「かーなーとっ!」

ど う し て こ う な っ た ?

「なんで俺の目の前に座るんだよっ!」

「え?だってお昼休みだよ?お弁当だよ?」

「っ……」

俺の机のところまで、わざわざ椅子を持ってきて目の前に座るのは、昨日の夕方、体調不良だったはずの碧海星那だ。
……めちゃくちゃ元気になってるのは、何よりだ。

だがしかし!おかしい!絶対におかしい!
昨日まで全く関わりなかったのに、急に「ずっと友達でした⭐︎」みたいな距離感やめろ!
ほら、実際見てみろよ、周りからの視線がぐさぐさ刺さりまくって失血死しそうだ……。

「お弁当、作ってくれたの?」

「つ、作ったけれども!別に!こ、ここで食べなくてもいいんじゃないですかね!?」

「えー、そんなに俺と食べるの嫌?」

「なっ……」

聞き方がずりぃんだよ!
お前、俺がお前の顔が世界一好きだってこと知っててやってるだろ!?……いや、それは知らんか。
にしても、やっぱりおかしいって。

「い、いつもみたいに、女子とどっかで食べてこいよ」

「ふうん。俺は奏斗と食べたいのにな〜」

無理だ。もうどうにもならない。
やっぱり俺はこのまま失血死するしかないのか?

「奏斗ちゃーん!あれ、星那くんもいる!」

「宗一郎……!」

ああ、神様、宗一郎様。
お前に後光が差して見えるのは初めてだよ。
よくぞ俺に声をかけてくれた、あとは任せたぞ。

「なになに、二人ともいつの間にそんなに仲良くなったわけ〜?」

「なっ!別に、仲良くなってねーよ、こいつが勝手に、」

「いやぁ、実は、昨夜は色々あって……ねー、奏斗」

「おぉぉい!誤解を招く言い方はやめろ!」

「えっ!色々!?奏斗ちゃん、そんな、まだ早いだろ!」

「お前も勘違いすんな!」

ああ、前言撤回。
宗一郎に後光は差していなかった。
なんだか余計に周りの視線が集まっている気がするっ……!

「宗一郎、奏斗……碧海くん」

「っ!この声は……!」

振り向くと、なんと眩しい!
本当に後光が差しているのはお前だったのか長谷川幸!
この中でまともなのはもうお前しかいないっ……!

「はは、俺だけ名字呼びは寂しいなぁ。星那でいいよ、幸くん」

「そうか。宗一郎、奏斗、星那。廊下にギャラリーが増えてきたから、別の場所で食べないか」

幸!ナイス!
やっぱりお前とは価値観が合う!
普通の神経ならこんなに見られている中お弁当なんて食えねぇよ……。

「いいね!俺と幸と奏斗ちゃんは、いつも教室で食べてるけど……星那くんは?」

「あー……毎日、色んなクラスに行ってたから……特にここ!って場所はないかな」

「ほうほう!それなら屋上で決まりだな!」

「いや、それならって何」

宗一郎が言うには、今日は晴れてるしあったかいから、屋上一択らしい。
星那は日焼けするから嫌、とか言うかと思ったら、全くそんなことなくて、むしろなんか……ワクワクしてる?


んで、屋上来たけどさぁ……。


「じゃじゃーん!こちら、奏斗特製!俺専用の愛妻弁当でーす!」

「愛妻じゃねぇ!お前日本語分かんねーのかっ!?」

「だってボク、クォーターだから……」

「そういうときだけクォーター使うんじゃねぇよ」

星那はノリノリで弁当を開け、宗一郎と幸に見せびらかしている。
そりゃ、嬉しそうにしてくれんのは、ま、まあ、別に?
嫌な気はしねーけど?
いくら宗一郎と幸だからって、そんな風に自慢されたら恥ずいわ!!

「うぉ〜!美味そう!奏斗ちゃん、普段から料理するって言ってたもんな!ついに、三つ星ならぬ星那星レストラン開店か……」

「せなぼしって何。三つ星に並列で扱ったことを謝れ」

宗一郎は俺のツッコミも聞かず、星那のお弁当を覗き込んで、カチャ、と箸をスタンバイ。

「星那くん!このつやつやの卵焼き、一口だけちょうだい?」

「ストップ!これは〝俺専用〟だからだーめ。奏斗の料理はさすがに譲れないね!」

「えぇ〜萎える……と見せかけて俺は幸から卵焼きをもらえるからノープロブレム♪」

宗一郎は、黙々と食事をしていた幸のお弁当から卵焼きを一つ勝手に取って、ぱくりと口に放り込む。
幸はそれに対して無反応で、何事もなかったかのようにお弁当を食べ続ける……。
……なんか、うん、まあ、幸がいいならいっか。

