月詠(つくよみ)の国には、太古より“神子の契り“という伝承がある。神の血を引く皇子が、特別な巫女と交わることで、真の力を得る事ができる。その力は、国を豊かに治め、災厄から民を守ると信じられていた。
 その年、神子の血の継ぐ若き皇子・蒼嵐(そうらん)が花嫁を探すこととなり、全国から娘たちが集められた。選ばれる花嫁は、一夜にして国母となり、神子の母となる。
 そんな中、名もなき山村の神社で育った澪(みお)も、その候補に加えられた。彼女は慎ましく、器量良しとは言えぬが、どこか神秘的な雰囲気を纏っていた。澪には血の繋がぬ義妹・苑(その)と、幼馴染で親友の・楓花(ふうか)がいた。二人は美しく、気も利くと評判で、澪の選出に内心激しい屈辱を覚えていた。
「まさか、あの澪が…」
「どうせ運が良かっただけでしょう?」
二人は笑っていたが、澪はただ静かに頭を下げるばかりだった。やがて、澪は帝都の宮へ呼ばれた。神子の血を持つ蒼嵐との対面は、夜の神殿で行われた。
 その夜、澪の身に不思議な熱が走った。白銀の月が澪の背に降り、蒼嵐と向かい合った瞬間、澪の身体が淡く輝いた。蒼嵐の瞳もまた、澪を見たときに光を放ち、契りの儀は神の意志によって結ばれたと認識された。
「……そなたが、神の選ばれし巫女か。」
蒼嵐の低く優しい声に、澪は何も言えずただ頷いた。巫女に選ばれた以上、逃げられぬ務め。胸の奥は強く怯えていたが、澪は衣を解かれ、薄布一枚に包まれる。蒼嵐もまた冷ややかな表情のまま澪を抱き寄せた。そこには、恋の甘さはなく、ただ国を背負う義務としての行為があった。唇が触れた時、澪の心臓は痛いほど脈打ち、羞恥と恐れで震えながらも、彼女は拒めなかった。
「……これが、務めなのですね。」
澪の声は震えていた。
「そうだ。…我らは神の意志に従う。」
蒼嵐の呟きもまた、硬い響きを帯びていた。やがて二人の影はひとつに溶け、月光の下で静かに結ばれた。甘美さではなく、冷たく重い運命の鎖のように。
 その日から、澪の体は暖かくなり、腹の奥には小さな命の灯火が灯っていた。
「お腹に…子が……」
医師の診断を受けた澪は、まだ信じられぬ思いでそう呟いた。知らせが届くと同時に、苑と楓花の顔が引きつった。
「……え、懐妊?あの澪が?」
「このままだと…本当に、澪が皇子の花嫁に…。」
二人の嫉妬と焦燥はこの時から始まった。