しかし、翌日の夕方にいきなり事件が起きてしまった。
 その日は軍の施設で治療を行い、全ての対応が終わってから冒険者ギルドに向かった。
 そして、冒険者ギルドの前まで軍の兵が送ってくれたのだが、冒険者ギルドについて兵と別れた時だった。

「グルルルル……」

 ザッ、ザッ。

 突然シルバが唸り声を上げたかと思ったら、物陰から二十人以上が現れて私たちを取り囲んだのだ。
 明らかに不良だという風貌で、ナイフを構えながらニタニタと私たちの方を見ていた。
 そして、私たちを取り囲む不良の外側に明らかに場違いな豪華な服装を着ている六人がいた。
 三人の令嬢は昨日教会でアメリアさんに因縁をつけてきた女性で、その側にいるのは令嬢の父親とみて間違いなさそうだ。
 はち切れんばかりの大きなお腹をした肥満体型で、背はそこまで大きくなかった。

「お父様、あいつです。教会で私たちを邪魔した女に間違いありません」
「そうか、コイツが儂らをコケにした小娘だな」

 令嬢の一人が父親に寄り添いながら私のことを指差していたけど、如何にも私が悪いって感じで言っていますね。
 いじめっ子が、いじめがバレて親に言いつけている状況にそっくりだった。
 そういえば、前世の会社でも上司に媚を売って人を悪者にしていた同僚がいたなあ。
 念の為に、あのことを言っておこう。

「えーっと、国から私に接触しないように命令が出ていたはずですけど……」
「ふん、そんなもの知るか! 貴族のプライドを馬鹿にされて、このままにしていられるか!」

 貴族当主は口から唾を飛ばしながら激昂していたけど、コイツラは自分たちの面子を守るのが何よりの優先事項なんだ。
 最も、その面子がぐしゃぐしゃに潰れたものは完全に自業自得なんだが。
 あまりにも馬鹿馬鹿しくて、私は思わず溜息をついてしまった。
 未だに唸り声を上げているシルバはともかくとして、シルバの頭の上に乗っているスラちゃんも触手を広げてやってられないってリアクションだった。

「おい、やっちまえ!」
「「「おう!」」」

 そして、貴族当主が直ぐに不良たちに指示を出し、不良は手にしていたナイフを一斉に私たちめがけて投げつけたのだ。
 先手必勝でしかも数による飽和攻撃なのだろうが、私は既に防御準備を整えていた。

 シュイン、バキン!
 ガキン、ガキン、ガキン。

 私は、シルバとスラちゃんを含めた形で魔法障壁を展開していた。
 不良たちが投げたナイフなどの凶器は、全て魔法障壁に弾かれて私に届くことはなかった。

「「「なっ!?」」」
「はあ、こちらもなにも準備していない訳ないですよ。ナイフを見せられたのですから、対抗措置くらい直ぐに準備しますよ」

 私とスラちゃんがやれやれって感じのリアクションをすると、貴族当主と令嬢を含めた全員が度肝を抜かれていた。
 さて、少しお仕置きしてあげないといけませんね。
 私は、拳を構えながらシルバとスラちゃんに声をかけた。

「シルバ、スラちゃん、生け捕りだよ。殺しちゃ駄目だよ」
「ウォン!」

 もはや我慢の限界って感じで、シルバが大きな声を上げた。
 かくいう、私もスラちゃんももう怒りを抑えられそうにありません。
 まずは、邪魔な不良たちを戦闘不能にしないと。

 シュッ、バキ、ボカン!

