すっきりとした青空が先まで続いている。綿のように白く細やかな雲がその青に混ざる余地は、どうやら残されていないようだ。三階の部活棟にある音楽室から一階の空き教室への移動中、僕は中庭を見下ろす快晴に目を奪われる。
生徒玄関前から中庭に出ることができる扉は開放され、中庭の奥にあるテニスコートからボールの弾む音が聞こえた。他の教室から鳴る金管楽器や木管楽器の不揃いな音色はチューニングによるものだ。
早く空き教室に行かないとと急かされる心地だったけれど、視界も気持ちも風よけの木々に隔てられたテニスコートに向く。手に持っていた楽譜をぐしゃりと握ってしまいながら、じいと見る。
逆光で薄暗い廊下から明るい風景を見ているだけなのに、口が引き結ばれた。ボールの弾む音に拍手と歓声が混ざる。テニス部を応援する女子生徒の黄色い声は、楽器の音色に負けないほど大きい。
あの白日の下に近づきたい。あのテニスコートに隠されたものを見に行きたいけれど、これ以上扉に近づいてしまったら熱に溶かされてしまいそうだ。
「悠ごめん。待たせた」
外を見つめる僕に、同級生で同じ部活に所属する小倉一輝が声を掛けた。それとほとんど同時に、外からは女子生徒の大きな歓声が響く。夏風を浴びながら二人でテニスコートを見る。
「相変わらずすげー……」
「あいつが二年生になってから、急にファンの子増えた感じがする」
テニス部に所属する男子生徒は少なくない。けれど、まるでアイドルを目にしているかのような歓声が上がる原因は一つだった。一輝と同じクラスの速水七瀬。一年生の頃より身長が伸び、テニス部で良い成績を収めることが増えた速水の人気は留まるところを知らない。
速水は白日の下でも溶けることなく、先へと進んでいる。日陰からただ彼のことを見ているだけの僕とは違う。その事実に喉がきゅうと締まる。外から流れる夏風に、この先に進むことはできないと言われているようだった。
「玉城に小倉ー。さっさと来ーい」
「やべっ」
部長の声に一輝が反応する。空き教室方向の廊下を見ると、曲がり角の所に秋羽部長の姿があった。胸の前で腕を組み、呆れたような表情をしている。後ろ髪を引かれる心地で扉の前を離れ、小走りで部長の元へと向かう。動き出した僕たちの姿を確認した部長は。「三組に集合ね」と告げて先に行ってしまった。
北幌市立南高等学校――通称幌南は文武両道を掲げる進学校だ。開校からの歴史は浅いものの、運動部や文化部ともに様々な大会で好成績を収めている。校訓として自由が掲げられ、制服以外の服装規範がないところに自由な幌南らしさがあった。
僕が所属する吹奏楽部は、幌南の数ある部活の中で特に有名だった。総部員数は百名を越え、年々増える新入部員のおかげでパートメンバー争いは難度を増している。
顧問の山路先生は吹奏楽の現場に長く身を置いた重鎮で、時折教え子だというプロの演奏家を技術指導者として呼んでくれることがあった。部活を主体的に進めていくのは部長を始めとした三年生と、部内投票で選ばれたパートリーダーの面々。生徒主体で部活を構成することが、山路先生のこだわりだ。
「シングルストローク」
教室の中央に置かれた机の上、メトロノームが一定の速度で左右に揺れる。二十人がそれを取り囲むようにして座る。僕と一輝もその輪に加わり、目の前のトレーニングパッドに向かっていた。両隣りの息遣いに集中し、両手に持ったスティックをトン、トンと交互に動かす。テンポ、音の大きさ、音の粒、それらにムラが生まれないように。
始めはバラバラな音がゆっくりと合っていく。二十人分の音が揃うのは練習の時しかない。一つの音だけでは心細いけれど、こうして音が集まっていき、一体となっている感覚に包まれるこの瞬間が大好きだ。
「ダブルストローク」
