「ラストダンスまで、あと二曲となりました。皆さま……」

 何とか軍人貴族との連続ダンスを切り抜け、私はヘロヘロになりながら少し休憩していた。
 遂にあと一回でラストダンスとなり、私はある意味ホッとしていた。
 ルーカス様は陛下と談笑をしているので、貴族令嬢はルーカス様をダンスに誘えず歯がゆい思いをしていた。
 私も使用人からグラスを受け取ってジュースを飲もうとした瞬間、予想外のことが起きてしまった。

「リン様、どうか私とダンスを……」
「いいえ、ここは私めと踊るのです」
「いやいや、ここは私が……」

 何と、ラストチャンスだと思って必死の形相の貴族子弟が、集団で私に迫ってきたのです。
 しかも、焦っているのか我先にという感じだった。
 アメリアさんたちは私の近くにいたが、たまたま別の人と談笑していたのでこの状況に気づかなかった。

「リン様、是非私とダンスを……」
「ちょっ、ちょっと待っ……」

 ガツン、バシャーン。

「「「あっ……」」」

 そして、焦った貴族子弟の一人が私の腕を引っ張り、その反動でグラスに入っていたジュースがドレスに思いっきりかかってしまったのです。
 しかも、よりによってぶどうジュースです。
 流石に貴族子弟もこれはマズイと思い、やってしまったという表情のまま固まってしまった。
 いやいや、やってしまったというのは私の方なんですけど。
 しかも、ちょっとした惨劇なので会場にいる人全ての動きが止まり、全員の視線が私に注がれたのだ。

 ズゴゴゴゴ……

「貴様ら、土下座するのじゃ……」
「せっかくリンの為に用意したドレスをあんなことにするなんて。許せないわね……」
「「「申し訳ありません……」」」

 超激怒しているマリア様とフレイア様の怒気に飲まれ、さっきまで私をダンスに必死に誘っていた貴族子弟は体を小さくしながら土下座をしていた。
 実際にこの騒ぎのせいで完全にダンスパーティーがストップしていて、結構な惨事になっていた。

「リンさん、直ぐに着替えをしましょう」
「そうね。今なら、まだラストダンスに間に合うわ」

 その間に、アメリアさんとなんと王妃様が私を衣装部屋に案内してくれた。
 あの、生活魔法を使えば染みは直ぐによくなるのですけど……

「ずっと踊っていたから、髪もメイクも少し崩れていますわ。流石にリンさんの生活魔法ではそこまで綺麗にはなりませんのよ」
「ついでだから、お色直しをしちゃいましょう。良いものを用意しているのよ」

 あの、アメリアさんの言うことは分かるけど、王妃様の言ういいものってものがとても不安なのですけど……
 衣装部屋に着いたら、先ずはジュースで汚れたドレスを生活魔法で綺麗にします。

 シュイン、ぴかー。

「リンさんの生活魔法は、本当に凄いですわ。まるで新品みたいに綺麗になりましたわ」
「屋敷をまるまる綺麗に出来るのだから、このくらいは朝飯前って感じね。でも、せっかく綺麗にしてもらって悪いけど、こっちのドレスに着替えてもらえるかしら」

 王妃様の合図で使用人が持ってきたのは、なんと王家の人々が着るような物凄い豪華なドレスだった。
 あの、私の方が完全にドレスに着られているようなものなのですが……
 そう思っても私に拒否権なんてないので、急いで新しいドレスに着替えた。
 アクセサリーはそのままなのだけど、髪も一度解いてからもう一度編みなおしていく。
 更に、化粧も落としてからやり直していった。
 複数の王族専属使用人は、またまた物凄いスピードでこなしていった。
 結果的に、五分もかからずに全ての支度を終えてしまったのだった。

「さて、少し休憩しましょう。どうやら、あの愚か者たちのせいでダンスパーティーが完全にストップしているわ」
「その、大変申し訳ありません」
「リンが悪いのではないわ。寧ろ、休憩を取ろうとしたものに徒党を組んでダンスの相手となるように迫るなんてマナー違反も甚だしいわ」

 紅茶を飲みながらも、王妃様はプンプンとしながら説明してくれた。
 実は陛下も私に詰め寄った貴族子弟の行動に憤慨していて、マリア様とフレイア様が説教しているところに合流しようとしていたらしい。
 間違いなく、親とともにパーティーを追放されるはずだという。
 私としても、私のことを金づるとしか思っていない貴族子弟とは一緒にいたくなかった。
 更に王家のみならず二つの公爵家に喧嘩を売ったことにもなり、当分は出世など見込めなくなった。
 完全に自業自得なので、全く同情などしないが。

「ルーカスにも、必死に色目を使ってアピールしている貴族令嬢が多数いたわ。幾らルーカスに近づきたいとは言え、品が無さすぎるわね」
「「あはは……」」

 王妃様の止まらない愚痴に、私とアメリアさんは思わず苦笑してしまった。
 美貌やスタイルを使ってルーカス様アピールしても、全くの逆効果になるだけだ。
 しかし、その貴族令嬢はルーカス様に接触できないので、色目を使わないとアピールできない。
 他の王族や軍人貴族も、貴族令嬢の態度に呆れるばかりだった。
 すると、使用人が大部屋の状況を報告してきた。

「失礼します、現在の状況を報告いたします。多くの視線がリン様に詰め寄ったものに向いている隙に、ルーカス様にラストダンスを踊るように要求する貴族令嬢が多数現れました。王太后様並びに王太子妃様が、ルーカス様に詰め寄った貴族令嬢に説教をしております。そのため、ダンスパーティーは一時休会となり間もなくルーカス様もこちらに来られるとのことです」
「「「はあ……」」」

 今まさにルーカス様に詰め寄っていた貴族令嬢の話をしていたのに、その貴族令嬢が色々とやらかしてしまったとは。
 私のみならず、王妃様、アメリア様も思わず呆れてしまった。
 今何をして良くて何をしたら駄目なのかという判断すらつかないなんて、よほど焦っているのか元から考える能力がないのかのどちらかだろう。
 いずれにせよ、急いで大部屋に戻る必要はなくなり、私はかなりホッとしたのだった。