おいしく食べて、ふつうに恋する

星那の家でシャワーを浴びて、押し倒さr……っ、まあ、その、色々とドキドキした日の翌日。
俺は、星那から借りた服が入ったビニール袋を抱えてソワソワしていた。
借りた服を洗濯して返すなんて、なんか、恋人っぽいじゃん……とか、思っちゃったりして。

「奏斗ちゃーん、おはよー!」

「うわぁっ!」

「え、そんなにびっくりした?」

背後から宗一郎の奇襲を受けて、咄嗟にビニール袋を机の下に隠す。
こいつにバレたら、絶対でかい声で余計なこと言いそうなんだよな……。

「きょ、今日は英語の宿題やったのかよ」

「ふふふふふふふ」

「何怖い」

「本日の一条宗一郎は無敵だ……英語の宿題は既に終わっている!」

なーーんで今日に限って宿題やってんだよこいつ!
宿題忘れてたら、早く幸のところでやってこい!って自然にここから離れさせることができたのに……!

すると、そんな俺の願いが天に届いたのか、幸が廊下の方を指して宗一郎に話しかける。

「宗一郎、先輩が俺たちのこと呼んでるぞ」

「えっマジ?部活の連絡かな?じゃ、またね奏斗ちゃん!」

「……ふぅ」

バレー部の先輩と幸のファインプレーで、星那の服を見られずに済んだ。
それにホッとしたのも束の間、宗一郎たちと入れ替わりで教室に入ってきたのは……。

「……星那……」

ドクン。
心臓が大きく動いてキュンと痛む。
身体全体に甘酸っぱい熱が駆け巡る。
好きな人が視界に入った、ただそれだけで、こんなに……。

いつもなら星那からおはようを言いに来てくれる。
俺はそれを待つだけだった。
けど、今日は、俺から―――。

「せ、星那!」

「……!奏斗、おはよう」

「あの、これ、昨日貸してくれた―――」

そこまで言ったところで、星那にガシッと手首を掴まれた。
なんだか力が強くて、少し手首が痛む。

「っ、おい、何、」

「外で話そ」

「はぁ……?」

手を引かれるまま教室を出て、廊下の曲がり角を曲がると、やっと星那は足を止めた。

「……えっと、それ、昨日の服だよね?洗ってくれたの?」

「ぇ、あ、うん……洗濯したから、返そうと思って」

「そっか、ありがと」

なんだろう、この感じ。
星那の表情は優しいし、声も穏やかなのに……何か、引っかかる。

「……宗一郎とかに見られなかった?大丈夫?」

「え……あー、うん、見られなかったけど」

「そっか……」

なんか……星那、ちょっとホッとしてる?
まあ、俺も、宗一郎にバレて変な誤解とかされるの嫌だったけど……俺たち付き合ってるわけじゃないから……。

「あ、今日、バイト急に入ってごめんね」

「別に気にしてないし。仕方ねーだろ」

「ほんとかなぁ、寂しそうだけど?」

「なっ!ど、どこがだよ!」

「ふふ、明日は一緒にご飯作ろうね」

「っ……」

星那が、頭をぽんぽんしてくれた。
二人の間に流れる空気も、いつもの調子に戻った気がする。
俺はそれにひどく安心していた。
さっき感じた違和感と、ひとつまみの焦燥感は、俺の気のせいだと……そう思いたかったんだ。







「ん!奏斗ちゃんと星那くんの弁当、りんご入ってる!」

「ああ、旬だからな」

「ふふ、うさぎで可愛いよね」

翌日の昼休み。
いつも通り四人で昼ご飯を食べていたら、宗一郎がうさぎりんごを見てキラキラと瞳を輝かせる。

「いやぁ、今日の朝、ちょうどテレビでりんご特集やっててさ〜。そのせいで朝からりんごの口なんだよ〜」

「へー、りんご特集か。品種の食べ比べとかしてみたいよな」

「あっ!そうそう!りんごの花言葉ってさ、『選ばれた恋』とか『誘惑』とかがあるんだってさ。なんかおしゃれだよな!この豆知識、どっかで披露したいんだよなぁ〜」

「お前、絶対朝イチで幸に披露しただろ」

「ああ。俺は聞くの二回目だ」

予想通りの幸の発言に苦笑しつつ、チラリと横に座る星那に視線をやる。

がぶり。

「っ……」

俺が切ったうさぎりんごを齧るその口元が、妙に色っぽく見えてしまった。
それは、りんごを食べたのが星那だからなのか、星那が俺の好きな人だからなのか。
それとも、宗一郎がドヤ顔で披露した花言葉が耳に残って、変な気分になってしまったからなのか。