「奏斗」

「っ、何」

さっきまで宗一郎とはしゃいでたくせに、いきなり小さな声で俺の名前を囁くから調子が狂う。

「弁当、ありがと」

「っ……!は、早く食べるぞ!いただきます!」

耳元がぞわぞわ熱くなって、心臓もどこどこうるさくて、最初に口に入れた卵焼きの味がよく分からない。

「ふふ、いただきます……んー、どれから食べようかな……ていうか、ほんとにこの卵焼き、つやつやだね」

「……別に、慣れたらそんなに難しくねーよ」

星那は、初めて虹を見た子どものような笑顔で卵焼きを眺めたあと、ついに、ぱくりとそれを口に含んだ。

「っ……」

ドキドキ、ドキドキ。
お粥以外で、星那が初めて口にする俺の料理。
いつも通り美味しくできたはずだけど、あいにく俺はこいつのせいで、さっき食べたときは味覚が機能しなかったから、少し不安だ。

「……う、美味いか?」

星那の喉仏が上下に動く。
なんだこいつ、卵焼き食べるだけでかっこいいとかマジでムカつく。

「……美味い!奏斗、めっちゃ美味いよ!」

「っ!そ、そうかよ」

ああ、やっぱりこいつ、すげー美味しそうに食べる。

「俺、卵好きだからさ、たまーに自分でやろうとするんだけど、同じ卵とは思えないよ」

「……卵、好きなんだ。冷蔵庫にもあった」

「そうそう。基本的に卵かけご飯しか作んないけどね」

「TKGだと?じゃあなんで醤油がねーんだよ」

「少し前に使い切っちゃってさ。つい買い忘れて、それで卵も余ってたんだよね、あはは……」

「お前なぁ、醤油くらい買えよ。つーか……冷蔵庫すっからかんのままだろ?ちゃんと色々補充しろよ」

呆れながらふりかけご飯をもぐもぐしてたら、星那からなーんか妙な視線を感じた。
星那の方を見ると、案の定、何か言いたそうな目をきらきらさせている。

「……何」

「奏斗、今日の放課後の予定は?」

「……ないけど」

「……!ふふ、それじゃあさ……」







待て待て待て待て待て!
なーーーんで俺が食材たっぷりのレジ袋持ってんの!?
そんで二日連続で来ちまったよ碧海星那の自宅!!

「奏斗〜ほんとにありがとう」

「どういたしまして……」

放課後の予定がないと言ったら、こいつの買い出しに付き合わされ、家まで運ばされるなんて信じられねー……。
まあ、こいつの持ってた荷物の方が重いんだけどさ……。

「奏斗のおかげで、長期保存できるものも結構買えたし、しばらくはなんとかなりそう」

「マジで何もかも枯渇してたんだな、お前……」

「あっ!そういえば」

買ったものを一通り収納し終わったところで、星那が何やらゴソゴソと制服のポケットを漁る。
星那が取り出したのは―――見覚えがありすぎる黄色のメモ用紙だった。

「っ!それ、気づいてたのかよ……てか、捨てられたかと思ってた……」

「捨てるわけないよ。奏斗の字でメニュー書いてあってさ、嬉しかった。なんか可愛いし」

「かっ!か、かか、かわ、」

「奏斗、本当に料理が好きなんだね」

「っ……」

今朝、ほんの出来心で、メモ用紙にお弁当のメニューを書いた。
親戚の結婚式でテーブルに置いてあった、手触りのいい紙に書いてあるお品書きに憧れて。
俺のは高級料理でも何でもないのに……冷静に考えたら恥ずかしい。

「これ、取っておこっと」

「はぁ!?そんなの取っておくようなもんじゃねぇよ!」

「それは俺が決めること、でしょ?」

「くっ……」

星那は無駄にいい顔で微笑んで、リュックから取り出したファイルにそのメモ用紙を挟んだ。
百均の何の変哲もないメモ用紙に、朝の俺が少し急いで書いた下手くそな字。
そんなものを、星那は、まるでガラスの靴かのように、優しく大事そうに扱うから……。
……胸で、キュンと何かが弾けてしまう。

「……っ、じゃあ、買い物も終わったし帰るわ」

ダメだ、これ以上ここにいるのは、危険だ。
星那の綺麗な顔と、からかい半分の意味もない言葉が、いたずらに心をくすぐってくるような、そんな場所に居続けるなんて勘弁なんだよ。