秋羽部長が発した一拍後、音色が替わる。トントン、トントン。規則的に動かす腕が少しずつ疲れ、肘が落ちてきそうになるのを堪える。このリズムを身体が忘れないようにスティックを打つ。トレーニングパッドから跳ね返るスティックの力を一定に保つことを意識する。
入部した新入生八人がパーカッション所属になり、はや三ヶ月。ようやく音の粒が揃うようになってきた。シングルストロークとダブルストロークを数回繰り返したところで、「ストップ」と部長の声が響く。全員がぴたりとスティックを上げ、音を止めた。
ストローク練習が終わる。動かし続けていた腕の疲労感だけでなく、座りっぱなしだった腰にも疲労が蓄積している感覚があった。一年生も少しずつ慣れてきているだろうけれど、僕たち二年生や三年生に比べると疲労は大きそうだ。
「じゃあ、いったんおしまい。音楽室は今日使えないから、外周走って筋トレにしよっかな」
部長の言葉を受けて、それぞれ立ち上がり机や椅子を片づける。空は相変わらず雲一つなく、ギラギラと強い陽射しが降り注いでいた。この中を、外周するのかぁ。暑いし苦しいし走るのは得意じゃないから気は進まない。けれど、体力づくりの必要性は理解している。不満を隠すように、机を持ち上げると同時にふうっと息を吐いた。
「片付け終わったね。十五分後に着替えて校門前集合ね」
部活棟から教室棟へ移動し、四階の教室に戻る。幌南は生徒玄関を含んだ部活棟と、教室棟、美術室や音楽室などがある実習棟があり、中庭を中心にコの字型に造らている。教室の窓からは正面に中庭と、左右にそれぞれ部活棟と実習棟が伸びているのが見えた。
教室からは秘密の園のように木々に囲まれたテニスコートを見下ろすことができる。四面あるテニスコートにはそれぞれ二人が、ネットを挟んで対峙している姿を容易に確認することができた。審判台に座っている人もいるから、きっと試合形式の練習をしているのだろう。
テニスコートの奥、学校の外周を取り囲むように遊歩道が伸びている。校門を出て右に曲がり、五十メートルほどの坂道を上り、さらに右へ進むと遊歩道に行くことができた。外周を走る時に必ず遊歩道を通るが、その道にたくさんの女子生徒が集まっている様子が見える。窓が開いている教室に、彼女たちの拍手や応援の声が届く。
ミニチュアのようにしか見えないけれど、彼女たちが応援しているのは間違いなく速水だった。僕は運動着に着替え終わってもなお、静かにテニスコートを見つめてしまう。明るくて眩しい外にいる速水を。
「おーい、ゆーう。もう時間なるぞー」
「えっうそ。うわマジじゃん」
教室の時計は、集合時間の一分ほど前を指し示す。急いで教室を出て、一輝とともに生徒玄関に向かう。
「テニス部?」
「あー……うん。今日もやっぱすごかったわ」
一輝の言葉に、どう答えようか悩みあの女子生徒たちの様子を伝える。悪いことをしていたわけではないけれど、集合時間を忘れそうになっていた事実に後ろめたさがあった。優しく笑う一輝は、小さな違和感に気がついているような気がする。そのことを確認する勇気は、僕にはなかった。
「悠が外部だったら、その金髪めっちゃ眩しそう」
「前、後輩に外周中とか外で体育してる時とか分かりやすいです、って言われたよ」
「やっぱり。結構ブリーチしてる人多いけどさ、悠は色入れてないから分かりやすいんだよな」
髪色は本人の資質に関係がないとして、幌南は髪型や髪色に関する校則を持たない。先人たちのおかげで、今年も好きな髪色を楽しむことができている。
「一輝は染めないの?」
「おう、今んとこな。大会前染めるのめんどくさいし」
「まあたしかに。美容院でって思うと結構お金かかっちゃうしなぁ」