『選ばれた恋』『誘惑』

奇跡の出会いとか、運命の恋とかいう言葉がある。
人の色んな選択が積み重なって、交差して、出会って、恋をする。
それは確かに……奇跡とか運命とか、そんな風に呼べるものだと俺は思う。

俺のこの初恋だって……神様に『選ばれた』奇跡のような、運命のような『恋』だって、信じてみたい。
その恋を叶えるためには……『誘惑』が必要?

「っ……」

すぐ横に、星那の左手がある。
俺がこの右手を床につこうとしたとき、自然と手と手が重なったって、きっとおかしくないはずだ。

きっと……自然と……

「……」

そっと手を下ろして、星那の薬指と小指に触れた。
触れたけど……無視かよ!?!?!?
こ、こいつ、無視……!?
それどころか、

「っ……」

すっと手を離された……。

……えぇ!?なんだよこいつ!
何?偶然?それとも意図的に離した?
俺が、めちゃくちゃ勇気出したってのに……!

何事もなかったかのように、涼しい横顔でお茶を飲む碧海星那。
涼しい……顔で……。

「ん?奏斗どうしたの?」

「……別に……」

どうしたの?じゃねぇよ!ふざけんな!!
くそ……こうなったら、もっと大胆にアピールしてやる!
誘惑、とまで言えるか分かんねーけどさ……。
また、星那に、あの熱っぽい瞳で見つめられてみたいんだよ……!
そんで、いつか……好きだって、言ってほしいんだよ……。







さて、あれから俺は……
星那をその気にさせるために、様々な挑戦に挑んだ。
何気ないときに距離を詰めてみたり、呼び止めるときに腕を掴んでみたり……どれもこれも恥ずかしくて死にそうだった。

こんなに頑張っていると、それなりの収穫はある。
毎日毎日、星那にアピールし続けて分かったこと。
それは……

星那は意図的に俺を避けているということ!!!!!

くっ……こんなの、最悪の収穫じゃねーか。
思えばあの日……
星那に借りた服を返した日から、やっぱりおかしかったんだ。
目を逸らしていたけど、もうそれもできなくなってきた。

……心が痛い。苦しい。
星那に距離を取られるたびに、
触れた手を離されるたびに、
心臓がキンキンに冷やされた氷水に浸されたような感覚になるんだ。







「ごちそうさま〜今日も美味しかったね」

「……」

「……よし!俺、皿洗いしてくるよ」

「待てよ」

「っ、」

今年も残り一ヶ月を切ってしまった日の放課後。
温度のない笑顔を作って、俺から逃げるように立ちあがろうとする星那の腕を掴んで引き留めた。

「……何?」

星那は諦めたように俺の隣に座り直す。
空気が、重い。

「……お前、なんで最近俺のこと避けるんだよ」

「……避けてないよ」

「避けてない……?よくそんなこと言えるな……明らかに、よそよそしくなってんじゃねーか」

曖昧な態度を取る星那と、どんどん余裕のなくなる自分に苛立つ中、俺って意外と低い声が出るんだな……なんて、どこか冷静に考えている自分がいた。

「……じゃあ、気づいてるのに、なんで距離詰めてくるの?」

「は……?」

「奏斗こそ、なんで?なんで必要以上に触ってくるの?前はもっと……一定の距離保ってたじゃん」

「っ、それは!お前が!にわか雨が降った日に、あんな……あんなことしたからだろ!」

そうだ、お前が、あんな顔で、押し倒してきたりしなければ、俺だって………。

「……男子高校生って、ふざけてて距離感バグることとか、そういうの、あるでしょ」

「は?ふざけてあんなことしたって言うのか……?ありえねぇ、お前さ、やっていいことと悪いことが―――」

「何が分かるんだよ!お前に!!」

「っ!……せ、な……」

星那の大きな声が、ぐわんぐわんと頭に響いた。
呼吸が上手くできなくなった。

「……奏斗、ごめんね。もう、帰って……」

「っ……」

そのときの星那の声が震えていて、随分と苦しそうだったからって、俺だって傷ついていたから、全てを受け止めるような心の余裕を持ち合わせていなかった。

その日を境に、俺が星那の弁当を作ることも、夕飯を一緒に食べることもなくなった。
皮肉なことに、ちょうどこの日、屋上は寒いから、今日から教室で昼を食べようという話を四人でしたところだった。
星那は昼休みになると、俺たちと仲良くなる前みたいに、どこかへ行ってしまうようになった。