「……待ってよ」

俺の心のむずむずなんて知る由もない星那が、無責任に俺の手首を掴んで引き留める。

「も、もう用事は済んだろ」

「……卵焼き」

「はぁ?」

「今日お弁当に入れてくれた、つやつやの甘い卵焼き。作り方、教えてくれない?」

星那は身長が高いくせに、わざわざ屈んで、わざとらしく上目遣いで俺の目を見つめる。
……控えめに言って、破壊力抜群だ。
あまりにも胸がときめきすぎて、その顔を見ることができるのなら、お前の罠にハマってしまっても良いと、一瞬でも思ってしまうのが悔しい。

「……一回しか教えねーからな」

「やった!よろしく、奏斗シェフ」

「ちょっとバカにしてない?」

ああ、玄関で靴を履くまであと少しだったのに。
Uターンして台所に戻ってくるとか、俺もつくづくバカだと思う。

「とりあえず、焼く前まではいけるだろ。ほら、卵割って」

「ふふ、オッケー」

星那は意外と器用に卵を割った。
卵かけご飯をよく食べているだけはある。

「砂糖、醤油、顆粒だしね」

「承知しました♪」


最初、星那が小さじのことを大さじだと勘違いしていて焦ったけど、俺が注意しながら見守って、無事に卵液は完成した。
調味料をぶちまけるなんてことにならなくてホッとしたぜ……って、いやいや、星那は幼稚園児じゃないんだから当然だろ……。

「じゃあ、バトンタッチな。言葉で言っても分かりにくいし、よく見とけよ」

星那の家に卵焼き器はないから、普通のフライパンをセットして点火。

「おぉ〜!」

「コンロに火つけただけなんだけど……まあいいや。まず、フライパンな!あっためすぎないように気をつけろよ。熱いとボコボコの卵焼きになっちゃうからな」

「なるほど〜!」

「油は満遍なく、全体に塗ること」

「へぇ……」

「んで、いよいよ卵を入れるぞ。よーく見とけよ」

念押しするように横の星那を見上げると、

「うん。見てるよ」

「っ!」

その碧色の瞳は、卵でもフライパンでもなく、俺の目をまっすぐに見つめていて。
油断していた俺の心臓は、ドクンと鈍い痛みを伴って動いた。

「お、俺のことは見なくていいから!卵!見ろ!」

「ふふ、分かった分かった」

星那のせいで乱れたペースを戻すため、ゆっくりと深呼吸をしてから卵液を流し込む。
こいつのせいで失敗するなんて、絶対にごめんだからな!

「卵は入れすぎないように注意な。薄く敷く感じで」

「薄く」

「そう。んで……丁寧に、折り畳む……」

「丁寧に……」

そこからは集中して卵を巻いていたから、気づけば無言になってしまっていた。
……そういえば、こんな風に誰かに料理するところを見られるの、初めてなんだよな、俺。
いつもは一人で作ってるし、作ったものを食べるのも自分だけだから……ちょっと、緊張してるんだ。
でも、それは、嫌な感覚ではなくて、むしろ……。

「……できた!完成!」

「おぉ〜!すごいね、ほんとにつやつやだ!」

「だろ?」

ドヤ顔をしてやってから、完成した卵焼きを包丁で切り分けて……お皿に盛り付けて……うん、我ながらマジで綺麗な卵焼き。

「ふふ、美味しそうだね」

「あ、当たり前だろ」

「……奏斗」

「っ、」

キッチンで隣に立っていた星那が、横へ一歩、距離を詰めてくる。
そんなことをすれば、こうやって……身体と身体が、触れ合ってしまうというのに。

「作り方教えてくれて、ありがとね」

ぽん、と頭に手を置かれて、優しく微笑みかけられて。
顔がぶわりと熱くなって、どうしようもなく胸が苦しい。
こんなに激しく心が揺さぶられる感覚、知らない。

「ぁ……っ、じゃ、じゃあ、今度こそ帰る!」

「え?」

「え?」

なんだよ、こいつ、まだ俺をここに引き留めるのか?
俺が、お前の魅力にあてられて、余裕なくなってるとこ見て、気分が、いいから?

「え、これ、一緒に食べようよ」

「……は?」







あれよあれよという間に、テーブルの上には箸と水、そして先ほど作った卵焼きが用意され、俺たちは並んで座っている……。

「いただきまーす」

「……いただきます」

帰る帰る詐欺をしたかったわけじゃない。
本当に帰ろうと思ってたんだ!
でも、一緒に作った卵焼き……食べないで帰るのもおかしいのか?とか思っちゃってさ。
……あー!もう訳わからん!!何が正解!?

