薄ピンク色の花びらが舞う。桜大がひとり暮らしをしているアパートの近くにある公園は、満開の桜を見るために訪れる人で賑わっている。少し歩いたところにある川沿いにも桜が咲いているから、そこも見に行こうか、と話す声が聞こえてきて、桜大は隣を見あげた。
「俺たちも行ってみる? せっかくの桜大の誕生日だから、たくさんデートしたいし」
「うん」
 桜より綺麗な微笑みを向けられ、とくんと心臓が高鳴った。頬が熱いから、きっと顔が赤くなっている。
 大学が離れているのに、一志との距離は縮まった。正確には高校二年の秋から距離が変わった。幼馴染は恋人になり、高校を卒業してからも頻繁に会っている。隣に住んでいたときよりも意識して、会おう、会いたい、と互いに思って行動するから、ますます近い存在となる。
 桜大ははらはらと落ちてきた花びらに手を伸ばすけれど、受け止められなかった。他の花びらもうまく手のひらにのってくれない。隣の一志も手のひらを出し、そこに吸い寄せられるように花びらがのった。一志は花びらを桜大の手にのせ、桜を背景にして穏やかに微笑む。春の陽射しのごとく温かな微笑みに、さらに心臓は跳ねあがる。
「誕生日おめでとう」
 今日六回目の「おめでとう」だけれど、何回言われてもくすぐったい。
「もう何回も聞いたよ」
 少しの照れくささが、また頬を熱くさせる。可愛げのない答えを返す桜大に、一志は目尻を緩めた。幼い頃からずっとそばにあった、心が包み込まれる笑顔だ。
「だって嬉しいんだ。桜大が生まれてくれた日に、今年もふたりで桜が見られること」
 きゅっと軽く手を握られ、心臓が激しく脈打つ。まわりに見られていないかと周囲を確認したが、皆一様に桜を見あげていて気がついていない。軽く握られただけですぐに離れていった温もりに寂しさを覚え、一志を振り仰ぐ。変わらない笑顔を向けてくれる恋人に、甘えてみたくなった。
「来年もまた、一緒に桜を見てくれる?」
 今から来年の約束なんて気が早いかもしれないが、約束したい。高校二年のあの日の約束が叶っているから、次の約束も叶うと思える。
 期待が顔に出ていたのだろう。一志はふっと噴き出して、桜大の頬をひと撫でした。
「そうだね」
 視線を桜に向けた一志をぼうっと見つめる。柔らかな陽射しが照らす横顔は、眩しいほどに輝いて見えた。
「できたらそのときには、桜大と毎日一緒にいられたらいいな」
「え?」
「ルームシェアしない?」
 目をまたたく桜大に、一志は笑みを絶やさない。
「……そういう大切なことを急に言うの、やめてよ」
 ただでさえ人の心なんて読めないのに、一志の考えることはときおり突拍子もなくて、驚かされてばかりだ。
「でも学校離れてるよ。ちょうどいいところが見つからないんじゃない?」
「新しいところを借りるんじゃなくて、今の桜大の部屋がいいな。近くにこんなに綺麗な桜があるし、俺、早起きは苦にならないから、毎朝桜大を起こしてあげる」
 朝起きるたびに一志に会えるなんて、想像しただけで頬が緩む。
 答えるかわりに一志の手をぎゅっと握る。でもきっと――。
「ちゃんと答えてくれないと、俺、心は読めないよ」
「嘘ばっかり」
 思ったとおりのことを言われ、おかしくなる。
「大賛成!」
 跳びつくように一志に抱きつく。まわりの目を気にするよりも、一志に気持ちを伝えたかった。心が読めても読めなくても、素直な気持ちは思いきり表現したい。
 薄ピンク色の花びらが、風にのって舞い落ちる。
 来年は、一志ともっと近い距離で桜を見られるだろう。