話しながら早足で校門へ向かう。僕と一輝を皆が待っていたようで、僕たちの姿を確認した部長が全員に声を掛けた。外周のコースはいつもと同じ。校門を左に抜けて、フェンスを左手に見ながら道なりに進む。一つ目の信号を越え、二つ目の信号の手前を左に曲がる。フェンスが途切れるとすぐ左手に現れる遊歩道に入る。学校を左手に見ながら遊歩道を出て坂道を下り、校門に戻る。総距離三キロメートルを超える外周を、一周ないし二周行うのが吹奏楽部の日課だった。
走り出す前からじりじりと陽射しが肌を焦がす。上からは炎天、下からはアスファルトに反射した熱が身体を襲う。走り出して数分、すでに全身から汗が流れていた。Tシャツが汗で肌に張りつく。火照る身体が日影に入ると、少し涼しい風が身体を冷やした。
持久走が不得意で、本当は走りたくない。自分の息遣いだけが大きく聞こえる。まだ一つ目の信号も遠いのに脇腹に射し込むような痛みがあった。女子にもどんどんと抜かされながら、ようやく遊歩道を進む。
平坦な道のかなり奥に、一輝らしい背中が見えた。外周の度、一輝の背中を遠くから追っている。身体の内も外も、苦しいほど熱い。気を抜けば止まってしまいそうな足を必死に前へ前へと動かす。
つらい。苦しい。脇腹が痛い。満足に息を吸えていない気がする。陽射しを遮るものが一つもない道が、苦しさを倍増させる。
早く楽器に触りたい。ピアノのレッスンも、早く、早く。あまりの熱さに細めた目線の奥、テニスコートに集まる女子生徒たちが見える。誰も僕を見ているわけではないけれど、気力を振り絞ってどうにかフォームだけは整えた。
「七瀬くーん!」
明るい声色が、何重にも重なり合う。女子生徒を挟み、球が飛んでいくのを防止するフェンスの奥。一際大きな歓声の先に、あいつがいた。袖で額の汗を拭った速水が、顔を上げる。ちらと遊歩道に視線を寄越した速水と目が合いそうになり、すぐに遊歩道の先へ視線を戻す。
涙がこぼれそうな苦しさが、この茹だるような熱さのせいなのか分からない。吐き出した震える息に、青が滲んだ。
生徒玄関前から中庭に出ることができる扉は開放され、中庭の奥にあるテニスコートからボールの弾む音が聞こえた。他の教室から鳴る金管楽器や木管楽器の不揃いな音色はチューニングによるものだ。
早く空き教室に行かないとと急かされる心地だったけれど、視界も気持ちも風よけの木々に隔てられたテニスコートに向く。手に持っていた楽譜をぐしゃりと握ってしまいながら、じいと見る。
逆光で薄暗い廊下から明るい風景を見ているだけなのに、口が引き結ばれた。ボールの弾む音に拍手と歓声が混ざる。テニス部を応援する女子生徒の黄色い声は、楽器の音色に負けないほど大きい。
あの白日の下に近づきたい。あのテニスコートに隠されたものを見に行きたいけれど、これ以上扉に近づいてしまったら熱に溶かされてしまいそうだ。
「悠ごめん。待たせた」
外を見つめる僕に、同級生で同じ部活に所属する小倉一輝が声を掛けた。それとほとんど同時に、外からは女子生徒の大きな歓声が響く。夏風を浴びながら二人でテニスコートを見る。
「相変わらずすげー……」
「あいつが二年生になってから、急にファンの子増えた感じがする」
テニス部に所属する男子生徒は少なくない。けれど、まるでアイドルを目にしているかのような歓声が上がる原因は一つだった。一輝と同じクラスの速水七瀬。一年生の頃より身長が伸び、テニス部で良い成績を収めることが増えた速水の人気は留まるところを知らない。
速水は白日の下でも溶けることなく、先へと進んでいる。日陰からただ彼のことを見ているだけの僕とは違う。その事実に喉がきゅうと締まる。外から流れる夏風に、この先に進むことはできないと言われているようだった。
「玉城に小倉ー。さっさと来ーい」
「やべっ」
