名前を呼ぶと、星那はハッとしたように俺を見る。
「っ、ごめん、ぼーっとしてた」
「……何かあったのか?」
「あー……列の前の方にさ、中学の同級生見つけちゃって。なんでこんなとこにいるんだろ、冬休みだからかな、あはは……」
「……!どうする?俺はもう十分楽しんだし、今日のところは帰っても、」
「大丈夫」
星那は、俺の言葉に被せるように、はっきりとそう言った。
「でも……」
「本当に大丈夫だよ。俺、奏斗と観覧車に乗るの、楽しみだったんだ」
「それは、俺も、だけど……」
「……俺、大丈夫じゃないときは大丈夫じゃないって言うくらいには、奏斗に甘えていくつもりなんだけど、いい?」
「……!」
「で、奏斗にはそれを上回るくらい、一生俺に甘えてもらうつもりっ」
星那が頬を赤く染めて笑いかけてくる。
こんなに愛のこもった遠回しなプロポーズ、この世に他に存在するだろうか。
「……ああ、好きなだけ甘えろよ。俺も……そうするから」
「ふふ、顔真っ赤だねぇ」
「なっ!人のこと言えねーだろ!」
わーわー言い合っていたら、いつのまにか列の一番前に来ていて、感じのいいスタッフの人に案内される。
「こちら、五台限定のハートのワゴンですね!」
「「はーと……!」」
俺たちの前にやって来たのは、他のワゴンと違ってハートのマークがデザインされた、可愛らしい桃色のワゴンだった。
「では、ごゆっくりお楽しみください♪」
ガシャンと扉を閉められて、俺と星那を乗せたワゴンは少しずつ上昇していく。
向かいに座る星那は、穏やかな澄んだ瞳で外の景色を眺めている。
「……」
「……」
「……奏斗、俺さ、」
「?」
「さっき同級生を見たときに思い出した。あの頃の俺、自分を避けた人たちを憎んじゃう自分自身も嫌いだったんだ。誰にでも、受け入れられないことってあるでしょ?……男が男を好きなこと、それを『普通じゃない』と感じる人がいてもいいのに……自分に関わることだけ、都合よく多様性を求めてた」
「……!」
星那の口からはらはらと舞い落ちる言葉一つ一つが、あまりにも繊細な儚さを纏っていて、自分の腹の奥底から、ふつふつと熱いものが湧き出してくるのが分かった。
「……星那の言ってることは分かるよ、分かるけど……星那が傷ついたって事実は、そこにあるんだ。誰よりも星那自身が、それを抱きしめてやらなきゃいけないんだよ……お前はもっと、自分のことを大切にしろ」
「奏斗……」
星那は目を丸くした後、ふわりと微笑んだ。
「ふふ、奏斗なら、きっとそう言ってくれると思ってた」
「っ!な、なに、それ、」
「だからね……奏斗に出会えた今は、自分のこと好きになれたよって伝えたかったんだよ」
「……!」
星那がゆっくり立ち上がって、俺の横に腰掛ける。
ワゴンは傾かないだろうか、なんて、要らぬ心配事を考えていなきゃ、心臓がもたなくなりそうだ。
「……こっち向いて?」
「っ……」
そうやって、わざわざ色っぽい声でそういうこと言うから、余計に見れねーっていうのに……。
「地上のイルミネーションに嫉妬しそうなんだけど」
「っ、」
むぎゅ、と顎のあたりを掴まれて、その碧色の瞳に視線が向くよう、強制的に顔の向きを変えられる。
「……キスしていい?」
「……それ、聞くのかよ」
星那の視線がすう、と下がり、唇を撫でて、
「ん、っ……」
下の方から唇を掬われた。
なかなか唇が離れないから、ぎゅっと瞑った目をうっすら開けてみると、
「……!」
こ、こいつ、目開けて俺のこと見てるじゃねーか……!