「んー!美味しい!」

星那は端っこの一切れをもぐもぐして、それはもう美味しそうに食べるわけ。
せっかくなら真ん中食べればいいのに、って思いながら、もう一方の端っこを口に入れる。

「……ん、うま」

「ふふ、二人で作ったからかな?」

「なっ……!」

ほんっと星那って、涼しい顔でとんでもなく恥ずかしいことを言う。
からかわれているのか、それともデフォルトでキザなセリフが出てくるやつなのか……どっちにしろ、俺は、こいつの一言一言に、これからも振り回されてしまうのだろう。

「……奏斗の料理作ってる真剣な顔、かっこよかったな」

ほらな。
なんだよ。
世界一かっこいい顔のやつが、俺にかっこいいって言うとか、どんなお笑いだよ。

「……星那は、ほんと、美味そうに食べるよな」

「え……そう、かな?」

「……うん」

顔だけが好きだと思ってた。
絵画を鑑賞するような、観葉植物を眺めるような、そんな感覚だった。

……でも、俺はもう、そこに戻れない。

美味しそうに食べる顔を、一番近くで見せてくれて。
そのうえ、それを言葉にして、ちゃんと「美味しい」って言ってくれて。
星那の中から溢れる、星みたいな優しい光が、胸の真ん中に沁み込んできて、この心を染めてしまう。
染められたら、元の色には二度と戻せないんだよ。
……ほんと、ふざけんな。

「奏斗、明日からもいつでも来ていいからね」

「……行かねーよ。また買い物とかやばかったら、別に……そのときはいいけど……」

「ほんとに!ありがとっ」

箸が進まない。
この卵焼きを全部食べたら、やっと帰れるのに。

「奏斗、最後の一個食べていいよ」

「っ!」

「俺、もう半分食べちゃったもん」

「……お腹いっぱいだから、星那が食べろ」

「……じゃあさ、」

星那の指が、頬に触れる。
背けていた顔の向きを、くい、と変えられてしまう。

「俺がこれ食べるまでは、ここにいてくれる?」

「は、はぁ〜!?」

「あーん」

「っ!」

ころん。
口の中に、転がってきた。
甘い、甘い、卵焼きが。

「どう?最後の一個も美味しい?」

「……甘すぎて胸焼けするわ!!星那のばーーかっ!!」

「えっ!待ってよ!」

逃げるようにして部屋を出た。
ひたすら走って、走って、走った。
振り返らないで、駅を目指して、前だけ向いて。

とにかく、全力で走って、

「待ってって!」

うん、普通に追いつかれました。
くそ!!!

「っはぁ、はぁ、お前!!速すぎだろ!!!」

「奏斗は……ゆっくりだね!」

「オブラートに包んでも変わんねーわ!!帰る!!」

「あ、ちょ、ちょっと待って!これ!」

「え?」

「リュック!忘れてたよ!」

俺の脳内は、一瞬真っ白になった。
星那の家を飛び出した俺、それを追いかける星那、その手にあるのは俺のリュック……。
今、目の前で起こっていることが、とても現実とは思えなかった。

え、俺、リュック持たずに全力疾走してたってこと……?

「……切腹だ」

「えぇ!?お、落ち着いて、奏斗!」

「……届けてくれて、ありがと」

穴があったら入りたいとは、まさに今この状況のことだ。
恥ずかしすぎて、星那の顔を見れない……。

「気にしないで。ぶっちゃけ、追いかける口実できてラッキーって思っちゃったし!」

「っ……!」

あぁ、今、星那は、どんな顔してんのかな。
知りたい、
見れない、
恥ずかしい。

「奏斗」

「!」

こっちを向いてというように、顎をくい、と傾けられた。

「また明日ね!」

「……!ぁ、っ、また、明日!」

日が沈むのが、早くなって良かった。
もう結構暗くなってきたから、きっと、俺の顔の色なんて分からない。
あぁ、でも、夕焼けの時間帯なら、それはそれで、夕日のせいにできるのかな。

「っはぁ、はぁ、っ……」

星那の姿が見えなくなるところまで、
今度こそ、リュックもちゃんと背負って、走った。

運動は嫌いだけど、このときは走りたかった。
心臓がバクバクするのも、
体温が上がるのも、
苦しくて仕方ないのも、
全部、走ったせいにしたかったんだ。