薬指に逆剥けができた。1本立った皮を引っ張ると、指の第二関節まで皮が捲れてしまった。痒くて痛くて、それを抑えるように貼った絆創膏も蒸れて、僕の薬指は最悪のコンディションだった。なんか臭いし、絆創膏貼ったところ。僕の薬指、このまま腐って壊死してしまうんじゃないだろうか。とかなんとか思いながら、毎日絆創膏を付け替えている。
広島駅の新幹線改札を抜けると、きれいになった駅直結の商業施設が見えた。知っているはずの駅なのに知らない光景に、僕は本当にひさしぶりにここへ来たんだなと思う。
逆剥けができるのは親不孝の証拠だ、とだれかがいっていたけど、たしかにそうかもしれない。大学に入学してから一度も実家へ帰っていない僕はきっと、この世の22歳の中でまあ上位に入りそうなくらいの親不孝ものだろう。
「ハヤテ!」
はっきりとした声で僕を呼ぶ声がして、声がしたほうへ体を向けた。持っていたボストンバッグが膝小僧にあたってぼすん、と音を出した。
視線を向けた先には約3年ぶりに見る兄が僕に向かって手を振っていた。まだ5月初旬だというのに肌は小麦色に焼けている。
「荷物そんだけかー? 夏までおるんじゃろ?」
兄は僕の右手からボストンバッグを奪い、駐車場へと歩き出した。3年ぶりともなるとどう話していたかなんてすぐに思い出せなくて、仕方なく前を歩く兄についていく。
「……迎え、ありがとう」
「おー、こっから2時間我慢せえよー」
「……父さんか母さんが来るのかと思ってた」
「なんね、俺じゃ不満か」
そういうわけじゃないけど、と言うと、兄は空を見上げながらがはがはと笑った。そういえばこの人は笑うとき顎をあげて笑う人だったな、と思い出す。
兄が「自分で買った」という背が高めの軽自動車はぴかぴかで、メタルオレンジの車体に輪郭がぼやけた僕をうつした。
ぼやけた僕は、大学生から弟へとシフトチェンジしようとしている、ぎこちない顔をしていた。
助手席には座布団とタオルケットが置いてあって、きっと兄は彼女がいるんだろうなと察する。むかしからこういう気遣いができる人だったから、ずっと人に好かれていた。同じ職場のひとかな、あの田舎でいいひとなんているのかな、なんて思っていると車が動き出した。
3つ上の兄は、大学卒業と同時に地元に戻り、地元の市役所で働き始めた。僕があまり好きじゃないあの街で、兄は骨を埋める覚悟をした。
兄の横顔を見る。ウインカーのリズムに合わせて小さく鼻歌を歌う兄は楽しそうで、どうして僕はこうなれないのかなと思う。兄みたいに気遣いができて、兄みたいにみんなに好かれたら。何度も思ったそれは、そのたびに僕の首を締め付けた。
兄はまわりの大人から「瞬ちゃん」と呼ばれ、僕は「ハヤテくん」と呼ばれる。僕たちの呼ばれ方がちがうと気づいたとき、僕と兄は違うんだって、そこが同じになることはないんだってわかってしまった。だから僕は家を飛び出したのだ。「瞬ちゃん」から離れるために。
「大学はどうなん」
薄暗い空を見つめたまま、僕は「ぼちぼちかな」と返す。思えば兄とこんなふうに2人きりで過ごすなんていつぶりだろうか。
「関西弁、全然うつっとらんな」
楽しみにしとったのに、とからかうような声で兄は言った。
「まあ、意外と関西出身の人いないから」
「広島弁は抜けとるんじゃな」
「……3年も帰ってなかったらそうなる、んじゃない?」
「ひぇ〜! なんかちょっと痒いなあ。ハヤテがハヤテじゃないみたいじゃ」
にいちゃんは、僕の何を知っているの。言葉にできるわけないその問いを飲み込んで、ETCゲートが僕らを乗せる車を飲み込んでいくのを見た。ぽん、と機械音が鳴って、車は速いスピードで走る車の群れの中に入っていく。
「大学の卒論、だったかいな。どんなの書くん」
ぐっとアクセルを踏みながら、兄はあっさりと僕に話しかける。いつだって兄へ気まずさを感じているのは僕だけで、それが僕にとっては苦しかった。
「平和的な、戦争的な……」
「ああ、戦後80年じゃもんな」
「教授が、そういうの好きで。好きって言うか、なんか熱心に話してて。これ系の話のときだけ。だから、このテーマに」
「……言い訳みたいな話し方じゃな。ええと思うよ、積極的にそういうんに触れるのは」
そうじゃなくてさ。また、言葉を飲み込む。
僕は、”そういうふう”に見られることが苦手だ。政治的というか、そういうのに興味があるような感じで見られるのがいやだ。なんでかはわからない。ただ、すごくいやなのだ。だけど、何にも興味がない僕が教授に認められるような卒業論文を書ける自信はなかったし、こういう持っている武器(広島生まれとかいう)(といってもアホみたいに田舎の生まれだけど)を使って挑むしかなかったのだ。
「それなら俺の仕事手伝ってくれや。今度平和行進あるけえ取材もしたらええじゃん」
「あ、りがとう」
