文化祭が終わって、半月。
 僕たちの日常は、驚くほど何も変わらなかった。
 ……いや、一つだけ、大きな変化があった。放課後、写真部の部室で二人きりになる時間が、僕にとって何よりも大切な「日常」になったことだ。

 火曜の放課後。
 僕はいつものように、部室の窓際でカメラの手入れをしていた。隣では、大和がファッション雑誌を真剣な顔でめくっている。

「先輩、このモデルのポージングどう思います? なんか、ちょっと硬くないすか?」

 そう言いながら僕の方に雑誌を渡す。
 ページをめくると、そこにいたのは、僕の知らない成瀬大和だった。
 プロのヘアメイクとスタイリングで、いつもよりずっと大人びて見える。クールな表情で、高価そうな秋物のコートを着こなしている彼は、僕の知っている太陽みたいな彼とは、まるで別人だった。

「大和くんのモデルの姿……はじめてみた……」

 僕は初めてみる彼のモデル姿にじっと見入った。

「どうっすか?」
「……少し力みすぎてるかも、でも……すごい」

 思わず、声が漏れた。

「え、そうですか? 俺、この時の撮影、全然ダメだったんすよ。カメラマンの人にめっちゃ怒られて」

 彼は照れくさそうに頭を掻く。

「……かっこいい」
「……え?」

 僕の小さな呟きに、彼が顔を上げる。
 雑誌の中の、完璧なモデルの彼。それは僕の知らない、遠い世界の人間みたいだった。
 僕は雑誌から顔を上げて、すぐ隣にいる彼の目をまっすぐに見た。

「え、どっちすか? 雑誌の俺と、今の俺」
「……どっちもカッコいいけど」

 一瞬迷ったあとで、僕は正直に続けた。

「でも、僕は……カメラの前ですましてる顔より、今ここにいる大和くんの方が好き」

 僕はぱっと雑誌で顔を隠した。それは、僕なりの、ほんの少しの抵抗だったのかもしれない。
 僕の言葉に大和は一瞬、目を丸くした。そして次の瞬間、僕の持っていた雑誌を放り出して抱きしめられた。
 耳元で、彼の少しだけ拗ねたような、でも、どうしようもなく嬉しそうな声がする。

「……そういう言い方、ずるいっす。でも、先輩だけには、全部見てほしいかな。本当の俺も、かっこ悪いところも、ぜんぶ」

 大和が大人びた笑い方をした。

「そんな言い方……大和くんの方が、ずるいよ」

 窓の外は、もうオレンジ色に染まり始めていた。

 僕の言葉に、彼は腕の力をさらに強くする。
 ファインダー越しじゃなくてもわかる。
 今、彼は世界で一番いい顔で笑っている。