部長の声に一輝が反応する。空き教室方向の廊下を見ると、曲がり角の所に秋羽部長の姿があった。胸の前で腕を組み、呆れたような表情をしている。後ろ髪を引かれる心地で扉の前を離れ、小走りで部長の元へと向かう。動き出した僕たちの姿を確認した部長は。「三組に集合ね」と告げて先に行ってしまった。
北幌市立南高等学校――通称幌南は文武両道を掲げる進学校だ。開校からの歴史は浅いものの、運動部や文化部ともに様々な大会で好成績を収めている。校訓として自由が掲げられ、制服以外の服装規範がないところに自由な幌南らしさがあった。
僕が所属する吹奏楽部は、幌南の数ある部活の中で特に有名だった。総部員数は百名を越え、年々増える新入部員のおかげでパートメンバー争いは難度を増している。
顧問の山路先生は吹奏楽の現場に長く身を置いた重鎮で、時折教え子だというプロの演奏家を技術指導者として呼んでくれることがあった。部活を主体的に進めていくのは部長を始めとした三年生と、部内投票で選ばれたパートリーダーの面々。生徒主体で部活を構成することが、山路先生のこだわりだ。
「シングルストローク」
教室の中央に置かれた机の上、メトロノームが一定の速度で左右に揺れる。二十人がそれを取り囲むようにして座る。僕と一輝もその輪に加わり、目の前のトレーニングパッドに向かっていた。両隣りの息遣いに集中し、両手に持ったスティックをトン、トンと交互に動かす。テンポ、音の大きさ、音の粒、それらにムラが生まれないように。
始めはバラバラな音がゆっくりと合っていく。二十人分の音が揃うのは練習の時しかない。一つの音だけでは心細いけれど、こうして音が集まっていき、一体となっている感覚に包まれるこの瞬間が大好きだ。
「ダブルストローク」
秋羽部長が発した一拍後、音色が替わる。トントン、トントン。規則的に動かす腕が少しずつ疲れ、肘が落ちてきそうになるのを堪える。このリズムを身体が忘れないようにスティックを打つ。トレーニングパッドから跳ね返るスティックの力を一定に保つことを意識する。
入部した新入生八人がパーカッション所属になり、はや三ヶ月。ようやく音の粒が揃うようになってきた。シングルストロークとダブルストロークを数回繰り返したところで、「ストップ」と部長の声が響く。全員がぴたりとスティックを上げ、音を止めた。
ストローク練習が終わる。動かし続けていた腕の疲労感だけでなく、座りっぱなしだった腰にも疲労が蓄積している感覚があった。一年生も少しずつ慣れてきているだろうけれど、僕たち二年生や三年生に比べると疲労は大きそうだ。
「じゃあ、いったんおしまい。音楽室は今日使えないから、外周走って筋トレにしよっかな」
部長の言葉を受けて、それぞれ立ち上がり机や椅子を片づける。空は相変わらず雲一つなく、ギラギラと強い陽射しが降り注いでいた。この中を、外周するのかぁ。暑いし苦しいし走るのは得意じゃないから気は進まない。けれど、体力づくりの必要性は理解している。不満を隠すように、机を持ち上げると同時にふうっと息を吐いた。
「片付け終わったね。十五分後に着替えて校門前集合ね」
部活棟から教室棟へ移動し、四階の教室に戻る。幌南は生徒玄関を含んだ部活棟と、教室棟、美術室や音楽室などがある実習棟があり、中庭を中心にコの字型に造らている。教室の窓からは正面に中庭と、左右にそれぞれ部活棟と実習棟が伸びているのが見えた。
教室からは秘密の園のように木々に囲まれたテニスコートを見下ろすことができる。四面あるテニスコートにはそれぞれ二人が、ネットを挟んで対峙している姿を容易に確認することができた。審判台に座っている人もいるから、きっと試合形式の練習をしているのだろう。
