澪の懐妊は宮中を震わせた。選ばれし巫女が子を宿す。それは神子の再来を意味し、国中の人々は喜びに溢れた。澪は祝福され、そして未来の国母として敬われ始めた。けれども、その中で二つの影が蠢いていた。
「澪なんて、何の取り柄もないくせに……。」
苑は鏡に映る自分の顔を睨みながら吐き捨てるように呟いた。
「私の方が優秀よ。顔だって、性格だって、器量だって、全部全部私の方が優れてるわ。…どうして選ばれたのが私じゃないの?」
「……偶然よ。神の力なんてただの見せかけ。澪はいつも運だけで…。」
親友の楓花もまた、嫉妬で声を震わせていた。だがその瞳には、消えぬ炎のような憎悪が宿っていた。二人は視線を合わせ、ゆっくり頷いた。
「澪をこのまま国母にしてはならない。」
「そうね。……あの腹の子さえ、いなくなれば…。」

 澪は新しい命を宿した喜びつつも、体調の変化に戸惑っていた。吐き気に苦しみ、倦怠感に悩まされながらも、懸命に務めを果たそうとしていた。そんな彼女を支える侍女たちの視線は温かく、澪は心のどこかで安心していた。だが、苑と楓花は違った。表向きは優しい顔で寄り添いながら、裏では静かに牙を研いでいたのだ。苑は香炉に毒草を混ぜ、ほのかな香に細工をした。
「香なら、誰も疑わないわ。」
楓花は階段に油を垂らし、足元を滑りやすくした。
「もし、転べば…赤子なんてすぐに消えるでしょう。
けれでも不思議なことが起きた。澪が足を踏み外しかけた瞬間、侍女が偶然にも抱き止めた。毒の香りが漂った部屋では、逆に澪の吐き気は和らいでしまった。まるで腹の子が、母を守っているかのように。
「なぜ……?どうして何もかもうまくいかないの…?」
苑は悔しさに声を振るわせた。
「澪なんかが……神に守られているというの……?」
楓花は信じられぬ思いで顔を覆った。
 嫉妬と憎悪は、ますます膨れ上がっていく。澪とその腹の子を巡る陰謀は、より深く、より卑劣なものへと変わろうとしていた。