「っ、み、見んな、ばか、っ、ん、」
ああ、もう、胸を押して離しても、また食べられる。
……なんて、被害者面してるけど、本気で離れろなんて、さらさら思ってない。
「……っ、ばか……」
「……いいよ、バカでも。奏斗にキスできるなら」
「……ばか」
俺が「ばか」しか言えなくなった口をもう一度塞がれる頃には、もうワゴンは頂上を過ぎて下降していた。
◇
◇
◇
「とうちゃーく!」
「あったけー……タイマーかけてくれてたのマジで神だな、ありがと」
遊園地から帰ってきた俺たちを待っていたのは、タイマー機能でぽかぽかに暖まっていた星那の部屋だった。
外の寒さで冷えた身体が、じわじわと温度を上げていく。
「お、奏斗、スマホ見てみて!四人のグループ!」
「ん?おぉ!」
星那に言われて四人のグループチャットを確認すると、「クリスマスマーケット!」というメッセージと共に、宗一郎と幸から写真がたくさん送られてきていた。
「良かった……楽しそうだな」
「この二人……いつ付き合うと思う?」
星那がさらっとそう言うから、驚きでビクッと肩が跳ねた。
「せ、星那も知ってたのか?」
「そりゃ分かるよ〜、ってか、宗一郎に相談されたし。『告白されちゃった〜どうしよう〜』って」
「えっ、そうだったのか」
「幸は奏斗と話してスッキリしたって言ってたから安心してたんだけど、大丈夫だった?」
「いやお前全部知ってるじゃん」
幸から話を聞いた後、宗一郎にもそれとなく聞いてみようか迷ってたけど……星那が相談に乗ってくれたなら、俺も安心だな。
「話を聞いて思ったけど……宗一郎は、気づき始めたばかりなんだろうね。幸への気持ちが特別だってこと」
「……そうだな。ゆっくりでも上手くいくといいなぁ……」
「ま、今の俺たちにできることは、見守ることだし……よし!二人に負けないように、今から美味しいご飯作って写真送ろっと」
星那はやる気満々でエプロンを身につけ、腕まくりをしてみせる。
……こいつ、まだまだ料理初心者だからちょっと不安だ。
「なあ、やっぱり俺も一緒に、」
「だーめ!今日は奏斗の誕生日なんだから!いつものお礼に、俺に作らせて」
「っ……わ、分かったよ。でも、マジで困ったら呼べよ?」
「分かったって!ほらほら、奏斗はテレビでも見てゆっくりしてなさいっ」
さあさあとテレビの前に座らされ、なんか、クッションも持たされた。
……俺は子どもか?
さて、キッチンからたまに悲鳴が聞こえてくる状態で、テレビの内容など頭に入ってくるはずもなく……。
適当に部屋をうろうろしてみると、本棚に立てかけてある、あるものが目に留まった。
「この本……」
なんと、読書ウィークの企画で俺がおすすめした本が、そこにあった。
確かに「読んでみようかな」って言ってたけどさ……まさか、本当に読んでくれてるなんて。
「ん……?」
その本の横に立てかけてあるのは……小さい、アルバム?
表紙に「ごはん」って書いてあるけど……まさか……。
ぺら、とアルバムをめくってみると、俺の予想は的中していたことが分かった。
「こいつ……こんなに大事にしてたのかよ……」
俺が毎日弁当につけているお品書き風メモと、その日の弁当の写真。
毎日写真撮ってんなーとは思ってたけど、この時代にわざわざプリントしてんの……?
ちゃんと初日のやつから全部あるし……。
正直、こんなアルバム作ってるとか……めちゃくちゃ嬉しいわ!何こいつ!好き!!
そんなこんなで、星那の部屋を彷徨い、たまに良い意味で悶えつつ待つこと何分だ?もう分かんねーけど……
ついに料理が完成したらしく、「できたー!」と明るい声が聞こえてきた。
「奏斗!俺がいいって言うまで目瞑ってね!」
「はーい」
言われた通り目を瞑る。
足音や、お皿を机に置く音がしばらく続いた後、セットが完了したのか静かになった。
「星那?もういい?」
「……」
「……?っ!」
返事がない、と思った瞬間にキスされて、その衝撃で目を開けてしまった。
「星那、お前、っ……!」
「じゃーん!奏斗、お誕生日おめでとう!そして、メリークリスマス!」
「……!す、すげー……!」
目の前に広がっていたのは、色とりどりのクリスマスディナーだった。
「これ、ポテサラをツリーにしたのか。えっ、カプレーゼ!?この盛り付け方、おしゃれだな……うわ、チキンもめっちゃ美味そうに焼いたなぁ。オムライスも、卵ふわとろじゃねーか、これ難しかったろ……」