一人での買い物には慣れていた。
一人で料理するのも、食べるのも、同じく慣れていた。

食材の調達。調理。そして食事。
なんてことない、生活の中の一部。
その一部に、一度誰かを入れてしまった俺は、もうその幸福を忘れられない。
その人が隣からいなくなっても、人生はずっとずっと続いていくのに。

「……さむ……」

スーパーから出ると、冷たい風がひゅう、と吹いた。
その風に乗って、親と共に前を歩く子どもの手から、一枚のチラシがこちらへ飛んでくる。

「……」

「すみません、この子、落としちゃって……」

「あ、いえ、全然大丈夫です」

拾って手渡したチラシに載っていたのは、雪のように真っ白なクリームと、サンタの帽子みたいに赤い苺。
それは、世間的にはクリスマスケーキと呼ぶものだろうけど、俺にとっては誕生日ケーキとも呼べる。

「はぁ……」

大きなため息が白く可視化されてしまうこの季節。
好きな人と喧嘩をしたまま立ち尽くす俺にお構いなしに、今年もクリスマスと……俺の誕生日がやって来ようとしている。







「奏斗」

「幸?どうした?」

帰り際、幸に話しかけられたのは、星那と喧嘩して二週間が経つころだった。

「ちょっと話そう。このあと俺の家、来れるか」

「……!」

幸の表情と言葉から、星那とのことを聞かれるのだと分かった。
そりゃそうだよな。
宗一郎と幸は、いきなり話さなくなった俺たちを見て、きっと気を遣ってくれていたと思う……申し訳ないな。



幸の部屋は、イメージ通りシンプルで綺麗な部屋だった。
そういえば俺たち、まだお互いの家で遊んだこととかなかったな……。
……星那の家は、何度も行ったけど。

「奏斗、単刀直入に聞くが、星那と何かあったのか」

「!」

幸はホットココアを持ってくるや否や、本当にストレートに本題に入ってきた。
すげー幸らしいと思った。

「……ごめん、気遣わせたよな。幸にも、宗一郎にも」

「……話したくなかったら、無理に話さなくてもいい。ただ、奏斗が悩んでるなら、力になりたいと思ってる」

「うん……ありがとう」

幸はそれ以上何も言わずに隣にいてくれた。
幸の入れてくれたホットココアは、優しい甘さで俺の心を温めた。
俺は……全てを話そうと思った。

「……俺さ、星那のことが好きなんだよ。恋愛的な意味で」

「……うん」

「俺は自分の性的指向を恥じてはないけど、数的にマイノリティってのは分かってるからさ。星那のことだって、女が好きだって思ってたし……でも、この前……」

図書委員の仕事で、満足に話せない日が続いたこと。
その多忙期間後のにわか雨の日、星那の家でシャワーを浴びて、押し倒されたこと。
そのときの星那の瞳が、熱っぽかったこと。
その熱に期待して、星那にもっと意識してもらおうと、自分勝手に足掻いたこと。

全部を曝け出して話した。
幸のことを信頼しているから、言葉がこんなに滑らかに喉を通って出てきたんだと思う。

「勝手に盛り上がって近づこうとした俺も、悪かったと思う。でも……恋してる気持ちとか、あの日生まれた期待とか、っ、まとめて、ぐしゃぐしゃにされた気分になったんだよ……」

