言えなかった2文字は白く藍色に残っている



夜の病院は昼間とはまるで違う
静まり返った廊下。聞こえるのはどこか遠くで鳴るナースコールの音と誰かの足音

私はふと眠れなくて1階の自販機まで行った
病棟の許可が出ている時間はギリギリだけどなんとなく今日は少しだけ歩きたかった

「………」

ボタンを押すとガタンと落ちてくる音
取り出し口から取り出したのはりんごジュース。
なんとなく今日は甘いのが飲みたかった

「………あれ」

声がして振り向くと、そこにいたのは湊くんだった

「白藍さん?こんな時間にどうしたの」

パジャマ姿で紙パックの飲み物を持っている私を見て、湊くんは少し驚いた顔で、でもすぐに笑った

「眠れなくて、ちょっと散歩?湊くんは?」
「俺は…奏が眠るまでいようと思ってのこの時間。奏がついに「覚悟しておいて」って言われたみたいで」

湊くんの声が少しだけ掠れていた
私はなにも言えなかった
ただ隣に立って、黙ってりんごジュースを1口飲んだ

「白藍さんは怖くないの?その、いろんなこと」

その問いは静かな夜にすごく重く響いた
私は少しだけ考えて答えた

「……怖いよ。めっちゃ怖い。でもそれ以上に、何も出来ずに終わるのがもっと怖い」
「終わる、?何も出来ずに、?」
「うん。誰にも言えず、何も残せずに、ただ消えるのが。それだけは絶対に嫌。だから今考えてる。私が生きてる間にできること。」

湊くんは目を伏せて、小さく頷いた
きっと私の余命が僅かなのもこれでバレた

「白藍さんって強いんですね」
「強くなんかないよ。……ただ決めたの。残された時間の中でちゃんと生きるって」

ふと風が吹いた

病院の外には
小さな庭があって誰もいないベンチが並んでいる

「行こっか。外、ちょっとだけ」
「え?いいの?」
「うん。せっかくだし、湊くんともう少し話したい」

それは、たぶん、心からの言葉だった
そして湊くんも静かに笑った

「……じゃあ、行こっか」

二人で並んで歩く病院の夜道は、静かで、切なくて、でもどこか安心できた
今がまだ、ちゃんとここにある気がした