テニスコートの奥、学校の外周を取り囲むように遊歩道が伸びている。校門を出て右に曲がり、五十メートルほどの坂道を上り、さらに右へ進むと遊歩道に行くことができた。外周を走る時に必ず遊歩道を通るが、その道にたくさんの女子生徒が集まっている様子が見える。窓が開いている教室に、彼女たちの拍手や応援の声が届く。
ミニチュアのようにしか見えないけれど、彼女たちが応援しているのは間違いなく速水だった。僕は運動着に着替え終わってもなお、静かにテニスコートを見つめてしまう。明るくて眩しい外にいる速水を。
「おーい、ゆーう。もう時間なるぞー」
「えっうそ。うわマジじゃん」
教室の時計は、集合時間の一分ほど前を指し示す。急いで教室を出て、一輝とともに生徒玄関に向かう。
「テニス部?」
「あー……うん。今日もやっぱすごかったわ」
一輝の言葉に、どう答えようか悩みあの女子生徒たちの様子を伝える。悪いことをしていたわけではないけれど、集合時間を忘れそうになっていた事実に後ろめたさがあった。優しく笑う一輝は、小さな違和感に気がついているような気がする。そのことを確認する勇気は、僕にはなかった。
「悠が外部だったら、その金髪めっちゃ眩しそう」
「前、後輩に外周中とか外で体育してる時とか分かりやすいです、って言われたよ」
「やっぱり。結構ブリーチしてる人多いけどさ、悠は色入れてないから分かりやすいんだよな」
髪色は本人の資質に関係がないとして、幌南は髪型や髪色に関する校則を持たない。先人たちのおかげで、今年も好きな髪色を楽しむことができている。
「一輝は染めないの?」
「おう、今んとこな。大会前染めるのめんどくさいし」
「まあたしかに。美容院でって思うと結構お金かかっちゃうしなぁ」
話しながら早足で校門へ向かう。僕と一輝を皆が待っていたようで、僕たちの姿を確認した部長が全員に声を掛けた。外周のコースはいつもと同じ。校門を左に抜けて、フェンスを左手に見ながら道なりに進む。一つ目の信号を越え、二つ目の信号の手前を左に曲がる。フェンスが途切れるとすぐ左手に現れる遊歩道に入る。学校を左手に見ながら遊歩道を出て坂道を下り、校門に戻る。総距離三キロメートルを超える外周を、一周ないし二周行うのが吹奏楽部の日課だった。
走り出す前からじりじりと陽射しが肌を焦がす。上からは炎天、下からはアスファルトに反射した熱が身体を襲う。走り出して数分、すでに全身から汗が流れていた。Tシャツが汗で肌に張りつく。火照る身体が日影に入ると、少し涼しい風が身体を冷やした。
持久走が不得意で、本当は走りたくない。自分の息遣いだけが大きく聞こえる。まだ一つ目の信号も遠いのに脇腹に射し込むような痛みがあった。女子にもどんどんと抜かされながら、ようやく遊歩道を進む。
平坦な道のかなり奥に、一輝らしい背中が見えた。外周の度、一輝の背中を遠くから追っている。身体の内も外も、苦しいほど熱い。気を抜けば止まってしまいそうな足を必死に前へ前へと動かす。
つらい。苦しい。脇腹が痛い。満足に息を吸えていない気がする。陽射しを遮るものが一つもない道が、苦しさを倍増させる。
早く楽器に触りたい。ピアノのレッスンも、早く、早く。あまりの熱さに細めた目線の奥、テニスコートに集まる女子生徒たちが見える。誰も僕を見ているわけではないけれど、気力を振り絞ってどうにかフォームだけは整えた。
「七瀬くーん!」
明るい声色が、何重にも重なり合う。女子生徒を挟み、球が飛んでいくのを防止するフェンスの奥。一際大きな歓声の先に、あいつがいた。袖で額の汗を拭った速水が、顔を上げる。ちらと遊歩道に視線を寄越した速水と目が合いそうになり、すぐに遊歩道の先へ視線を戻す。
涙がこぼれそうな苦しさが、この茹だるような熱さのせいなのか分からない。吐き出した震える息に、青が滲んだ。