視界がぼやけて、瞬きをしたら涙がポロリと溢れ落ちた。
そんな俺を見て、幸はティッシュを差し出してくれた。

「っ、幸、ありがと……」

「こちらこそ、話してくれてありがとな。辛かっただろ」

ぐすぐす子どもみたいに泣く俺の背中を、幸は優しくさすってくれた。

「……星那は、奏斗のこと、すごく大切に思ってると思うよ」

「……!」

「だからこそ不安なんだ。怖いんだ、きっと」

「怖い……?」

「関係性を変えようとするとき……本人たちが意図しているところでも、していないところでも、変化は起き得る。その変化が良いものだとは限らない。もし、その変化が原因で、唯一無二の好きな人と一緒にいられなくなったら……そう考えると、最初から変化なんて起こさない方がいい……そういう結論に至る」

「……変化を一緒に乗り越えるのが、恋人なんじゃねーの」

嬉しいことは二倍、悲しいことは半分こ、とか言うだろ。
いい変化も、受け入れ難い変化も、一緒に手を取り合って……っていうのは、そんなに夢物語か?
そんなこと、ないはずだ。

「……そうだな。それができたら、理想なのかもしれない。でも、その望みより、壊れるリスクの方が脳内の大部分を占めてしまう人もいる」

「そう、なのか……」

「……俺は星那の気持ち、ちょっと分かる」

「……!え、それって……」

少し寂しそうにそう言った幸の視線の先に、俺もよく知る明るくて自由奔放な男がいることに、すぐに気づいた。

「俺や星那は、多分、結構ネガティブで臆病なんだ。だから……太陽みたいな心を持ったやつに、惹かれるんだろうな」

「幸……俺、お前の言ってることも、理解できるよ。でも、やっぱりさ……今、確かにここにある『好き』って気持ち、大事にしたいんだ。未来なんて、結局どれだけ想像しても、想像でしかないだろ……未来の自分のためにって言いながら、今の自分を殺し続けたら、ずっと心は死んだままだ」

「……!奏斗……」

「……俺、星那と話すよ。星那の気持ち、ちゃんと聞いて、俺の気持ちも……ちゃんと伝える」

「……そうか、うん、応援する。奏斗と星那なら、絶対に大丈夫だ」

幸に言われると、本当に大丈夫だという気がしてくる。
同じ歳とは思えない落ち着きを持ち、どんなときも冷静で口数も少ないのに、心の芯はいつだって優しく温かい。
そんな幸だから……宗一郎は、ずっとお前にくっついてるんだと思うよ。

「幸、ありがとう……お前さ、自分で思ってるより何百倍もかっけー男だと思うぞ」

「え、急にどうした?」

「てかさ!宗一郎のどこが好きなの?」

「それを話すとなると、今夜は泊まりになってしまうが、それでもいいのか」

「あ、また日を改めて聞かせてクダサイ」

幸って冗談とか言わねータイプだからな……これはガチで話し始めたら止まらなくなる予感がする。
ったく……こいつ、めちゃくちゃ愛重いじゃん。
BL漫画の激重な攻めといい勝負になりそうだ。
こんなにでっかい愛を向けられる宗一郎のことを、少し羨ましく思った。







幸の家をあとにして、駅まで歩いているときだった。
星那になんて連絡しようか、スマホを片手に考えていたら、そのスマホから着信音が鳴ったんだ。

「っ!星那……!」

まさか、向こうも同じタイミングで連絡してくるなんて。
星那も話したいと思ってくれていたのか……?
嬉しい気持ちを抱くと同時に、緊張感が走る。

「も、もしもし」

『あの!朝日奏斗くんですか!?』

「は?」

聞こえてきた声は、女の声だった。
え?何?これ、星那からの電話……だよな……?

『星那が、すごいフラフラしてて!家までなんとか着いたんだけど、あとは奏斗くんじゃないとダメなの!』

「は、はぁ……?どういうことだよ……」

『とにかく、一旦来てくれない!?』

「っ……分かった」

マジで、なんなんだよ。
何にも分かんねー。
女に看病してもらえるんじゃねーのかよ。

あーーーーもう!!
何も分かんねーけど、星那が好きだ!
好きだから走るよ!足が遅くて悪かったな!
これでも全力疾走なんだよ!


「っはぁ、はぁ、はぁ……」

「!奏斗くん!?良かった〜!」

電話をかけてきたと思われる女は、同じ高校の制服を着ていた。
星那とよく一緒にいたような気もするけど、相当仲がいいってことか……?
っ、いやいや!それよりも!

