春。柔らかな日差しが庭を照らし、白梅の花が風に揺れる。澪は産室の中、額に汗を浮かべながら必死に息を整えていた。痛みに震える体を必死に支えながらも、心の奥底には一つの想いがあった。「必ずこの子を抱きしめるのだ。」と。蒼嵐は産室の外で拳を握りしめ、落ち着かぬ様子で立ち尽くしていた。戦場で幾多の敵と刀を交えた彼ですら、今ほど体が震えることはなかった。
「澪……お前ならきっと乗り越えられる。」
やがて、産声が屋敷中に響き渡った。高く澄んだ声が、命の始まりを告げるように空気を震わせる。澪の腕には、小さな小さな命が抱かれていた。
「…生ま…れた……。」
蒼嵐が駆け込むと、澪は疲れきった顔で、それでも微笑みを浮かべながら子を差し出した。蒼嵐の頬を涙が伝う。
「見てください……蒼嵐様。私たちの子です。」
蒼嵐は震える手で子を受け取り、その温もりを胸に抱きしめた。彼の瞳からは、鋼のような武人の面影は消え、ただ一人の父の顔がそこにあった。
「小さいな、……だが、確かに生きている。我と、澪のすべてを受け継いで……。」
澪は力なく微笑みながらも、その眼差しには確かな誇りが宿っていた。彼女はかつて義務で花嫁となり、懐妊によって命を狙われ、幾度も苦難に晒された。しかし、そのすべてを越え、今ここに確かな未来を生きている。
「その子と共に歩んでいくのですね。」
「そうだ。我と、澪と、この子と、三人で。」
窓の外では梅の花が舞い、春風が新たな命を祝福するかのように吹き抜けていった。澪の未来は光に満ちている。澪は胸の中の小さな命を抱きしめ、静かに目を閉じた。心の奥底から溢れる幸せを噛み締めながら。
  物語はここで幕を閉じる。しかし、命と誓いはずっと輝き続ける。