武器屋に行った翌日は、予定通り治療対応をすることになっていた。
 今日が王太后様の治療で、明日が教会での奉仕作業となっている。
 なので、私たちは身支度を整えて王城に向かった。
 最近は、アメリアさんと王城のロビーで待ち合わせをしていたのだ。
 更に、アメリアさんから教えて貰った商会でちょっとしたドレスを購入した。
 やはり、王太后様のところに行くのならそれなりの格好をしないといけないと思ったからだ。

「貴族は格好から入る人が多いですけど、そうやって色々なことを気遣う令嬢はあまり多くないのです。どちらかというと、自己主張が強い方がおりまして……」

 王城のロビーで落ち合ったアメリアさんと王城の中を歩きながら進んで行ったけど、派手な宝石を身に着けたりして自己主張をしている令嬢がいるそうです。
 相手に合わせて宝石を選ぶことは、大事なことだと思うんだよなあ。
 貴族令嬢だから何をしても良いってわけじゃないだろうし。
 同じことを、治療対象の人も言っていた。

「貴族はなめられたらお終いって、変な考え方を持っているものがいるのは確かね。昔から、その辺りはあまり変わりはないわ。相手のことを考えることを、もっと多くの貴族に持ってもらいたいわね」

 私とアメリアさんの治療を受けながら、王太后様がしみじみと話をしていました。
 特に王族に媚びる貴族令嬢は数多く、本当に必死らしい。

「アメリアやリンの様に、人のことを考えて行動する様にならないと駄目なのよ。特に、王族は独立しても常に周りから厳しい目で見られているわ。そんな孫のところに、自己主張の強い令嬢なんて嫁がせたくないわ」

 この言い方だと、きっと息子である陛下や他の人の時にも散々嫌な目にあったのでしょうね。
 王太后様の言葉の重みが凄いです。
 さてさて、本題の王太后様への治療は随分と進み、今度から二週間に一度のペースで治療することになりました。
 それだけ、王太后様の調子が良くなった証拠ですね。
 今では、車椅子に乗って移動出来るようになったそうです。
 そして、もう少ししたら歩行訓練も始めるという。
 寝たきりの状態から比べると、本当に良くなりました。
 すると、王太后様がベッドの脇に座っているシルバの毛並みに気がついたみたいです。

「あら、シルバの毛並みがいつもよりも良いわね。リン、何かやったのかしら?」
「昨日武器屋に行った際に、鉄製のブラシを購入しました。そのブラシで梳かしたところ、このような毛並みになりました」
「ウォン!」

 シルバも、自分の毛並みがピカピカだと言われてご満悦みたいですね。
 なので、私は魔法袋からブラシを取り出して王太后様に渡したのだった。
 王太后様が、目をキラキラさせながら私のことを見ていたからだ。

「あら、これはとても良いものだわ。それに、シルバもとても気持ちよさそうにしているわね」
「キューン」

 王太后様は、とても面白そうにシルバの毛並みを鉄製のブラシで梳かしていました。
 シルバも、とても気持ちよさそうにうっとりしていますね。
 そして、このタイミングで王太后様の部屋に入ってきた人がいました。

 ガチャ。

「お祖母様、失礼するのじゃ。って、何をしているのじゃ?」

 マリア様が部屋の中に入って来たのだが、王太后様がうっとりとしながらシルバのブラッシングをしているのを疑問に思っていた。

「ふふ、マリアも後で試してみればいいわ。中々癖になるわよ」
「ワフーン」

 何だか、シルバの顔が蕩けてきているのは気のせいじゃないと思う。
 とにかく治療は終わったので、私たちは改めてマリア様の部屋に移動して話をすることにした。

「ほほう、ここが良いのか?」
「ワフー……」

 シルバは、マリア様にお腹を鉄製のブラシで梳かされてデロデロに溶け切った表情をしていた。
 アメリアさんも、ニコリとしながらシルバのお腹をわしゃわしゃと撫でていた。
 もうシルバは大フィーバー状態で、私もスラちゃんもどうしようもないとちょっと苦笑していた。

「なるほど、これは癖になるのう。確かに、シルバの毛並みがピカピカになっている」
「フェンリルに触る機会自体が滅多にないことですし、シルバはとても人懐っこいですわね」
「すぴー」

 マリア様とアメリアさんは、お茶を飲んでニコニコしながらシルバの毛並みを梳かした感想を言い合っていた。
 ちなみに、お茶の前に皆さんの体を生活魔法で綺麗にしていた。
 そして、散々撫でられたシルバは、気持ちよくなって床に丸まって寝ていた。
 まあ、帰る前には起きるでしょう。

「しかし、お祖母様も元気になって本当に良かったのじゃ。これも、アメリアとリンのおかげじゃ。妾からも礼を言う」

 そして、少し落ち着いたらマリア様が私とリンさんに深々と頭を下げてきたのだ。
 マリア様の予想外の行動に、私とアメリアさんは思わずワタワタとしてしまった。

「ま、マリア様、頭を上げてください。私は、良くなればという思いで治療しただけです」
「そ、そうです。それに、私だけの力ですと王太后様の容体は現状維持が精一杯でした」
「ふふ、やはり二人は良い人格者じゃ。治療に付け込んで色々な要求をしてくるものもいるじゃろうが、二人は無欲で治療に臨んでくれたのじゃ。そういう存在は、王族にとっては稀有なのじゃ」

 マリア様は、未成年ながら王族に向けられる視線や欲望を理解していた。
 だからこそ、私やアメリアさんに素直にお礼を言ったのでしょう。
 そう考えると、王族は本当に大変な存在なんですね。

「アメリアとリンへの報酬は、父上が色々と考えているそうじゃ。まあ、暫し待つように」

 えーっと、王女であるマリア様の父親ってあの人だよね……
 まだ会ったことはないけど、これはとんでもないことになりそうだ。
 私とスラちゃんは、思わず背筋を正したのだった。

「フシュー、フシュー」

 この時ばかりは、呑気に寝ているシルバのことが羨ましくなった。
 その後も色々と話をしたのだけど、明日のことになるとマリア様がちょっとしゅんとしてしまった。

「済まぬが、明日は公務があるのじゃ。なので、妾は奉仕活動に参加できぬ。来月の奉仕活動には参加できるはずじゃ」
「王族なのですから、公務は致し方ないですね。私とリンさんで、しっかりと治療を行います」
「うむ、頼むぞ」

 こうして、今日の王太后様への治療は無事に完了した。
 明日はどんなことになるのかなと軽く考えていたが、まさに私の運命を変える一日になるとはこの時はさっぱり思わなかった。