「「「ぐはぁ!」」」
「「「はっ!?」」」

 目の前で私たちに不良たちが圧倒されるのを見た貴族当主と令嬢が、思わず信じられないって声を上げていた。
 私は身体能力強化魔法を使って、一気に不良たちを殴り飛ばしていた。
 鳩尾に脇腹、すねなどに強烈な打撃を加えていった。
 普段から行っているシルバとの手合わせがとても効果的で、不良たちの動きがかなり遅く感じた。
 シルバも不良たちに体当たりをぶちかましていて、スラちゃんも魔法障壁を展開しながら不良たちを吹き飛ばしていた。

「「「うぅ……」」」

 二十人以上いた不良たちは、結局一分も掛からずに戦闘不能になった。
 骨が折れているものもいるだろうが、こっちは大量の凶器を投げつけられたのだ。
 因果応報と言えよう。

「さて……」

 ザッ、ザッ。

「「「ヒィィィ……」」」

 私は、目の前の状況に驚いて尻もちをついていた貴族当主と令嬢に一歩ずつ歩み寄った。
 貴族当主と令嬢は、私が不良たちに惨殺されるのを予想していたはずだ。
 なので、その不良たちを圧倒した私たちに恐怖を感じていたみたいだ。

「人にこれだけのことをしたのだから、自分も同じことをされるだけの覚悟はもちろんあるよね?」
「グルルルル……」
「「「はわわわわ……」」」

 貴族当主と令嬢は、尚もゆっくりと近づいてくる私たちに恐怖していた。
 自分は特別な人間だと思っていたからこそ、逆の立場になることを想定していなかったみたいだ。

 パカッ、パカッ、パカッ。

 貴族当主と令嬢まであと数メートルというタイミングで、たくさんの騎馬隊が私たちのところにやってきた。
 軍の騎馬隊で、見たこともある人も含まれていた。

「お、おい、あの小娘を捕まえろ! 貴族たる儂らに歯向かったのだ!」
「そ、そうですわ。わ、悪いのはあの女ですわ」

 すると、何故か貴族当主と令嬢が震えながら変なことを騎馬隊に言ったのだ。
 貴族当主と令嬢にとっては、騎馬隊が来て思わず助かったのだと思ったのだろう。
 しかし、この人の登場で再び現実にもどされてしまった。

「貴様らは国からの命令を豪快に破ったばかりか、王家に恩のあるものを殺そうとしたな。リンと一緒にいた兵が、全てを報告したぞ!」
「コイツラを捕らえよ! 国家の命令違反で、直ぐに屋敷の捜索も行うのだ!」
「「「げーーー! アーサー殿下、ルーカス殿下!!!」」」

 怒り心頭のアーサー様とルーカス様の登場に、貴族当主と令嬢は完全に度肝を抜かれていた。
 そして、貴族当主と令嬢は兵に縄で拘束されて連行されていった。
 不良たちも兵によって拘束されていたが、未だにノックアウト状態から動けないでいた。
 取り敢えず、これで落ち着いたみたいですね。

「アーサー様、ルーカス様、助けて頂きありがとうございます」
「ウォン!」

 私たちは、駆けつけてくれたアーサー様とルーカス様にペコリと頭を下げた。
 シルバも、緊張状態から解放されていつも通りの陽気な姿に戻っていた。

「これは、俺たち軍の仕事だから気にするな。まあ、リンならアイツラに負けるはずはないから、少し様子を見させて貰った」
「そうしたら、リンが殺気を纏ったままあの馬鹿どもに近づいて行ったから、慌てて駆けつけたのだよ。怒りはコントロールされているみたいだったけど、貴族当主をボコボコにすると後が面倒くさいからね」

 アーサー様よりも、ルーカス様の話にかなりダメージを受けてしまった。
 確かに、あの時の私は数発殴らないと気がすまないところだった。
 そういう意味では、ナイスタイミングで乱入してくれたんだ。

「取り敢えず、後は俺たちに任せろ。これだけの馬鹿なことをしたのだから、専従捜査班を作らないとならないな」
「明日、お祖母様の治療の際にアメリアにも無事を報告するといい。リンが襲われたと聞いて、酷く動揺していたぞ」

 うう、またもやアーサー様よりもルーカス様の話にズドーンとダメージを受けてしまった。
 王太后様にも会う予定だし、その時に今日のことを色々説明しよう。
 こうして、昨日アメリアさんに絡んだ貴族家による襲撃は終わりを告げた。
 そして、冒険者ギルドに入ると私たちが不良たちを一瞬でボコボコにしてカッコよかったと多くの冒険者に囲まれてしまった。
 私としては、身に降りかかってきた火の粉を振り払っただけなんだよね。