「ふふ、奏斗、想像以上に嬉しい反応してくれるじゃん」
「っ、だって!星那がこれ全部作ったなんて……食べる前にいっぱい写真撮らなきゃだな……!」
宣言通り、色んな角度から何枚も料理の写真を撮って、そんで二人でも一緒に撮って……。
今日だけで、一体何枚の写真を撮ったか分からない。
いつか、この一枚一枚を星那と一緒に見返して、懐かしむ日が来るのだろうか。
……来たらいいな。
「じゃあ、いただきます」
不安そうな星那にじっと見守られながら、ポテサラを一口ぱくり。
「ど、どう?」
「……!美味い!」
「ほんとに!良かったぁ〜」
大袈裟なくらい喜ぶ星那を見て、俺が初めて星那にたまご粥を作ったときのことを思い出した。
俺もあのときは、星那の反応を見るまで、やっぱりドキドキしたもんな。
「本当はケーキも作れたら良かったんだけどねぇ」
「いやいや十分だわ!予約してくれてただろ。帰りにケーキ屋寄ったとき、俺、結構びっくりしたぜ」
「ふふ、プチサプライズ成功だ」
星那と他愛のない話をしながら、一緒に夕飯を食べて、その後は、星那が予約してくれたホールケーキも食べた。
ハッピーバースデーの歌を歌ってもらうのは、ちょっと恥ずかったけどな……。
「奏斗、クリームついてる」
「っ、あ、ありがと……」
食べ終わったお皿を運ぼうとしたら、星那に口元を拭われる。
クリームを舐めるときにぺろりと覗いた星那の舌が、胸を甘酸っぱく高鳴らせる。
「あ〜、俺、こんなに幸せでいいのかな」
「へ?」
「めちゃくちゃ可愛い彼氏がいて、その彼氏と美味しいものいっぱい食べて」
「……!」
星那が愛おしそうに俺を見つめてそんなことを言う。
その表情は、今食べたケーキよりずっと甘くて、視線だけで全身が溶けてしまいそうだ。
「さ、奏斗、お風呂入っておいで」
「えっ、でも、皿洗いくらい、」
「いいから、ね?」
星那に甘やかされるがままに、俺は、いよいよ風呂に入ることになってしまった。
風呂に……入る……ことに……
……や、やばいっ!緊張してきたじゃねーか!!
いやいやいや、だって、え、これって、そういう流れってことで、いいんだよな?
聖なる夜のデート、風呂上がり、消える電気……ててて定番の流れだよな!?
……まずい、もう、風呂に入る前からのぼせたみたいに頭がふわふわする。
このドキドキする気持ちのやり場がなくて、星那が貸してくれたルームウェアに顔を埋めたら、星那の匂いが濃く香ったから、余計にクラクラしてしまった。
◇
◇
◇
星那も風呂を済ませ、互いの髪を乾かし合った後、二人で並んで歯磨きをして……。
将来、星那と一緒に住んだら、毎日こんな感じなのかな……なんて考えると、頬が自然と緩んでしまう。
歯ブラシも、マグカップも、全部二つずつ。
家具を選びにいくのも、絶対楽しいんだろうな。
「奏斗、こっちおいで」
「……!」
星那との未来を妄想しながらぼーっとしていたら、いつのまにか星那がベッドに腰掛けていた。
隣のスペースをぽんぽんと叩いて、そこに座るよう促してくる。
大人しく言われた通りにすれば、ちゅ、と触れるだけのキスをされて、なぜか手で目隠しをされた。
「奏斗、目瞑ってて」
「い、いいけど、また?」
「ふふ、待っててね」
目を閉じて待っていると、何やらゴソゴソと音がする。
星那はすぐに隣に戻ってきたようで、「開けていいよ」と優しい声で囁く。
「ん……え、これ!」
ゆっくり開けた瞳に映ったのは、可愛らしくラッピングされたプレゼント。
「奏斗、お誕生日おめでとう」
「星那……ありがとう。開けてもいいか……?」
「もちろん!」
リボンを外して袋の中に手を入れると、とても肌触りの良いふわふわしたものが入っている。
そのふわふわの正体は………
「わ!マフラーだ!」
この季節にぴったりの、ネイビーのマフラーだった。
しかも、これって……
「星那とお揃い?」
「正解っ!」
前に一度、「星那のマフラーおしゃれだなー」って呟いたの、覚えていたのかな。
本当に新しく買おうか迷っていたところだったから、タイミングばっちりだ。
「巻いてあげる、貸して」
「うん……」
星那が器用にマフラーを巻いてくれて、首元がぬくぬくあったかくなる。
「かんわいい〜〜!奏斗、可愛いねぇ」
「っ……へ、変じゃないなら、良かった」
ほっぺをむにむにされながら可愛いと言われるのは、悪い気分ではない。
「奏斗、実はもう一個あるんだよ。袋の中、もっかい見てみて」
