澪が懐妊したという事実は、宮中の序列を大きく揺るがしていた。これまで何をしても目立たなかった娘が、今や皇子の子を宿す唯一の存在…それが苑と楓花にとって、耐え難い侮辱だった。
「……このままじゃ、本当に澪が国母になってしまう。」
苑は夜ごと涙を流し、憎しみを募らせていた。
「ならば、こちらも『懐妊』すれば良いのよ。」
楓花がそっと囁いた声は、甘い毒のようだった。
「澪だけが特別なんて、ありえないわ。私たちだって……。」
苑は一瞬目を見開き、それからゆっくりと笑った。
「そうね……。懐妊したと偽れば、澪の立場なんてすぐに揺らぐわ。」

　数日後、苑はゆったりとした衣をまとい、腹に詰め物をして宮中に現れた。侍女や女官たちは驚き、すぐに噂は広まった。
「苑様も……おめでた？」
「まさか…皇子様との間に？」
苑は恥じらうように視線を伏せ、ただ沈黙を保った。それが余計に人々の想像を掻き立てる。やがて、金に転んだ医師が来てこう述べた。
「苑様もご懐妊です。」
偽りの診断を下したことで、噂は真実めいて広がっていった。
「…どうして、そんな……。」
澪は衝撃を受け、胸を締め付けられる思いで苑を見つめた。苑は勝ち誇った笑みを浮かべ、そっと澪の耳元で囁いた。
「姉様だけが選ばれるなんて、不公平でしょう？」

　だが、その企みをただ一人見抜いていた者がいた。蒼嵐である。
「その子が我が子ではないことは、魂が知っている。」
彼は冷ややかな眼差しで苑を見据えた。
「澪の腹の子こそ、神に選ばれし『銀月の子』。偽りは必ず暴かれる。」
澪は震える手で腹を抱き、まだ小さな命を守ろうと決意を強めた。