平和行進ってなんだろう、と思っているとカーナビから曲が流れ始める。よく知らない、バンドの曲だった。低いベースの音がお腹に響いて、いつのまにか眠ってしまった。
広島駅の新幹線改札を抜けると、きれいになった駅直結の商業施設が見えた。知っているはずの駅なのに知らない光景に、僕は本当にひさしぶりにここへ来たんだなと思う。
逆剥けができるのは親不孝の証拠だ、とだれかがいっていたけど、たしかにそうかもしれない。大学に入学してから一度も実家へ帰っていない僕はきっと、この世の22歳の中でまあ上位に入りそうなくらいの親不孝ものだろう。
「ハヤテ!」
はっきりとした声で僕を呼ぶ声がして、声がしたほうへ体を向けた。持っていたボストンバッグが膝小僧にあたってぼすん、と音を出した。
視線を向けた先には約3年ぶりに見る兄が僕に向かって手を振っていた。まだ5月初旬だというのに肌は小麦色に焼けている。
「荷物そんだけかー? 夏までおるんじゃろ?」
兄は僕の右手からボストンバッグを奪い、駐車場へと歩き出した。3年ぶりともなるとどう話していたかなんてすぐに思い出せなくて、仕方なく前を歩く兄についていく。
「……迎え、ありがとう」
「おー、こっから2時間我慢せえよー」
「……父さんか母さんが来るのかと思ってた」
「なんね、俺じゃ不満か」
そういうわけじゃないけど、と言うと、兄は空を見上げながらがはがはと笑った。そういえばこの人は笑うとき顎をあげて笑う人だったな、と思い出す。
兄が「自分で買った」という背が高めの軽自動車はぴかぴかで、メタルオレンジの車体に輪郭がぼやけた僕をうつした。
ぼやけた僕は、大学生から弟へとシフトチェンジしようとしている、ぎこちない顔をしていた。
助手席には座布団とタオルケットが置いてあって、きっと兄は彼女がいるんだろうなと察する。むかしからこういう気遣いができる人だったから、ずっと人に好かれていた。同じ職場のひとかな、あの田舎でいいひとなんているのかな、なんて思っていると車が動き出した。
3つ上の兄は、大学卒業と同時に地元に戻り、地元の市役所で働き始めた。僕があまり好きじゃないあの街で、兄は骨を埋める覚悟をした。
兄の横顔を見る。ウインカーのリズムに合わせて小さく鼻歌を歌う兄は楽しそうで、どうして僕はこうなれないのかなと思う。兄みたいに気遣いができて、兄みたいにみんなに好かれたら。何度も思ったそれは、そのたびに僕の首を締め付けた。
兄はまわりの大人から「瞬ちゃん」と呼ばれ、僕は「ハヤテくん」と呼ばれる。僕たちの呼ばれ方がちがうと気づいたとき、僕と兄は違うんだって、そこが同じになることはないんだってわかってしまった。だから僕は家を飛び出したのだ。「瞬ちゃん」から離れるために。
「大学はどうなん」
薄暗い空を見つめたまま、僕は「ぼちぼちかな」と返す。思えば兄とこんなふうに2人きりで過ごすなんていつぶりだろうか。
「関西弁、全然うつっとらんな」
楽しみにしとったのに、とからかうような声で兄は言った。
「まあ、意外と関西出身の人いないから」
「広島弁は抜けとるんじゃな」
「……3年も帰ってなかったらそうなる、んじゃない?」
「ひぇ〜! なんかちょっと痒いなあ。ハヤテがハヤテじゃないみたいじゃ」
にいちゃんは、僕の何を知っているの。言葉にできるわけないその問いを飲み込んで、ETCゲートが僕らを乗せる車を飲み込んでいくのを見た。ぽん、と機械音が鳴って、車は速いスピードで走る車の群れの中に入っていく。
「大学の卒論、だったかいな。どんなの書くん」
ぐっとアクセルを踏みながら、兄はあっさりと僕に話しかける。いつだって兄へ気まずさを感じているのは僕だけで、それが僕にとっては苦しかった。
「平和的な、戦争的な……」
「ああ、戦後80年じゃもんな」
「教授が、そういうの好きで。好きって言うか、なんか熱心に話してて。これ系の話のときだけ。だから、このテーマに」
「……言い訳みたいな話し方じゃな。ええと思うよ、積極的にそういうんに触れるのは」
そうじゃなくてさ。また、言葉を飲み込む。
僕は、”そういうふう”に見られることが苦手だ。政治的というか、そういうのに興味があるような感じで見られるのがいやだ。なんでかはわからない。ただ、すごくいやなのだ。だけど、何にも興味がない僕が教授に認められるような卒業論文を書ける自信はなかったし、こういう持っている武器(広島生まれとかいう)(といってもアホみたいに田舎の生まれだけど)を使って挑むしかなかったのだ。
「それなら俺の仕事手伝ってくれや。今度平和行進あるけえ取材もしたらええじゃん」
「あ、りがとう」
平和行進ってなんだろう、と思っているとカーナビから曲が流れ始める。よく知らない、バンドの曲だった。低いベースの音がお腹に響いて、いつのまにか眠ってしまった。