「えっ」
急いでもう一度袋の中に手を入れると、確かに何かが入っている。
さっきマフラーの下に隠れていたのは……
「!え、エプロン……!」
ベースは無地の紺だけど、胸元に白猫のモチーフが入っていて……それは、俺が知ってるエプロンの中で、一番おしゃれなエプロンだった。
これまでの人生でエプロンと言ったら、小学校の家庭科で作ったやつと、家にある母さんのお下がりだけだったし。
「料理するとき使えるかなって……まあ、奏斗がこれ着てるところ、俺が見たかったのもあるんだけどね」
星那が選んでくれたサイズはぴったりで、着心地がいいし、ポケットも使いやすそうだった。
マフラーもエプロンも、これから使うにしても極力汚したくなくて、慎重に袋に入れ直していたら、星那にふふっと笑われた。
「プレゼント、ここに置いておくね」
「うん。星那、ありがとう……!」
サイドテーブルに置かれた袋がきらきら輝いて見える。
胸いっぱいの幸せを感じる中、隣に座るサンタクロースの手が、そっと頬に添えられた。
「星那……ん、っ、」
優しい、温かい、唇の柔らかさ。
一度離して、見つめ合ったら、また、重なる。
空気の温度が、じりじりと上がっていく気がする。
「……奏斗、ここ乗って」
星那は、太ももをぽんぽんして俺の顔を覗いてくる。
「ぉ、おもい、から、」
「重くないから、ね?おいで」
「っ……」
艶のある声に乗せられて、恐る恐る膝の上に乗ると、星那は満足気に目を細めて微笑んだ。
何度も優しく頭を撫でられて、バックバクの心臓がほんの少しだけ落ち着きそうになったとき、
「!」
頭をぐっと引き寄せられて、唇を奪われる。
さっきまでのふんわりしたキスと違うから、どんどん酸素が薄くなっていく。
全然余裕はないし、苦しいのに、もっと欲しくなる。
もっともっと星那に触れてほしい……。
「……せな、あつい……」
「……奏斗、猫舌だからやけどしちゃうかな?もうやめとく?」
「っ……やだ、やめるな……」
星那の胸元をぎゅ、と掴むと、星那は妖しく笑って、まるで壊れものを扱うかのように、優しくベッドに寝かせてくれる。
「せな」
「ん?」
好きって気持ちがとくとく溢れて、俺に跨る星那の頬に手を伸ばした。
星那は俺の手を取って、そっと手の甲に口づけしてくれる。
「……奏斗、好きだよ。大好き……」
なに、その、俺のこと好きって顔、嬉しい。
「俺も、せな、好き」
表情、声、触れ合う身体……星那の全部から、とめどなく純粋な愛が伝わってくる。
好きな人に触れて、触れられて、今この瞬間に想いを確かめ合えること……こんなに心が満たされるんだって、星那と知れて良かった。
ねぇ、星那。
星那が隣にいてくれたらさ……きっとこれから、どんな夜も寂しくないよ。
◇
◇
◇
やわらかな光に、そっと瞼を撫でられる。
なんだか、すごく心地いい……大好きな匂いに包まれている……。
「ん……」
「奏斗」
大好きな声に、呼ばれた気がする。
「奏斗」
あ……そうだ、俺、昨日……
「……せな……?」
「ふふ、おはよ」
「ん……」
ゆっくりと目を開くと、宝石みたいに綺麗な瞳と目が合った。
「おはよ……せな、おきるのはや」
「俺も起きたばっかりだよ」
頭を撫でられて、気持ちいい。
また眠ってしまいそうだ。
「まだ寝てていいんだよ。朝ごはん、俺が用意するから」
「……一緒に用意したい……」
「なあにそれ、朝から可愛いこと言うね、猫ちゃん」
「うるさい……」
「お、辛辣。目が覚めてきたね」
「……うるせー……」
星那の胸をちょん、と押してやったら、わざとらしく「ぐあー」と言いながら、ごろんと反対側を向いてしまった。
星那の背中、大きいから、見つめていたら、なんとなく……何か書きたくなった。
『す』
『き』
とか、書いてみたりして。
「……え!!奏斗!!今の何!!」
「うるさっ!!」
星那がガバッと飛び起きたから、俺も釣られて飛び起きた。
「……」
「……」
目を見合わせて、
「「ふはっ」」
二人で吹き出した。
何がおかしいのか分からないけど、二人でいたら、自然と笑顔になってしまう。
星那の笑っている顔、好きだ。
好きだから……もし、また辛いことがあったら、絶対に俺が抱きしめてやるんだ。
悲しくても、辛くても、寂しくはさせないから。
ずっと一緒に、俺たちの「普通」を大切にして……
一日でも多く、ご飯が「美味しい」って思える温かい日を、君と過ごせますように。



