しばらく、風の音だけが会話の代わりだった。

どちらからともなく、自然と視線が空へ向いた。 空にはもう星が出ていたけれど、なんだかぼんやりとにじんで見えた。

「……湊くんってさ」
「うん?」

「ひとりぼっちになっても、誰にも甘えなさそう」
「なにそれ。俺そんなに頑固に見える?」
「頑固っていうか……我慢強いなって」
「白藍こそ。俺よりよっぽど強いだろ」

私はかすかに笑った。 “強い”なんて、誰かに言われたのは、きっと初めてだった。

「……じゃあ、湊くん」
「ん?」
「もし、あと2ヶ月で世界が終わるとしたら、何がしたい?」

それは、前に奏ちゃんが私に聞いてきた問いだった。
湊くんは少しだけ考えて、それから言った。

「……難しいな。でも」
「でも?」

「誰かのそばにいたって思える時間が、たくさんあったらいいなって思う。……できれば、笑ってたくさん話して」

その言葉に、胸がじんわりとあたたかくなる。

「……じゃあさ」
「うん?」

「あと2ヶ月、私のそばにいてくれる?」

そう言った瞬間、風の音だけが間を埋めた。

湊くんは何も言わなかった。
いや、言えなかったのかもしれない。

「……ごめん、今の、なし」

気まずくて、つい冗談っぽくごまかそうとする。
でも、湊くんはゆっくりと首を横に振った。

「違う、違うんだ。そういうんじゃなくて……」

彼の目はどこか遠くを見ていた。

「俺、また大事な人を見送るのが……怖いんだ。
 好きになればなるほど、最後が辛くなるってわかってるのに、それでも、そばにいたいって思う。……だから迷う」

その言葉に、私は何も言えなかった。
ただ、胸の奥がきゅっと締めつけられた。

「勝手だよね。弱いよね、俺」

湊くんはそう笑ったけれど、その声は震えていた。

「ううん。わかるよ。私もそう。いつか終わるってわかってるのに、期待しちゃうの」

だから怖い。だから踏み出せない。
でもそれでも、人を好きになってしまう。

それが、恋なんだと思った。

「……だから、湊くん」
「うん」

「それでも、私はあと2ヶ月、一緒にいたいって思ってるよ」

私がそう言ったあと、湊くんは少しのあいだ沈黙していた。

風が、また吹いた。

「……白藍」

その声は、思ったよりも低くて、かすれていた。

「…俺さ、小さい頃から俺が好きになった人、みんな俺の前からいなくなるんだよ」
「え……?」

「母さんも、奏も。むかし【好き】って思った先生も、仲良かった友達も気づいたら、いなくなってた。俺が人を好きになるってことは、その人がいなくなるフラグみたいでさ」

それは冗談のように聞こえて、
でも、まったく冗談じゃない声だった。

「俺、白藍のこと、たぶん……いや、もう、好きなんだけど」

そう言ったあと、彼はうつむいたまま、ぎゅっと拳を握った。

「でも、また失うのが怖くて、あと2ヶ月って言葉が、頭に焼きついて離れなくて……どうしたらいいかわかんない」

私は何も言えなかった。
言葉を出したら、泣いてしまいそうだったから。

でも、胸の奥が、熱くなった。

こんなに優しい人が、
ずっと自分の悲しみにひとりで耐えてたんだって思ったら
悔しくて、苦しくて…抱きしめたくなった。

「ごめん、けど」

やっと出せた私の言葉は、震えていた。

「私がいなくなるのは確定だから。だからこそ!
いっしょにいたいんじゃん」

「え……?」

「それに、湊くんの中に、ちゃんと残って、【いなかったこと】にはしない。私、そういう生き方するって決めたから」

湊くんは、一瞬だけ私の顔を見て、それからまた空を見上げた。

「……怖いんだよ…」

「うん。じゃあそれでいいよ、怖いままで。ちゃんと隣にいてくれたら、私はそれでいい」

風がまた吹いた。

沈黙が、少しだけあたたかくなった気がした。