澪が懐妊していることはすでに国中の噂となり、人々は「新しい命こそが未来を導く光だ」と祝福の声を上げていた。神殿には毎日のように供物が届き、街では澪を象った人形や護符まで売られ、巫女姫と蒼嵐の子の誕生を待ち望んでいた。だが、すべての人が心から喜んでいたわけではない。
「……あの女が、私より先に子を授かるなんて…。」
雪蓮は唇を噛み、扇で口元を覆いながら毒づいた。蒼嵐の義妹であり、かつては「兄の伴侶は自分に違いない」と信じていた女。心の奥に澱のように積もった嫉妬は、日ごとに黒く濃くなっていた。
「しかも、あの子供こそが次代の神子になるかもしれないんだよ。澪はもう、守られる存在になっちゃった。」
かつては澪の親友だったはずの瑠璃までもが、今は雪蓮の隣で囁いている。瞳の奥に光るのは友情ではなく、同じく澪を疎ましく思う影の炎だった。二人は視線を交わし、密やかに頷いた。
「ならば、…落としてしまえばいいのよ。」
「ええ。子を失えば、あの女の居場所なんてすぐに崩れる。」
そうして生まれたのが、澪の胎を狙う『流産の罠』だった。
ある日の夕刻、澪は神殿の庭で散策をしていた。妊婦としては体を冷やしてはいけないと侍女たちが気を配り、そっと寄り添って歩いている。穏やかな風が花を揺らし、澪の頬を撫でた。
「……この子を、必ず無事に産みたい。」
小さく呟いたその声は、母になろうとする決意に満ちていた。その足元に、瑠璃が差し出した茶碗が置かれた。
「澪様、こちらを。妊婦に良いとされる薬膳茶を煎じて参りました。」
「まあ、ありがとう……」
澪は警戒心を抱かずに茶を口に運ぼうとした。だが、ふと漂う匂いに違和感を覚える。
「微かに苦みが強すぎる…?」
その瞬間、背後から伸びた蒼嵐の腕が茶碗を払い落とした。中の液体が砂利の上に散り、草が瞬く間に黒く枯れていく。
「っ……!」
澪は目を見開き、震える唇で声にならない叫びを漏らす。
「これは…毒だ。」
蒼嵐の眼光が鋭く光り、瑠璃を射抜いた。周囲に緊張が走り、侍女たちが一斉にざわめく。
「ど、毒……?そ、そんなはずは…!私は、澪様のために……」
瑠璃は蒼ざめて後ずさったが、その声には明らかな動揺が滲んでいた。澪は胸を押さえ、腹の中の命を守るように身をかがめる。恐怖と怒りが入り混じった涙が頬を伝った。
『自分だけでなく、この子まで狙われている。』
蒼嵐はそんな澪をそっと抱き寄せ、低く囁いた。
「安心せよ。誰にも……お前と子を傷つけさせはしない。」
その声は冷たい鋼のようでありながら、澪にはどこか温もりを含んで響いた。
夜、雪蓮と瑠璃は密室で再び顔を合わせていた。
「失敗したのね…。」
雪蓮の瞳には怒りと焦りが混じる。
「だって、蒼嵐様が……あんなにすぐ気づくなんて…」
瑠璃は震えながらも、まだ諦めた様子はない。
「なら、もっと巧妙に仕掛ければいい。流産の呪符でも、怪しい薬草でも…方法はいくらでもあるわ。」
二人の密談は夜更けまで続き、澪を追い詰める次の策が練られていくのだった。だが、澪はまだ知らない。これから幾度も、命を狙われる試練が待ち受けていることを。
「……あの女が、私より先に子を授かるなんて…。」
雪蓮は唇を噛み、扇で口元を覆いながら毒づいた。蒼嵐の義妹であり、かつては「兄の伴侶は自分に違いない」と信じていた女。心の奥に澱のように積もった嫉妬は、日ごとに黒く濃くなっていた。
「しかも、あの子供こそが次代の神子になるかもしれないんだよ。澪はもう、守られる存在になっちゃった。」
かつては澪の親友だったはずの瑠璃までもが、今は雪蓮の隣で囁いている。瞳の奥に光るのは友情ではなく、同じく澪を疎ましく思う影の炎だった。二人は視線を交わし、密やかに頷いた。
「ならば、…落としてしまえばいいのよ。」
「ええ。子を失えば、あの女の居場所なんてすぐに崩れる。」
そうして生まれたのが、澪の胎を狙う『流産の罠』だった。
ある日の夕刻、澪は神殿の庭で散策をしていた。妊婦としては体を冷やしてはいけないと侍女たちが気を配り、そっと寄り添って歩いている。穏やかな風が花を揺らし、澪の頬を撫でた。
「……この子を、必ず無事に産みたい。」
小さく呟いたその声は、母になろうとする決意に満ちていた。その足元に、瑠璃が差し出した茶碗が置かれた。
「澪様、こちらを。妊婦に良いとされる薬膳茶を煎じて参りました。」
「まあ、ありがとう……」
澪は警戒心を抱かずに茶を口に運ぼうとした。だが、ふと漂う匂いに違和感を覚える。
「微かに苦みが強すぎる…?」
その瞬間、背後から伸びた蒼嵐の腕が茶碗を払い落とした。中の液体が砂利の上に散り、草が瞬く間に黒く枯れていく。
「っ……!」
澪は目を見開き、震える唇で声にならない叫びを漏らす。
「これは…毒だ。」
蒼嵐の眼光が鋭く光り、瑠璃を射抜いた。周囲に緊張が走り、侍女たちが一斉にざわめく。
「ど、毒……?そ、そんなはずは…!私は、澪様のために……」
瑠璃は蒼ざめて後ずさったが、その声には明らかな動揺が滲んでいた。澪は胸を押さえ、腹の中の命を守るように身をかがめる。恐怖と怒りが入り混じった涙が頬を伝った。
『自分だけでなく、この子まで狙われている。』
蒼嵐はそんな澪をそっと抱き寄せ、低く囁いた。
「安心せよ。誰にも……お前と子を傷つけさせはしない。」
その声は冷たい鋼のようでありながら、澪にはどこか温もりを含んで響いた。
夜、雪蓮と瑠璃は密室で再び顔を合わせていた。
「失敗したのね…。」
雪蓮の瞳には怒りと焦りが混じる。
「だって、蒼嵐様が……あんなにすぐ気づくなんて…」
瑠璃は震えながらも、まだ諦めた様子はない。
「なら、もっと巧妙に仕掛ければいい。流産の呪符でも、怪しい薬草でも…方法はいくらでもあるわ。」
二人の密談は夜更けまで続き、澪を追い詰める次の策が練られていくのだった。だが、澪はまだ知らない。これから幾度も、命を狙われる試練が待ち受けていることを。