「っ、星那!!」

星那は、玄関の扉にもたれかかって眠っていた。
顔色が悪くて、少し痩せたようにも見える。
こいつ……まさか、また前の食生活に逆戻りかよ……。

「とりあえず、中に入って寝かせよう。えっと……手伝ってくれますか?」

「あ、えっと……」

え、そこ迷う!?割と緊急事態だよな!?

「うん、でも、奏斗くんの頼みだもんね。手伝う!けど、星那、鍵がどこにあるか教えてくれないから……」

「鍵ならいつもリュックの小さいポケットから出してるから……お、あったあった」

無事に鍵を開けて、女の子と二人でどうにかこうにか星那をベッドまで運び、布団をかけて一息つく。

「はぁ〜、奏斗くんと連絡ついてほんっと良かったぁ」

「……あのー、名前は?同学年だよな?」

「うん!一年だよ。名前は早瀬楓(はやせかえで)。急に電話してごめんね、びっくりしたよね」

「ああ、すごく……その、星那とは、どういう?」

早瀬さんは、「あー」とか「うーん」とか唸りながら、しばらく答えあぐねていたけど、ついに覚悟が決まったような顔をして、口を開いた。

「星那には話すなって言われてたけど、お互いモヤモヤしちゃうもんね」

「っ……」

「私ね、レズなの」

「……!」

「好きな子もいたんだけど……全然恋愛上手くいかなくて、むしゃくしゃしてた時期があったんだ。その頃、星那と仲良くなって……なんか、もう、全部どうでもいいやって。星那と、流れで、ホテルに行ったの」

「!それ、っ、」

「何もしてないよ。何もできなかった……いざ部屋に入ったら、涙が出てきたの。星那も泣いてた。お互い、薄々は気づいてた……相手も同性愛者だってこと」

「……」

「その日、もうこんなことはやめようって話したんだよね。でも、星那はやっぱり、まだどこか投げやりになってる部分はあって……体の関係は絶対持たなかったけど、女の子と遊ぶのはやめられなかったみたい」

ずっと、軽蔑してた。
生まれつき綺麗な顔で、好き放題女の子と遊べて、さぞ楽しいことだろうと思っていた。
きっとこの世界には、表面上だけでは判断できないことの方が多いっていうのに。

「でもね!奏斗くんと仲良くなってから、星那、みるみるうちに変わったんだよ。女の子の連絡先切って、表情も明るくなって……」

「そ、そう、なのか……」

「あ、そうそう!知ってる?星那って絶対誰かを家に入れなかったんだよ〜!私も初めて入ったの」

「え!?そうなのか!?」

「こんな状態でも鍵の場所教えてくれないし。『奏斗じゃないとダメなんだ』って言って聞かないから、電話したってわけ。つまりね……奏斗くんは星那の特別なんだよ」

「っ……!」

さっき、早瀬さんが星那を部屋に運ぶのを躊躇ったのも、それが原因だったなんて。
星那が、そこまで俺を特別な存在だと思っていたなんて。
全然……知らなかった。

「早瀬さん……ありがとう」

「それはこっちのセリフだよ。奏斗くんがいなかったらどうなっていたことか―――」

そのとき、ベッドの上の星那がモゾモゾと動いた。
早瀬さんは「やばっ!」と焦ったような声を出して、そそくさと荷物を持ったかと思えば、「じゃ、あとはよろしく!」と、嵐のように勢いよく部屋を出ていってしまった。

「ん……奏斗……」

「っ!せ、星那、起きたか?」

咄嗟にベットに駆け寄って、星那の顔を覗く。
とろんとした瞳が、ゆっくりとこちらを向いた。

「うん……起きたよ……」

星那は少し掠れた声で答えた後、上体をわずかに起こして俺の腰に抱きついてくる。

「っ、星那……」

「奏斗……」

ぎゅうっと巻きつく体温も、俺の名前を呼ぶ甘い声も、こんなに近くで感じることができたのは久しぶりだ……。
喧嘩をする前は、これが当たり前になりかけていたなんて、恐ろしい。
当たり前に思える幸せは、想像以上に脆くて儚くて、簡単に手のひらから溢れ落ちてしまうものなのに。

「……星那、あのさ、」

「……?」

「お粥、食べる?」